「――――しっかしさ、この星の連中、何故こんなシンプルでプリミティブで迂遠なやり方でネットワークに繋がりたがるんだろうね。うん、不思議だ!」


 窮屈なスカートと上衣トップスとを脱ぎ捨てたアーチルデットは、リビングのカウチソファに寝そべりながら、テーブル中央に鎮座する三二インチモニターを眠たそうに睨めつけた。エイリアス・ネットワーキングデバイス内臓。ニュースや衛星放送受信にカタログショッピング、別世帯とのライブコミュニケーション機能、郵便物だって電子組み替え受け取り可能だ。昨夜の内に段ボールの山から引っ張り出したもののすっかり放置してしまい、マニュアル片手に先ほどようやく電源を入れたばかりだった。


『さて、どうでしょう。自らの神経系回路シナプスと創造物とを直結して、電子的な実態と自由とを得るなんて発想は、この星では旧世代の無意味な絵空事として構想もろとも幕を閉じた。そんな印象に見受けられますね?』


「いつだったかミィヤと一緒に見たSF映画があったじゃん? 要するにさ、アレみたく、端末と神経接続して電脳世界にダイブするよか、画面を眼で見て、こう……パパッと手を動かす方がはやいって話?」


『さもありなん、ですかね。おそらくですね、彼らは自分たちの身体をとてもとても大切にしているからなのでしょう。あるいは、生まれ持った自己の肉体の一部もしくは全部を、別の何かに後で置き換えるという観念下にないとも』


 相変わらずのミィヤの口振りに、しかし理解に努めようと耳だけ傾けておく。今の彼女は帽子形状から解けて、クッション代わりにアーチルデットの胸元で抱かれている。

 ごくごく段取り的な手順でプレート状のリモコンに指先を滑らせると、スクリーン上にアドレス概念図のツリー構造が浮かび上がった。要約されたエイリアスネットワークの、地球儀の枝葉がポリゴンモデルとポイントデータの雑多な集まりとして多層化表示され、


『くれぐれもお互いの倫理観の行き違いにはお気をつけ下さいまし。ここは、ししょーやミィヤとは全く正反対の、血肉の原理の下に成り立った、暖的な文明社会なのですから』


 やがて中日本エリア商業中心区画で明滅する一点、つまりこの廃マンションにフォーカスする。ふとアーチルデットは、ここに名前が付けられていることに気づく。『サクラガーデン』。書面上はそんな名称だったかと、現地協力者たち任せだった時の記憶を探る。


「なんだそりゃあ。この星の皆さんは色々とめんどくさいんだねえ」


 ミィヤの言うこの星の文明社会とやらにさして興味がないような口振りで返すと、


「ようし、『トリスタン計画』・『実験失敗』・『関係者』」


 アーチルデットは暗号めいた呪文の言葉をスクリーン目がけて投げかけた。

 途端、膨大な文字情報と画像情報の渦が縦横無尽に結線され、ノイズフィルタリングを経てサクラガーデンの領域へと収集され始める。


「おー、おー、早速あったあ。さすがに何の経由もナシの、地上からの直結は快適快適」


 おびただしい数が並ぶ画像の狭間からより強く結びついた一枚を、アーチルデットは早速手繰り寄せてみる。それは初老の男性の投影肖像アバターだった。公共圏内で閲覧許可の出されているだけのプロフィール階層を斜め読みする。公的な人物像。姓は琴述ことのべ。五十三歳、独身。出生地は空欄となっており、現住所は大阪市――出生地における空欄が、この国の旧首都・東京を意味するらしい暗黙裏の掟を彼女が知り得たのは、つい二ヶ月程前の話だ。彼女のような部外者にとって、実に面倒くさそうな歴史的事情があるらしい。

 琴述氏の肩書きは、現・宇宙開発庁長官・的井桜まといさくらの、文部科学審議官時代の秘書経験者とある。アカウント識別符号に『官』ガバメントコードが含まれているのがわかる。


「――我々が周回軌道上からこの惑星のエネルギー位相の異常な乱れを検出したのが、かれこれ三ヶ月前。でも、当該エリア中心座標は、陸地から離れた海の真ん中だった」


 アーチルデットは今一度自分の存在理由を意識する。これは任務のためだ。この惑星では、住人たち当人すら想像だにしなかった異変が起きている。


「海上には、世界中の企業や学会から脚光を浴びるヘンテコな都市が浮かんでる。その〈洋上自治区〉は、トリスタン計画をはじめくつもの胡散臭い実験が行われてきた場所だ」


 リモコンを爪先でコツコツと小突く。トリスタン。彼女らがようやく辿り着いた、異変にまつわる因果のキーワード。それに近しい人物の一人が、スクリーンを介したエイリアス越し、安楽な対話のテーブルの前に座している。


『ししょー、誰かと話す場合は〈姫君〉経由でお願いします』


「あいあい」


 深く考えずに、アーチルデットはこの琴述なる男と接触することにした。


            


