(Interlude)

インタリュード

〈曇天の庭に住まうお姫様(オーヴァークラウド・プリンセス)〉について

 澄んだ青の色彩に満ち満ちた羊水の水槽型生命環境アクアリウムを、無数の警告音が震わせていた。

 本来与えられた役目を終え、地球の静止軌道上に置き去りにされた実験用の人工衛星、クラウドナイン。母星から遥か三万六千キロメートル離れた位置にひっそりと浮かび対地同期軌道を描き続けるその背に寄生するようにして、無限に広がる宇宙空間の星々を歪ませる巨大構造物が鎮座していた。

 〈クラーク軌道の姫君プリンセス〉号。星間連盟・太陽系派遣船団に所属する、星間航海船の一隻である。あらゆる星明かりを吸収する暗黒色で塗り固められた外装を、空間偽装装置により展開されたヴェールで覆い、名づけられた〈姫君〉の通称にあまり似つかわしくない巨躯の輪郭を、天体世界の描く鮮烈なコントラストのさなかに溶け込ませていた。

 〈姫君〉の艦橋ブリッジに相当する区画は現在、慌ただしいムードでせめぎ合っていた。

 天使型パーティカと呼称される、疑似生物群体で構成された流体で満たされるアクアリウム状の艦橋内部では、幾層にも展開された矩形のスクリーンが、対象形状の捕捉、情報の数値化、座標投影、関連情報の参照と概念図描画、解釈と言語化、ありとあらゆる切り口で、ある一つの状況を刻々とモニタリングしている。

 広大なドーム形状にくり抜かれた艦橋区画は、曲面をなす壁一面、三百六十度に透過表示された宇宙空間と機械的に点滅する映像群とを無視すれば、宇宙船の内部という表現とはおよそ無縁に思えるほど無機質なものだ。

 そんな空間に漂う、〈姫君〉のオペレーターに相当するらしき、海洋生物然とした無数の浮遊体たち。彼らは、導き出された情報の流路を自ら印すように、各々の部位を明滅させては、状況報告を音声と文字情報のユニゾンで口々に案内し続けている。緊急。警告。報告します。可能性と確率。想定では――。

 映し出された映像の一つが何者かに手繰り寄せられるように拡大され、艦橋の中央部に強調して展開される。そこには、鮮烈なまでの青色、そして白い雲が渦巻く光景を背にして、おびただしい閃光を噴射しながら過ぎ去ってゆく『何か』の全貌が捉えられていた。

 地球の成層圏と熱圏の狭間を極超音速で飛び去る、所属不明の飛翔体――そう形容するほかなかった。そしてこの騒動の元凶である。現在〈姫君〉の搭乗員たちが注視しているそれは、〈姫君〉の放った小型探査機プローブたちが追跡映像として捕捉したものだ。

 エイを思わせる三角形の翼を持った飛翔体が、大仰なペンシル型補助ユニット三機を不格好にぶら下げている様が、解析を経て別画面に投影された。数万キロメートル先に浮かぶ固体惑星の軌道上を通過するだけのごくちっぽけな飛翔体を、彼方より傍観する〈姫君〉の索敵装置に相当する機関が、圧倒的高精度に追随して描き続けている。

 間もなくして飛翔体は、補助ユニットを三機とも切り離し、無事に投棄を果たすと、何事もなかったように機体高度を下げ、母星の引力に絡め取られながら、音もなくカメラのフレーム外へと消え去っていった。


『――――おはようございます。早速の報告になりますが、大気圏付近で索敵中の探査機プローブたちが未確認飛行物体を捉えました。いま映し出されているのは、新たな解析結果の出力です。主翼の形状、推進器、飛行高度及び飛行ルートから類推するに、当該機体は極超音速輸送機、超高高度偵察機、あるいは宇宙シャトルの類に準じる機能を備えた、何らかの高高度飛行システムと思われます。……いかがいたしましょう、艦長キャプテン?』


