第5話 「僕は戦争を知らない」
猫がいる、僕は猫と遊んでいる。その猫はずいぶん僕になついている。はて? 僕は猫なんか飼っていただろうか。でも、僕の猫だ、話をしている、猫と? そう、猫と。
「人間はバカだよ、何もせずに寝て一日が終わるのを待てばいいのに、何かしなきゃいけないと勝手に思っている」
「でも、人間は君たちと違って勉強もしなきゃいけない、学校にも行かなくちゃいけない」
「それがバカだっていうのさ」
「なぜさ、きみはいいよ、そうやっていつもあくびをして寝転がっていればいいんだから」
「そうさ、俺らは毎日こうしているだけでいいんだ。誰も俺に何かをしろなんていわない」
「ネコだからだろう」
「そう、ネコだからなにもしなくていい、逆に聞くが、人間だからなぜ何かをしなくちゃいけないんだ?」
「そりゃ、メシも食わなきゃいけないだろうし、お金も必要だし……」
「そうしなきゃいけないって思っているからだろう」
「しなきゃだめだろう?」
「なぜだ? 一日の終わりが来ればそれでいいじゃないか、なぜ寝て過ごしていたらいけないんだ?」
「だから、メシも食わなきゃいけないだろう、腹が減るからさ」
「メシが食えればいいんだな? ほら、そこにあるぜ、毎日あいつが勝手に入れてゆくんだ。いいやつだろ?」
僕は、僕の姿はネコだった。
「おい、食わないのかよ? 俺が全部食うぜ?」
自分の肉球をまじまじと見つめる僕にネコはせなかをむけたまま独り言のように話す。
「よく聞け、この世界はな、なんもしなくてもあいつにだけ擦り寄ってゴロゴロのどを鳴らしてさえいれば何の問題もないんだ。あいつの機嫌が悪いときはたまに待ちぼうけ食らったり、モノが飛んでくることはあるが、それさえ耐えてうまく避けてりゃ、寝てたって構わないんだよ。なんも考える必要なんかない。お役にたとうなんて思うほど俺たちゃ相手にされてないのさ」
「でも、僕は、何かをしなきゃいけない」
「その手で何ができるよ?」
僕はネコの元を離れて出口のほうに向かう。
「おい、どこに行くんだよ、外は寒いぞ。一度出たら帰って来れないぞ、ここにいろよ、ここであいつの言いなりになってりゃ寝て暮らせるんだぜ? ご機嫌とってりゃいいだけだ、難しい話じゃない。おい」
僕はその声に振り向かなかった。
深いため息とともに目が覚めた。後頭部になにか熱いものを感じる。今は、ここはどこだ?
そう、あいかわらず僕は列車に揺られている。これが現実か。やっぱり。対面の席に投げ出した足がだるい、少し、しびれている。
斜陽は僕の右半分を強く照らしながら、車内を明暗に染め分け、黒とオレンジのコントラストが現実味のない空間を作り上げていた。湿った空気が鼻をくすぐる。この辺は夕立でもあったのだろうか、山間に点々と並ぶ田園の稲が輝いて見える。
僕は時計をみる。日の傾き加減からそれほど長く眠っていたわけでもないことは判ったが、これは癖のようなものだろう。時間を知ったからとて、今のこの状況には何の意味もなさない。
山内のおかげで窓際の花は元気そうだ。荷物になることはわかっていたけど、正直言うと邪魔だけど、どこかにこのまま置いていってもよかったんだけど、僕はこの『希望』という言葉を持つ花を結局ここまで携えてきてしまった。
絶望の地へ一輪の希望を届けるのか。いや、僕が希望を捨てないためか。でも山内の言葉を聞いて僕はこの花を彼女にあげるのもいいかと少しだけ思った。母の日にカーネーションすら贈った事がない僕がだ。
しかしそれと同時にこうも考えた、今の彼女に花なんて何の価値もないかもしれない、水や食料のほうが必要だろう。花なんて、のんきで平和な世界の飾り物だ。お腹がすいても食べることも出来ない、寂しくても話すことも出来ない、まして売ってお金になることもない。
窮地の彼女に花を届けるという想像をした自分が恥ずかしくなった。危険を冒してボロボロになりながら一輪の花を届けにゆく、そんなロマンチックな絵を頭に描きかけていた。馬鹿みたいだ。