【SACC:はじめまして、こんにちは琴述先生。僕は素粒子物理学を専攻している府内の大学生です。ゼミの今度の課題が先生の過去に携わられたお仕事と少し関係があり、是非ともお話を伺いたいのですが今お時間宜しいでしょうか?】


【琴述:どうもはじめまして。でもすまないね、ボクもいろんな仕事をやっているけど、あくまで政治家の先生方の補佐役なのですよ。それに専門家でもないので、残念ながら専攻しておられる学生さんにアドバイスできる知識がありません】


【SACC:いえ結構です。先生は洋上自治区のトリスタン計画についてご存じですか?】


【琴述:ああ、加速器実験のやつね、ミニブラックホール観測の。あれはJLCという研究機関が主導していますね。ボクなんかより電子文献の方が詳しい。JLCから情報公開されていますよ。あれは国の政策とも関わりが深い。担当教授から閲覧許可を貰いなさい】


【SACC:トリスタンでは前回の実験終了よりまる三ヶ月が過ぎていますが、今回は成果の公表がメディアを通してまるで漏れ伝わってきません。膨大な研究費は国の予算、つまり我々の血税から得ているはずですが、実験時に何か想定外の事態が起こり、スキャンダルで審議官をお辞めになられたはずの的井先生からの見えない圧力が?】


【琴述:急になにをを言い出すのかね君】


【琴述:ああ、なるほどそうか。またどこぞで喧伝されている真偽不明の情報を鵜呑みにして、浅はかな知識をふりかざしてジャーナリストごっこしたい輩か!】


【琴述:近頃の君たち若者連中ときたら、口を開けば批判、批判!文明の利器で自らを磨き学習するのを忘れ、部屋に引き籠もり機械的強者になった気でいる!】


【琴述:それともまたしても国民のアカウントを装った外人かね?家族の絆を破壊する低俗なソーサルども!あのエイリアス中毒患者たち!】


【SACC:もう壊れたのかめんどくさいおっさんだな。被害妄想かよ。あんだけぶち上げといて隠してんじゃねえよ。何かあって失敗して実験施設ぶっ壊したとかじゃないの?】


【琴述:おy】


【deadboys:外野から割り込み失礼、ご両人とも少し落ち着かれては?喧嘩もほどほどが宜しいかと。ところでSACCさんは非常に珍しい二重鍵と回線をお持ちで?】


【SACC:誰よあんた。鍵とか意味わかんないわ、邪魔しないで>dead】


【琴述:親と国からの補助を受けている分際で転化の高等教育を何だと思っtいるのか】


【deadboys:いえいえ、SACCさんはひょっとして僕の仕事とすごく近い場所にいるのかも?これは素晴らしい出会いだ、奇跡かも!是非連絡先を交換しましょう!】


【琴述:見てください有権者、国民の皆さん、彼のように口汚い言葉をためらいなく吐くことができるような堕落した社会こそが昨今の我が国におけるコミュニケーションの死を如実にあらわしているのです、ですから(続く】


【SACC:ああもううるさい死ね、てめえのナニをケツにセルフインサートしてやがれ】


            


「うぉおあああああああぁぁぁこいつムッカツクうぅぅぅぅーーーーーーッッ!!」


 リモコンをフルスイングでモニター目がけて叩きつけていた。強化ガラスで覆われたモニターがそれを弾き返し、身震いするように短く明滅する。組み込まれたセンサーか何かがユーザーに気を利かせて、エイリアス接続状態からの強制離脱までお膳立てしてくれる。


『……おいおい、何しに行ってきた、ししょー……』


「うう……ごめんなさい。やっちまった」


『もう。そんなだから万年なんですよ? 一級航行者の夢はどちらへおやりに?』


「……うん、がんばる。与えられた任務は、成し遂げる」


 彼女らも感情と呼べる特異性を備えているのだとして、不用意に昂ぶったそれを慎重にやり込めると、


「きっと、成し遂げるよ」


 丸まったミィヤをそっと抱き寄せ、強く自らに誓い、そしてその意味を確認した。


『ししょー。差し当たって、任務遂行のための調査よりもまず、活動環境を整える方にエネルギーを割くのが得策かと思われましょう? 万里の道も一歩からとは、この惑星でも有名な諸葛孔明の罠です』


「あー、はいはい、そうね。その〈洋上自治区〉とやらに直接潜入するのが当面の第一目標として、地上での活動拠点はこうしてようやく確保できたけれど、あとはどうしよっか。あの少年のお陰で都合のいい移動手段が近いうちに手に入るなら、次は何をすればいい?」


『我々の任務はその性質上、極秘裏に行う必要がありますが、かといって我々は侵略者ではありません。ゆくゆくはこのマンションを星間連盟の臨時在外公館として機能させるためにも、現地住民とのコネクションは深めてゆくべきかと』


「でも、彼らにとっちゃ、あたしらって宇宙人、つまりはエイリアンなわけじゃん? 例のソーサルの連中にも逃げられちゃったし、そのうちあの子も色々と知ってしまったら、あたしの傍から離れていっちゃうのではないだろうかと、ちょっぴり不安だ」