 艦橋の天蓋部に逆様に埋め込まれた、直径一メートル程の、鉱物状の黒い結晶体。それがオペレーターの確認に呼応して、鈍い振動を発した。この黒い結晶体は、高次精神体・イミュートである彼女らの社会において〈楔〉と表現される、本来ならば深層世界側で形成されるイミュートの片鱗をこの物質世界側に繋ぐための、一種の伝導物だ。

 〈楔〉に共鳴するようにして、朧気な像をなす少女の似姿を獲得したアーチルデットがこちらにダイブし、天使型パーティカの羊水内に螺旋を描く泡沫をくるりと振り払うと、艦橋を飾る映像群の中心にひときわ強く輝いた。


「……おはよ。んもう、このタイミングでめんどくさいなあ、睡眠する権利まで棄損されたわ。だいたいナニよそれ、米航空宇宙局NASAとか米国防高等研究計画局DARPAの空飛ぶオモチャかなんかじゃなくて? あの星じゃ別段珍しいシロモノでもなし、飛んでくるたびにいちいち脅威視してても埒が明かない――」


『――艦長のいま挙げられた両組織の打ち上げ実験計画が公的に情報公開されていますが、当該機はロードマップ上に存在しない機体で、現時点での所属は確認できません。それに我々の存在が波及した現在のあの惑星における世界情勢においては、航空宇宙分野に関するあらゆる事業の一時凍結を余儀なくされています。なお、当該機体はこの映像のあと、大気圏からの離脱はおこなわずに落下しました。以後、標的消失ロスト


「この映像のあとって、そもそも何時の映像なの、これ。これだけ距離あるんだし、あたしらを狙う脅威になり得るの? 今回の懸念事項は?」


『四百アッド・スクゥアラ単位時刻前の映像です。落下した方の機体は、打ち上げ機ローンチ・ヴィークルと、成層圏上から標的の軌道に狙いを定めて最短距離から飛翔体を射出するための発射台の機能を兼ねた、一種の補助システムと推測。切り離された飛翔体三機の軌道計算結果、二五アッド・スクゥアラ単位時刻前には大気圏離脱を完了、地球周回軌道に乗った後、二〇アッド・ネクサ単位時刻後に当艦の領宙域を三方からかすめて通過するものと予測されます』


「……にゃろう、分離した三つは補助ロケットじゃあない、そっちがメインディッシュってことか。さすがにここまであからさまだと、たまたまの偶然……なはずないわね」


 宇宙空間に向け無軌道に放り出された物体が、〈姫君〉の描く静止軌道に偶然接近してしまうという状況など、軌道計算などせずとも何らかの思惑なしにはあり得ないことだ。


「ありがと、状況はわかった。シャクサリア、基幹システムの復旧は結局まだ無理なわけ? あれからミィヤからの連絡は?」


 シャクサリアと呼ばれた、地球上の生態系でいう海牛目を模したシンボルを纏ったオペレーターが、大人びた女性の声で返答した。


『いえ、残念ながら、当艦の置かれる状況は何一つ変わっていません。繰り返しますが、当艦の基幹システムに関する権限は、中央議会の決定によって剥奪されたままです。権限の再獲得には、中央議会の全会一致での承認が必要となります、艦長』


「あーっ! ミィヤ置き去りでかわいそうだよお。こんなトラブルだらけの状況でお客さんがすっ飛んできてるっていうのに、こっちは迎撃機能すら死んだままだなんて、くそう」


 現在の姿では特に意味をなさない振る舞いと理解しつつも、シンボル姿となったアーチルデットが頭を抱え、長い髪の毛を模した輪郭像を水中で振り乱す。


「とかやってる場合じゃないわね。よし……トゥリイド、ニノン、エイクン、軌道上の探査機を半分こっちに呼び戻して、うしろからあのロケットを追跡させなさい。当艦は緊急時に備え全方位に物理シールド展開用意。時空間位相型と天使型パーティカ・バルーンよ。防衛システムは生きてるわよね?」