ここで誰かにあげてしまおう。
僕は首を伸ばして車内を見渡した。背もたれの陰にポツリポツリと人の頭が見える。廊下を覗き込むようにしてゆっくりと立ち上がり、窓際のガーベラを持ち上げた。立ち上がると予想以上の列車のゆれに気づかされる。
座席の手すりを辿りながらめぼしい身元引受人を探す、女性がいいだろう、うちの母も花が好きだ。
「あのう、すいません」
僕は一人で座席に座り編み物をしている初老の女性に声をかけた。メガネをかけ、物静かな、そのやわらかな表情に四年前に亡くなった祖母の面影を見たからだ。女性は僕をゆっくりと見上げて鼻にかけたメガネを直した。
「はい、なんでしょうか?」
「この、花なんですけど、もらってくれませんか?」
「はい? 花……?」
「えと、さっき僕も駅で人にもらって、でも荷物になるんで……今から山に登るので、それで……」それは明らかに嘘だったが、ここではその嘘がそれほどの罪になるとは思えない。
「まあ、かわいいお花ね。あなたはどちらへ行かれるの、お独り?」
「はい、北岸市です」
「なら、わたしと同じね。一人で退屈だし、よかったら一緒にどう? お茶もお菓子もあるわよ、こちらにいらっしゃいな」
僕は花の身元引き受けを頼んだ手前、彼女の誘いを断る事が出来なかった。もちろん断わる確固とした理由もなかったのだけど、こうやって旅先で知らない人と会話らしい会話をするのは初めてだったから、彼女の突然の誘いに多少惑った。僕は自分の座席にザックを取りに一旦戻り、彼女の対面に腰掛けた。
「まあ、大きな荷物ね。今からむこうにつくと夜になるわよ、山には朝から登るの?」
「はい、今晩は……えーと友達のうちに泊まって」
「うん、お友達がむこうにいるのね? そりゃあよかったわね」
彼女はむこうがどういう状況なのか知っているのだろうか。その孫のお使いを褒めるような口ぶりからすると、とてもそうには見えないが。
「あのぉ……えーと」
こういった女性になんと呼べばいいのだろう? おかあさん? おばあちゃん? 奥さん、違うな、御婦人? いや僕に似つかわしくない……おばさん? 失礼かな? あれこれと呼び方を思い巡らせているうちに彼女から口を開いた。
「わたし? わたしは息子夫婦に会いにいくの、孫が生まれたってね、息子から昨晩連絡があって慌てて飛び出してきちゃったのよ。おばあちゃんよ、やっとこの歳になってだけどね」女性はさも自身の慌てふためく姿を形容するかのような手振りで僕に微笑んだ。
「え、いくつなんですか?」それで少し僕も気がほぐれてつい、口を滑らせた。
「こぉら、人に歳を聞くときは、“失礼ですが”って先につけるものよ。ま、私はいいけどね、今更」彼女は僕にいたずらっ子のような顔を向けて言った。
「七十二よ、当時としては結婚も、息子を産んだのも遅かったからね」
彼女は手元の編み物の手を止めることなく僕に微笑みながら告げた。生まれた孫のためのものだろうか、まだそのものの形は何かはわからなかったけど、冬には使えるようにと考えての事だろうか、それとも気が早すぎるのだろうか。七十二歳といえば僕の祖母の享年よりも上だ、彼女はもっと若く見えた。
彼女の息子夫婦から彼女に連絡があったのは昨晩、出産報告以外何も聞いていないということは昨晩までは北岸市は平和だったのか。
いや、まだ樫尾町が戦場になっているとは限らないんだ。奥田の遭遇した事だって、ほんのごく一部のことかもしれない、ただの事件程度で処理されてることかもしれないんだ。そうだ、いくらなんでも町全体が戦場になれば、いくらなんでも。
「どうかしたの?」
「い、いえ」頭の中の情報が混線している僕に、さらに彼女は追い討ちをかける。
「あなたはなんという山に登るの?」
しまった、咄嗟についた嘘だったから山の名前なんか知るわけがない。普通にキャンプに行くって言ってりゃよかった。
「え、ええと、えーと」
