第5話 まじで打ち上げ5秒前!の巻

ヤエガシ興業ご一行様と書かれた座敷の襖を開けると

先に呑み始めていたメンバーの赤ら顔があった。

「お前のDJがあってこその演奏だったよ。

あのスクラッチの指使いは、加藤鷹を越えたな」

「いえいえ、そのボーカルあってこそっすよ。

世界遺産にエントリーしちゃいたいくらいですよ」



意味不明な褒め言葉の倍返し…

赤むつの煮つけやヒラメの刺身に舌鼓を打ちながら、

褒められたら褒め返すという

暗黙のルールを守りながら、愉快な宴は進んで行く。



ワインボトルが10本ほど空いた頃、

事務所社長のリツコさんがテキーラの瓶を持つと

嬉しそうな顔で立ち上がった。

元モデルで酒乱だけど、仕事は出来る。

もちろん、あの人から僕らのバンドを受け継いだ時は

なんてこったいくらいってくらい失敗しやがったけど、それは僕らも一緒だ。



リツコさんは長い髪を掻きあげると、よろめきながら言った。

「さっき連絡が入りました。

 なんとですねーーー

 ミシェル・マリアーノのワールドツアーの

 オープニングアクトに抜擢されちゃいました」

そう言うと、テキーラの瓶にキスをした。




「あのミシェルのオープニングっすよ。

 伝説のグラミー賞歌手と同じステージに立てるなんて

 まじで、やばいっすよ」

横に座ったチャボが声を震わせた。

「全米デビューも見えてきたな。

 これで、あの人との約束、もう一つ果たせるかも知れないな」

アステカが肩を叩く。




「この勢いで、絶対に成功させるわよ東京ドーム公演。

 もう10日しかないんだから、

 みんなの気合い入れていくよ。

 やっと、ここまで来たんだよ。

 あの子をドームのステージに立たせてやるのよ」

リツコさんの叫び声に、僕らは拳を振り上げた。



「ついに、あの人の夢が叶う時が来たっすね」

チャボが目頭を押さえながら言った。

「あぁ、当日も会場のどこかで絶対に見守っていてくれるはずさ」

そう答えた僕の声も震えていた。



あの人がいなければ、今のマスク・ド・ファイヴは絶対にない。

僕はテキーラのテキーラ割りに口をつけながら、

3年前のメキシコでの出来事を思い出していた。

そうだ、あの晩から全ては始まったんだ、

音楽を諦めようとした、あの場所で起きた奇跡から…

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