一応言いますが、私は勇者ではありませんよ?
竜造寺。
一 / トリアンテイヌ編
第1話
「あの……一応言いますが、私は勇者ではありませんよ?」
「「「「「「はいぃっ?!」」」」」」
ハモってる、ハモってる。
目の前にいるのは神官風の服を着た、と言うよりも神官そのものだろうか。その人達が僕の言葉に驚いた様な表情で、素っ頓狂な声を上げた。
「にゃんで!」
あ、噛んだ。女性の神官さん、ドンマイッ。
「に、にゃんでしょんにゃきょといぅにょ! ぷぎゃ!」
……うわぁ人の域に留めていた噛み噛みっぷりが人の域を超えたっ……! それに最後に話してもないのに舌噛んだ! 頑張って神官さん! ……あっれー? なんで応援してるのかなー?
……僕たちはどうやら変なとこに呼ばれたらしい。記憶を辿ると、確か僕たちは普通に教室にいた筈だ。
ちなみに僕は高校生。今日は高校二年の一学期の終わり。やっと帰れるなと他の人たちが五月蝿い最後の
で、気付いたら変なとこにいたって事。それからは生徒が急に静かになって、周りの神官と睨めっこ。神官の見事なまでの真顔にクラスの人も真顔になった。中には突然の事でキョロキョロと忙しなく周りを見る人や、既に泣きそうな人もいたが、やはり大多数は真顔だった。睨めっこに負けたくないらしい。いや違うな。
そんな時僕は、この世界について考えていたのだけど、ここが異世界じゃないかという結論に至った。そしたら神官の一人が大声で「勇者様なんたらかんたら」とか言っていたから、ここは異世界だと確信した。けど、とある理由から「僕は勇者じゃないよ」って言った。
──いま、ココです。
僕のまわりにいるのは神官だけではないのだけれど、そんな事を完全に無視して「勇者じゃない」発言をしてしまった為、僕には今、変な目を向けられてる。
周りには僕が通っていた学校で一緒に勉学に勤しんだ人たちがいる。(といっても話したことはないけれど)僕を含めないで、総勢三十八人。あれ、ちょっと少ないな。僕は途中で転校して来たから、四十一人目だ。二人少ない。
けど分かった事が。どうやら同じクラスの人だけが呼ばれたらしい。
僕は高校一年の二学期に転校して来た。……けど、ロクに話した事はない。あると言っても、業務的な会話程度だ。悲しいと思ったことはないけど。
僕の名前は、紫電。普通です。はい。髪の色は若干茶髪。顔は普通。身長体重も普通。そうつまりは普通。普通の塊。普通に普通を足して二で割ったとても美しく、綺麗な『普通』です。
……あ、そう言えば僕には友達がいない。これじゃあ普通よりも若干下だな。そうつまり、典型的な「ぼっち」だ。転校して来たから、友達のグループが出来上がっていた、と言う理由もあるだろうけど恐らく本当の理由ではない。考えられるのは、僕があるとき突然蹲ったりする事だろうか。腕を押さえて、うぐ、と唸りながら。
……きっとそうだ。
転校初日にそれをしたから、気持ち悪がって話しかけてこないのだろう。多分みんなの中で僕は「厨二病の人」となっているはずだ。確信すらある。悲しい事に。けど、これにはちゃんとした理由があるのだけれど……きっと話しても信じてくれないと思っていたから、話していない。まぁ、それこそ厨二病だろと言われそうだけど。
……あ、そう言えば前に学校に入って来た不審者に飛び膝蹴りからのテキサスクローバーホールドかました事あるけどそれも原因かな。不審者が泣いて謝ったぐらいだし。
……あの時は確か、不審者がナイフを女子生徒に向けていた。すごい女子生徒は怯えていたから助けたつもりなんだけど、凄い引かれてたな。
……けど、今なら信じてくれるかもね。僕の話。
だってここ、異世界でしょ。
僕には分かる。ここが異世界なんだってこと。それも、結構“深く”まで。
だって、経験済みですし?
