第29話 合流
一つ、また一つ声が消える。
先程まで共に戦っていた仲間達が消えていく。
変わるように大きくなるは聞くに耐えぬ下品な言葉に罵詈雑言、それに続く下卑た野太い笑い声が響き渡る。
簡単な作戦だったはずだ。
私自身レベルもそこそこ高いし、参加した仲間も同等程度はあった。
人数だってそれなりに、…いや、だからこそ連中の仲間が混じってしまったのか。
まんまと連中の作戦にハマってしまったということか。
◇
「何だあれは?」
朝から続けたダンジョン攻略。
多少、アイテムが不足してきたので一旦休憩と補充を兼ねて拠点にしている村へ戻ると、その人集りが目に入った。
「誰か助けてくれ! 仲間が
レベルはそれなり、PTも組んでいたなら辺りのモンスターにはよほどヘマをしない限り遅れは取らないであろうが、HP、MPを共に大幅に減らし悲壮な表情で助けを求める少年の姿がそこにあった。
どうやら仲間が他のプレイヤー達に
よくあることだ。
プレイヤーがモンスターに殺られる事も。
他のプレイヤーにPKされる事も。
女性なら慰み物にされる事も。
在りし日の日常であれば報道でしか知らなかった事、画面の向こう側の出来事でしかなかった事態が、この世界になってからは随分と身近なものになってしまった。
由々しき事態である。
普段なら犯罪になる行為ですら、警察がいないこの世界なら野放しになる可能性が高い。
一応の理解は示せる。
こんな世界だから好き勝手したいというのも分かる。
PKを続ければ徐々に有利になっていく辺り、黒幕もその状況を良しとしているのも分かる。
だが、だからこそ今一度この世界に秩序を取り戻さねばならない。
ノブレス・オブリージュではないが、周防家の者、いや、現状を憂う一人の人間として何とかしなければ。
そんな事を思うと意識せずに両手で持った杖へ次第に力が入る。
「助けに行こうか」
「そうね、このまま見殺しって訳には行かないでしょ」
「然り。悪鬼羅刹の類であれば絶やさねばなりますまい」
聞くまでもなく私の仲間達は助けに行くつもりのようだ。
戦士、騎士、僧侶に魔法使いの私。
初日に組んでから犠牲者はおろか一度だってピンチになった事さえ無い。
それに、見ると彼の言葉に動かされた他の者も多く参加するらしい。
ならば今回だってきっとやり遂げられるはずだ。
PT数七、人数三十二。
少年の訴えにこれだけの人数が動いた。
敵の数は知らないがこれだけ居れば遅れを取る事はそうないだろう。
全員私達とほぼ同等のレベルがあり、PK数がある者も居ない。
誤射や誤爆対策としてギルドを作っている所に全員一時的に入りそれも万全を期した。
基本的にそれぞれのPT単位で動く事になるだろうが、恐らくPT同士の連携もそれなりに形になるか。
全員の準備も終わったようで、少年の案内のもと移動を開始した。
「ここがそうか」
馬を走らせること十数分。
目の前には木々が生い茂る広大な森林地帯が広がっていた。
まだ日も高い時間にも関わらず、そこは僅かな木漏れ日ぐらいしか見えない。
木々の密度も高くこれでは馬で一気に駆けることも難しいだろう。
視界も良好とは言えず、機動力も殺される状況。
各自の連携を密にし、不意打ちを食らわぬように用心した方が良いか。
「ただいま戻りやした」
突入しようにも敵の位置がわからないとどうしようもない。
という事で到着してすぐ偵察に行った【索敵】持ち達が思案している内に帰って来た。
「ここから真っ直ぐ進んだ先にそれらしい集団がいやした。数は十から二十程ですかね」
「随分数が曖昧だな」
「へぇ。というのもある程度バラついていたんですが、何ヶ所か人口密度が高い所がありやして、しかも建築スキル持ちでもいるのか建物の中におりやして」
「それだと人質か連中の仲間か分からんな」
「あぁそれと、向こうさんに動きがありやした。恐らく偵察したのがバレたようで」
「ふむ、こちらの射程に入った以上敵も然りか。当然警戒はしておったようだな。動きとしてはどうなんだ、逃げる様子なのか」
「いえ、どうやら迎え撃つつもりのようで」
「ならば好都合、このまま攻めるとしようか」
鬱蒼とした森の中を一同は進む。
