備考その7 休日

12話


「ところでさ」

真顔だった英里は、ふと思い出したように聞いてきた。

「今の監視対象、どんな人?」

「とてもいい人ですよ。礼儀もわきまえてますし、僕にも気遣いしてくれますし、再就職も簡単にしちゃいましたし」

イケメンですし。

「へえー。仁志君当たり引いたね〜。なんの仕事になったの?」

当たり?どういうことだろうか。

「芸能……といったところですかね」

「……ん?」

英里は聞き間違いだと思ったらしい。

「ですから、芸能人みたいな……」

「え、なんでまたそんな……」

聞きたいことはあるのだが言葉に出来ないのだろう。

「スカウトされたんですよ。僕の目の前で」

ホモに……いや、何でもない。

「え、その人イケメン?」

英里はかなり前のめりだ。わかりやすい人である。

「始めはは無精髭とかのせいでわかりませんでしたが身だしなみ整えたら見違えるほどのイケメンでしたよ」

「へぇ〜〜……」

英里は再び椅子にストンと座った。おそらく「イケメン」に興味を持ったわけではなく「スカウトされた」ということに興味を持ったらしい。

「監視対象と仲良くなった?」

「まあ中々いい仲だと思いますよ」

「なか」という発音が多いなと、発言してから気づいた。

「やっぱり当たりか〜」

「当たりとは?」

「えーとね、監視人の間では監視対象にも当たりや外れがあってね」






また、長い説明が続いた。途中から聞く気が失せたので簡単にまとめると、監視対象にも当たり外れがあり、当たりは監視人に優しく、基本的に1ヶ月で更生するタイプ。もしくは、監視期間の前に鬱病などを克服し、残された課題が社会復帰だけというタイプだ。

逆に、外れは監視人に気を遣わず、暴力的で更生しないタイプらしい。

前者の場合はかなり楽な1ヶ月となり、監視期間が終わった後も監視人と監視対象は「友人」として関わっていく場合が多いそうだ。後者は厳しい1ヶ月となり、監視期間が終わっても自殺をしようとするらしい。中には監視人に暴行をする者もいるそうだ。






「わかった?」

取り敢えずわかったことにしておこう。

「ありがとうございます」

僕は目の前の年下の女性に軽く会釈をした。ふと、視界の端で何かが動いた気がした。そちらの方を見るとメガネの子が壁から顔を半分出してこちらを見ていた。英里も僕が向いてる方向をみて、メガネの子の奇行に気づいたようだ。

「ど、どうかしましたか?」

彼女は引き気味に尋ねると彼女はそのままの体勢で応答した。

「実は先ほど集団での来客がありまして、応援を呼んだのですが一向にやってくる気配がなく、イライラしながら精算を済ませてこちらに来たらなんともいい雰囲気ではありませんか。そんな雰囲気を壊すわけにもいかないので私はここであなたたちの充実した会話を見ていただけです」

メガネの子は一息で、早口で、全く同じ音調で、まるで呪文のように述べた。怖い。というか今レジ放ったらかし?まずい気がするのだが。

「え、本当ですか?ごめんなさい」

彼女が立ち上がるとメガネのはようやく壁から姿を現した。見た目は清楚で普通に可愛い子なのだが……。先ほどの姿が頭から離れなかった。メガネの子は僕の心の中で貞子という名前を与えられることとなった。

「今、お客さんいる?」

英里が聞くとメガネの子は苦笑いを浮かべた。

「全員精算を済まして帰りましたよ」

精算をやけに強調した気がした。

「あ、そうなの……」

さすがの英里も申し訳なさそうな表情を浮かべた。






メガネの子が怒っているのはわかる。だが、なぜかその姿は愛らしく、こちらとしては和んでしまう。自分の口角が少し上がっているのがわかった。英里を見てみると、僕と同じような表情をしていた。英里は僕が見ていることに気づいてこちらを見ると、同じ心境であると察したらしい。堪えきれず、メガネの子を前にして2人で吹き出してしまった。







その後、交代まで特に困った客が来るわけでもなく、何事もなくコンビニでの仕事が終わった。明日からまた監視人の仕事だ。遼太郎は元気だろうか。遼太郎に会うのが楽しみになっていた。早く明日になって欲しいものだ。もはや友達の家に行くような感覚だった。

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