『仲良くなりたいので? だからといって、あの男の子に入れ込みすぎるのは駄目ですよ。トバル・イッサはししょーやミィヤにとって、ちょっとややこしい関係に至っています。それは運命共同体とも言え大切にすべき関係性ですが、親密に過ぎると中央議会にこちらの中立性を説明できません。大体ししょーはイッサを今後どうされたいので?』


 戸原一佐との今後について。アーチルデットは気だるそうに、床に脱ぎ捨てた服に手を伸ばし、そのポケットから小さな物体を取り出す。


「連盟上層部連中の当初計画だと、この地球って惑星の文明位相においては、技術力、武力、対話力、社会高度性、あらゆる面において、我々に抗える個人/勢力は確認されない……とあったはずよ。だからあたしみたいな下っ端がここに派遣されたのだし、任務はもっと簡単に遂行できるものだと嘗めてた」


 彼女が手にしたのは、巻き貝形状をしたプラスティック製のケース。それは、一佐が普段より常用している喘息の予防吸入薬だった。それを指先で摘まみ、こねくり回しながら、


「ねえミィヤ、あの子をどう思う? 彼はまったく気づいていないようだけど、この『薬』にしろ、彼の記憶領域に仕組まれてた妙な防御機構プロテクトにしろ、この国はなんかおかしい」


 脇の下から這い出てきた自分の尻尾を愛でるように撫で、その先端部に鋭く切り開かれた口に、ごくわずかな残留物をこびりつかせる薬のケースをまるごと飲み込ませた。尾が蠕動ぜんどう運動をしてそれを取り込む。鈍く、砕ける音が伝わり、脈打ちの動きがやがて収まる。彼女のそれは尾というよりは管と呼ぶに相応しく、造型は寧ろ人工物の印象が色濃い。


「ヨソ様んとこの文明の統治のあり方にクビ突っ込む気なんてさらさらないけどさ、あたしらが知っている限りでも、ここまで多様でおっきな多種族社会はレアだ。文明の停滞に行き当たっちゃって、綻びができ始めてるのか。それとも本来的にこれはこういうシステムなのか。ミィヤ、この国のデータベースか何かからイッサのことを詳しく調べられる?」


『ええと、その類の調査は、現状のアプローチ方法では実行不可能です。民衆の詳細なプロフィールを管理するデータベース自体が、統治機構側に存在しませんので』


「あららザンネン。んじゃ、現状のアプローチ方法以外で可能だとするなら?」


『《伝聞》》、つまり言語を介した聞き込み活動ですねー』


「ああーっ、んなのイチイチやってられっかー!」


 裸体の背を覆い隠すほどの長い髪をわしゃわしゃと乱して、アーチルデットはふかふかとしたミィヤに顔を埋めた。


「あたしらさ、いきなりとんでもない罠を踏んだのかもしれないね。星間連盟がこの惑星に介入するのを最初からわかってたような。そんな胸騒ぎすらするわ」


『そうでしょうか? おかしいからこそ、ししょーもミィヤもここに導かれた。因果の順序としては、それが正確では?』


「……うん、そうか。そうだよね。わかった、大丈夫、今のままで支障ない。きっとやり遂げる。でも、調査は必要ね。だからこそ彼には今後もあたしに付き合ってもら――――」


 不快な短ノイズの合奏が数マイクロ秒だけ鼓膜を刺すと、唐突に電源が落ちた。予測不能なタイミング。それもモニターの、ではない。室内全体の機能が停止した。エアコンの可変型送風フィンが不自然な位置で硬直し、低く唸り続けていた冷蔵庫のコンプレッサーが黙り込んで、照明のバルブというバルブが光源としての役目を瞬時に忘却していた。


『――――緊急。主電源、切断されました。診断システムごと機能停止したので切断経緯が特定できませんが、セキュリティ応答はまだです。実行犯の侵入前に切断されたとすれば、電力会社レベルで供給を断たれたかと』


「うえ、まじ……昨日の今日なのに、見つかっちゃうのさすがに早過ぎるでしょう!?」


 演技でなく取り乱すアーチルデットをよそに、淡々と状況説明の音声を吐き出すミィヤ。


『この状況は統治者クラスの介入を意味します』


 そう言い終える間もなく、リビングのテーブル上で、やけにクラシカルなデザインの濃紺色ネイビーの携帯端末が、神経質なアラート音を吐き出し始めた。


『セキュリティ応答来ました、侵入者です。昨夜我々が追跡を受けた小型航空機の関係組織が動いているかどうかは現時点で確認できません』


「……うぐ、どうするミィヤ。やっつけちゃうか?」


『お待ちあれ、ししょー。それよりミィヤからのベターな提案があります』


「うん、言ってごらん?」


 相棒の実に頼もしい台詞に、自信満々にソファから立ち上がると、


『――――まず、服を着て下さい』

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