いつ襲撃されても対応出来る程度の距離を保ちつつ。
索敵持ちの先導のもと進んでいると、一気に視界が開けた。
木々は伐採、雑草の類いも取り除かれており、言っていた通りいくつかの木造建築物が目に入る。
当然敵もいて、十数人程のプレイヤーが準備万端といった感じで待ち構えていた。
レベル差はほとんどないが【アナライズ】によると、どいつもこいつもPK経験があり賞金首としてカウントされている危険人物ばかり。
「随分と数が多いな。どうにも入団希望じゃねえようだが一体何の用だ」
奴らの集団から一人歩み出てそう問いかけてきた。
鉄製の大剣を背負い、鎧を初めとして装備品のどれもそこそこ値の張りそうなものばかり。
短くまとめた赤髪に眼光は鋭く口角の片側だけがやけに釣り上がっていた。
その男は連中の中で最もPK数が多く既にその数は十を軽く越えており、周りの様子からもリーダーと見て良さそうだ。
「この子の人質を返してもらおうか」
奴らに見えるように少年を伴って同志が進み出る。襲いかかられぬよう護衛も付けて。
話し合いが通じる相手とは思えないが、予想通り返ってきたのはこちらを心底バカにしたような笑い声。
しばらく奴らのその声は続いたが、笑い疲れたのか涙を拭いながらリーダーらしき男は言葉を発す。
「何かと思えばバカ言ってんじゃねぇよ。アレは戦って勝ち取ったいわば戦利品だぞ。それをホイホイやれるかってんだ」
「強盗、誘拐、殺人、どれも重犯罪だ。今返すなら見逃してやらんことも無い」
「ハッ! なら捕まえてみろよ、警察でも呼んでみるか? えぇ? 平時ならまだしもこんな状況になって法律もクソもねぇだろうが。オレからしてみりゃ今なお良い子ちゃんでいる方が異常だわ」
「こんな状況だからこそだろう。お前らみたいなのばかりだと見るも無残な光景しか待っておらん」
「だろうな。で? どうするよ? 戦うのか? 戦ってオレ達を殺せるのか?」
「出来る事ならしたくは無いが、そちらがその気なら仕方あるまい。もう一度だけ聞くが返す気はないのか?」
「くどい。とっととかかってこいよ」
「人数差でこちらが勝つが良いんだな」
これ以上の問答は無用とばかりにリーダーらしき男は早く来いと人差し指を煽るように動かす。
それを合図に一帯は双方の鬨の声が響く。
遠距離武器やスキルの牽制に始まり、陣形らしいものも無い互いに真正面からのぶつかり合い。
人数では勝っているが、悪人相手とはいえPK、いや人殺しをするのにまだ躊躇いがあるのか今一歩攻め切れない感じがする。
私自身も覚悟はしていたつもりだが手の震えを自覚するぐらいには。
対して向こうは殺しも手慣れたもののようで、攻撃に一切の躊躇が無く、突出した者を多方面から叩く戦法を取ってくるのも攻め切れない原因の一つ。
暫くは一進一退だったとはいえ人数差のお陰で徐々にこちらが押して来ている。
未だ一人も倒していないものの、向こうのMPや回復アイテムの類いは順調に使わせている。
こちら側も使ってはいるが使用速度がずっと緩やかで、このまま推移すれば勝利は間違いない。
「ぼちぼちか。……てめェら狩りの時間だ!」
斧で巧みにこちらの攻撃を捌きつつも大声で叫ぶように号令をかける。
すると今までの戦況は一瞬で覆った。
一部の仲間が止まり、ギルドメンバー脱退のメッセージが何度も何度も表示されたかと思えば、共に人質を助けようと、今の今まで肩を並べ互いに連携していた仲間達の刃が襲いかかる。
信用していた。信頼もしていた。
共に奴等を倒そうと手を組んだ同志だと思っていたのに。
だからこそ、このタイミングの裏切りは非常に効果的で――。
不意をついた背撃や横撃にまで対応はずもなく、回復も間に合わずに一人、また一人、殺されていく。
「……どうして、……何で?」
「どうせここで死ぬんだし教えてやる。コイツらは元々オレの配下なんだよ。これで分かったろ?」
「……なら最初から」
最初から助けに応じる者を殺す為の罠だったと。
その為にPK数が無い仲間をあらかじめ拠点に送っていたと。
ならば助けを求めたあの少年も奴等の仲間だったのか。
あぁ、なんてこと。
十人近くが裏切り、こちらは既に数名やられここから巻き返すのは絶望的。