 ひときわ大きな羽根つき光学イルカたちがアーチルデットに名を呼ばれると、各々が赤、青、黄の光に染まり、彼女の頭上まで浮上し、円をなして遊泳を始めた。


「しばらくの間だけここを皆に任せるわ、よろしくお願いね。あたし、石頭の連中と本気で話つけてくる――――」


 そう言い終えると、アクアリウムに彼女の像が揺らいだ。外界との接点を閉ざし、自己の内に語りかけるため、そっと瞳を閉じるように。


            ◆


 瞬きの動作を終えると、アーチルデットの知覚する世界が逆転していた。


「――――――――――――ねえ、聞こえているのでしょう、〈母性のママ=プロトコル〉? あなたの無限遠の予言と推測機能によって、中央議会の意思とやらをここに再現し、あたしたちにも理解できるよう代弁してくださるかしら?」


 彼女が瞬く前の、ドーム状のアクアリウムに何ら変わりはない。だが、周囲に広がっていた広大なる宇宙の映像はこの場所から跡形もなく消え、代わりに彼女が知覚したのは、コントラストの見事に欠け落ちた、ただただ白いばかりの壁面だ。

 彼女の周囲を遊泳していたオペレーターたちの気配も、そもそも最初から存在しなかったかのように途絶えており、この極度に漂白された空間にはただ彼女ひとりのみが在った。


“おはよう、娘たち。航海士艦長。ルシオン級イミュート。ええ、構わないわ。それでは中央議会の代弁者としての役目を果たしましょう”


 〈母性のママ=プロトコル〉。意思を宿した星間航海船〈姫君〉の魂を形成する、内在人格の片翼である。〈ママ〉がアーチルデットに語りかけた。


“ママはこう思うの。中央議会は、娘たちの今回の決断に強い不満を持ったのでしょう”


「なるほど、不満ですか。さて、あたしたちの問題点とは、一体何なのでしょうか?」


“問題点。それは、娘たちの今回の活動舞台となった地球への加害行為にあります”


「待ってください、それは誤解ですわ。あれは偶然巻き起こってしまった当該文明との紛争状態を未然に食い止めるための、言わばやむを得ない応急処置でした。それに月面への威嚇攻撃による地球への影響は、実際微々たるものであると既に報告済みのはずです」


“そうね。でもよく考えてみて。衛星への攻撃行為は、当該文明を取り巻く因果に負の変容をもたらすことも想像できます。例えばあの衛星・月が、歴史的事情から現地住民たちにとって精神的依拠の対象物たり得るという事情があると仮定しましょう。それが彼らが想像もしなかった外的要因により毀損されたことで、彼ら文明系の推移は、我々のロードマップとは異なる方向にねじ曲がってしまったとしたら。さて、あなたの見解は?”


「…………何を仰りたいのですか?」


“我々が危惧している文明位相の突然変異現象――パラダイム・アセンション。あるいは我々が遣わした娘たち自身がその引き金になる可能性も〈事象儀典〉フェノメノン・プロトコルは想定しているの”


「……馬鹿げてる。だから中央議会は今さらになってあたしから〈姫君〉の手綱を取り上げたと? 現在、地球側の何者かが、こちらに向けて目的不明の飛翔体を送り届けようとしています。あれは地球人が寄越した、何らかの兵器である可能性が高いでしょう。こんな状況なのに反撃手段まで奪われて、ミィヤとの〈同期〉ネイティブ・リンクも切れちゃって……あの子、地上に置いてけぼりの音信不通になっちゃってるってのに、そのパラダイム・アセンションを阻止するっていう肝心の任務、これから一体どうしろと言うんですか?」


 応答はない。アーチルデットの突きつけた言葉をあらためて思考し咀嚼し直しているのか、周囲はきんとした雰囲気に覆われ、彼女の存在しないはずの皮膚を静かにつねった。


「――――〈父性のパパ=プロトコル〉、議会の決定は憲章によって覆りませんか?」


 だが、応答は短く、そして強固で融通の利かないものだった。


“我が娘たちよ、決定は覆らない。議会の意思に沿いたまえ”


 対となる存在の彼も、娘たちの意思を汲み取ってくれはしなかった。


“私の娘たち、愛らしいルシオン級。あなたは〈楔〉をここに残して母船に帰還しなさい”