「あら、自分が登る山の名前もわからないで行くの? あなたお一人じゃないんでしょ? お友達も一緒に登るのよね?」彼女は呆れたような声を出し、心配そうに僕を見つめた。
「そ、そうです、詳しいことは友達が知ってて、それで、僕はついてゆくだけで、そうなんです」眼をそむけるしかなかった、さすがに嘘の取り繕いには罪を感じる。
「まあ、なら安心だけど、山は天候も変わりやすいし、あなたみたいに若い人は自分の体力を過信してしまいがちで無理をしやすいの、わたしの主人も一度若いときに遭難しかけたことがあってね」
彼女は丁寧に入れ物から記憶をすくい上げるかのように目を瞑り、間を置いて話し始めた。
彼女の御主人、彼がまだ僕と同じかそれより少し上の頃の話だ。だから彼女が直接見て知っている話ということでもないようだが、何度も何度もこの話をいろんな人にしたのだろう。まるでドキュメンタリー番組のナレーションのように、落ち着いた声で順序良く上手に話してくれた。
それはとある雪山での話だった。彼がまだ若い頃、仲間と山の尾根を進む途中、激しい吹雪に遭い視界を奪われ、同僚の一人とともに尾根の崖から滑り落ちたのだという。
聞き手の僕の感覚ではそんな若い頃に危険な雪山に行くのだから、よほど彼は山が好きで登山技術に長けていたのか、親の影響かがあったのだろうと推察する。
彼はなんとか大事に至らずに済んだが、同僚は崖下で負傷しその先に進むのは無理だと思われた。先行していた他の仲間の背中もかすかに見えていたくらいの視界下で、自分たちが滑落したことに気付かれているかも怪しかった。
本来なら吹雪を避けてビバークし状況把握が出来てから行動に移すべきだった。だが彼はその経験則に従わず、同僚を抱え崖をよじ登り先行する仲間を追いかけた。
崖をよじ登るのに要した時間は仲間を見失うのには充分過ぎるほどだった。吹雪が止むことはなく右も左もわからないまま、足元を取られ自由に動くことも出来ず、声は風に流されて消えた。むやみに動いては方角を見失い、再び滑落の危険に晒されるだけだった。
彼は凍える体を抱えながら互いにはぐれない様、同僚の背嚢をきつく握り意識を集中して吹雪が止むのを待つことなく前へと進んだ。
だが、やがて力尽きた。
やがて小一時間に及ぶ吹雪が収まり、嘘の様にあたりに晴れ間が広がってゆく。吹雪に埋もれた彼はわずかに自由になる顔をあげ辺りを見回した。真っ白な平原の中、目印になるものなど何もない。仲間の足跡など見る影もなかった。
そして隣でうずくまっているはずの同僚の生命の気配もそこにはなかった。ただ同僚の背嚢のみがポツリとそこにあった。もはやどこで同僚とはぐれ、あるいは同僚が再び崖へと滑落したのかもわからなかった。
雲の隙間から太陽の光が差し込み、孤独な彼を頭上から照らした。彼はただ真っ白な尾根に枯れた木立のように茫然として立ち尽くしていた。体は冷え切り、ろくな防寒着もない時代、体力は限界まで落ちていた。凍える手足の先は凍傷でロクに動かすことも出来なくなっていた。
三十キロを超える装備と硬直した体躯は彼の二本の足にすべてのしかかり、彼の歩みを妨げた。新雪をゆく足は一歩進むごとに深みにはまってゆき、一向に前進している気がしなかったという。いつまで続くのか解らない雪原をただ意志の力だけで進んだ。
体力が続く間に仲間を探さなければ、日が暮れる前に仲間と合流しなければ、そう懸命に思い続け、彼は行くべき先へと脚を向けた。行くべきと信じている方角に。
しかし、いくら彼が少しばかり人よりも体が大きくても、体力があっても、一歩ごとに腿まで埋まってしまう新雪の中を進むには限界があった。程なくして彼は膝をつき深雪に埋もれた。眼前の雪一つ一つの結晶が見えるような錯覚に見舞われる。もはや自身の体から体温らしいものは感じなかった。