逃げようにも森林地帯を抜けるまで馬の機動力は死んでるし、仮に抜けれたところで拠点まで振り切れるとは到底思えない。
そもそも包囲されつつあるこの状況ではそれさえ出来ないか。
「そういうこった。助けを求めたガキは違ぇがな。これで疑問は解けたろ? ほれ、死ね」
乱戦になり戦線が崩壊しつつある中、少年もまた集中攻撃を受け凶刃に倒れる。
「もう駄目だ、逃げろ! 全員逃げて生き延びるんだ!」
仲間の一人がそう叫んだのを皮切りに戦線は崩壊し、皆散り散りに森の中へ逃げて行く。
「親分、どうしやすか?」
勝敗が決しても直ぐに追うのではなく、リーダーの指示を仰ぐ。
以前勝手な行動をした者のせいで痛い目を見てから、独自判断で動く事は厳禁とされていた。
「当然追撃だ、一人も逃がすな。追いかける際はどうするか分かってるな?」
「へい、必ず相手より多い人数で追いかけるって事でやすな」
「分かってるなら良い。良し、てめェら追撃戦だ! とっとと行って殺して来い! 上玉は出来れば生け捕りにしろよ。後の楽しみが増えるからなぁ」
「はぁ、はぁ」
鬱蒼とした森の中を一人走る。
少しでも速く、出来るだけ遠くへ逃げるべく足をひたすら前へ、前へと運ぶ。
あの乱戦の中、仲間達と一緒に逃げる事は叶わず、それでも違う方向へ逃げる姿は遠目に見えたので無事を祈るばかり。
遠く背後から掠れる程度にしか聞こえなかった下卑た声も段々と良く聞こえ、距離が縮まっている事が自覚出来る。
向こうには【索敵】持ちでもいるのだろう。
出なければこんなに早く距離が縮まるのもありえない。
私の移動力の低さも響いているか。
こんな事ならもっと速さに振っておけば良かった。
それにしても、一向に森林地帯を抜けない。来るときはもっと早かったはずなのに。
これは考えたくは無いが、逃げる方向を間違えたって事かな?
「――ッ!」
そんな事を考えながら逃げていると、背中に突如衝撃が走り倒れてしまう。
追いつかれた。
最悪の事態が頭を過ぎり、慌てて起き上がろうとするも二発、三発と先と似た衝撃で飛ばされ、
「やっと捕まえた。ったく、手間取らせやがって」
頭を踏み付けられ起き上がる事も出来なくなってしまった。
「どれどれ〜、お! コイツ当りじゃん。なぁ、嬢ちゃん。おとなしく降伏してくんない? 死にたくないだろ? 降伏してくれたら助けてやっから。な? 良いだろ?」
私の顔を覗き込む様に見、男は禍々しい笑みを浮かべる。
追手は三人。レベルも同程度。
確かに戦ったところで魔法使いの私がこの三人に勝てる可能性は万に一つも無いだろう。
死にたくはない。そんなの当たり前だ。
だが、それでも、こんな連中の仲間になるくらいなら、戦って万に一つの可能性を拾ってみせよう。
「…誰が、貴様らなんかの仲間になるか」
と顔面目掛け魔法スキルを放つも、男はますます顔を喜色にするばかり。
「すっげー反抗的な目ぇしてんじゃん。堪らねぇ、リーダーにやる前にオレ達で味見しねぇか?」
「それ良いな。いっつもお下がりばっかだし、たまには良いだろ」
味見、何という不穏な響き。嫌な予感しかしない。
女が敗れたらそういう目に合う事も、聞いてはいたが関係無い事だとばかり思っていた。
「な、何を」
怯えた顔でもしていたのだろうか、男の反応はさらに良くなり、
「何って、ナニだよ。その顔は分かってんだろ? 暴れるなら暴れて良いぞ。そっちのが興奮するし」
「ちと待て」
私の衣服に手が触れる寸前、追手の一人が呼び止める。男が不機嫌そうに答えるより早く、そいつは言葉を続けた。
「誰か来る。真っ直ぐ此処に。一人、もう少し離れた所にもう一人、結構な速さだ。仲間じゃなさそうだし戦闘態勢を」
「チッ、良いとこだったのによ。ソイツらはどこに――」
仲間が指差す方向を見るより早く、小さな衝撃が男達を襲う。
その隙を縫う様に男は現れ私を踏み付けていた者に刀を薙ぐ。
「遅くなり真に申し訳ございません。お嬢様、ご無事でなによりで御座います」
この声、この姿。
見間違う筈もない。
幼少の頃よりずっと、ずっと私の面倒を見て来た執事の姿がそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます