廊下学習
チエ
第1話
県立霞ヶ浦高校
僕の通うこの高校では、大学入試を控えた受験生のため、廊下学習という仕組みが出来ている。
この仕組み自体はさほど珍しいことではないのだが、僕の経験した廊下学習は他のものとは少し違っていたと言えよう。
僕、郡山直哉はこの高校に通うれっきとした受験生である。だが、廊下学習の席がまだない。
普通はもうこの時期、一学期後半には既に席を持ち、勉強を始めているはずなのだが、僕は諸事情で遅れてしまっていた。
職員室で手渡された廊下学習許可証を手に席を探しているとふと1人の生徒が目に入った。
三つ編みおさげのやや古風な受験生といった風貌の彼女は廊下学習中で額に手を当てながら何やら考えこんでいる。
(この子に席について聞いてみよう)
「あ、あの、勉強中悪いんだけど......」
「......」
話しかけられたのが自分とは気付かないのか、それとも気付いていながらも無視しているのか分からないが彼女は応えない。
そこで僕は彼女の二の腕に触れてみた。すると
「ひやぁ!」
彼女はよほど驚いたのか右手に持たれていた赤ペンが計算途中のノートに大きく斜線をひいてしまっていた。
「わ、ごめん、そんなに驚くとは思ってなくて、ご、ごめん」
一歩下がって彼女の出方を伺っていると彼女は何を言うでもなく、ただノートを見つめていた。
(怒らせてしまったかな)
近付いてもう一度謝ろうとすると、彼女が鼻をすする音が聞こえた。
その時の僕がどんなに驚いたことか、彼女は泣いていたのだ。
とうとう僕は慌てた。事故とはいえ女の子を泣かせてしまったのだ。僕は彼女の側に近付いて目線を合わせ、謝った。
「ほ、本当にごめんよ、まさか、そんなことになるなんて、思わなくて」
まだ泣き止まない。
「僕はただ、その......」
(どうしよう、こんなところを誰かに見られたらそれこそおしまいだ)
「あ、僕のノートをあげるよ、新しいの」
(こんなことでいいだろうか)
「なんなら5冊組全部あげるから......泣き止んで」
そこで彼女の動きがぴたりと止まった。嗚咽も止まり、まるで石化してしまったようだった。
(どうしたんだろう)
彼女は僕をしばらく見つめてから言った。
「泣き止んで、なんて、初めて言われました」
正面から見た彼女は予想よりも美人だった。しばらく見とれてしまったため反応が遅れた。
「......え?」
(初めて、言われた......って)
深呼吸をして落ち着いたのか彼女はそっと話し始めた。
「私、昔からすぐ泣いてしまうので、皆私を疎んで、声もかけてもらえなかったので、ましてや泣いているときに慰められるのは初めてで......」
(そういうことか)
「そうなんだ、泣いている女の子がいたら、放っておくことなんて出来ないと思うけどね」
僕はこういうとき、自分でもわかるほどキザなことを言ってしまうのだ。
しかし彼女は少しはにかんだだけで僕を嘲らなかった。
「ありがとうございます」
(可愛い)
「あ、ところで、何のご用でしたか?」
「そう、僕、廊下学習を始めたいんだけど、どこでしたらいいのか分からなくて」
「席を探しているのですね、それなら心当たりがありますのでお連れしますね」
彼女は机に置いていた黒縁メガネをかけて立ち上がった。
僕は彼女についていった。
廊下学習 チエ @chie
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