【7‐2】――『ぱっくり死んでいってね!!!』


「ぱっくり死んでいってね!!!」


 エントランスにいた魔女っ子とゴスロリ娘による宣誓に続いて、ステージ後方のシルクスクリーンにプロジェクターで映像が投射される。

 どうやら最深層フロアで、なにやら新たな催しが始まるらしい。


 画面――倉庫と思しい殺風景な屋内。

 下着姿のブロンド少女が、パイプ椅子ごと縛られていた。

 後ろ手に緊縛され、くったり上体を傾げて座っている。

 ブゥーン……ハムノイズみたいな低周波の通奏低音が唸りっ放しだ。

 金属バットを携えた半裸の巨漢が画面にウォークイン。

 タイトな筋肉の上半身を晒して、レザーパンツを穿いている。

 鼻から上半分を覆う、目だしの〈処刑人〉スタイルの黒いフードを被っているので顔貌は解らない。

 どこの映画学校の生徒が撮った制作実習かと見紛う、そんな稚拙な映像スキルだった。


 だけど。


 男がバットのヘッドをドスン! 少女の腹にこじり入れた。

 のろのろ緩慢な動きで上体を擡げ、とろんと虚ろな碧眼の顔が上向く。

 途端――大きく振りかぶられたバットが、少女の顔面めがけて振り抜いた。

 みっしり書籍の詰まったずぶ濡れの段ボール箱を落っことしたような生々しい音とともに、少女の身体がパイプ椅子ごと後方に引っ繰り返る。

 それでも男は容赦なく、繰り返し繰り返しバットで打ち据え続けた。仰向けになった顔や頭に金属の質量が何度も何度もめり込む。

 執拗な打撃の都度、両足は通電したみたいにピクーンと伸びてV字を形作っていたけど、銀バットが緋色のまだら模様に濡れる頃には、もう足はピクッともしなくなった。

 キャメラがズームイン――少女の頭は金髪の植えられた赤黒い粘土みたいになってコンクリートの床にこんもりと盛られていた。


 なるほど〈SNUFF――スナッフ〉じゃないの。

 正真正銘リアルの殺人映像ってわけね。


 今やシルクスクリーンの中のみならず、すでに現実のフロアのあちこちからパニックの悲鳴や嗚咽が上がり始めていた。


          ■


 それから手を変え品を替え、この類いの容赦ない殺人シーンが立て続けに展開していった。


 小振りなナイフを何十回、何百回となく身体のあらゆる箇所へ突き立てられ、まるで卸し金にでもかけられたような、ささくれ立った容貌に変わる者。


 壁に磔にされ、ショットガンを連射された肉体のほとんどは、ベットベトの赤いタール便みたいなウォールペインティングになってしまった。


 蛮刀マチェーテでの生首切断なんかは、シンプルすぎて普通に呆気ない。

 だけど編集効果でそのクライマックスシーンのみを数十連発で立て続けに提示され、しかも犠牲者の顔貌がすべて異なっているとなれば、これはなかなか神経に堪える。


 完全に絶命するまで、頭や顔にネイルを何十本も打ち込み続けるという〈人間針山〉もあった。当然ながら麻酔処置などなし。

 やがて絶叫は苦悶の呻きへと変じ、それも潰えた頃には犠牲者の頭部はサイボーグのハリセンボンみたいになってしまっていた。


 生きたまま濃硫酸を浴びせ続けると、肉体よりも先に精神の方が溶解してしまう。これってトリヴィアになりますかね?

 事後の現場はゲル状に溶けだした血と脂が凝固して、冷えたマルゲリータのピッツァみたいに排水溝で詰まっている。


 犠牲者のチョイスは、まさしくインターナショナルで欧米からアラブ・アジア系まで多岐に亘って、白/黒/黄/赤/茶と実にカラフル。

 もちろん性別も男女の差別などなく雇用均等で、老いも若きも誰でもウェルカムのラインナップだ。

 これらの映像の制作者は感心にもリベラルな精神に則っているらしい。


 ただ。


 どう控えめに見ても小学校低学年ぐらいの幼女が怯えて啜り泣いているところへ、俯けた顔を掬い上げるようにゴルフクラブのアイアンが全力フルスウィングを決めたときには、さすがにそれなりの暴力耐性があるはずのあたしのメンタリティも陰り気味に。