次に彼が意識を取り戻したのはベッドの上だった。隣のベッドには白布が掛けられていた。何故あの時無理を承知で仲間を追ったのか、負傷する同僚を失い、挙句自分自身も守れずに、それでも生き残ってここにいる。彼は自身の若く息巻くその稚拙な精神性を恨み、深く激しく後悔した。
僕は彼女の話を聞く限り、僕には馴染めない話だと思いだしていた。
なぜって? そこまでして山に登る理由なんかないからだ。少なくとも山を登る人間なら、明らかに危険であると判断できる行動を犯すような愚かなことは普通しないからだ。
仕方がなかったとはいえ、視界ゼロに近い吹雪の中を進まなければいけない理由があるだろうか。
僕は登山部でもなんでもないけど、担任の先生が学生時代の登山部での思い出話をホームルームなんかでことあるごとにしていたから、山に登るということはどういうことなのか聞きかじりでも理解しているつもりだった。
何故そこまでして山に登るのか? そんな問いの答えは決まって「そこに山があるからだ」なのだが、それだって命あってのものだねじゃないか。
彼女の話はそれで終わりだった。僕は次に発する言葉を見失っていた。目を伏せて沈黙に耐えた。気の効いた言葉なんていえるほど饒舌でもなく、かといって彼女が出会い頭のこの僕に話すにしては重すぎる話に、自身を重ね合わせることも出来なかった。大体僕は山に登りに行くんじゃないんだから。
彼女は編み物の手を止めてバッグから水筒を取り出しお茶を入れてくれた。それはずいぶんぬるかったが、寝起きで汗をかいた僕には充分な水分補給だった。
「こうしてね、列車から窓の外を眺めながらコップ一杯の水を大切に飲んだことを思い出すわ。食べるものは何もなかったしね、ぎゅうぎゅう詰めの車内で。隠れて飲んだ」
「なんで、隠れて飲むんですか?」コップを返しながら訊いた。
「皆が欲しがるからよ。皆空腹だったし、水も食料もない、着の身着のまま逃げてきた人ばかりだったし。出来るなら皆に分けたでしょうけど、私たちも自分の分で精一杯だったから、人のことなんて考える余裕はなかったのよ」
逃げてきた? 僕は思考が混乱した。それが態度にでたのだろう、彼女の前で首をかしげたらしい。
「ああ、私が若いとき、向こうに居た時の話よ、あなたたちの世代じゃピンとこないわよね」
「はい……すいません」訳も分からず謝った。
またしばらく彼女との間に沈黙がはしった。列車はゆらりと車体を傾けながら山沿いのレールを這う。日は落ちかけて車内の照明がようやく点灯する。
「あのう、逃げてきたって……なんですか?」
彼女は不思議な顔で僕を見た、そしてにわかに顔を崩して笑った。
「ごめんなさい、おばさんてっきりあなたが解って聞いているのかと思っていたわ、ごめんなさい」
いや、僕には何のことやらさっぱりなのですが――そして彼女は続けた。
「こんな日だから、ついね、主人の話をしちゃったけど。あなたの世代じゃもう歴史授業の一ページでしかないのね」
彼女はちゃんと知っていた、この国が再び戦争を始めたことを。
再び経験することになるとは思ってもみなかったという。そう、正確には僕は再びという言葉を使うことは出来ない。僕にとってはこの戦争は初めてのことだから。この国の大半の人々がそうだろう、生まれて初めて経験する戦争だ。
いや、果たして戦争戦争と軽々しく口に出してはみるも、戦争がなんなのかなんて映画の中でしか見た事がない。
勇敢な兵士が敵陣に向かってゆく姿、戦闘機を華麗に操り敵機をミサイルで撃墜する映像、悲惨な収容所、虐殺現場、命をなげうって勝てない戦いに立ち向かう戦闘機乗り、はらはらドキドキする駆逐艦と潜水艦の駆け引き、兵士が家族に賛美されて故郷を跡に戦場に向かうドラマ。何篇も何通りもの戦争のカタチを僕たちはみてきた。
でもその全て、一つとして現実味を帯びることはなく、SF、あるいはファンタジー、もしくは別の世界、過去の世界の話としてしか捉えてこなかった。
「あの、戦争が起こった時、どんな気持ちだったんですか」
「今回の? それとも前の?」
