41 「一部の人達だけでしょう、騒いでいるのは?」

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 幸一は美湯の公開再開への運動を開始したが、そう簡単には行かなかった。


 美湯……伊吹まどかが、不健全なものに関与したという疑いを晴らし、根谷八千子率いる教育委員会や村井茂雄たちの古臭い年長たちを説得させるものがなければならない。


 だが、伊吹の疑いは『本当』のことである。この矛盾をなんとかしなければならなかった。


「どうするか……」


 幸一は頭を悩ませながら思案するものの、良いアイディアは浮かばない。

 町興しの企画を考えていた時以上に思い悩んでいたのであった。


 しかし、悩み考えるだけが幸一の仕事ではない。

 幸一は美湯のイラストなどを使用利用して頂いた企業へ、今回の一件(美湯の公開停止)について陳謝巡りをしていたのだった。


「そうですか……。そんなことが……」


 製菓蒼屋の副社長・安部猛は、両手を組み鎮痛な面持ちで顔を沈めていた。


「大変申し訳ありません……」


「でも、ウチらが美湯ちゃんのイラストを使用しても問題はないんですよね?」


「は、はい。市役所の特設サイトは非公開になってしまいましたが、美湯のイラストについての利用に関しては、これまで通り使用出来ます。問題になっているのは……一応、声の方ですから……」


「それは助かります。既に店頭に並んでしまって販売していますからね。ただ、伊河市の後ろ盾が無くなったのは痛いですが……」


「すみません……」と言いつつ、深く頭を下げる幸一。


「いえいえ、高野さんは悪くないんですから。頭を上げてください。それに、伊吹さんがエロゲーの声をやっていたのを私は知っていましたし……」


「えっ!? ご存知だったのですか?」


 安部は、うっかり発言してしまったことに照れ恥ずかしそうに頭を掻く。


「いやー。ちょっと、その手のゲームをプレイするのを嗜んでいるというか……。はは、そんな訳ですよ」


「知っていて、使用を申し入れてくれたんですか?」


「ええ。自分が、こういう萌えなものが好きだったのもありますけど、声優さんが過去にどんな作品に出ていようが、本来一般人とかが知っていることの方が稀ですからね。一部の人達だけでしょう、騒いでいるのは?」


「ええ、まぁ……」


「国民的アニメにも、そういった声優さんが出ているというのに。たく、良い迷惑ですわ」


 志郎と同じような台詞に、幸一は思わず吹き出してしまった。


「どうしましたか?」


「あ、いえ。知り合いも、そんなことを言っていたので」


「はは。それは良い知り合いですね。まぁ、何はともあれウチは、伊吹さんを起用したことに怒ってませんよ。怒りの矛先は、声優のことをよう知らん連中に向けてますけどね」


 安部は自分のお茶を一飲みし、今度は真剣な眼差しを幸一に向けた。


「高野さん。ウチは、美湯の公開のために協力は惜しみませんからね。美湯を使用している企業には自分も説得しますから。それと美湯の声は伊吹さんのままでお願いします。あの人の声あってこその美湯だと思いますので。必要とあれば署名運動もしますよ」


「……ええ。そう言って頂けて、とても励みになります」


 二人は固い握手を交わした。

 その後、幸一は立ち去り、他の企業へと向かう。


 安部のように理解を示してくれる所はあったが、叱責してくる方も多かった。へこたれそうになったが、わずかでも美湯の公開を望んでくれている人がいてくれる。解ってくれている人がいる。


 美湯を絶対に終わらせたくないと、より奮え立っていた。


 一通り企業を巡り、幸一は乗用車の中で休憩をしていた。

 すると、携帯電話から着信音が鳴り出す。音から、志郎だと判明する。


「噂をすればなんとやらか……」


 携帯を取り、着信ボタンを押す。


「高野です。どうした伊東?」


『よう、おつかれ。今、電話は大丈夫か?』


「ああ、大丈夫だよ」


『そうか。その……美湯の方はどうだ?』


「まだ、なんとも。今は各企業に、今回の件についての説明と謝罪巡りだよ」


『再公開まで、まだ不明ってことか。そうか……。どうにかならないのか?』


「とりあえず、各方面に話しをして、理解と許諾をして貰えるように説得しているよ。一部の人たちから再公開……声をそのままで、という意見を貰ったりしてるし、稲尾市長も協力してくれてはいるけど……」


『そのロビー活動で、公開は望めそうか?』


「正直、解らない。やっぱり、教育委員会に目を付けられたのは痛いね。簡単には諒承は降りないみたいな感じだよ。よほどのことが無い限りは……」


『よほど、というのは?』


「再公開を望む声、とかかな。安部さんという人から、署名活動でもしたらどうかと提案されたりしたよ」


『なるほどね……。そうだ。掲示板とかに、その美湯の公開を希望している書き込みとか無いのか?』


「現時点で、三件程度だよ。もっと多くの書き込みとかが有ると思っていたけど……」


『そうか……。なあ、高野。奇跡を起こそうぜ』


 突拍子も無くシンプルで純粋な言葉に、幸一は呆気に取られてしまった。

 だが、奇跡でも何でも公開をしなければならない。それは志郎なりの決意の現れだと思った。


「そうだな。奇跡を起こそうか」


 幸一は志郎の言葉に乗っかった。そして二言程度話し後、通話を切った。


 ジッとしているヒマは無い――そう幸一は思い、自分の心と重ねるように車のエンジンをかけたのであった。


 ~~~


 志郎は自分の携帯電話を仕舞っていると、


「おーい、シロ―。さっきのラッシュでの修正箇所をまとめて、バイク呼んでくれたか?」


 先輩の吉田という男性が声を掛けてきた。

 ラッシュとは、完成した映像(アニメ動画)をスタッフがチェック確認することである。

 映像に何らかのミスがあれば、そこを指摘して、各作画担当や発注したスタジオに修正の指示を出すのだ。


「はい、もちろん。さっきバイク便を呼んだんで、そろそろ来ると思います」


「OK、了解。たく、こうも土壇場になるとはな。途中でストーリーを変更するとは、原始さんもよくやるわ」


「だけど、放送には間に合いそうですよね」


「それがプロってヤツだよ。しかも格段に面白くなっているし、結果オーライだな」


「吉田さんも、あの話しは面白いと思いましたか?」


「ああ。チェックそっちのけ楽しんでしまったよ。ストーリーも良いし、ゲストキャラも良いし。評判になるんじゃねぇかな」


 吉田の評価に志郎の口元が緩む。


「そうですよね」


 そして志郎は自分の机に置かれているカットが入った封筒に目を向け、


「奇跡を起こしてくれよ」


 そう呟きながら封筒をポンっと軽く叩いたのだった。

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