悠久のイド

杭全宗治

始まりの手のひら

 やってしまったなと思った。自分のことだけで精一杯なのに、こんなお荷物を抱え込むなんて、正気の沙汰じゃない。僕にとってのこの世界は、虚構の世界でも何でもなく、現実と何ら変わりないものだというのに。どうしてこんなことをしてしまったのか。


 子供の僕が子供を拾うなんて、絶対するべきことじゃないのに……。

 

「何だよ。俺と一緒にいるのはイヤなんじゃなかったのかよ」


 半ば強引に手を取って宿の方まで来たところで、小さな白髪頭は抗議の声をあげた。

 憎まれ口は相変わらずだったが、やっぱり声に力がない。疲れからか、嗄声も混ざっている。

 ボロボロになった衣服と、すっかり艶のなくなったそのボサボサ頭が、あの日の自分と重なった。思わず握る右手に、力がこもった。


「うるせ。黙って来い」 


 握った手から熱が伝わってくる。まだ子供なせいか少し体温が高く、その小さな手のひらは、じんわりと汗ばんでいた。

 ここは現実じゃない。それはもちろん分かっている。しかしこの繋いだ手が偽物だなんて、やっぱりどうしても思えなかった。手のひらから伝わってくる確かな体温が、かすかな鼓動が。この手は本物なのだと、どうしようもなく僕に訴えかけてくる……。

 

 現実世界と、仮想世界。この二つは、一体何が違うのか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになり、僕はもう面倒くさくなって、考える事を止めた。


 本物とか偽物とか、そんなことはもうどうでもいい。ただ自分と似ているこいつを放っておけない。見捨てることが出来ない。理由なんてもう、それだけでいい。


 世界で独りの僕と、世界で一人のこいつ。

 

 たったそれだけの符合だけれど、僕にとってそのイコールは、現実世界において何より重い、血の繋がりのように思えてならなかったのだから。


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