*集結
「色々と問題もあるのだろう。本当の名は聞かないでおく」
「アハハ……」
しれっと発したベリルにスーザンは言葉も無く笑みをこぼす。
「あなただから見抜けたと思っていいかしら」
そうでなければこちらの
「どうだかね」
「データ通り、のらりくらりとした受け答えね。やんなっちゃう」
彼女はまるで少女のように怒ったふりをして肩をすくめた。ダグラスはそんな仕草に少し可愛いと感じてしまい、つい顔がほころぶ。
どうも自分はこういう仕草に弱いんだなと苦笑いを浮かべた。
「いいわ。一週間ほど待って」
「随分と長いんだね」
「いくら彼とはいえ、一介の傭兵に頼むのよ? 説得には時間がかかるわ」
スーザンは上司と話し合うために依頼はひとまず保留という事にし、ミニクーパーに乗り込む。
「来ると思う?」
走り去る車を眺めてベリルに問いかける。
「来るだろうね」
全てを悟った物言いに、大きな戦いがいずれ訪れる事をダグラスは予感した。
──それからしばらくは大学生活を満喫し、その合間をぬってベリルの仕事にも参加していた。スーザンからの返事は二週間もかかってようやく国からの正式な依頼となった。
ローランドとの接触は大抵は戦闘の最中で、お互いが残していったアイテムの中に忍ばせるという方法だ。
古典的だが、渡されたものを破棄さえすれば誰にも辿られる事がない最良の方法でもある。
南米のジャグル地帯──ここにあった麻薬密売組織を叩いた時にローランドが現れた。
「いくらなんでもこれは無いよねぇ」
薄笑いのダグラスにベリルも苦笑いで応える。ベリルの左太ももには、ボウガンの矢が深々と突き刺さっていた。
ダグラスは持っていた小型のワイヤーカッターで羽の部分の軸をバチンと切り落とし、矢の先端を掴んでベリルに目で合図し思い切って引き抜いた。
「──っ」
痛みに少し唸りをあげる。あのまま放っておいても内部に突き刺さっている部分はベリルの細胞に変換されて無くなるのだが、今回は無くなる前に取り出さなくてはならない。
「あった」
ダグラスは空洞になっている軸をのぞき込み、中にあった紙切れを取り出す。そこには不規則に並べられた記号が書かれていた。
「はい」
怪我の回復を待っているベリルに手渡す。ベリルはそれをしばらく見つめたあと、ライターを手に取り火を付けた。焦げた紙切れを握りつぶし風に散らせる。
「撤収だ」
立ち上がり、休憩していた仲間たちに作戦の終了を示す。
ダグラスはむせかえるような大気に木々の葉から覗く空を仰ぐ。刻一刻と「そのとき」が迫っている事を告げるように、隙間から見える空は揺らいでいた。
ローランドとのそんなやり取りを繰り返し、ダグラスは十八歳となる。今でも時折ミーナからスマートフォンにメールが届く。
ほんの二年前の出来事なのに、酷く昔の事のようにダグラスは感じた。それほどにめまぐるしく彼の周りは変化を遂げていた。
子どもだった時代は終りを告げ、成人としてベリルの弟子である事を再認識させられた。今では立派に彼のサブリーダーとして勤めを果たし、信頼度を上げている。
ベリルはダグラスを見つめ、私から離れる日もそう遠くはないだろうとその姿に目を細める。
──それから数週間後
<入り口で待っていろ>
大学に休学届けを出しにきたダグラスの携帯にベリルの急ぐ声が響く。
「えぇ~!? そのまま行くの?」
なんとなく解っていたダグラスだったが、少しくらい不満を口にしたってベリルは怒らない。
ロッカーに隠していた武器をひと通り手にし、入り口の影でベリルの車を待っていた。そうして、見慣れたピックアップトラックを遠目に確認する。
「ベリル!」
手を上げてレンガと
急いでドアを開け転がるように乗り込むとドアが閉まるのも待たず車はエンジンを全開にした。
「ふわ~、疲れた」
「休学届けは出せたか」
「うん、バッチリ」
運転席のベリルに親指を立てて白い歯を見せる。
経済的にも防衛的にも周りから切り崩され牙城に迫るベリルに焦った敵は、数日ほど前に直接攻撃をしかけてきた。
もちろん、その情報は事前にベリルに漏れていた。敵が行動を起こす前になるべく穏便に対処し、頃合いかとベリルも行動を起こすことにした。
準備は整った、おおもとである「シャイニー・ブレイド」を叩くときだ。
「ランデブー・ポイントは?」
「キト」
「そこってエクアドルの首都じゃん」
エクアドル共和国──南アメリカ西部に位置する共和制国家で赤道直下にあり、本土は標高によって三地域に分かれている。
赤道直下の熱帯だが、標高の高い地域や海流により過ごしやすい気候の地域も存在する。ガラパゴス諸島は本土から西に一千キロメートルほど離れたところに位置している。
「本拠地はエクアドルにあるのか」
ダグラスはぼそりと発した。エクアドル共和国の首都キトはアンデス山脈の中腹にあるため比較的涼しい。
「ジャングル地帯じゃなくて良かった。虫が一杯なんだもん」
肩をすくめたダグラスにベリルは口の端を吊り上げる。
