『 』

@Ocean

第1話 春。冷凍庫最前線

《注意書き》

『 』は、全体を通して一部暴言が出てきます。苦手な方は、閲覧にご注意ください。













天に昇る黄金の瞳

大地に根付く新緑の髪

地底に響く青藍の涙

吹き荒れる寒冷の息


何も存在しなかった

暗く引き裂かれた空間に

炎と氷が手を伸ばす




古代文献 『エリルクス』 第1節










「スクルドの予言じゃ!イグニースの加護を受けし者よ!!今こそコンゲラートの加護を受けし者と対となりて、ラグナロクを経て世界を創造せよ!!!」

「何言ってんだコイツ」



旅立ちは、唐突に。



「うわあー!凄い凄いすごい!!私こんなの見た事ないよ!?」

「俺は、お前のソウルメイト」



出会いは、唐突に



「ふん。無様に道の隅でミミズの如く干涸びぬ様に祈っておいてやろう。2秒くらい」

「2度と戻ってくんじゃねェぞゴルァアア!!」

「私は!私は、いつでも待っています!だから、どうかご無事で…!!」

「次の街でなら、多少僕の顔は利くと思うからさ。頑張れ〜ははは」



別れは、唐突に。




クリスタル・コアって何? 今から1週間!それ以上は時間は取れない

申し訳ないと思うのなら、無傷で返しに来い あと任せてくれてOKだからさ

ついでにこの包みを届けておくれ 大丈夫、あなたはとっても優しいから



予言 冒険者 ソウルメイト クリスタル・コア 友人 故郷



煩ェよ、化け物共 人間如きに負ける訳ないだろう

わあ、空が飛べるの?! 妖霊が出たぞっ!!

人間とは何だ? 妖霊ってのは、もしかしたら……



人間 妖霊 敵対 本質 疑問 違い 絆






騒がしい日々は平和だった。

めくるめく旅は宝だった。

苦しい痛みは勘違いだった。

湧き上がる怒りは悲しみだった。



私は誰?君は何?

1つは2つ、2つは1つ。


俺は何をしている?お前は何がしたい?

外の世界は内の世界へ。



一体何があるんだろう。一体何を持っているんだろう。

どんなに確かめても持っていない。どんなに振り返っても落ちていない。


前には何も見えない。後ろにはごちゃごちゃしたものが沢山ある。

今、此処には何もない。



夢ってなんだろう。心ってなんだろう。

友達ってなんだろう。家族ってなんだろう。

優しさってなんだろう。愛するってなんだろう。


いつから忘れてしまったんだろう。最初は持っていたはずなのに。全部知っていたはずなのに。



歩む道は光の道

闇のカーテンに彩られ

星の海の真ん中へ


辛い旅も、悲しい思い出も。

楽しい日々も、暖かい場所も。


歩む道は闇の中

瞬く光に手を伸ばし

深い空の真ん中へ



昔々、少年少女が生きた世界。

自然が生きた世界。

人が生きた世界。

生き物が生きた世界。

目に見えないものがいきた世界。

神様がいきた世界。


そして、不思議なソウルメイトがいた世界のお話。










少し冷たい、澄んだ風が前髪を揺らす。包むように頬に感じる陽光と、時折聴こえる鳥の声は心地良く、本のページを捲るのを遅らせる。

重い曇天はゆるりとほどけ、清々しく降り注ぐ穏やかな光は、地上の生き物全てをきらめかせる。


命芽吹く季節、春。

長く厳しい氷と雪の世界で凍えていたものたちが、一斉に息を吹き返す。ああ、やっとか。どれほど待ち侘びたことか!氷点下にさらされ、極限までに縮こまっていた命は、新緑と共にその祝福を風に乗せ、世界中へと巡らせる。