異世界、行ったことありますし?
異世界、以前────救いましたし?
僕はついこの前、と言っても結構前になるけど、勇者として今いる世界とは違う異世界に呼ばれたのだ。そして、そこを救った。最後に、その世界の偉い人から「これであなたの勇者としての仕事は、終わりです」と言われた。
だから、僕はもう勇者じゃないよ。
勇者は、その世界においてきたから。
◇◆◇
「にゃ……けふんっ、な、なな、何をおっしゃいますか勇者様! あなたはれっきとした勇者ですぞ!」
神官の一人が汗を流しながら僕にそう言った。言い直してるね。
「いや、だから勇者じゃないですって」
「いえいえ! 貴方は勇者です!」
……強情な女性の神官ですね。折角綺麗な方なのに……彼氏いなさそうです。とても綺麗な金髪を持っているのに。……あれ、もしかして地毛ですか?
「勇者じゃないですってばぁ」
「勇者です!」
「違うって」
「違いませんっ!」
クラスの人達が、こっちを変な目で見てくる。……「別に勇者でよくね?」……と言うところでしょうかね。
彼らは勇者召喚は初めてだからきっと浮かれてるんだろう。勇者といえばラノベとか漫画とかの話だから。そんな世界に来てしまったというなら、舞い上がるのも不思議じゃない。実際、僕も初めは舞い上がった。初めは、だけど。
……僕が勇者だった物語はもう終わったのだ。この高校に入った時に、終わりを告げたのだ。全部、全部。だから、僕はもう勇者とは名乗りたくない。勇者と言う名は、あの世界……クルクスに置いてきたのだ。
だから、僕は勇者じゃない。
「アイ、アム、ノット、ユウシャ」
「ユー、アー、ユウシャ!」
「トランクイルリタス、トランクイルリタス」
「?!?!」
この世界は地球の英語が通じるのか。という事は地球と違い“軸”にあるって事か。
けどごめんね、突然ラテン語話しちゃって。混乱してらっしゃる。ちなみに意味は
“軸”、と言うのは簡単に言えば世界の事だ。その世界の過去、現在、未来を表すもの。僕が高校に通った世界、地球を『地球軸』、僕が勇者だった世界、クルクスを『クルクス軸』って呼んでる。そのままだな。
軸は、簡単に言えば棒だ。長い長い、終わりのない棒。それを横にして置いた感じかな。そして今僕たちが生きているのを棒の中心とするなら、片方は過去で、もう片方は未来を表してる。
その軸は実は結構存在している。地球軸はその中心にある。全ての軸の元となっているのが地球軸ってこと。……例えるとしたら、パスタを丸く束ねた内の丁度中心にあるのが地球軸。そしてそのまわりにはたくさんの他の軸がある。クルクス軸やこの世界の軸も当然ある。……あ、そうだ。後、そのパスタの一本一本は一つの麺が分かれたものだ。逆の言い方なら、パスタの片方は一つに纏まっている、って感じ。
で、地球軸に近い、と言うのはそのままの意味。パスタの例で言うなら、中心に近いところにあるという事だ。そしてそれは同時に地球軸の影響を受けているという事だ。パスタの中心に近ければ近いほど、地球に似た環境や、科学の発達などがある。逆に遠ければ地球とは全く違う発達をしていたりする。クルクス軸は地球軸から相当離れていたから、地球とは全く違う景色だったり、科学の発達だった。
推測ではあるけれど、この世界は地球に本当に近い訳じゃなく、近いと言えば近い、と言う程度だと考える。そもそも地球に本当に近いのなら、召喚なんて出来るはずがないし。まぁ、超能力とかならあるかもしれないけど。
召喚ができるということは、最低でも魔術、もしくは魔法を行使しなくてはならない。召喚というのは科学とは全く違うものだからだ。アレがああなって、結果的にこうなる、と言う過程が召喚には存在しない。一気に結果に飛んでいってしまうから。なんと言うか……ボールを投げたら、次の瞬間には相手のミットに収まっている様な。空中を飛んでいる所を
それが魔法。で、魔法を使うのは、地球軸からある程度離れないと使えない。
……というのはクルクスで知った事なんだけど。
「分かりました私は勇者です」
「違いますっ! って違う、今の無しっ!」
「オーケー、ワタシハ、ユウシャデハナイノデスネ、オーケー」
「今のは無しーっ!」
神官が焦りだした。まぁ、自分の口で勇者じゃないと言ったのだから。それでも言ってくる人はいるけど、この人は自分で言ったことはあまり変えないひとなのかな。
「…………っ」
