正しくない勇者のやめ方

はと麦茶

第1話

「勇者セルディックによって、魔王ディアボロスは討たれた」

魔王城に囚われていたレムリア王国の姫を救出。

魔物の王を打ち倒したことにより人間の世界には光と平和が戻った。

「今宵は、宴と参ろう」

レムリア王国の合図で、兵たちが酒を酌み交わす。

テーブルの上には豪華な宮廷料理が並んでいる。

「この肉料理は絶品ですね」

黒いローブを纏った穏やかな表情の魔術師の青年・ネロが言った。

その横では、今夜の宴会の主役が静かに水を飲んでいる。

「……」

外に跳ねた黒髪、同色の切れ長の瞳を持つ小柄な少年。

主役だというのに勇者セルディックは陰鬱とした表情。

「セルディック殿は、食べないのですか?」

ネロに聞かれ

「……嫌味か」

セルディックは深いため息をついた。

「勇者セルディックよ。この宴会で我が娘アリシアとそなたの婚約を発表しようと思うのだが」

「ついにセルディック殿も結婚ですか。あ、おめでとうございます」

人ごとのように軽く流す魔法使い。

「……」

「感動しすぎて声がでないようだな。無理もない、アリシアは父親の私が言うのもなんだが目に入れても痛くないほどでな」

長々と娘の自慢話を続ける。

レムリア王が半分ほど語ったあたりで

「……あの、陛下」

「どうした勇者よ」

「確かに、レムリア姫は美しい……ですが」

女にだらしがないと有名だったディアボロスでさえ、アリシア姫のことを持て余していた。

「人間は、ゴリラとは結婚できません」

セルディックの一言に、その場は凍てついたように静まり返った。

その後の宴会が、どうなったか語るまでもなかった。


聖女教会・総本山エリュシオン


「聞きましたよ」

黒衣のシスターはため息をつくと

「アリシア王女との婚約を破綻にしたそうですね」

「人間は、ゴリラとは結婚できない」

信者たちが祈りを捧げるために座る椅子の上で寝ているセルディックを見て

「聖女様がお嘆きになります」

黒衣のシスターは、更に深いため息をついた。

「胸はデカイのにな」

天は二物を与えないってマジだな、とあくびをするセルディック。

「まあ、とにかく……貴方の活躍により教会の信者は増えています」

この調子で励みなさい、と黒衣のシスターは続ける。

「……あのさ、シスター」

「何です?」

「オレ、勇者やめるよ」

魔王ディアボロスを倒したことにより世界は平和になった。

そして、教会はさらなる信者を獲得。

「勇者、いらないじゃん。つーことで、しばらく旅にでる」

母上によろしく、と踵を返したセルディックに

「お待ちなさい」

そのようなこと聖女様が許しません、と黒衣のシスター。

いつの間にか、彼女の部下が入り口を囲んでいる。

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