そして、春の訪れを待ち望んだ人々もまた、その福音を感じて顔を輝かせる。


春招祭。年に1度、このレアルで盛大に行われる、読んで字の如く、春を招く祭り。

別に大したもんじゃない。多少の正装をして、楽器を演奏して。あとは飲んで食べて踊って騒ぐだけのくだらない祭りだ。

・・・そんなくだらない祭りでも。人々は本当に楽しみ、弾けんばかりに騒ぎ続ける。


ノルリエ王国は北国だ。春なんて一瞬で、ミッドナイト・サンと共に短い夏が訪れる。そして、万物を凍てつかせる、長い長い、白と灰色の冬が来る。


暗くて寒い季節が、やっと終わった。喜びも大きいだろうし、何より目一杯陽の下で体を伸ばしたいだろう。わからないでもない。




だがしかし、俺は騒がしいのは好きじゃねぇ。


性格が曲がっている?捻くれている?誰に何と言われようと、答えは同じだ。何度だって言ってやるよ。


「 く だ ら ね ぇ 」



浮かれ顏で祭りの準備を続ける人々を遠目に、心地よい日差しの中ぼんやりと呟いた。


開かれた本に日が差し、眩しいほど白く反射する。吹き抜ける風は、段々と暖かみを帯びてきた。


やれやれ、今からもっと騒がしくなるぞ。


「アムラー!アムラくーん!」

「・・・はあ・・・」


……こっちも騒がしくなってきやがった。


「へいへい……ったく…」


1階からの呼び声に、ため息をついて本を閉じる。


「アムラさーん?アムラーン!アムリン!!」


「誰がアムリンだ?!わかったわかった、今行くから、もう呼ぶんじゃねえ!」


返事しなかったため聞こえなかったと思ったのか、更にボリュームを上げて叫ぶ姉。しかもちょっとずつ妙な変換してやがる!


窓は全開。外に聞こえないわけもなく、通りすがりの街人は声を上げて笑っている。


「アムローン!アムルン!アムサバドルハム!」


「最後何つった!?」


そうこうしている間にも、次から次へと呪文を唱え続ける魔女を黙らせるために立ち上がる。

こいつを魔女と言わず何と言う?見ろ!通りすがりのA・B・Cが笑い転げてるじゃねえか!


窓の外から聞こえる大きな笑い声に顔が引きつる。あの呪文もそうだが、あの外野も等しく癪にさわる。


………仕方ねえ。


魔女の呪いにかかり、耳障りな悪魔と化した通りすがりを撃退すべく、さっとポーチに手を突っ込む。手頃な大きさのそれを数個掴み取り、窓からぐっと身を乗り出す。さあいくぞ。すっと息を吸い込んで、腹を抱える馬鹿共に大きく腕を振りかぶる。



人様(俺)の家の前で騒ぎ立てたこと、特と後悔させてくれる。


放たれる礫は雷の如し。

空を切り裂く怒声。

見上げる頃には手遅れなり。



((時既に遅し))


(うるせぇええええエ!!!)






「なんだよ、一体!」

「あ。ちょっと手伝ってくれるかなー?忙しいの。」



スチールナッツと共に仲良く地面を転げ回る者共を一瞥し、下の窓から顔を出しているアシュリーに声を掛ける。呻き声を上げてのたうちまわる街人を不思議そうに見ていた事の原因は、たった今思い出したかのようにそう言って笑いかけてきた。


*スチールナッツ…とても硬いクルミ。普通のクルミの7倍硬い。


「そりゃ構わねーけど…変な呪文唱えるんじゃねーよ!」

「うふふ、楽しかったでしょ?」

「楽しくねえよ!やめろ!」

「じゃあ、待ってるね!」


「あ、おいこら待て!……はあ…」


全く聞く耳を持っていない様子の姉に再びため息をこぼす。


さて、とっとと片付けるか…。

適当に本を片付けて、もう一度窓の外に目をやる。呻き声の先からは、楽しげな人々の声が絶えず聞こえてくる。


「……くだらねえ」


柔らかい陽が差す。

新緑の風は、笑い声を乗せてゆっくり巡る。

少年はそっと、窓を閉じた。



(祭りなんて)

(ただ騒がしいだけだ)