涙ぐんでる。反則だ、これは反則だ。クラスの人も「うわぁ、泣かせやがった」と言うような目で見てくる。
こ、これは僕の意思なんだ。変えたくない。
……ほんっと最悪。はぁ……。
僕は女性の神官の人に近付き、謝ることにした。僕はぺこりと頭を下げる。
「すみません……別に泣かせたかったわけじゃないんです」
ここで、少し女性に近寄って、まわりに聞こえないように小声で言う。
「勇者と言えない理由が、あるんです」
「……そう、なんですか……?」
「あと、出来れば内密にして頂けると嬉しいです……まぁ、表面上は勇者として活動しますから」
「……はい、分かりました……ひく、こちらこそ強情で、その、しゅ、すみましぇんでした……」
一先ず分かってくれたみたい。よかった。
女性はまだ泣いているが、精一杯の笑顔を向けて来てくれた。……やっぱり、綺麗な人です。前言撤回、きっとこの人はモテます。ハンカチを渡して、僕は他の人たちの所まで下がる。まだ変な視線があって居心地悪いです。あ、もしかしてバレました? 僕のハンカチに可愛い刺繍があることに。……あれ、クルクスで勝手に付けられたものなんですけど。でも結構可愛くて捨てられないんですよね。
「……では話がついたようなので、もういいかな、ビオ」
「あっ、はっ、はい! す、すすすみませんでした……」
突然響いた威厳のあるような声に、女性の神官、ビオは走って何処かに行ってしまった。
声のした方を見ると、其処には偉そうな人がいた。見た目からして、王様かな。少し高い位置にいるから王様で間違いないだろう。どれぐらい高いか、というと、若干見上げるぐらい。学校とかの階段の、踊り場あたりまでの高さかな。
「儂は、トリアンテイヌ大帝国第百五十七代国王、カラザだ。カラザ・ドゥミネット・アルデス。この度は勇者召喚に応じていただき、誠に感謝する」
やっぱり。僕がそう思っていると、突然声が上がった。それは、クラスの人達の方からだった。
「待って下さい! その勇者召喚とやらに私達は応じてはいません! 私達は無理矢理ここに連れてこられたのです! そもそもここはどこですかっ、家に帰れるのですか?!」
それは、先生だった。僕のクラスの担任、
勉強を教えるのが上手いので、そのまま先生でいた方が良いとは思いますが。アイドルよりも先生でいてほしい。だって僕の苦手な数学の先生ですし。分からない所を、凄く分かりやすく教えてくれるんです。その度に教室の何処かで「カァーッ、ペッ」と聞こえるのだけどそれは置いておこう。
「親が心配しています! どうにかして地球に──」
「ならば、貴方方にある事をして頂ければすぐにでも地球に返しましょう」
「……なんです、それは」
クラスの人たちは全員、唾をごくんと飲み込んだ気がした。僕は大体何言われるのか分かってしまっているから、鼻をすすった。ティッシュはどこだっけな。ポケットを探る。あ、あれ、どこだろ。
「……この世界を、救っていただけないか」
「……はい?」
先生が固まった。
他の生徒は……あれ、なんでかな嬉しそう。これは見事に浮かれてますね。すびび。ティッシュ忘れたっぽい。誰かティッ──
「……そっ、そんな事していたら一体いつになるか……!」
「ならばここで自害して下さい。そうすれば魂ぐらいなら地球に帰れるでしょう」
「あなた……ッ……そんな事していいと……」
「いいのです。ここは私の国ですから」
「……ッ」
先生が黙ってしまった。反論しても無駄だと分かってしまったよう。
けどそんな先生を励ますように、生徒が、特に女子生徒が駆け寄った。男子生徒も少なからずいるけど。
だが僕は傍観する。
「大丈夫だよ、先生!」
「……どうして?」
「俺たちが世界を救えばいいんだよ! きっと出来るって!」
「そうそう! みんなで協力すればきっと出来るよ!」
へぇ、そんな簡単じゃないけどね。まぁ、もし全員にチートが与えられてたら出来るかもだけど。
「……貴方方の言う通りですとも。協力すれば世界を救う事など造作もありません。それに、貴方方には強力な力が宿っていると確認済みですから。
貴方方は強い魔法をお持ちだ。それも一人一つ以上は必ず」
皆はとても嬉しそうだ。自分のチートに気付いてしまったから。先生に向かって、「これなら出来ますよ!」なんて言っている。先生は何か言いたげだが、結局言うことはなかった。…………てか、あるんかい。チート。
あれ?