 そして。


 凄まじい勢いで泣き叫び始めたその子の、判別不能な絶え間ない喚き声の中から、


『 イ タ イ 』


 という言語音の連なりが聞き取れたとき。


 ギチ……ギチチチチィ……ッ。


 あたしのハートは文字通り、ほとんど物理的なまでに痛んだ。


 そうして芽生えた鈍い疼痛は胸の真ん中辺りで、ずんっと重く根を張って居座り続けて、いつまでもあたしの中からでていかないみたいだった。


          ■


 なんて最悪――反吐がでそう。

 行為が残虐だからじゃない。

 自分は完全に安全な、圧倒的に優位な立ち位置へと身を置いておきながら、一方的に弱者の生命の尊厳を剥奪しようとする魂胆が。

 また、それらを観賞して平然と薄ら笑いで愉しむような卑しい性根が。

 胸ッッックソ悪い――ガチで草も生えない。

 殺っていいのは、殺られる覚悟のあるやつだけなのに。

 だけど、今はそういうレヴェルのゲスなメンタリティの畜生を、せいぜい演じていないといけない……それも辛いところだし。


          ■


「いつも最後は、こうなのさ」

 顔パスらしい楼蘭の計らいで移動したVIPルームにて。

 気まずい上映タイムが終わる頃には、それまでの盛況がなにかの悪い冗談だったような、薄ら寂しい廃虚めいたムードに支配されていた。

 まだ会場に残っているゲストらは最初に来ていたうちの1/10ぐらいにまで激減している。


 DJも空気を読んだか、スピンするのはダウナーな暗鬱ゴシックチューン。

 もはや重低音のフレットレスベースが地を這う閑散としたフロアに繰りだそうとする剛の者はいない。

 辛うじて残った連中は、皆まったりと各々の時間を思い思いに過ごしている。


 ここで新参者は軒並み脱落するのだという。

 猟奇的な事象に生半可な興味を抱いて、アングラな招待制SNSに参加してみる。

 さらには、こういったイヴェントにもオフ会感覚の軽いノリで顔をだす。

 ちょっとイカレてる自分を気取ってみる、いわゆる〈ファッション キチガイ〉という輩だ。

 「こんなにヤバイおれスゲーぞ」ってか。


 しかし本物の〈スナッフ〉映像を突きつけられて、ほとんどの者が嫌悪や恐怖に駆られてしまい、逃げるように中途退場する……と。


 あのリアル厨二病罹患者、今は亡き《ジグジグ》くんを思いだす。

 それこそ自分自身がグロ画像の対象になってしまったけれど、もしも今この場にいたら、どんなリアクションを見せてくれただろうか。

『it'a true wolrd. ……狂ってる? それ、誉め言葉ね』

 そうやって得意げに嘯けただろうか。


「それでも今回なんて、まだましな方さ。〈凌遅刑〉……ってご存知かな」

「りょうちけい……?」

「あぁ。これは清の時代まで中国で行われていた処刑メソッドでね。どういうのかというと、その人物の全身の皮膚や肉を生きたまま少しずつ刃物で削ぎ落としていくというものでね。云わば〈人間解体ショウ〉さ」

「はい」

 はい、じゃないが。

「より長時間の苦痛を与え続けることを目的とするため、一刀一刀の創傷自体はそんなに致命的なものではない。ただし、それが数百から数千もの単位でなされるわけだからね。工程の終いには、じとりと血液の滲んだ瑞々しい筋肉や、てらてら骨髄まみれで濡れた骨、はたまた腹腔内の臓腑までが露出した“生ける人体標本”みたいになってしまう。

 ある一例では絶命に至るまで、ひと晩以上かけて実に3,357刀をも加えられたというがね。

 うん……? やけに数字が正確じゃないか、だって? きっと、いちいちカウントして記録する専属の係の者がいたんだろうね……ふふっ」


 不謹慎なジョークに自らウケて満足そうだ。


「で……以前その〈凌遅刑〉が処される模様の一部始終を収めた映像を、それなりにダイジェスト編集してあるとはいえ、かなりのロングヴァージョンでオールナイト上映したことがあってね。流行りの〈ディレクターズ・カット〉ってやつさ。