「っっ!」


リビングの扉を開けた瞬間、凄まじい冷気の歓迎を受けた。何故だ。

真冬とまではいかないが、冬の再来を思わせる程の寒さ。吐き出す息が白い。


・・・もう一度言う。何故だ。さっきまでの暖かさはどうした。今日は比較的薄着だから、結構ダメージがデカいじゃねーか。

大体、手伝いを頼まれて降りてきたまでは良いが、部屋一杯所狭しと並べられたこの木箱は何だ。いつの間に運び込んだ。


山の様に積み上げられた木箱に、若干引く。元々置いてあったテーブルやイスなどは姿を消し、それがあった場所には我が物顔で木箱が鎮座している。


何故だ。確かに今朝は無かったはず。

近くに置いてあったそれをちらりと見れば、つやつやとした薄桃色の物体が、砕かれた氷の中に幾つも埋もれている。


これは、あれだ。春先によく獲れるあいつだ。


「あ、アムラくん!見てみて、すごいでしょう!」

「おー、こりゃ立派なハルダチウオだな……

じゃねーよ、馬鹿!何だこりゃ一体!?」


「え?ハルダチウオ?」

「これ全部か!?」

「あっちは鯖だよ」

「ああ、鯖か……ちっげぇええ!!」


首を傾げるアシュリーに思わず声を上げる。違う、そうじゃない。俺は別に魚の種類を聞きたいワケじゃない。


「ええい、この天然記念物め‼︎ここに置いてある木箱は全部魚か、って聞いてんだ!」

「そうよ!今日はムニエルでもいい?」

「あぁ⁉︎ いや、そりゃ別に構わねーけど……ってか、何でこのタイミングで昼飯の話を…」


「え?夕御飯のことよ?」

「昼は!?」


昼飯を抜いて夕飯の予定を話し出した姉に頭を抱える。聞きたい事は多々あるのに、これ以上話しても無駄な気がしてしょうがない。


駄目だ、こいつじゃ話にならん。


既に冷たくなり始めた指先に息を吹きかけ、腕を摩る。

寒い。兎に角寒い。しかもリビングが魚に占拠されてやがる。これじゃあ、まるで冷蔵室みたいじゃねー………


「……」


ふと、視界の隅に揺らめく光が入る。

よくよく辺りを見渡せば、幾つもの格子状のランタンが置かれている。

中には小さな結晶。淡い水若草色の光をトロトロと零しながら、その周辺に小さな氷の結晶を舞わせている。


———クリスタル・ドロップ


自然界のエネルギーを凝縮してできたと言われている、不思議な結晶。


不思議、というのは、今でもそれが何なのかよくわかっていないからだ。ただ、とても強い自然の力を持っている事くらいしかわからない。


クリスタル・ドロップに関する神話は、あったはず。


……確か、月の女神…?の、フルムーンだったか…。そいつの溢した神秘の光が、クリスタル・ドロップになったって話…溢した光からできたから、ドロップから放たれる光は滴るように下へ零れ落ちていく。


……馬鹿らしい。唯の作り話だろう。


「招春祭のね、お料理を任されたのよ」


妙な事を思い出した、と思いっきり顔を顰めていると、ぽふん、と肩に毛布を掛けられる。


「ただね、お魚を置く場所がどうしてもなかったから、うちのリビングに一時的に置いておくことになったのよ」


ポンポンと優しく肩を叩いて、アシュリーは柔らかい笑顔で諭すようにそう言った。


「それに、どちらにしても全部料理しちゃうから、丁度いいでしょう?びっくりさせちゃってごめんね」


謝って、それでもやはりニコニコと笑う。


「……全部ってか。ばっかじゃねーの、本当」


馬鹿で話が通じなくて、どこまでも天然記念物な我が姉。


本当に馬鹿だよな。置き場が無いからって、リビングを丸々冷蔵庫にするか、普通?どーせまた漁師のおっさんの冗談を真に受けたんだろうよ。


ああ、馬鹿だ………。本当に馬鹿な姉だ………。




毛布を羽織り直して二階へ向かう。こんなクソ寒い中で作業してたら、ガチガチになっちまう。適当に厚手の服を見繕わねーと。




(で、何を手伝えって?)

(うん、お魚全部捌きたいから手伝って欲しいんだ?)

(…!?)








「わあ、あっという間に終わっちゃった。ありがとうねー皆」


アシュリーはすっとしゃがみ込み、床に転がる4人に笑いかける。


「…き、さま……謀ったな………」


「は、はは、アシュリーさんの…お力に……なれた、なら…良かった、です……」


「……毛虫ィ…覚悟出来てんだろー…なあ、ゴルァ……」


「へっ……騙された方が悪ィんだ、よ…バーカ……ざまぁ、みやがれ……」


顔を上げる力もない、と言わんばかりに倒れ伏したままモゴモゴと其々の思いを口にする少年少女ら。


結局、2人だけで山の如く待ち受ける魚を捌く事は不可能と判断したアムラ。早々に匙ならぬ包丁を投げてからの行動は実に迅速なものであった。

家を飛び出し悪友3人を騙して(約1名喜んで付いてきたため、実質2人)巻き込み、合計5人で再挑戦。冷蔵庫状態という劣悪な環境で、キンキンに冷えた魚を捌く…。春だというのに両手に霜焼けをつくりながら、永い戦闘の末、ようやく勝利を収めたのだ。


