《十三階は月光》
【7】……〈SABBAT〉
【7‐1】――『ゆっくりしていってね!!!』
【7】
「ゆっくりしていってね!!!」
エントランスで出迎えてくれた魔女っ子&ゴスロリ娘コンビが元気よく挨拶してくる。
例のアングラSNS《xxxx――ダブルエクスクロス》が主催するイヴェント《アンレイテッド ナイト》は恵比寿のクラブを貸し切って行われていた。
今夜も単独行動だ。
あたしが潜入する――百目がバックアップ。
いつしか自然とそういう作戦スタイルに。
クラブ内はいくつかの区画に分かれていた。
最深層のダンスフロアで轟くインダストリアル ゴシック系の重圧ヘヴィサウンド。
爆音の震源地では黒装束に白塗りのアングラ舞踏団じみた一群が、深海の海藻みたいにゆらりゆらり揺れ続けている。
そんなラウドな喧騒を離れた吹き抜け、上階のバーでひとまずドリンクGET。
カウンターに陣取って、参加者たちの様子をそれとなく観察する。
端的に述べさせてもらうと、かなりカブいてる珍奇な格好の連中ばっかり。
ほとんど仮装舞踏会か、暗黒系コスプレパーティかといった状況だ。
今宵のあたしファッション自己チェーック!
ノースリーヴのホワイトシャツに細身のブラックタイを合わせて、黒のショートパンツとオーヴァ ニーソックスにショートブーツ。
その上からスタッズ打ちまくったダブルのライダースジャケットを羽織って、セミロングの茶髪にピンク入れてる装いなのは、ぎりぎり周囲のトーンに溶け込めている気がしないでもない。
さて、いきなり「まずウチさぁ、屋上あんだけど……焼いてかない? あと“ジャノメ”ってなんなの?」だとか、そういう積極性という次元を超越した奇行に走るわけにもいかない。
ならば、かつての〈オヤジ殺り〉時代に磨いたスキル――コミュニケイト能力をフル発動。
さらに「独りで退屈だし構って欲しいの♡」オーラを発散して、まずはこの場に馴染むことに専念してみた。
■
「はじめまつてですある、まどむあじゑる」
手始めに寄ってきたのはビア樽体型の丸っこいオヤジだった。
でっぷりした短躯を無理に包んだテイルコートは、果敢に表面張力の限界に挑戦している。
だけどシルクハット着用、おまけにステッキまで携帯しているとあっては、どこにだしても恥ずかしくない一流の〈紳士〉と云わざるを得ない。
少なくともファッションの定義上だけは。
「ここでは吾輩 《血達磨男爵――バロン ブラッド》などと呼ばれているのであるまする。以後を見知り置きをである」
現代の日本に爵位制度があったとは驚き至極。
しかし血達磨というか、むしろナメダルマという風情ですけど。
バセドウ氏もびっくりのギョロ目で〈かわいがり〉を受けた相撲部屋の新弟子みたいに腫れあがった浅黒い顔に、てかてかポマードぺったり頭。
生理的にまっっったく受けつけないタイプだった。
なんといっても吐く息がバッドにスメルのは全力でNO!
それでも、どこに“ジャノメ”のヒントが潜在しているか解らない。
「あーどーもー」と適当に愛想笑いでヘラヘラあしらっておいた。
■
それから当たり障りのないモブキャラっぽい連中が次から次へと、まるで〈かぐや姫〉に謁見を願う公達みたいに入れ替わり立ち替わりで来るわ来るわ。
おざなりスマイル――頬の筋肉が表情ごとマスクみたく固着してしまいそうだった。
■
「失礼……少々お話よろしいですか」
「なに? 5秒ですべて伝えて」
軽く苛立ちながら振り返ってみれば……あらあら?
なんと今回はなかなかのヴィジュアル系だった。
“イケメン”というチャラい響きよりも“美丈夫”という古式ゆかしい表現が似合うタイプ。
触れたら突き刺さりそうに鋭利な双眉が、思わず眉間に分度器を当てたくなるほど見事な角度の直線ラインを描いている。
妖しくも怜悧な眼光を放つ翡翠色の瞳はカラーコンタクト?