 さて、案の定というべきか。

 イヴェント中に失神者が続出して、救急搬送の車輌が近辺の交通路で渋滞を引き起こす大変な騒ぎにまで発展してしまい、そのとき会場だったクラブは生涯出入り禁止になった……ということもあったね」


 バーボンがなみなみと注がれたグラスを、まるで烏龍茶みたいにコククッと呷る楼蘭だった。


「ところでザクロくん。〈ファラリスの雄牛〉はご存知かな」

「ううん」

「こいつは古代ギリシアで発案された拷問や処刑の装置でね。すべて真鍮で鋳造された“雄牛”の像なんだが、中身は空洞で脇腹の辺りに扉がついている。

 この内部に対象者を閉じ込め、雄牛の下部から火を焚いて炙るのさ。真鍮がキンキンの黄金色になるまで熱せられたら、さてはて中の様子は如何ほどだろうね。

 当然、詰められた人物は想像を絶する叫び声をあげて暴れ狂うわけだが。

 その絶叫が装置の頭部内の、複雑な筒と栓からなるギミックにて変調され、さながら猛る雄牛の唸り声のように響き渡るというよ。

 そして皮と肉さらに脂や骨といった蛋白質がジグジグと灼け焦げた結果、その馥郁たる臭気と煙が混然一体となり、まるで暗雲が如く濛々と立ち上ることを意図して設計され――」


「ちょ、ちょっと楼蘭さん……?」


 たまらずツッコまざるを得ない。


「もしかして、これこのまま延々と『処刑大全』みたいな詳細な描写が続いてくの?」

「え……あぁ、すまない。つい夢中になってしまってね。どうやら饒舌がすぎたようだ」


 しかし悪びれるでもない。

 またしてもバーボンをグイといく。

 かたや、あたしは溶けた氷で薄まった味気ないトマトジュースをチルチルとストローで啜りつつ思案する。

 いわゆる常識の範疇に則れば。

 それはのはずなんだけど、逆にこの場合どうなのだろうか……と。

 直球すぎて怪しまれやしないか。

 だけど、わざと空とぼけてるのも却っておかしくない?

 やがて……意を決して問うた。


「あのさ」

「なんだい」

「ああいう〈スナッフ〉映像って、どこが出所でどころっていうか……どういう経路で調達してくるのかなぁ、なんて思ってさ」


 ピタッ……と。

 グラスを口に運ぶ手許が止まった。

 無言の楼蘭――感情を推し量りがたい真顔で、こちらを見据えている。

 あ、なんか先走ってヤバいとこ触れちゃったかな。


「気になるかい」

「まっ、まぁね」まずい。取り繕わなきゃ。

「ほら……あたしだって一応、人の子だしさ」

「そうだろうな」

 ククッと嗤う。

「普通そうさ。もっとも、この場合“普通”って、なんなんだって話だがね」


 クィーッと呷って一気に干した。

 空いたグラスに手酌でボトルから注ぎ、表面張力ぎりぎりぐらい満たす。


「それについては特に箝口令が敷かれているわけではないし、厳粛なルールとして明文化されてもいない。

 ただし《xxxxダブルエクスクロス》というソサエティに関わるのであれば、知っておくべきことがある。云わば暗黙の了解……〈不文律〉ってやつかな。


 『なにも喋るな。なにも知るな――決して』


 このスタンスをキープし続けることが、ここで上手くやっていくための処世訓なのさ」


 あふれそうなグラス――ひとしずくもこぼさず掲げて唇をつける。


「ま……そんな次第でね。ゆえにこのイヴェント《URNアンレイテッドナイト》も、もうほぼ固定メンバーになってしまった感があるのさ」

「じゃあ、今いるのは篩にかけられた砂金みたいに残った、猟奇界のセレブ様ってわけなんだ?」

「努々そんな立派なものではないがね。〈猟奇の徒〉などと選民意識を気取っていても、所詮は他人の悲劇や不幸をあさる卑しいハイエナ風情……まったく最低な心性だよ」


 自嘲気味に嗤う楼蘭の瞳――曰く云いがたい哀傷を孕んで、やけに物悲しげに見えた。

 人死にを高みから見物するのが大好きな劣悪メンタリティの畜生が、そんな哀しい眼をするのはなぜなんだろう。


 知りたい――訊いてみたい。


 だけど、その質問をぶつけるにはまだ尚早な気がする。


          ■


 と……VIPルーム入口に気配あり。


 とんがり頭巾にドレープ感たっぷりの真っ黒なケープを羽織った《KKK》のカラーヴァリエーションみたいな一団に囲まれて、視覚を扇情する鮮烈な薔薇色が流れるように入室してきた。


