第30話 合流2

 県境に展開する小高い山の山頂、此処に二人は下馬していた。

 見晴らしは良く、眼下に広がるフィールドも一望出来る。

 正面はなだらかな丘陵、右手奥に白砂の砂漠、視界の左端では巨大な観覧車とジェットコースターのレールが目立つテーマパーク。

 初めて見るフィールドもあるので俺としては一度偵察も兼ねて足を運びたいところだがどうやらそういう訳にもいかなそうだ。


「立花殿、これを見てくだされ」


 

 柳さんが探しているという人が滞在する石川県に入ってすぐ、何か分かったのか自身の画面を見せて来た。


「…これは」


 フレンド一覧の画面が表示されているが、いつもと違う所が一ヶ所。

 探し人の場所に小さいながらも矢印マークが出て来ていた。

 これは矢印の先に探し人がいる、という意味だろう。

 なるほど、同じエリアならこんな事も分かるんだな。

 それは有り難いが、出来るならもうちょい詳しい情報があればよかったのだが。方向だけではなく、どのぐらいの距離があるのか、今どんな状況なのかとかも知れれば大いに助かるが、それは求めすぎか。


 にしても、二次クラスになってからここまでスイスイ来れたな。

 他のプレイヤーで二次クラスなの見たのたった二、三回だけだし、恐らく俺達はかなりレベリングが速い方だと考えていい。


 これから会う、お嬢様とやらもそれなりにレベルが高いと良いのだが。あと、クラスも被ってなければ有り難いな。

 まあこればかりは会ってからのお楽しみかな。


 

「やっとここまで来ましたね」


「はい、あと少しでお嬢様とお会いする事が叶います。これも立花殿のご助力あってこそで御座います」


「そんな大げさな、それを言ったら俺の方が」


 柳さんに助けられたし、頼りになった。

 確かに一番最初、ゴブリン戦だと助けた形になったけど、それ以外がなあ。


 ザコモンスターからボス戦に至るまで、高火力と高い敏捷、パッシブ持ちで始まるのも納得の、数値には出ない戦闘技術。

 柳さんだから二人でもここまで来れたんだ。

 

 もし柳さんが居なかったらどうなっていたか。

 クラス上、単独行動でやっていける可能性は皆無だし、誰かと組んでいたのは確実だろうが、二人PTよりもっと人数は増えていたろうから――ダンジョン突撃でも繰り返さない限り――多分まだ二次クラスになってなかっただろう。


 戦闘は多少楽になりそうだが、今のままでも特に問題無い。

 そう、ヒーラーも居ないにも関わらず問題は無いんだ。

 二次クラスになってからは特に。

 糸で操り行動を制限し、そこを剣戟で沈める。

 最早、戦闘というより一方的な虐殺に近い。

 そればかりだと短剣スキルも上がらないから、ちょくちょくそれも交えながら。


 っと、こんな所でふけっている場合じゃないな。

 速く合流する為に移動しないと。


「それより速く行きますか! 【索敵】しとくんで柳さん、案内は頼みます」


「お任せくだされ」


 手綱を握り、フレンド画面を開いたまま、矢印が示す方向へ俺達を乗せた馬は駆け出した。




 馬を替えつつ走らせる事、数時間。

 見える景色も大分様変わりし、広大な森林地帯が広がっていた。


「矢印はどんどん大きくなっております。恐らくは」


「この中、ですか」


 柳さんは頷くと馬を回収した。

 このまま突っ走れたら良いのだが、見るに木々も馬の機動力を殺すような嫌らしい位置にあるし、付近の地面もぬかるんでいた。

 これなら徒歩とさほど変わらないだろう。



「じゃ、ちと調べます」


 【索敵】をかければどこに居るか大体分かるだろう、そんな軽い気持ちでやってみたが。


「……これは、数が多すぎる」


 反応だけで数十。プレイヤーの物だけ。

 しかもほとんどが数人単位でバラけ、別々の方向へ何かを探すように移動していた。

 

 ユニークモンスターでも出たのか?

 さっぱり分からんが、じゃないとこんな風にはならんだろ。

 

 なんて考えも直ぐに改めなければならなくなった。

 反応が消えたのだ、他のプレイヤーの。

 モンスターの反応が無い以上、やったのはプレイヤーしかいない。

 つまり、今ここで行われているのは数十単位のPVPだ。それもPK付きの。

 

「柳さん、見た通りここでPVP、人間同士で戦ってます。それも殺しも有りな状況で」

 

「…なんと、なれば一刻を争う事態ですな。矢印方向には幸い一つの集団しかありませぬ。お嬢様が心配故、私は先に行きますぞ」


 確かにその先は一人と、それを少し離れた所から追いかける三人の反応があった。

 一人の方が探し人ならともかく、そうじゃないなら――?


「柳さん、もし、その、お嬢様が追いかける側、積極的にPKする側だったらどうするつもりですか?」


「お嬢様を正道に戻すのも執事の務め、で御座います。では私は先に」


 言うやいなや柳さんは自身の足下を【アース】によって隆起させ、それを進行方向へ次々と展開。

 効果時間はほんの数秒。それでも、さも当然のようにそこを足場代わりに飛び移って行き、あっという間にその姿は小さくなっていく。


「はっや、なんつう使い方、まるで忍者じゃないか」

 

 しかし、良いやり方だ。これならぬかるみを一切気にする事なく行けるな。

 問題はMPが持つかどうか、回復アイテムは幾らか渡してるとはいえ、数も多くはないし、柳さんもあんまりそこに振ってない。


 だったら俺も急いで後を追わないと!