……確認済みだって?
僕は堪らず、声を上げてしまう。
「待て、王様」
「ん? なんだ」
「確認済み……と言うのはどういう事だ? まるでその力をもう見た事があると言っている様だぞ? もしかして、地球から呼び寄せた人は俺たちだけじゃないのか?」
先生と、生徒は僕の方を見て、「確かにそういう事になるのか」「それってマジ?」とか言ってる。気付いてよ皆。
と、その時王様がぐにゃりと顔を捻じ曲げて笑った。なんというか、新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。なんかやだな。
「ご名答! その通りさ、我々は既に地球の民をこの世界に多数呼んでいる。現在、我が国には地球の民が五百はいるぞ!」
「は……」
耳を疑った。
それってつまり、五百人の同志がいるぞ、と?
「呼びすぎじゃないか? と言うかそもそも、地球では突然人が消えただなんてこと一度もなかったぞ? 何かの間違いじゃないのか?」
「間違いではない。それが正しい」
「どうして」
「お前達が地球で一番初めに消えた、と言うだけだ」
「…………それってつまり、この世界に既に来ている人は、俺たちからしたら未来の人たち、と言う事か……」
それで大体納得した。それなら確かにニュースがないのにも理由がつく。
だがその時、僕の頭の片隅ではある警報が鳴っていた。それは、二人この場にいないという事。それがとても大事な事を表しているようで……
その時、生徒の一人がその事を話した。
「あ、あのー、
「あれ、本当だ!」
「どうしてですか王様」
その一言から二人の事が広まっていき、遂には全員でその二人の事を聞き始めた。
王様は顔を顰めるが、すぐに元の顔に戻し質問に答える。
「……ふむ、どうやら……」
王様が次の言葉に詰まった。何故だろうと考えて、一つ、思い当たってしまった。
未来から、と言うのはつまり……
「
「……気付いたのか……勘のいい少年だ。名は?」
「
王様が興味深そうにこちらを見る。目を見ると何を言いたいのか大体分かる。早く話してみろ、と言ったところか。
けど、先生が入り込んできた。
「し、紫電くん……? どういう、ことなの?」
「今から話しますから。なるべく丁寧に。少し長くなりますけど」
そう言って僕は王様の方に顔を向ける。少し見上げる形になって嫌だが、今回はそんな事言ってられない。
「……
先生にも分かるように、例を挙げながら丁寧に話す。
「例えば、こんな話があります。
……ある少年がタイムマシンで過去に戻り、自分の親を殺したとします。すると親が死んだのですから現在の少年は
卵が先か、鶏が先か、と言う話はこんな話だ。ある日老人からタイムマシンの設計図を渡され、そこからタイムマシンを自分が完成させる。そして自分が歳をとったらその設計図をタイムマシンを使用し過去の自分に渡す。そして過去の自分がそこからタイムマシンを作る……という話だが、この話ではそもそも話の始まりがない。
始まり、つまり、タイムマシンの設計図がどこから生まれたのか、と言う事だ。もしくは、結果から生まれたと言う可能性もあるが。
「タイムパラドックスに現在の状況を当てはめるのでしたら、それはドッペルゲンガーの話と同じようなものです。あの同じ顔を持った自分と会ってしまうと、と言う話です。
この世界では未来からも人を呼んでいると言いました。それはつまり、未来の自分を呼んでいる可能性もあります。今いない二人は、未来からこの世界に呼ばれた、と言う事では? もしそうなれば、まさにドッペルゲンガーと同じ事に陥ってしまいます。恐らく、それを阻止するために意図的に連れてこなかった、と言う事じゃないですか? それに、もしそうならこの世界にその二人も既に存在する筈です」
先生や生徒の顔が明るくなった。
要は、この世界に連れてきたら同じ時間に二人が同時に存在するという事になり、大きな自己矛盾を引き起こすという事だ。僕はそれを意図的に阻止したのではと考える。つまりは、地球では生きているという事だ。同時に、その地球で生きた二人が未来で呼ばれて、既にこの世界にいる、というのが僕の考え。
王様は満足そうな顔だ。当たりか?