 《紅蓮の魔女》――満を持してのご登場ですか。


 すっくと起立した楼蘭が、恭しくも芝居がかった大仰な一礼を捧げる。

「これはこれは……朱羅しゅらさま、ご機嫌麗しく。不束ながら今宵もまた、お邪魔させて頂いております」

 あまつさえ、手を取って甲に軽く口づけまで。


「うっふふ。いっつも堅苦しいんやから楼蘭はんは」

 間近で見ると、ますます常人離れしたオーラを感じる。

 そこにいるだけで自然とその場の空気を変性させてしまうタイプ――いわゆるカリスマってやつ。

 角砂糖が載りそうに反り返った潤沢なエクステンション睫毛の下で、真紅の虹彩があたしの方を向いた。


「ウチは《朱羅》いいますの。このイヴェントやら、サイトの《xxxx》をオーガナイズさせてもろとります」

「《ザクロ》でございます」

「なして『サザエでございます』みたいな云い方やの」

 クスッと漏らした笑みもまた妖艶。

「せやけど、ええ名前やね。どないな字ィ書くのん」

「カタカナ」

「もしかして、これに参加するの初めてやないの」

「はい」

 はい、じゃないが。

「そんで? 今もまだここにおるいうことは、あれが平気やったようやね」

 さっきの〈スナッフ〉のことか。

「どないやった?」

「最悪だよね」

 真顔で告げる。

「だけど、その最悪なところが数多の生物のうちで人間だけに許された領域なんだと思う。そういう歪んだ魂の構造っていうか、暗黒性には、なにかしら惹かれるものがあるから。そうした意味じゃ……すっごく、おもしろかったかな」


 うん。たしかに嘘は云ってない。


「うっふふふ……おもろいこと云わはるわね。なかなか、見どころあるやないの。これは楼蘭はん、ええ子見つけはったねぇ」

 吸血ヒルの艶めかしさで、ぽったり膨らんだ妖しいリップが蠢く――含み笑い。

「ほな、またね……精進しいや」


 精進って、なんの?

 そんな脊髄反射では訊き返せなかった。


          ■


 am5:00過ぎ――まだ薄暗いクラブ前の路上。エントランスから吐きだされた参加者たちが三々五々、俯き加減で散っていく。


 だけど即刻解散ってのも味気ないような、なんとなく名残惜しい気分で少しばかり立ち話をしているあたしたちだった。

 ぽんと日常風景の中に放りだされ無粋な街灯の光に晒されてもなお、ケープを纏った楼蘭の立ち姿が己のノーブルな世界から微塵もブレていないのはさすが。


「朱羅さまは余程、貴女のことがお気に召したようだ」

「なにそれ」

「初めての参加で《紅蓮の魔女》直々のご挨拶があるなどとは希有といってもいい。僕など、お声をかけていただくまでに何年通い詰めたことやら」

「はぁん……そんなに、ご大層なもんなの」

「極めて重要なことだね。少なくとも……僕にとっては」


 そういう露骨に“訳あり”っぽいムード醸しだすの、やめて欲しいんですけど。変に気になるから。


「さて、そろそろ退散する頃合いかな。いかがです。送って差しあげましょうか」

「兄貴に迎えに来てもらうから。なにげに心配してるかもしんないし」

「然様ですか」


 だなんて、ちょっと悄然とした表情を見せる。

 でも今はまだ親密さを深めるべきじゃない。


 そう判断したから。


「では……失礼」

 薄く嗤うとケープを翻して歩きだした。


「あっ、あのさ」

 思わず後ろ姿に呼びかける。

 立ち止まった肩越しの横顔に言葉を重ねた。


「また、会えるよね」


 フフッ……口端だけで、なめらかに微笑む楼蘭だった。


「無論ですとも」


 あーあ。どうすんの、あたし。

 もう、あからさまにフラグ立てちゃってんじゃん。

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