普通なら野暮ったくなるだけの黒髪ストレートのセミロングヘアが、まさしく〈鴉の濡れ羽色〉ともいうべきゴシックな魅力だった。
金モールが肩に垂れたケープを纏った出立ちは、まるで頽廃と美意識のスパイラルに陥ってしまったV系バンドのメンバーみたいだけど、このルックスなら許されそう。
「不躾ながら、お訊ねしますが……今宵はこのイヴェントの趣旨をご承知の上でいらしたのかな」
見つめられたら思わずポワワッと頬が火照らざるを得ないような、なんとも悩ましげな視線を投げ寄越してくる。
「なんか物好きな猟奇者が集まるアングラサイトのオフ会でしょ」
「それは……あながち間違いではないし、たしかに端的に述べれば、いかにもその通りではあるのですがね」
「あたし、今回が初参加でさ。いろいろ教えてくれたりしたら、それはとっても嬉しいなって」
だなんて、さっきまでの応対とは打って変わった媚び媚びの表情と言葉がサラッとでてきたことが、自分でもちょっと意外だったり。
■
なにやら麗しき謎めく猟奇貴族――《
どうせ等価の情報を得るのなら、より容姿の優れた相手からの方が断然、気分がいいに決まってる。
誰だってそうする。あたしもそうする。
なんかナメダルマが遠くの方からチラチラこっちを窺っているけど気にしない。
『※ ただしイケメンに限る』は現世の真理なのだ。
ブサイクはとっとと爆走トラックに顔面突っ込んで異世界に転生して、どうぞ。
どうやら、この《アンレイテッド ナイト》は頽廃/耽美/猟奇といった概念を好む暗黒な好事家たちが集う、云わば現代の〈サロン〉のようなものらしい。
そしてSNS《
「おっと。噂をすれば……ご覧なさい」
階下のフロアでライティングのパターンが変わった。
轟音も一旦フェードアウトして、ブラスセクションをフィーチュアしたゴージャスなSEが流れ始める。
スポットの当たったステージにスケルトンマイクのスタンドが一本突っ立っているのが見下ろせた。
そこに歩みだしてきた燃え盛る真紅――ディープレッドのロングヘア。
大胆なウェイヴは逆巻く地獄の業火を彷彿させる。
そして衣装は、やはり鮮烈な緋色を基調としたヴェルヴェット素材のデコレイティヴなドレスに、肘上丈のノーブルな手袋だ。
遣り手オーガナイザーという事前情報から、もっと
だけど際立つ妖艶さ、そして圧倒される存在感は、なるほど《紅蓮の魔女》の異名に相応しい。
「皆はん、本日はよう来てくれはったなぁ」
てらてらと濡れたように艶めく肉感的なリップが紡ぐハスキーなヴォイスがPAで増幅され、きんと静まった会場内の隅々にまで染み入るが如く響き渡った。
「ごちゃごちゃメンドイことは云わんとこ……とりあえず愉しんで帰ってな。ほな、まずは歓迎の挨拶代わりに一曲いっとこか」
枯葉めいたサキソフォンが噎ぶローファイなトラック。サンプリングされた生ドラムのビートに《紅蓮の魔女》の嗄れたヴォーカルが絡むと、たちまち場のアトモスフィアが一変してしまう様相は、まさしく魔術さながらだった。
■
甘美な毒に当てられたような微熱気分で、バーカウンターへ新たなトマトジュースを取りにいくと「これはこれは……まどむふあじゑる」背後から粘っこい声音を投げかけられる。
ザゾゾゾゾ……ッ!
まるでゲジが千匹詰め込まれた蟲毒の壺の中身を首筋から浴びせられたみたいな感触で、さっきのステージの余韻が台なしに。
「なにやら、あの美青年くんと良き雰囲気のようですある。なかなかの発展家とお見受けする次第であるまする」
気取ってカクテルグラスを掲げてみせる《血達磨男爵》だった。
金!輪!際!用事とかないんですけど?
するーっと自然に横を抜けてスルー――革ライダースの肘を掴まれる。
「まあまあ、そんな邪険にするこつもあるますまい」
こいつ……ッ!