「惜しいな。九十点だ。残念だが二人は生きていない。もう存在すらしていない」
「──は」
「この世界では、同じ存在が同じ世界にいる、と言うだけでパラドックスを起こしてしまうらしい。恐らく、その二人はこの世界に来た瞬間に、存在を消したよ。同時に、元からいた二人も、ね」
全員の顔から笑顔が消えた。僕も、含めて。
「あれ、待てよ……いやそもそもなんで……未来から二人を呼べたんだ……?」
「これは、そういう魔法だからさ。この魔法には、矛盾など関係なく呼び寄せてしまう。例え過去に死んでいようが、死ななかった未来から連れてきてしまうからな」
「……ッ」
王様は、矛盾が起こる可能性があると分かっていても尚、召喚をやめなかったと言うのか? いやそもそも、五百人も呼んでいながらまだ呼んでいるのだ。きっと時間矛盾が起きたのは一度ではないはず。なのに、止める気はないと、そう言うのか。
そんな馬鹿な。
「あなたは、人の命を軽く見過ぎではないのですかッ?!」
先生が怒鳴り散らす。初めて見る先生の怒りに、誰もが驚愕の表情一色となった。
先生の瞳は怒りの炎で震えている。轟、と音が聞こえそうな程の怒りだ。
「ふざけ……っ」
「黙りなさい」
──が、王様の一言。それで先生は黙ってしまった。否、黙らされているのか?まるで、話したくても話せていないようだ。
……なんだこれ、魔法か?
「隷属魔法を掛けた。目障りな女め。貴様は今から奴隷だ」
王様は、平然と言ってのけた。
「貴様は私に逆らえない。床を舐めろ」
先生は、それに従うように、腰を低くしていく。
その顔は確かに怒りに染まっていて、更に足は小さく震えている。堪えているようだ。だが、体はいうことを聞いていない。
僕の中の何かが弾ける。
先生は涙を流し始める。生徒が先生の動きを止めようとするが、止まる気配はない。
「早くしろ」
遂に先生の膝が床につく。すぐに、両手も地面に付ける。
ゆっくりと、ゆっくりと、顔が地面に近付く。
その表情は、怒り、恥辱、悲しみ、全てが混ぜ込まれたような表情だった。
「やだっ、先生……」
「嘘でしょ、ねぇ……せん、せ……」
「奈加せんせいっ!」
他の人たちは、先生に語りかけるだけだった。普通じゃないようなその姿を、見る事しか出来なかった。
重なる。あの時と、重なる。
クルクスで見た、あの……
──全てを無くした奴隷と。
──街のど真ん中で無茶な命令をされていた姿と。
炎が、灯る。
「やめろよクソジジイがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」
叫んだ。これ以上ないってぐらいに、全力で。
僕の声は辺りに反響して、まるで合唱でもしているかのようだった。実際には、音痴の合唱だっただろうけど。……不協和音の大合唱。いいじゃないか、ぴったりだ。
その直後だった。
つい、魔法を使ってしまったのは。
僕を中心として地面に蜘蛛の巣のようにヒビが入り、そのヒビに沿って雷撃が暴れる。それと同時に暴風が吹き荒れ、そして僕の右手には雷霆をその身に宿す炎の剣が現れる。炎は僕の周囲を熱し、あらゆるものを溶かす。それはまるで、溶岩の様に。……いや、正しくはそうではない。溶岩の様に“触れたら溶かす”のではなく、“近付いたら溶かす”のだから。
