第4話 覆面男、故郷に凱旋する!の巻

「マスク・ド・ファイヴ!」

「マスク・ド・ファイヴ!」

立ち見を入れると4万7500人。

その叫び声が、マリンメッセ福岡の壁を揺らす。

「ミ・アモーレ!」

「ミ・アモーレ!」

手に持ったペンライトが暗闇に虹色の残像を残す。



ウルティモのギターは疾走し

ロメロのドラムは心を躍らせる。

アステカはハイトーンボイスで観客を煽った。

熱狂したファンがステージに上がろうとする。

それを必死で警備員が取り押さえている。

DJチャボが拳を振りかざすと、

マスクを被った数千人がジャンプした。



僕はベースのフレットを押さえながら

目の前に広がる光景に泣きそうなった。

こんなことになるなんて想像も出来なかった。

音楽を辞めようと思った3年前のことを思い出した。



一度は手にしたメジャーデビューも

わずか数年で契約は打ち切られ

僕らは30手前にして、人生の絶望を味わったんだ。

分かる人だけ分かればいいと、

人からどんなにアドバイスされても

自分達の音楽を曲げなかったことが原因だった。

売れていった知り合いのバンドを見て、

あんな曲なんて、いつでも書けると思っていた。

安い呑み屋でクダを巻き、売れた奴らを馬鹿にしていた。



だけどプロの世界はシビアだった。

シングルを出すごとにリリース枚数は減っていき

ライブ会場も小さくなっていった。

そして突然突きつけられた最後通告。

事務所の社長に呼ばれ

「次の曲で結果を出せなければ

 ブレイブ・カンパニーは解散だ」と言われた。

それでも僕らは意地になって、流行の音楽に背を向けた。

複雑なコードを駆使し、難解な歌詞を書き上げた。

その曲は結局、リリースさえもして貰えなかった。




「ボル・ファ・ボール!」

「ボル・ファ・ボール!」

デルフィンのマスクを被った女の子が

また柵を乗り越えて、こっちに向かってくる。

駆け寄ろうとする警備員を制し

僕は二人をステージに上げた。

そして横に並んで演奏を続けた。

場内のボルテージはヒートアップ。

二階席からはウェーブが上がった。



そうなんだよ、こんなライブがやりたかったんだ。

好きな女の子の気を引きたくて、

最初に立ったのが文化祭のステージだった。

その子に気持ちを届けたくて歌詞だって書き始めたんだ。

それがメジャーデビューに舞い上がって

自分を表現するとか、音楽性を突き詰めたいとか

色んなことを考えすぎて、大事なことを見失っていた。



誰かの心に届いてこその音楽なんだ…

誰かに聞いてもらってこその音楽なんだ…



ロメロがシンバルを足で蹴った。

ウルティモは歯でギターを弾き出した。

チャボはレコードでジャグリングしてる。

僕は汗でずれてきたマスクを直すと

この広い会場のどこかにいるだろう、

初恋の人に向かって手を上げた。



小さな体育館、ビール箱を積み上げた文化祭のステージで

最前列から見てくれていた人のために

心を込めて弦を弾いた。

Tシャツを脱ぎ捨てたアステカが手を回す。

照明に照らされ、その上半身が光る。



最後のワンフレーズまで…

最後のワンフレーズまで…

痺れていく手の感覚さえも愛おしかった。

緩やかにテンポを落とすビート、

そして目を合わせて最後のジャンプ。

4万7500人の絶叫がこだました。

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