マスク・ド・ファイヴの青春

森内優希

覆面バンド結成前夜

第1話 覆面ミュージシャン、同窓会に出る!の巻


「俺たちのツアー、もう終わったのかな?」

「馬鹿野郎、まだ始まってもねーよ」

自転車に乗ったアステカが、後ろに乗せたロメロにつぶやいた、、、



「はいカット!

 セリフも立ち位置も全部違うじゃねーか、

 明日の本番でやりやがったら事務所に殴り込むからな!」

 世界の巨匠、北野タカシさんの声が飛んだ。

「右から左に動け!何度言ったらわかんだよ

 お前ら箸を持つ手もわかんねーのか?

 ダイコン役者だ!馬鹿野郎!」

熱くなってきているのか、タカシさんは

僕らがミュージシャンであることを忘れている。

正確に言えば、覆面バンドマンだ。




「ったく親の躾がなってねーな。

 それか、ゆとり教育の弊害だよ」

タカシさんがメガホンを投げ捨てながら言った。

あの筋肉ゴリラを庇う訳じゃないけど

箸を持つ方の手が右って言うけど、アステカは左ききだ。

それが話をややこしくしている上に、

タカシさんのいる場所からは右、、、

ステージ上から見たら左?いや右?

せっかく世界のタカシさんが

舞台監督をつとめてくれてるけど、

来ていただくたびにブルーになる。

メンバーは内緒で、北野ブルーって呼んでいる。



僕は自分たちのツアーポスターを見た。

『出てくるやつら全員覆面!

マスク・ド・レイジ ビヨンド、、、

総勢30人以上かそれくらいの覆面ミュージシャンたちがおりなす

笑いあり涙ありの感動と情熱のマスクマンショー(ぽろりもあるよ)』

うーん、自分たちのポスターだけど、毎回見るのも

ツアータイトルを発表するのも恥ずかしい、、、




「やっぱりメンバーを増殖させしぎちゃったかな?

 俺でももう見分けがつかん」

たぶんプロデューサーの前田さんか、高田さんか

それとも武藤さんか誰かの声が聞こえた。

いや、そんなのはどうでもいい。

こうなってしまったのは自己責任だ、、、



リハーサルのステージ上だけでも覆面をつけたスタッフ総勢30人、、

本番になると、これに僕らのマスクを被ったファンまで入れると

6万人ちょっとのマスク男子やマスク女子で超満員になる。

熱狂する覆面集団!

それに唄いながら叫び返す覆面バンドの僕ら、、、

もう見慣れて来た光景だけど、たぶん知らない人が見たら

変な宗教団体の儀式に思えるだろう。



「じゃあ次は、闘魂注入のシーンだ。

 はい、ロメロ役のウルティモが、アステカを演じろ!

 そこから、ニセクドが乱入な!」

タカシさんの声が飛ぶ。

「それって俺のこと?」「いやレナさんじゃないすか?」

「だから本名をいうな」「てかお前こそ誰だ」

「名乗れるか覆面ミュージシャンが名前を」

声を小さくして、あいつらがいつもの覆面会議を始めた。

次に覆面強盗役で覆面強盗を演じる、僕もみたことのない覆面をつけた

やつが「まじで、やばか」って震えている。

その声なら、たぶんアイツだろう…




鳴り響く覆面ボンバイエ、、、

あごをしゃくらせたアステカの代役覆面マスクマンが叫ぶ!

「元気があれば何でも出来る!

