二枚の写真①

 櫻林館を一部とする航空宇宙防衛隊本部は、一方を海に、三方を緑地に囲まれている。

 緑地の奥には桜ヶ原という大きな都市があった。莉々亜の通う櫻ヶ原大学のある、東海で一番大きな都市だ。


 千鶴は櫻林館から出て都市部方面にしばらく進み、途中の十字路を左折した。緑地を突っ切る道だ。次の都市まで、野原と田畑がひたすら続く。


 サイドカー付きなのでスピードは出さずにのんびり運転し、かれこれ一時間半は走っていた。その間、遠くに並行してのびる線路をリニアが何度も通過する。それ以外に見かける乗り物と言えば、トラクターくらいのものであった。


 その道をひたすら進むと、木が増えてくる。山裾に入り、坂も増える。古い民家がぽつぽつと見え始めると、ことりのいえまであともう少し。

 いつもは長く感じる道のりであったが、莉々亜と喋っているとあっという間のように思えた。


「莉々亜、あの大きな家見える?」

 山道に入ってしばらく走ったところで、谷川を挟んだ向かいの山の斜面を指差した。莉々亜がそちらに顔を向ける。


「白壁に囲われた瓦の建物? ずいぶん広いみたいだけど、あれがおうちなの?」

「そう。あれが陽介の家。重要文化財なんだってさ」

「すごい! 大きなお寺かと思ったわ!」


 千鶴は笑った。


「俺も最初はあれが家とは思わなかったよ。何度か遊びに行ったことあるんだけど、陽介の家って気づいたのはしばらく経ってからだったんだ」

「知らないで遊びに行ってたの? 変なの!」

 莉々亜の笑い声がスピーカーごしに耳をくすぐる。


「陽介の家が見えたらもうすぐだ。あと五分くらいで着くから」


 ほどなくして緩やかな上り坂の脇道が見えてくる。そこを登ったところに千鶴の育った養護施設があった。


「ことり保育園?」

 バイクを停めると、莉々亜は真っ先に塀に掲げられた看板を読み上げた。

「ああ、養護施設なんだけど保育園でもあって、養護施設以外の子供も通えるんだ」


 千鶴はエンジンを切ってヘルメットを脱いだ。爽やかな山の風が髪を撫でてゆく。

 千鶴に倣って莉々亜もヘルメットを取った。それを受け取り、バイクのミラーに二つともひっかけた。


「出られる?」

 千鶴はサイドカーにすっぽりと納まっている莉々亜に手を貸した。


「あ、ありがとう」


 莉々亜がじっと立ち尽くしたまま次第に頬が赤くなってゆくので千鶴は不思議に思ったが、莉々亜の手をずっと握っていることに気づいて慌てて放した。


「ごごごごめん! 立ち上がりにくそうだなって思っただけで……!」

「謝らなくていいのに」

 

 莉々亜は赤くなった頬で笑うと、大きな帽子をかぶって保育園の方へ駆けて行った。


 その後姿を目で追っていた千鶴は、両頬を軽く叩いて自分を戒めると、荷物を荷台から降ろしにかかった。

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