第三十一話:それは凶報か吉報か

 王族も交えての狩猟からひと月ほどが過ぎて、ようやくルース達は四領連合へと帰ることになった。

 驚いたのはルースがサイアーを引き抜こうとしていたことで、何やらトラヴィート王国に滞在していた時に声をかけられたのだとか。


「悪いけれど、ルース。僕は君と一緒には行かないよ」

「そうか、残念だ」


 簡単なやり取りだったが、サイアーがどういう考えでその結論に至ったのか。その場に居た者はそれぞれ驚いた顔をしていたが、わざわざそれを確認するような野暮をする者はなかった。

 ルースもさっぱりしたもので、特に理由を問いただすでもなく、頷いて返しただけだった。

 すぐに流狼に向き直ると、サイアーのことは忘れたかのように笑顔を見せる。


「さて、義弟。次に会う時を楽しみにしている」

「ああ」

「次はウィナも連れてくる。気立てのいい娘だ、お前もきっと気に入るぞ」

「ええと……」


 ルースの笑みには邪気がない。

 流狼は返答を濁すが、ルースは気にせずそのまま片手を挙げてフニルグニルに乗り込む。

 程なく動き出したフニルグニルは転移陣に飛び乗ると、すべての国との転移陣を持つ天魔大教会領へと転移して行った。

 思わぬ来客は、嵐のようにエネスレイクにやってきて、特に何も残さず去っていったのだった。






 アルカシードの修理は加速している。新しい機兵建造の依頼もないので、アルは修理作業を続けつつオリガの指導に力を注いでいた。

 そんなある日。オリガが深刻な顔をしてアルに声をかけてきた。


「師匠」

『どうかしたかい? オリガ』

「この本」


 アルが前に手渡していた書物である。

 律儀に読み進めていたのだろう。アルとしては来るのが遅かったと思うくらいだ。


『何か分からないところがあったかな?』

「正直、わからないところだらけ。でも今回は、そういう話じゃないの」

『うん?』

「巻末の、著者のサイン。これを書いた人は、師匠たちを創った人だから、三千年近く前の人ということになる」

『そうだね。この星の周回数で二千七百八十三周期前に召喚された人物だ。ボクが君にその本を預けたのは、ある意味で感傷のようなものかな。あの人と同じ――ゼクシュタインの姓を持つ君に』

「記録に残ってるの。研究発表の日に、檀上で突然発生した奇怪な次元空洞に吞み込まれて、行方不明になったの映像」

『! ……まさかとは思ったけど、本当に縁故だったとはね』

「だから解せない」

『え?』


 オリガの深刻な――と言うよりは怪訝そうな顔に、アルは彼女と自分の認識に大きなズレが存在していることを察した。

 彼女の次の言葉に、アルもまた絶句したのである。


「その二人は私の

『なんだって⁉』

「教えて、師匠。この星は私のいた世界と時間の流れが違うの? それとも、何か別の理由が?」


 オリガの問いに答えられる情報を、アルは持ち合わせてはいなかった。






 帝都グランダイナの城内を自由に歩ける者は少ない。

 陽与はアルズベックと帝室から許可を受けてはいたものの、この巨大な建物の内部構造をしっかりと把握できる自信がないため、活動範囲はそれなりに狭い。

 今日はアルズベックが朝から外出ということで、食事を終えたあとに城内の図書館でこの世界の文字を学ぶつもりで歩いていた。

 アルズベックは同行を願おうと思っていたのだがと言いつつも、陽与の考えを支持してくれた。なので、今日は珍しく二人は別行動なのである。


「あ、義姉上!」


 と、声をかけてきたのはアルズベックの弟のサンドリウスだ。

 教師のミシエルと一緒に図書館から出てきた彼は、何やら分厚い古書が何冊も抱えていた。


「サンドリウス様。アルズベック様に見初めていただいたとは言え、私の生家は市井のものです。どうぞ陽与と呼び捨てに」

「何を仰いますか! 私は継承権を持たぬ身です。そういう意味では帝国の臣に過ぎません。兄上は第二帝位継承権を持つ御方、その奥様と同列に扱っていただいてはこちらこそ困ります」