 再び口を開いた〈ママ〉の言い放った答えが予想しなかったものだったため、アーチルデットが絶句する。


「何、どういう……意味ですか、それ」


 イミュートが〈楔〉を捨てることの意図するもの。

 彼女たちイミュートは、〈楔〉を介してこちら側の空間との接点を持っている。そして〈楔〉は〈姫君〉中枢だけでなく、太陽系派遣船団の母船を始め、随所の拠点に存在している。〈楔〉はイミュートにとって都合のいい外界の覗き窓でしかなく、個々の〈楔〉に執着しなければ彼女らは自らの意思一つで星間転移すら可能な存在だった。


“いい、あなただけ戻りなさいと言っているの、ルシオン級。このまま派遣船団に合流しなさい。そして、〈姫君〉と名づけたあなたのこの船は、今後この場所に残して、あなた無しに運用するよう議会は判断するでしょう”


「……あたしは用済みってこと? 議会の連中はこれから一体何を始めるつもり――答えて」


“ルシオン級、あなたが地球を眺め続けていたこの三ヶ月あまりのうちに調査して見つけ出したものの正体は、我々が〈楔〉と呼ぶあの鉱物に似通った、深層世界の伝導物だという結論が間もなく判明するでしょう。我々のあずかり知らぬ何らかの事象を経由して、あの地球にもそれが出現した。かたや、あなたが地上で取得した現地住民の体組織サンプルからは、パラダイム・アセンションに連なる因子の兆候が確認されるでしょう”


 〈ママ〉はまるで明日の天気でも予報するかのように、これから起こりうる事象について喩える言葉を次々に紡ぎ出してゆく。


“我々の下すべき処置は、次の段階に移行します。現在地上側で活動中の、あなたが従えていた天使型集積体パーティカ・クラスタ。議会はを、そのまま地上で天使型工場パーティカ・プラント化させます。当該惑星の生態系を増殖させた天使型パーティカで上書きすることで、パラダイム・アセンションを発動前に阻止するのです”


 そこまで言い放つと、〈ママ〉はそのまま沈黙してしまった。実体のない彼女の気品に満ちた息づかいだけが、生気の抜け落ちた純白のドームに冷たく反響している。


「――――――――ふざけるな。ミィヤに自爆して死ねって言うのか」


 それに凍えるように、アーチルデットは自らの肩を抱き、身じろぎした。


“この船に乗るときに〈事象儀典〉フェノメノン・プロトコルの化身たちから教わったのでしょう? あなたたち娘には、各々の降り立った世界に正しい物語を描き、導くために、各々仕組まれた役割があるの。娘たち、このまま決断を恐れていては手遅れになるわ。我々が触れられるありとあらゆる世界は、指数関数的速度で突拍子もない変容ばかりを重ねてゆくのだから”


 口調自体は穏やかだが、突き放されるようにアーチルデットの立ち尽くしていた白の沃野が収縮する。

 反転する風景。白から黒へ。像が急激にコントラストを裏返らせ、彼女の接する光景は、再び天体世界の暗黒と星々の灯りとがきらめく艦橋のものを取り戻した。


            ◆


「…………ふざけるな……畜生」


 指揮者として関わるべきと信念を持ってきたはずの議論の、その埒外に取り残されてしまったアーチルデットは、感情の昂ぶりを押さえきれなかった。

 身体なき超越者オーバーロード・イミュートである彼女にとって、一時の情動のような、非生産的な思考の揺らぎなど無用な機能であった。だが、彼女はそれを他者から模倣し、自らが住まう世界の外で彼女自身の在り方を確立するために、望んでそれを獲得した。彼女がそんな喜怒哀楽や情操的振る舞いを意味あるものとして学んだのは、他でもない、彼女がかりそめの自分を得るために共生関係を結んだ身体、ミィヤからだ。