 迷わず聞けよ、俺たちの曲を」

そして闘魂注入ビンタを「ダァァァ!!」と叫びながら入れた。

するとあまりの痛さに、たぶんロメロ役が殴り返して乱闘が始まった。

それを止めに入る、僕らの覆面をつけた20人のスタッフ。

ニセクド・ファイブの奴らも入り交じり、覆面バトルロワイヤル。

これじゃ、本番ではどうなることか。

「ぶったな?親にも殴られたことないのに」

「馬鹿野郎!殴られる前に殴られた後のことを考えるやつがあるか!」

「お前平田だろ?」「前田だよ馬鹿野郎!」

「天才打者前田さんを呼び捨てにすんな!」「すみません、誰か分からず」

「うるせー!カープゴリラ!」

「誰だ今言ったのは!わしの文句は言ってもカープの文句は言うな!」

たぶんアステカがの声がした、、、







誰だって仮面を被って生きている。

学校や職場、家族や友達の前、

その場に応じた仮面を使い分けて生きている。

本当の自分を見せないこと…

本音と建前を使い分けること…

悲しいけれど、それが大人になるってことなんだ。


だけど、いつしか人は出会う。

その仮面を脱ぎ捨てて、素顔の自分のことを受け止めて欲しい人に。

覆面ミュージシャン生活3年と2ヶ月。

僕はその岐路に立とうとしていた。



「では、リハーサルは以上です。

 明日のライブ、頑張っていきましょう」

アリーナ席から音響スタッフの声が響く。

僕はベースを片付けると足早に会場を後にした。




タクシーから眺める故郷の街並み。

せつない想いが込み上げる。

「お兄さんも、あのバンドのファンね?

 なんかコンサートあるんでしょ、

 さっき乗せた女の子たちも同じマスク被ってたとよ」

運転手さんが鏡越しに尋ねてきた。

「メキシコ帰りの覆面バンドだっけ?

 マスク・ド・なんとかってさ。

 最近人気みたいだけど、あんなのどこがいいのかねぇ」

おじさんは、小首をかしげながら言った。



「しかも、あいつらと一緒にニセクド・ファイヴって

 似たようなマスク被った弟分バンドだっているし、

 それにギターかボーカルかは三代目マスク・ド・なんとかだって。

 こっちは初代が誰かも知らないのに、そいつが活動停止、脱退とか

 ニュースで言われても、活動してたことさえ分からない人の

 涙の会見とか言われてもねぇ」



僕が気まずそうにしていることに気付いた運転手さんは

ばつの悪そうな顔を見せながら言った。

「ごめんごめん、お兄さんはあのバンド好きなんやもんね。

 あ、なんか一曲だけ良い曲あったな。

 脱がないでマリーって題名だっけ?

 ラジオで流れてるの聞いてさ、あれは歌詞がいいね」


おしい!

泣かないでマリーっすよ。

しかも、脱がないでマリーって…

それじゃエッチなビデオの題名やんけ!

心の中でつぶやいた。



まだまだ続く僕らのバンドへの悪口に適当に相づちを打ちながら

僕は、あの人のことを考えていた。

泣かないでマリー…

あれを書いてから、もう2年か。

あの人のおかげで、僕らは覆面バンドになったんだ。

だけど、もう2年も会ってないのか。

「人生は何度だって、やり直せるの。

 それは自分が変わろうとする勇気さえ持てればね」

今も心を離れない言葉が胸の奥をしめつける。



ガラス越しに流れ行く博多の懐かしい町並み。

色んな思い出がよみがえる。

モテたくて始めた音楽。

そして大学時代に組んだバンドで、まぐれでメジャーデビュー。

売れる曲なんて、いつだって書けると思ってたな。

そして、どんどんブレイクして行った奴らのことを

商業音楽に魂を売ったなんて飲み屋でくだまいてたんだ。

自分たちはヒット曲もないのに、売れ線とか見下してさ…

そんな僕らのことを変えてくれたのが、あの人とこの覆面だった。

気がつくと涙が溢れていた。




「すみません、この辺で止めてください」

「え、言われた店は、もうちょっと先やけど」

「いえ、ここで大丈夫です」

中洲の繁華街に入る手前でタクシーを降りた。

川面にはネオンの灯りが映っている。

16年振りに出る同窓会、初恋の子にもうすぐ逢える…

公衆トイレの個室に入り、僕は震える手でマスクを外した。






最初はぎこちなく始まった飲み会も、

2時間を過ぎると緊張もとける。

酒のピッチも早くなり、遠慮ない言葉が口を飛び出す。

「お前まだ、バンドで食っていこうって思ってんのか。 

 もう32歳やぞ俺ら。

 そろそろ夢なんか追うの諦めて、ちゃんと真面目に働けって」

ビールのジョッキを掲げると、羽鳥が肩を掴んできた。

「そのくらいにしとけよ、リョータだって、それなりに苦労しとるんやし。

 せっかく久しぶりに同窓会に来たくれたんやから、そんなに絡むなって」

実家の不動産屋をついでいるヤスジが割って入る。

会社の愚痴ばかり言い続ける羽鳥に「もういいやん、そんな話」と、

つい言ってしまったことが原因だった。



「いや、俺はコイツのためを思って言ってんだよ。

 だって一回メジャーデビューして失敗してんじゃん。

 それなのに、今みたいにフリーターみたいな生活しとったら、

将来どうすっとやって。

てか今何してんだよ?ちゃんと働いてんのか?