「エフルールちゃんは特に頑張ってくれたね。ありがとう!助かっちゃった」

「……っくぅー……。この私を敵に回した事、とくと後悔するがいい…‼︎」


アシュリーに微笑まれた金髪の少女は小さく声を漏らし、恨めしそうにアムラを睨み付ける。


エフルール・ローパス。剣や刃物をこよなく愛する彼女は、包丁捌きもお手の物。今回最前線で魚に挑み、最も勇猛果敢に闘った人物である。


最近興味を持ったという「東方のシュリケンを売っている商人を見つけた」と言ったら、喜んで付いて来た。かなり楽しみにしていたから、少しだけ良心が…


「毛虫の分際で、人間様に楯突こうとは…。全く、これだから貴様は毛虫なのだ」

「誰が毛虫だ」

「貴様以外に誰がいる?馬鹿とボケと天然記念物しかいないだろう」



……こいつ相手に良心もクソもねぇな。



「けど……バードが魚を捌けるとは思わなかったよ。伊達にご老人達の手伝いしてないよね」

「っせぇなァゴルァ!何か文句あんのかア゛ァン!?」


上、レパード・レイス。「アシュリーが困っている」の一言で喜んで付いてきたボケ。

多少の料理経験はあるらしく、エフルールまでとはいかないがバッサバッサと魚どもをなぎ払っていった人物。


下、バーナード・マリュテガ。「よお、今日も暇そうだな暇人(笑)」の一言で全力疾走で追いかけて来た、煽り耐性0の馬鹿。

意外や意外、見るからに家事が出来なさそうなのに立派に戦場の一角を担った戦士である。


……この3人、実はアムラの幼馴染みであり、悪友である。騙し騙されるのは日常茶飯事で、いつもこんな具合のやり取りをしている。



「さあ皆。手伝ってくれたお礼にご飯を作るから、食べていってね……って、言ってあげたいのは山々なんだけど…。今はほら、お家の中が散らかっているから。夕ご飯をご馳走するね。もし時間があったら、食べに来てね!」

「勿論です!!」


苦笑するアシュリーに、レパードは即答する。おいデレデレしてんじゃねーぞ気持ち悪ィ。


「参考までに、夕食のメニューを聞いておこうか」

「何でてめーは偉そうなんだよ」


横になったまま腰に手を当てて尋ねるエフルールにため息をつくと、とても不思議そうな視線を向けてくる。


「毛虫如きとは比べものにならない程度には偉いと自負しているが〜……ああ」


そこで一旦言葉を切り、にぃーと嫌な笑いを浮かべた。


「何、恥じる事はない。貴様が毛虫であることは、皆承知しているだろう」

「表出ろ。テメーのふざけた名前の細剣ごとへし折ってやる」


人の事を毛虫毛虫と…!静かに目元に影を落とし、玄関を指差す……が


「ムニエルを作る予定だよ」

「いただきます。ご馳走ついでに温かいスープも所望する」

「エルグのソテー。大盛り」

「あ、僕はスモーブローをお願いします」

「うん、任せて」


「聞けよ!お前も変な間で回答するんじゃねえ!」





騒がしい日常、穏やかな日々

痛烈な言葉、温和な行動

普通、特別



(どれもが全て)

(大切なもの)











ー人物紹介ー


【アムラ・ベルギウス】

「多くとは言わん。少しでいい。少しでいいから黙っててくれ」


【エフルール・ローパス】

「毛虫に毛虫と言って何が悪い。大体、幾年も生きながら未だに蛹にすらならずにウジウジと毛虫である貴様は間違いなく(以下略」


【バーナード・マリュテガ】

「ンだとゴルァアア!ヤんのかアアァン!?」


【レパード・レイス】

「僕はいいよ。君が思ってるほど、暇じゃないんでね」


【アシュリー・ベルギウス】

「うーん……?さっき買った玉ねぎ、何処に置いたんだっけ…」











end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る