「あ……ま、前です」
「ん、あの時は、私が生まれたときから既に戦争みたいなものだったから、それが当たり前だった。だからみんなの毎日も今のそれとそんなには変わらないのよ。自分の村や町から兵隊が出征することは英雄を送り出す気持ちでいた。そりゃ、私はまだ十歳の子供だったからそのくらいにしか思っていなかっただけね。普通に学校だってあったし、遠足だってあった。あなたたちが思い描くような暗い戦中の話は終戦前の一年くらいね」
「じゃあ、それまでは平和だったんですか?」僕はいつしか身を乗り出して、あたかも彼女にインタビューをするジャーナリストのような格好で聞き入っていた。
「ええ、そうね。平和といえば平和ね。内地にいる私たちは敵国の兵隊すら見た事がなかったんだもの。兵隊さんは、さながら鬼が島に鬼退治に行く桃太郎のようなものだった。そのくらい私たちの生活とはかけ離れた世界だったのよ。新聞は桃太郎の華々しい戦果だけを伝えていたから、私たちはすっかり安心していたの。いえ、むしろ国民全員が熱狂して応援していたともいえた」
「じゃあ、僕がこんな日に登山に行くなんて話も?」その問に彼女は笑って答える。
「別に驚きはしないわ、行く場所はどうかとは思うけど、それはわたしだって同じね」そしてトーンを落として続けた。
「今周りで皆が口々に好き勝手言っていることも、あの時も同じだったし。でも、戦争末期はそうも言っていられなかった。軽口をたたくとすぐに憲兵が飛んできて引張られた。皆がぴりぴりしだした頃から私の身も戦争という実感に触れざるを得なかった。近所のよく一緒に遊んだお兄ちゃんたちが兵隊になることがわかってからよ。それが悲しくないと言えば嘘よね、やっぱり嫌だった、勝手なものだけどね」彼女は編みかけの編み物に眼を落とし、再びゆっくりと編み始めた。
「えーと、その、おばさんの……も?」
「ええ、主人は当時近所では評判の、やさしくて力持ちで聡明な反物屋の青年で、十七歳で北方の大陸に出征したの、さっきの話はその時のこと。帰ってきたときはやせ細り眼光は衰え、足を片方凍傷で失ってね、出征前の面影はほとんどなかったわ」
彼女が息子夫婦に会いに行くということは、少なからず片足を失った彼と結婚し、生活を送る事が出来たのだろう。僕はそれを想像に留めることにしたかった。
「あなたの御両親はおいくつ?」
「え、あ、たしか四十八歳かな。」
「そう? 戦争は経験なさらなかったのね」
僕の祖父も十六歳で南洋方面へ出征していた。彼女と同じ時代を生きた人間から生まれた僕の父は僕という十五歳を育て上げている、彼女の孫は昨日この世に生を受けた。それに意味なんてないけど、別にどうだっていいことだけど。
一体以前の戦争から今がどう変わったのか、本当に世界はいい方向に向かっていたのだろうか、彼女は昔も今も空気は変わらない、と言っている。このまままた再び血なまぐさい戦争が起こっても、やはり僕らはその渦に為す術なく巻かれてゆくのだろうか。
「あなたたちが、もちろん私たち大人も考えなきゃいけないけど、次はあなた達の出番なのよ。不公平かもしれないけど、いつだって世界は安定してそこにあるわけじゃない。戦争はしなくて済むならしないほうがいいけど、最期に守るべきものはみんな一緒なの、あなたのおじいさんも、私の主人も」
桃太郎の活躍か。確かにそうかもしれない。現実に触れる術がないのだから。絵本を開いてその軌跡をたどるだけしか僕たちに出来ることはないのかもしれない。
けど、彼女の旦那さんが、僕の祖父が事実兵士になって心身に傷を負ったように、この戦争が続けばいつかはこの僕自身も兵士になる日が来るのかもしれない。その時に僕らはどんな気持ちで戦地へと赴くのだろう。
本当に今の僕が誰かと何かと戦うなんてことできるだろうか。
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