……やってしまったのはしょうがない。
やるんだったら、全力で。
僕は剣を王に向ける、そして、
「貫け」
炎の剣の刺突を、炎の衝撃波に変えて飛ばす。それは音速を平然と超え、ソニックブームを発生させながら王に向けて突き進み、そして、直撃する。
爆音と砂煙が辺りに舞う。解き放たれた
それとほぼ同時に、先生の隷属魔法も無くなったようで、先生もその顔を上げた。よかった。
実はこの衝撃波には
それよりもこれ、みんなにどう説明しよう……。いや、力に覚醒したとでも言えばいいか。みんなも持ってるらしいし、チート。
砂煙が消える。そこには王が腰を抜かしていた。丁度、王が座っていた椅子のすぐ隣に丸い穴が無数に空いていた。その穴は溶岩の様に溶け、熱を発する。
やばい、やり過ぎた。
王様足をカクカクさせながら漸く椅子によじ登り、震える声でこう言った。
「こっ、ここ、これで話は終わりだ! みっ、皆の者、ひぇ、部屋へああ、
噛み過ぎです。
衛兵は笑いを噛み殺しながら、他の人達を部屋へ案内した。先生に頭を下げていたので、王様ほど悪い人ではないようだ。というか優しい方か。少し耳をすますと聞こえた。衛兵さんは、「うちの王様、いつもあんなんなんです。すみませんね」と言う。その後に、「あれも試験……らしいです」と言った。え、あれ試験なの? ぶっ殺しちゃう所だったし。
────待て。なにその子供を見る親の様な言葉は。王様どんだけやんちゃな子供なのよ。
……あれ、一人俺を見てる? チラチラとこちらを見てくる。
あの人は確か……クラス委員長の、
まぁ要は、凄い美少女って事です。胸に手を置き、なにやら心配そうな顔でこちらを見てきますね。なんですか遂にモテ期ですか。……いやまさか。それはないな。あの人、凄い大勢の男子に告られてるもん。俺に目を向ける暇すらないでしょ。と言うか僕と話したら、周りにいる男子が僕に向けて「かーっ、ペッ」と威圧を掛けてくるに違いない。
僕がジーッ……とガン見すると、その視線に気付いたようで目を逸らした。それからもチラチラと見てきたけど。結局、この部屋から出て行くまでずっとチラチラ見ていた。
一分程過ぎた頃には、だだっ広い部屋に僕と近衛兵と王様、王様のお付きの人みたいな奴と数人のメイドだけになった。アウェー感ぱねぇ。
そこで、王様のお付きっぽい人が王様の隣まで移動し、話しかけてくる。
それと同時に王様は、近衛兵の数人の付き添いと共に退出していった。
あら?
あららん? 出ていくのか。……あー、俺の所為ですよね、すみませんごめんなさい。……なんて言おうとは思わないけど。
それからは、僕の裁判的なものが行われる……と思ってた。
「まず、紫電とやら」
「ん?」
「うちの王が失礼した。……後でおしおk……嫌なんでもない」
「ねぇ聞いていい? なんで王様がそんな犬みたいな感じなの? ねぇなんで?」
「……別に、絶対王政ではないから」
それでいいのか。この国は。そう思った僕の膝は、いとも簡単に床についた。まぁ、所謂四つん這い状態ですね。……これでは、地面に向かって四つん這い? ……かーっ、ペッ。
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