もはや「イラッとくる」とかいうレヴェルじゃない。明確に殺意すら覚える。
とはいえ、無闇に目立つ行動は本意にあらず。
ピククッとなる頬の引き攣りをスマイルと呼べるのならば、ひとまずそれを返すと「ちょっとさ、静かなところ行かない?」洗面所へ続く薄暗い通路に連れだした。
丈高い観葉植物の鉢が置かれた横の壁にナメダルマの背中を押しつける。
「なに飲んでるの」
「エルディアブロウですある。テキィルラとジインジャエイエルとクレエムドクアシイスのかほりと味わういが口の中に広がつて、とつてもOCですであるまつ」
「あきらかにマズそ」
言下――グラスから引っこ抜いたマドラーを、やつの鼻腔へ突っ込んでやった。そのまま力を維持して、かなりキツめにギチチチッと押し上げる。
「ふぁぶがっ!?」
足許でグラスが割れた。
頭を反らしたナメダルマは、ほとんど爪先立ち。
「ふっふー♪」
立てた人差し指をリズミカルに振って「動いちゃダメ☆」のジェスチュアをくれてやる。
「これが中で折れたら、ちょっとおもしろいことになるよ」
マドラーはガラス製だ。
「さぁて……? 今こいつの先端は、あんたの上鼻道の奥まで達してるわけだけど。わりとイラきまくってるあたしは、このまま頭に詰まってる醗酵した糠味噌を引っ掻き回して、ちょっとは物わかりと“風通し”良くしてさしあげたくて、たまんないんですけど」
「ふァげべふぶァぐあえびんぐェぶわァいあああう」
(訳:やめてください死んでしまいます)
「いい? あたしは今後、何度かこのイヴェントに顔をだすかもしんない。だけど金輪際あたしに絡んでこないで。理由はあんたの口は下水みたく臭うし、溺屍体っぽい腫れぼったい顔とか存在そのものが生理的にNOサンキゥだから……わかる?」
無言――荒い鼻息だけ。
「お返事プリーズ」
ギチュッとマドラーを押し込む。
「ふぶがっ……! ふぁいっ、ふあああぁぁいいいぃぃっ!」
どうやら理解と合意に至ったらしい。
「聞き分けいいじゃん。じゃあね」
解放してやると、ナメダルマは鼻からマヌケに突きでたマドラーを掴んで「をを……ををうををう」両手で引っ張るけど、ぎっちり刺さってるみたいでなかなか抜けない。
「ををうををう……ををう」
ズルチッ……赤く染まったガラス棒が抜けでた瞬間ぶぼっと粘っこい鼻血が噴出して、ぼだぼだに廊下を汚す。
「ををうをををう……ヲヲヲウヲヲウ」
ひたすら気色悪い嗚咽を背後に聞き捨て、その場を立ち去った。
■
中2階のテラスにあるテーブル席に戻ってきたとき、楼蘭を中心としてゴスっぽい風体の女たちが華やかに群がっていた。
なにやら談笑していたけど、こちらに気づくと女たちはあたしが席に着くよりも素早く憮然とした面持ちで散っていく。
「あらあら、なにげにモテてんじゃん。もしかして、お邪魔だったのーかーしーらー……なんてね」
「いえいえ。彼女らとの束の間の談話は『同伴しているレディが戻ってくるまでならば』……そういう条件つきでOKだとしたのさ」
「レディって」
「淑女――すなわちレディさ。違うかい?」悪戯っぽくウインク。
「そんな気を使わなくてもいいんだけど。別にあなたのカノジョとかじゃないわけだし」
「ふふっ。いやはや、いかにも」
薄い唇から覗く白い歯並びが
雰囲気はデカダンだけれど、ナチュラルに微笑むとちょっぴり爽やかでもある。
「ドリンクカウンター、混んでたかな」
「そんなでもなかったけど。なんで」
切れ長の双眸が、あたしの顔を真正面からガン見してくる。
「今の
「あー……」
見透かされてる。そんな顔にでてたんだ。
「なんなの、あの腐れ肉ダルマは」
バーカウンター付近で《
もちろんマドラー関連の仕打ちは内緒で。
「なんと……
「知り合いなの」
「たしかに、このイヴェント《
なにやら怪訝そうに表情が翳る楼蘭なのだった。
「どうかしたの」
「いえいえ、貴女には
そんな含みある態度とられたら釈然としないものを感じざるを得ないんですけど。
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