それとも俺たちに言えない仕事でもしてんのかよ」

飲み干したジョッキをテーブルに叩き付けた。

勢いでめくれたジャケットの中から、マスク・ド・ファイヴのTシャツが見えた。

そして僕が何も答えないでいると、さらに怒りが増加したようだった。



「こんなこと聞くのもなんだけどさ、

 お前さ、手取りいくらなんだよ。

 ちゃんと暮らしていけるだけ稼いでんのか。

 俺は45万だよ45万。

 お前がバンドなんかやって遊びほうけてる頃、スーツ来て営業回って、

 下げたくもない頭も下げて真面目に働いて来た結果だよ。

 言ってみろよ、先月の手取り」

喧嘩のような騒ぎを聞きつけて他のテーブルからも人が集まって来ている。



「150…」

振り絞った声は、店内の喧騒に掻き消された。

「あぁ?ちゃんと聞こえるように言えって」

羽鳥が煙草臭い息を吐きかけながらこっちに詰め寄った。



「150万…」

そう言い終えると同時に、大きな笑い声が起こった。

さっきまで仲裁に入っていた、ヤスジも爆笑している。

「年収じゃなくて、月収を聞かれたんだよ。しかも三十過ぎた男が年収150万を、そんな胸張って言うなって」と嬉しそうに肩を叩いてくる。

「まぁ、とにかくさ、お前のことをみんな心配してるんやけん

 そろそろ地に足つけて暮らしていこうや」

機嫌を直したのか、羽鳥がワインをグラスに注いできた。

「いつか印税で奢ってくださいね、約束ですよ大先生」

小馬鹿にしたような笑いを浮かべると

「おお、久しぶりやんけ」と大声をあげながら、

ほろ酔い足で別のテーブルへと移って行った。




煙草に火をつけ、溜息をつく。

同窓会なんかに顔を出せば、こうなることは分かっていた。

いつまで夢見てんだ…

どれだけの人に、この言葉をかけられただろう。

地に足つけろ…

いや、諦めなかったから今があるんだ。

誰かが頼んだまま、置きっぱなしにしている

テキーラを一気に喉に流し込んだ。




その時、ポケットの中の携帯が鳴った。

それはマネージャーの若松さんからだった。

「すまん、同窓会の最中に。

 ちょっと急ぎの用件が出来た。

 こないだ出してもらった歌詞なんだが

 明日までに手直し出来るか。

 映画会社の方が、ちょっとサビの言葉を変えてくれって言い出した」

「サビ全体のフレーズをですか」

「いや、出だしのとこだけだ。

 映画のラストシーンで使いたいから、

監督が、英語に変えて欲しいと言ってるしい」

「だったら大丈夫だと思います。明日の昼までに送ります」

店の壁時計を見ると、11時半を差している。




「本当に悪いな、久々の同窓会なのに。

 電話越しに聞こえる感じじゃ、

 なんだか盛り上がってるみたいだな。

 だけど、くれぐれも気をつけてくれよ、昔の仲間と呑み過ぎても、

自分の正体だけはバラすんじゃないぞ」

「分かってますよ、大事な時期っすもんね」

電話を切ると、灰の伸びた煙草に手を伸ばした。






同窓会が始まって3時間半。

誰も帰ろうとしないのには理由があった。

主役がまだ到着していないからだ。

わざわざ東京から来たのも、その人に会うためだった。



「なぁ今日さ、雪乃ちゃんが来るって知ってるか」

赤ら顔になったヤスジが嬉しそうに笑った。

「なんか映画のロケでこっちに来てるらしく

 ちょっとだけ顔出してくれるって。

 俺のこと覚えていてくれてるかな」



「言っても、雪乃ちゃんって1学期の途中で

 転校したから、たぶん分からないんじゃない」

「でも文化祭で、俺達のバンド演奏

 前列で見てくれてたやん。

 絶対覚えてくれとるって。

 それに、あの曲だって聞いてくれたんやし」

そう言うとワインを一口で飲み干した。

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