訳あって悪役やってます

第1話

 夕飯はお赤飯だった。お父さんは食べ終わった料理に、複雑そうな顔をしている。


「もうスズナはそんな年齢か」

「そんな年齢って?」


 私は意地悪く訊ねる。


「え。あ、……いや」


 はっとして何も返せないお父さんを見て、私は笑った。今日私の身に起きた体の変化は、女の子なら起きて当然の現象だ。


 それに、そんな年齢ってお父さんは言うけど、私は遅い方だと思うんだよね。友達はほとんど初潮を迎えている。休み時間に行くとき、いつもハンカチしか持っていかない子は数人位だ。


「お父さん。そろそろあのことを切り出してください」


 お母さんが私の好きなプリンを持ってきた。電車に乗って買いに行く、特別な日に食べるプリン。ここのプリンは濃厚でとても美味しい。


「食べていい?」


 お母さんに聞いた。お母さんは答えないで、お父さんの言葉を聞きなさい、と言った。


「お父さん、話って何?」


 お預けのプリンが恋しかった。


「スズナ」

「何?」


 お父さんを見た。目と目が合った瞬間、がっかりとしたような顔をした。肩を落としてテーブルに前から倒れこんだ。


 いったい、何なの。


「……やっぱり駄目だ。言い出せない」

「言ってくれないと困ります」

「でもなぁ。いつかこんな日が来るとは思っていたけど、心の準備がだな」

「そんなこと、初めから分かっていたことじゃありませんか。けじめをつけないでどうするんですか」


 お母さんが珍しく怒っている。


「どうしたの?」

「よくお聞き。スズナはね、明日嫁ぐことになっているのよ」

「嫁ぐって結婚するの?」


 それも今夜ってどういうこと。


 私の家、一般家庭だよ。お父さんはサラリーマンで、お母さんはスーパーでパートをしている。親戚の人たちも普通のおじさんおばさんだったはず。そんな普通の私がどうして? 第一、十六歳にもなっていないのに、結婚なんて出来るの?


「なんていったらいいのかしら。……スズナは奉公をする約束になっているの」

「奉公って家政婦とか? 私、無理だよ。料理も掃除も出来ないよ」

「そこは心配しないで。向こうのお家で指導してくださるそうよ。あなたは言われたとおりに働けばいいの」

「だからって何で私がやらないといけないの?」


 ねえ、とお父さんを見たら、うなだれたままだった。


 どうしてお父さんはそんなに元気がないの?


「あなたが何と言おうと決められたこと。明日の朝までに支度をしておきなさい。八時になったら向こうの方が迎えに来るそうだから、遅れては駄目よ」

「でも学校があるし」

「休みなさい」

「え? 学校だよ。学校は行かなくちゃいけないって、お母さんがいつも言ってることだよ」

「休みなさい。学校より、あの方とお会いすることが大切なの」

「あのさ、あの方って誰? 何も知らないまま、奉公というのに行かなきゃいけないの? おかしいよ」

「おかしいかもしれないけど、おかしくないのよ。あなたをあの方に嫁がせる。それがお母さんとお父さんがした約束なの」


 そう言ったのはお母さんなのに、私の知らない人に見えた。


「どうしたの、お母さん。そんな人じゃなかったでしょ」


 私のお母さんはいつも優しい。パートをしていて忙しい筈なのに、私が学校から帰ると家にいた。そして、学校であった嫌なんことを、ニコニコ笑って聞いてくれた。友達と喧嘩して悩んでいるときには、ハーブティーを淹れて慰めてくれた。そう、私のお母さんはいつも優しかった。


 だったら、私の前で冷たい目をしているのは誰?


「すでにあちらの方に連絡をしました。だから明日の朝、迎えに来るはずです」

「だから、あの方ってなんなの。ちょっとお父さんも何とか言ってよ」

「お母さんの言うことは全て本当だよ」


 お父さんがぼそりと言った。


「お父さんまで! ……私の言って欲しいのはそんな言葉じゃないのに、どうして分からないの」


 私はリビングから飛び出した。


 階段をかけ上がって自分の部屋に入る。急いで鍵を閉め、その場に座り込んだ。


 なんで急にそんなことを言うの? どうして何も説明してくれないの?


 昨日まで普通だったはずなのに、私の家族はどうしちゃったの? 


 涙でスカートが濡れた。悲しい。悲しいけど、黙って悲しんでいる場合じゃなかった。一刻も早くこの家から逃げ出して、遠いところにいかないと。明日になれば、あの方というのが迎えに来てしまう。


 涙をふいて、無理やり気合を入れた。まずはそう、今着ている服は動きにくいから、動きやすい洋服に着替えよう。それからリュックサックに数日分の着替え、お財布、携帯電話、隠し持っていたお菓子など、目についたものを入れた。他にも持っていきたいものはあるけど、準備をしている時間が無い。


 部屋の窓を開けると下には物置があった。


 大丈夫。やればできる。


 私は最後に自分の部屋を見渡した。今まで過ごしてきた思いではあるけど、もう戻ってくるつもりはなかった。


「ばいばい」


 私は物置の屋根に飛び降りた。


 勢いを殺さずに、ひたすら走って家から離れた。目的の場所はないけれど、どこか遠くへ逃げるしかなかった。

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