「でっかいムカデが背中を這ったときの感覚ときたら!」
「ククク」
ダグラスの身振り手振りがおかしくてふいに笑みをこぼす。ダグラスは、こんな風に笑うベリルが好きだった。感情の起伏が緩やかな彼の取り崩した顔や焦ったようなしぐさに何故かホッとする。
人間離れしたその存在感に、少しの不安を覚える事がある。
いつか本当にこの世界からいなくなり、神様の横にちゃっかり座っているんじゃないだろうかなんて考えてしまうのだ。
そんな事あるわけがないと思いつつ、人間らしい表情に胸をなで下ろす。
──個人が所有する空港からジェットを飛ばしてもらうため、車を積み込みベリルが副操縦士を務めた。
もちろんだがベリルが何者かは彼らは知らない。どういう人物なのかと多少の疑問は抱かれてはいるものの、今までも何度か利用しているため、ある程度の信用を得ている。
そうして、途中で給油をしエクアドル市内にあるマリスカル国際空港に降り立つ。ここは軍民間共用の空港だ、ベリルはこちらの軍にあらかじめ連絡してあるので怪しまれることはない。
エクアドル共和国の首都キトは、新市街と旧市街からなり、旧市街は歴史的建造物が建ち並ぶ世界遺産の街でもある。
新市街は商業地と住宅地が混在しており、南米有数の世界都市である。仕事でなければ観光したいところだとダグラスは街並みを眺めた。
キトで半数の仲間たちと落ち合い、北西にあるサン・ディエゴアルトで残りの仲間と合流する段取りだ。
そしてサン・ディエゴアルトで最終チェックと資材やその他の武器の調達を行い、翌朝に移動を開始する。
こちらの動きはすでに相手には気付かれているだろう。それなら堂々と踏み込むまでだ。
「ベリル!」
雑多の人混みのなか、ベリルを呼ぶ声に振り返ると、男が手を挙げて笑顔で駆け寄る姿が見えた。
「ワイトか」
「久しぶりだな」
硬い黒髪と漆黒の瞳、無骨な顔立ちの大柄な男はベリルを見下ろして懐かしい目を向けた。どうやら今回の作戦に参加する仲間の一人らしい。その大きな手を差し出して握手を交わす。
「何年ぶりだ? 相変わらずお前は変わらんなぁ」
ワハハと三十代後半の男は外見に見合った笑い声を発した。
「他の奴もちゃんと来てるぜ」
ワイトと呼ばれた男は後ろに親指を示し、笑顔を見せて軽く手を振り歩いてくる集団にベリルは目を細めた。顔なじみの傭兵たちだ。
「おう! ボウズ、おっきくなったなぁ」
「オルソン! 久しぶり」
笑顔で駆け寄るダグラスの頭を男はガシガシと痛いほどなでた。ブラウンの髪に栗色の瞳、彫りの深い顔立ちは三十代に入ったばかりだと窺える。
ここで落ち合うのは二十五人。サン・ディエゴアルトでは残り二十五人と落ち合う。
仲間の傭兵たちは装備を隠す事なく山岳地帯ならではの武装をしている。サンドカラーのカーゴパンツにアサルトジャケット、タクティカルベストといかにもな恰好だ。
ライフルなどの火器類はそれぞれのジープやピックアップトラックに積まれている。
一同は一旦、空き地に集まりベリルは予定の顔と数である事の確認をし無言で小さく頷くと移動を開始した。
数台の車にそれぞれ乗り込み北西のサン・ディエゴアルトに向けて走る。
<ベリル、気付いていたか?>
カーナビの所に差し込まれている端末からワイトの声が響いた。
「うむ」
<敵さんも警戒を始める頃だな>とオルソン。
彼らが話しているのはキトでの事だ。ベリルたちの様子を窺っていた一人の男について話し合っている。
私服だったが、その鋭い眼差しは一般人ではないとすぐに気付いた。
<規模はかなりのものだと聞いているが、敵の拠点はどっかの工場跡地なんだろう?>
ワイトが少し不安げに訊ねた。それにオルソンが笑って応える。
<データはきっちり覚えたんだろ? だったら大丈夫さ>
遂行までに時間がかかったのは、シャイニー・ブレイドとつながっている小さな組織を叩いていただけではなく、組織そのものを調べるのにも手間取っていたからだ。
ローランドの潜入捜査とベリルとの内と外の連携で、ようやく割り出すことが出来た。それだけ巧妙に身を潜めていた。
ダグラスはそんなやり取りの中に今回の作戦の厳しさを感じていた。
二十五人で半分という事は、ベリルは五十人の傭兵を要請したという事になる。報酬はアメリカ合衆国とエクアドル政府から受け取るにしても、ダグラスには初めての大規模戦闘だった。
作戦遂行はまだ先だというのに、自然と喉が渇いて生唾を飲み込む音が聞こえそうだ。
「数が増えただけだ。今までと変わらず動けば良い」
ベリルが目を向けずに発した。口元にうっすらと浮かぶ笑みに緊張が和らく。
「うん」
そうだ、やることは今までと同じだ。冷静に状況を把握し判断し行動する。戦って勝利を手にするだけだ──そうしてサン・ディエゴアルトに到着し、残りの仲間と合流する。
ダグラスはその中にスーザンの姿を見つけ驚いて駆け寄った。
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