 【ウィンド】だと流石に無理があるか、多分何度か使ってぬかるみに顔からダイブするのがオチだ。

 仕方ない、もう魔法スキルは取る気が無かったが、柳さんの真似をしよう。



「よっ、とっ、ほっ、はっ」

 

 新たに取得した【アース】で同じように移動していくが、どうにも柳さんみたいに速くは無理だ。

 それでもぬかるみを走るよりはマシなんだろう、うん、そう思いたい。

 しっかしよくこれであんなに速くいけるもんだ、凄いわほんと。


 

「――っと、うおっ!」


 慣れてもないのに余計な事を考えたせいか足を滑らせ、全身を打ち付ける。


 幸か不幸か、クッションのように包み込むような感触は無く、ただただ固い衝撃が出迎えた。


「――?」


 起き上がる前に何度か確かめるように手で地面を叩くが、やはり固いまま。

 いつの間にか、ぬかるんでいた場所は抜けていたようだ。移動するのに必死で気付かなかった。


 良し! これならもう走れるな!

 飛び起きると彼方に見える柳さんの背中を見失わないよう駆け出した。



「――もう直ぐか」


 【索敵】で確認すると、柳さんはあと一、二分の所まで来ていた。

 逃げていた一人は追い付かれたのか、四人分の反応が固まって見える。

 

 俺の所からでも遠目に姿は確認出来るのだが、


「三人しか見えないな」


 それもどれも男。

 探し人はお嬢様、ならば女性のはず。

 見えないが反応は四人分。

 ……下か? 男達の視線もそこに向けられてるし、そう考えて良いだろう。

 

 あ、目が合った。

 出来れば奇襲の形が良かったが、流石にバレるか。

 柳さんももう直ぐの所まで行ってるし、刀に手をかけてるから仕掛けるらしい。

 なら援護射撃ぐらいはここからでも出来るな。その後は柳さんに目が行ってる内に。



 風のつぶてを数発ずつ男達に放ち――、命中。

 とほぼ同時に柳さんが斬りかかるのを確認すると、思い切り飛び込み風のつぶてを俺自身へ撃つ。何度も、何度もバランスを崩さぬように撃つ場所を調整しながら空中を進む。


 短い距離だとこれの方が速い。この距離ならまだ何とかバランスも取れるし。

 っと、やっぱりもう一人下に居たか。

 連中、こっち見てないしこのまま貰った!


 そう確信を持って両の指先から糸を走らせるが、二次クラス二人が来た時点で勝ち目が無いのを理解したのか、男達は一撃も交戦する事なく素早く一目散にその場を後にし、連中を操る予定だった糸は虚しく地面を刺した。



「勝てないと見るや逃げる、随分と思い切りの良い判断ですな」 

 

「本当に、なんか統率が取れてるような感じでした」


 この場合は予めこうすると決められていたかと思わせるぐらい、男達の判断は早く、あっという間にその背中は小さくなっていく。


 PKする奴らなんて、もう少し好き勝手しているヒャッハーな連中だと思っていたが、どうやら多少認識を改めないと駄目なようだ。

 少なくとも連中のリーダーは部下をちゃんと指揮下におけていると思った方が良い。


 出来れば追いかけて合流する前に倒しておきたいが、先ずはこっちか。


「本当に、ご無事で何よりで御座いました。もしお嬢様の身に万一の事があったらと思うと、当主様に顔向け出来ませぬ故」


 片膝を付き、なれども確りと仕える主の顔を目尻に大粒の雫を溜め、慈愛に満ちた表情で話す。


 その姿は世話役の執事というより、主へ忠誠を誓っているナイトのそれに近い印象を受ける。


 お嬢様とやらは、薄暗い中でも光沢を放つ金色のロングヘア。

 じっと見つめると吸い込まれそうになる海色の瞳に、エルフのようなしなやかに伸びる長耳。

 動きやすさを重視した軽装を身にまとい、慎ましいながらも存在感を主張する二つの物体。

 かなりの美少女がそこに居た。


 見てくれは俺と同年代ぐらいか?

 いや、ゲームの世界だし、見た目では分からんな。

 


 っと、様になってるからって見惚れてる訳にもいかん、状況が状況だからな。


「二人とも積もる話はあるでしょうが、それは後でお願いします」

 

「む、それもそうね。ところで君は?」


「立花殿です、お嬢様。この老骨の命の恩人で、行動を共にしていただいております」


「そんな大げさな」


「それはそれは。じいに加え私まで助けていただき真に有難う御座います。私、ここではシンディと申します。どうぞよしなに」


「あ、はい、こちらこそ」


 深々と頭を下げたので、思わず俺も同様に返す。

 にしても、こういう所作も何というか堂に入ってるっていうか、綺麗で見惚れてしまう。……じゃなくて!!


「シンディさん、今は緊急事態です。この状況であなたが知っている事を話してほしい、出来るだけ簡潔に」


 そう促すと彼女は話を頭の中で纏める為か、数秒考えた素振りを見せ、言葉を紡ぎ始めた。

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[休止中、改稿予定]アナザーワールド すらいむ @suraimu-

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