記憶明晰 ~異世界を統べた魔王の夢を見る普通の高校生~

Sin Guilty

プロローグ

序章 普通の高校生の受難 あるいは降ってわいた幸運


 担任教師(仮)が現れる前の教室。


 いつも通りであれば、みな自分の席にも着かずに各々仲のいい友達と雑談している時間帯だ。


 だが今日の一年三組はそうではなかった。


 全員が自分の着席した状況で、隣の席の生徒と「ほんとなのかな?」「やっぱり間違いなんじゃないの?」「だってありえないよね?」などと小声で会話を交わしている。


 入学して半月程度しか経過していない四月半ばに転校生が来ることだけでもそうめったにある事ではない。

 とはいえそれだけであればここまでの空気になることもまたない。


 この空気を生み出しているのは、今日の転校生に対する噂だ。

 曰く転校生の正体は、この年1月1日にデビューして現在大ブレイク中のトップアイドル、「RIO」らしいというものだ。


 荒唐無稽、普通に考えればあり得ない話である。


 確かに「RIO」のプロフィールでは自分たちと同じ年。

 今年高校生になっていても何ら不思議な点はない。


 とはいえ瞳や髪の色をカラーコンタクトや染めたものではないと証明するために東スラブ系クォーター、いわゆるロシア系の血が入っていることと、年齢以外の情報はいっさい公開されていない。


 前世紀末あたりから人気の「身近なアイドル」とは真逆の、文字通り触れ得ぬ「偶像」としてのプロデュースを徹底されている、別世界の住人と言っていい存在なのだ、「RIO」は。

 

 それが地方の公立高校へ突然転入してくるはずがない。

 普通であれば与太話、嘘にしても信憑性が低すぎて広がりもしない物だろう。


 だがその噂の出所が教師となれば少々話は変わってくる。


 しかも今年大学を卒業したばかりの新任教師、つまり一年三組の担任(仮)が出どころとなれば俄然信憑性は高くなる。


 なんといってもおっちょこちょいで有名な女性教師である。

 不幸にも春休み明けに事故にあって未だ入院中の担任の変わりに、今は暫定的に1年三組の担任だ。 

 

 それが


「話題の「RIO」さんの本名をこんな形で知っちゃっていいんですかね? こう言うのも役得っていうんでしょうか?」


 などという馬鹿な発言を職員室で行い、校長、教頭と学年主任に窘められていたと聞けば、本人をよく知る一年三組の生徒であれば、万が一くらいは信じもする。


 それが今、一年三組の全生徒が自分の席に着き、おとなしくその担任(仮)教師が入ってくるのを待っている理由である。


 少なくとも転校生が来るのは確かなのだ。

 それは先日、担任(仮)から知らされているので間違いはない。

 

 騒ぎながらも、おそらくクラスメイトの誰もがそんなはずはない、紹介された瞬間に「やっぱりなー」と大笑いし、驚くであろう罪のない転校生にフォローを入れることを考えている中、落ち着かない人物が一人いる。


 磐座 社いわくら やしろ


 ちょっと特殊な夢を見ることが特技で、現実の世界では絵に描いたようなモブ男子である。


 もちろん彼女は居ない。


 だが彼は今日転校してくるのが、噂どおり「RIO」だという事を知っている。


 そういう情報も得る事ができる立場にいるに教えてもらったので、そのことに間違いは無い。


 だがモブ男子である社が落ち着かない理由はそれでは無い。

 

 現役アイドルがクラスメイトになると言う事実は、健全な男子高校生であれば喜んで然るべきものだが、常の社であれば「自分には関係ない」と落ち着いたものであっただろう。


 そもそも「三次元はクソだ教」に、親友ともう一人の女子生徒の存在がなければ入信しかねない人間なのだ、社は。


 二次元のキャラクターが転校でもしてこない限りは、今のクラスメイト達のような興奮状態に陥ることは本来無い。


 だいたい三次元の別嬪さんなら、幼馴染で間に合っている。

 己の人生に本質的な関わりの無い点で言えば、今日の転校生と同じだが。


 だが今日転校してくる「RIO」は、社にとって二次元のキャラクターと変わらない要素を持っている。


 社がものごころついた頃から、ずっと見ている特殊な夢。

 厨二病全開の俺TUEEE系妄想物語、名付けて「黒の王ブレドとその仲間達」


 「RIO」転校の噂が出回る数日前に、その夢に「RIO」が登場し、それにあわせるようにして転校の噂が出回った。


 そんなことはありえない、と思いながらも自分が見た夢と、その夢を見た結果自分が「RIO」のファンサイトに書き込んだあるメッセージが原因で転校して来るのでは無いかという、ありえない妄想。


 あと数分もすればと、何を馬鹿な妄想に取り付かれていたんだろうな、と笑い飛ばせるはずのそれが、社を落ち着かなくさせている。


 

 教室のドアが担任(仮)によって開かれる。


 その後ろにつき従っているのは、一目見て本人だと判る「RIO」であった。

 それを確認して爆発しそうになった教室の空気が、その当の本人の行動によって急速に冷却される。


 担任(仮)による名前の紹介も待たず、まるで最初からその位置を知っていたように「RIO」が一年三組の教室のある位置へ小走りで駆けつける。


 あまりな予想外の行動に、担任(仮)はもとより、クラスメイトの誰一人として声をあげたり、その行動を誰何するものは居ない。


 そして「RIO」が目指した位置にたどり着き、長い脚をおってその場に跪く。

 それはあたかも主を敬愛する僕のような仕草である。


「やっと……やっとお逢いできました、ブレド様。私です。「リオ」です。お願いです、その声で私の名を呼び、その手で私に触れてください」


 呆然とするクラスのモブ担当、磐座社いわくら やしろの前で「RIO」は跪き、恭しくその手をとったのだ。


 これが普通の高校生、磐座社いわくら やしろの受難、あるいは振ってわいた幸運の始まりであった。

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