第七章 檻の中

もう一機の次世代戦闘機①

 戦闘機型のファルコンで大気圏を突破した雪輝は、無重力の静けさの中で目を閉じていた。


 大気圏を突き抜けるときは大気の摩擦で轟音が鳴り響いていたが、今はそれが嘘だったかのようにコックピット内は静かだ。

 エンジン音はうるさいと言うほどでもなく、むしろその低い呻りは心地良い。


 雪輝は目を開けた。もう片方のカラーコンタクトを外して投げ捨てると、鮮やかなエメラルドの両目を手元のタッチパネルに落とした。


 何桁ものコードを入力すると、モニターに通信画面が開く。映ったのは佐古と雨宮だった。スーツ姿の二人はまだこちらからの通信に気づいていないようで、何かを話し合っている。


「おい。予定通り済ませたぞ」


 雪輝の声で二人がこちらを向いた。


「やあ! 待っていましたよ、我らがトロイの鷹!」

「無事成功したのですね。ご苦労様です」


 佐古に続いて、雨宮が穏やかな笑みで言った。


「僕たちも火星の本社を後にして宇宙に出ましたよ。カムフラージュのため、君と合流するまではまだいち企業の貨物輸送中の体裁をとっておきますね。ちなみにうちの一番大きい輸送船で出てきました。外見は輸送船ですが、中は戦艦です」


 相変わらず用意周到なところに雪輝は嘆息した。


「おやおや、目の色が戻ってますね」


 通信画面を佐古が覗き込んでくるので、雪輝は「うるさい」と不機嫌に顔をそむけた。

「どうです? 木馬から飛び出してまんまと敵を出し抜いた今の気分は?」


 雨宮の問いに「別に」と雪輝は言い捨てた。


「四六時中つけていたカラコンから解放されて清々した。それくらいだ。慢性のドライアイだったからな」


「大仕事をやってのけたのに謙虚ですねぇ」


 佐古がいつもの嫌味な笑みで言う。


「その様子なら、あちらからの追尾も問題ないんでしょうね? 敵も一緒に連れてくるなんてやめて下さいよ」

「ファルコンには光学迷彩は搭載されていないが、ステルス性能は充分にある。こちらからむこうのレーダーに近づかない限り、存在自体気づかれないはずだ」


「それなら不用意にレーダー圏内に飛び込まないように気を付けてくださいよ。いくら宇宙は広いといえども、あちらも一国の軍隊なんですからね」

「防衛隊だろ」

「同じですよ」


 そう言い切る佐古に反論することなく、雪輝は雨宮に目を向けた。


「約束通りこれから火星に向かわせてもらう。ワープゲートまでの裏航路があったら教えてほしい。どうせコズミックアークの仕事で使ってた違法な航路があるんだろ?」

「ええ、もちろん山ほどありますよ」


 雨宮は笑顔を崩さず、近場のスタッフに指示を出した。すぐにファルコンのモニターに航路が示される。


「この航路ならどの国のレーダーも回避できます。随分と遠回りになりますがね」

「その方がありがたい。こいつの操縦に慣れるためにも時間が欲しいからな」

「勤勉ですね。そこがとても好ましい。やはり君を選んでよかった」


 雨宮が笑みを投げかけてくる。雪輝はうんざりだったが、それを言葉にはしなかった。


「静かに飛びたいから通信は切らせてもらう。飛行ログはリアルタイムでそちらに送るようにするから心配するな」


 そのように言いつつパネルを操作すると、モニター越しの佐古が「来ましたよ、飛行ログ!」と声を上げた。


「ちゃんと監視しておきますからね。変な行動は慎んでくださいよ」

「ファルコンはそちらに届けると約束した。その約束は違えないさ」


 佐古に冷ややかな視線を送りつつ、雪輝は「じゃあな」と通信を切った。再びコックピットに静寂が戻る。


 送られてきた裏航路に沿って、雪輝はファルコンを加速させた。

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