RedWing ~光翼のクレイン〜

やいろ由季

プロローグ

自由に飛ぶ鳥

 上半分には快晴の真っ青な春空、下半分には鮮やかな黄緑色の大地。この白い戦闘機のコックピットからは、そんな絶景が見えている。

 コックピットは機体の中核に埋め込まれているのでガラス越しの景色は臨めないが、代わりに広視野を映し出すモニターが操縦席を包んでいる。機体を降下させずして眼下の景色もある程度眺めることができた。


 かつてこの国が日本と呼ばれていた頃、人口が一億人を超えた時代があったという。その時代はここも住宅やビルがすし詰めの状態だったらしいが、今は広大な草原が広がっていた。

 新緑の広がる大地には時々田畑が開かれ、その中を細い直線が地平線の彼方まで貫いている。リニアの線路だ。


 紺色のヘルメットとパイロットスーツに身を包んだ少年利賀千鶴とが ちづるは、こののどかな景色を上空から眺めるのが好きだった。飛行クラブに所属していた初等学生時代から変わらず、航空宇宙防衛官学校の学生になった十六歳の今でさえこの景色を楽しみに飛んでいる。


 新緑を眼下に晴天の中を飛ぶのは気持ちが良い。そんなときは機体の両翼はまるで自分の両腕のように感じられた。両腕を大空に広げ、春の温かく澄んだ風を切る。隔てるものが何もないこの空の広さをもっと感じたくて、思わず体をくるくると回転させてしまった。


「おい、千鶴。無意味に機体をロールさせるなよ」

 通信回線が開いて、モニターに友人の顔が映し出された。紺色のヘルメットのシールド越しに、いつも通り隙のない彼の眼差しが見える。


「だってこんなにいい天気なんだぞ、雪輝ゆき! 楽しく飛ばないともったいないだろ」

「馬鹿、その隙を狙われるって言ってんだよ。敵機が接近してるぞ」

「わかってるって。さっきからレーダーにちゃんと映ってる」


 レーダーには千鶴の後方を意味する位置に二つの光が点滅していた。

 雪輝の低い嘆息が聞こえる。


「ずいぶんな余裕だな。まあ仕方ないが……、ペアで成績がつく試験なんだ。相手が同期だからって手加減しすぎるなよ」

「了解、任せろって!」

 通信を切った直後、背後に緑色の敵機二機が並んで急接近してきた。


「来た来た!」

 慌てるどころか、千鶴の声は弾んでいた。

 機体を一気に加速させて距離を取ると、今度は急激に減速させた。レバーを思い切り傾けて機体を左側へロールさせる。

 千鶴の左後部に接近していた機体が驚いて減速する一方、右後部の機体は加速したままだったので千鶴の前に出てしまう。


 今度は右にロールしつつ、前方に出た機体の後ろについてロックオン。疑似弾を発射すると、前の戦闘機のエンジンが火を噴いて爆発した。


 もちろん爆発はただのモニター上の演出である。実際には何も発射されていないし爆発もしていないが、実弾として発射された場合をリアルに表現したCG合成映像が表示されるのだ。

 つまり実際に飛行しながら行うシューティングゲームのようなものである。

 モニターの隅には前方の機体名やパイロットの学生名が表示され、『試験終了 戦線離脱中』の赤字が点滅を始めた。千鶴に撃墜されたという結果で、前方の戦闘機を操縦する学生の試験は終わったのである。


 次は後方の一機。千鶴が加速しつつ左右上下に機体を泳がせても、ぴたりと真後ろについてくる。千鶴は機体を翻すように後方からの疑似弾を避けながら、後方の機体を自分の機体に集中させた。


 すると、左右から急接近してくる二機をレーダーがとらえた。千鶴の機体を両側から挟むように黄色い機体が近づいてくる。複数で千鶴の動きを封じる作戦のようだ。


「なるほど、こうきたか」

 疑似弾が後方から発射される。挟まれているので可動範囲は狭くなったが、僅かな動きでなんとかかわす。しかし数十発の疑似弾で済ませてくれるはずがない。千鶴は最小限の動きで疑似弾を避け続けた。


 疑似弾の嵐が不意に途切れ、その束の間に千鶴が吐息をついたときだった。コックピット内にアラームが鳴り響いた。

 追尾式疑似ミサイルにロックオンされた警告だった。


「この状態でか! 嘘だろ!」

 千鶴は速度を上げ、発射された疑似ミサイルと距離を保った状態で通信を開いた。


「雪輝、全機引きつけた。そろそろ頼む」

「了解」


 たったそれだけの返事で通信が切られると、突然真上から疑似弾の雨が降り注いだ。千鶴をロックしていた疑似ミサイルと、後方の一機を見事に撃ち落とす。


 疑似弾に続いて上空から白い機体が急降下してくると、瞬時に機体を立て直して千鶴の左側を飛ぶ機体のさらに左にぴたりとついた。

 雪輝の機体だ。敵機と交互に四機が横に並ぶ。


「三機に囲まれた状態で追尾式ミサイルをもらうとは、なかなかの人気者じゃないか」

 通信画面の雪輝が皮肉を言ってくる。千鶴は笑った。

「まさかこんな作戦立ててくるとはなぁ。冷や汗かいたよ」

「お前が? 冗談はいいから、さっさと縦に並ぶぞ」

「了解」


 雪輝の機体がわずかに方向を変える。すると、後ろにつかせるものかと、千鶴の左側の黄色い敵機が雪輝の後を追う。その後ろに千鶴がつくと、同じ法則で千鶴の右にいた黄色の敵機が後ろについた。


 縦一列に並ぶや否や、雪輝の機体は頭から急降下を始めた。千鶴を含めた後続の機体もそれに続く。四機そろって急降下をするが、この時千鶴と雪輝は減速しつつ螺旋を描くように降下していた。

 敵機二機が千鶴たちの減速に気付いた時にはもう遅い。黄色い二機は予想通り千鶴と雪輝の前方に出た。


「よっしゃ! ダブル・スパイラルダイブ、成功!」

 まんまと敵機の後方に回った千鶴と雪輝は、降下しつつ同時にバルカン砲を発射。敵機は見事に疑似弾の餌食となった。

 機体を立て直すと、モニターに『試験終了』の文字が点滅していた。


「二人とも、ご苦労様」

 通信に入ってきたのは、インカムをつけた黒髪の学生だった。


「千鶴も雪輝も合格確定だね」

 インカムの少年はにこりと笑う。


陽介ようすけもお疲れ。通信管制科も試験中なんだろ?」

「うん、全科合同試験だからね。こっちは春早々次の進級がかかってるパイロット科ほど緊迫してないけど」

「陽介、着陸誘導頼む。さっさと千鶴を空から引きずり降ろさないと、この飛行オタクは燃料がなくなるまで飛び続けるぞ」

「なんだよ、飛行オタクって! さすがに試験中にそれはしないって」

「お前ならやりかねないだろ」


 千鶴と雪輝のやり取りに笑ってから、陽介がモニターに針路を送ってきた。

「それでは二名様を滑走路にご案内しまーす。利賀様がE3番滑走路、日高ひだか様がE4番滑走路でございまーす」


 白い二機の戦闘機は、並んで緩やかに旋回を始めた。

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