『――あの……艦長、あちらの世界で色々とお取り込み中のところすみません……その、また新たな緊急事態が発生していまして……』


 逆さまになってアクアリウムにたゆたうシャクサリアの心配顔が、鼻先をかすめるように横切ってゆく。大きなあぶくが視界に立ち上り、意表を突かれたアーチルデットは、


「わっ、ごめん、な、ナニゴトだっ――――?」


 随分と間の抜けた声色を伴いつつ、ようやくいつも通りの彼女自身に立ち返るのだった。


『……いえ、これは何と説明して良いのやら………………その、艦長宛に〈〉が』


 報告の要点が飲み込めず、真顔で「は?」と声を上げてしまっていた。

 地球で十九世紀に発明され現在に至るまで形態を変えながら進化を遂げてきた、お馴染みのアールを描く受話器が輝くシンボルとなって、アーチルデットの眼前に出現する。理解が追いつかず、返す言葉を詰まらせたまま、せめて行動だけでもとそれに手を伸ばす。


「もし……もし――――――?」


『――――わあっ、ホントに繋がっちゃった!? すごい、これは世紀の大事件だね!』


「…………あの、もしもし……?」


『いやあ、驚いた、ようやく本人に出会えた! ハロー、こんにちは! こちらの言葉がわかるかい?』


「もし…………つーか、誰よあんた」


 どこからか届けられた、謎の音声。声は地球人の大人の男性のもの。それも日本語だ。ただ、それは彼女にとって全く耳に覚えがないものだった。男の口振りから少なくとも、彼女が地上で出会った人間の代表者、あの戸原一佐少年や彼の隣人たちと関係があるとも思えない。

 中央議会の横暴な決定により機能不全に陥った〈姫君〉に、一体何をどうやったのか、その声は届けられた。地上に取り残されたミィヤとの〈同期〉ネイティブ・リンクどころか、あらゆる外部との通信権限すら剥奪され、〈姫君〉は宇宙に孤立したはずだった。なのに、そんな彼女らに対して相互通信を持ちかけた何者かが、こともあろうに地球人側に存在するというのだ。


『ああ、もうしわけない、どこから話したものかな。まず、どうも初めまして、み……ミズ・アーチルデット……いや、最初に我が国に接触を求めてきたのだから、日本語文化圏的な言い回しで問題ないのかな?』


「あっそう、それはそれは初めまして。日本語で構わないけど、だから誰だってあたしは質問しているのだけれど?」


『えへへ、手厳しいねお嬢さん。さて、僕は一体誰でしょう? 実は僕たち、ある場所で何度も会っているんだな、これが』


「会っている、ですって? あたしが認識していないのに、思い上がりも甚だしくってよ」


『アーチルデット、僕はデッドボーイズだ。君、エイリアスでのアカウント名は【SACC】だったよね? サー・アーサー・C・クラーク? 歴史的なSF作家の名前からの引用かな。母艦の名前がクラーク軌道のプリンセス号って、あのとき宣言していたものね』


 彼は、どうやら昨日アーチルデットがテレビ越しに呼びかけたメッセージからあれこれ推測して、こちらに何かを伝えようとしているらしかった。ただ端的に言って、相手がこちらに何を望んでいるのかがどうにも読めない。アーチルデットがまず想定したのは、こちら目がけて現在も侵攻しつつある謎の飛翔体の、その届け主からのあまり友好的ではない要求事項だった。なのに回線の向こう側のユニークな地球人男は、何をどう考えてもそんな役目を負った、狡猾な人物とは思えなかったからだ。


「そんなの、いちいち覚えていないわ、名無しの。それよりあんた、どうやって当艦のシステムに接続できた。こっちもいま忙しいの。あんまりまどろっこしい言い方すると、このまま回線切るわよ」


『あー、いやいや待って! ごめんなさい、すぐ本題に移るから。……僕、本名はタバタって言うんだ。フルネームだと田端博継』


「へえ、そりゃあどーも。んで、そのミスタ・タバタとやらが、うちらに何のご用?」


『僕、君が随分前からぴったりへばりついて踏み台にしてくれちゃってた……ほら、鼻先にあるソレ、その人工衛星。今回はそいつから君たち側に逆接続してるって仕組みなのさ』


 まくし立てるようにしてそこまで説明した彼の言葉に、アーチルデットはようやくこの〈姫君〉に今何が起こっているのかを理解することになる。


『――僕はね、実はクラウドナインの管理者なんだ。……もしかして気づいてなかった?』

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