「まあまあ、奥方様、サンドリウス様。このような場でお互いの地位を自ら下に下にされても収まりがつきませんよ。ここはお納めください」

「は、はい。ミシエル様」

「分かりました、先生」


 温和な笑みを浮かべるミシエルに諭されると、何やら穏やかな気分になる。陽与が頷くと、ミシエルも優しく頷き返してきた。


「ところで奥方様、こちらにご用事が?」

「え、ええ。私はこちらの世界の文字を存じませんので、勉強しないと」

「なるほど、奥方様は勤勉でいらっしゃる」

「いえ、そんな」


 ミシエルの賛辞に顔を赤らめて照れる陽与。

 その様子を呆けたように眺めていたサンドリウスが、ふと慌てたように口を開く。


「あ、あの。義姉上!」

「はい?」

「でしたら、私とミシエル先生とでこれからお教えしましょう! いかがでしょう、先生、義姉上」

「ああ、それは良いですね。どうでしょう、奥方様。私とサンドリウス様にひとつお節介を焼かせてはいただけませんか?」

「あの、その……ご迷惑でなければ」


 どうやら義弟とも上手くやれそうだ。

 陽与は微笑みながら、そんな安堵を覚えるのだった。







 ザイン領にある本宅に戻ってきたルースは、フニルを連れてその足でまず妹の元に向かった。


「ウィナ! 喜べ。婿を見つけて来たぞ!」

「はぁ⁉」


 本宅で趣味の刺繍を楽しんでいたウィナは、いつも以上に唐突な兄の言葉に目を白黒させた。

 ルースのすぐ後ろについたフニルは呆れ声を上げた。


『まさかルース、お前ウィナにも言ってなかったのか?』

「おお、そういえば」

「そういえば、じゃない!」


 ウィナが頬を引きつらせて怒鳴る。無理もない。

 ルースの即断即決に最も巻き込まれてきたのは、言うまでもなくウィナとフニルの二人だ。

 結果としてその決断が悪い方向に転がったことはないのだが、それでも傍迷惑なのには変わりがない。

 特に、今回についてはウィナの人生に関わる事柄だ。

 顔を真っ赤にさせたウィナの怒りをなだめるつもりは、フニルにはなかった。


「ま、待て待て! 俺が知る限り最高の男だ。王機兵の乗り手である俺の妹となれば、やはり俺と同等以上の者でなければならんだろう」

「嫌よ」

「何故だ!?」

「兄さんと同等ってことは、兄さんみたいに考えなしで、兄さんみたいに説明不足で、兄さんみたいに常識知らずで、兄さんみたいに好色なんでしょ? いい所なんてどこにあるのよ」

「お、おぉぅ……」


 ウィナの言葉には容赦というものがない。

 ルースの即断即決迅速果断、意想外の発想力、英雄としての気質といった美点をすべて欠点としてあげつらえばこの通りになるが。

 案外、身内にとってはそのように映るものなのかもしれない。

 だが、身内だからこそ。本当に自分のことを想ってのものだと理解しているようで、怒りながらもウィナはルースに歩み寄ってみせた。

 それはそれとして怒りは持続中のようで、ルースの胸倉を掴みあげてから睨むように聞く。


「で、そのすごい人っていうのはどんな人なのよ」

「おう。エネスレイクにその身を寄せた、拳王機アルカシードの乗り手だ。フニル、画像を見せてやってくれ」

『まったく……。ほら、ご覧』


 勢いでどうにか押し切ろうとするルースの依頼に、仕方ないと思いながらも画像を空中に投影する。


『まあ、私が言うのもなんだが、ウィナ。ルースが見つけてきたにしては、悪くない人選だと私も思う』

「フニル小父様が認めるのなら、そうなのかもしれませんね」

「ウィナ!?」


 兄の言葉は信じないが、フニルの言葉には頷くウィナにルースが悲鳴を上げるが、ウィナは完璧にそれを無視した。

 投影された流狼の顔立ちをじいっと見つめている。


『ルースよりも常識をわきまえ、ルースよりも品行が正しく、ルースよりも周囲に気を配り、ルースよりも物静かだ。どうだね』

「王機兵の乗り手って、ちゃんとしている人でもなれるんですね」

『……言いたいことはよく分かるが、ルースを基準にするのは止めてくれ。私の教育がなっていないと皆からも言われたんだ。それでだな、こちらのルロウ・トバカリ殿は人格的にも合格点だ』

「ルロー様。か、かっこいいかも」


 密かにアルとルビィの言葉を気にしていたフニルの言葉は、残念ながら聞き流されたようだ。

 先ほどとは別の理由で顔を赤くするウィナ。その両手でシャツを締め上げられたルースは、顔を真っ青にしている。そろそろ危険域だろうか。

 流石に死なれては困るので、フニルはそろそろ助け舟を出してやることにする。


『ウィナ、そろそろ手を放してやりなさい。ルースが死ぬ』

「あっ」


 慌てて手を放すウィナ。崩れ落ちてげふげふと咳き込むルース。流石に自分が悪いと分かっているのか、ルースも怒り出す様子はない。


『分かっていると思うが、嫁さんたちも怒ると思うぞ』

「うう、分かってるさ。この世に俺の味方はいないのか……」

『そうだな。この件に関してはいないな』


 冷たく言い切るフニルに、強く頷いて同意するウィナ。

 だが、ともすれば流狼の画像を見て口元をだらしなく崩して怒りが持続していない辺り、ルースの妹だなあとフニルは何とも言えない気分になるのだった。







「せいっ!」

「うん、いい一撃だ」


 サイアーが繰り出した拳は、随分と鋭くなっている。

 流狼はその成果に満足しつつもその拳をそっと受け流し、軽い掌打を逆側の肩口に当てた。


「うあっ!?」

「そこで態勢を崩さない」


 ぐらりと体が傾くが、サイアーは倒れないようにうまくバランスをとって流狼から距離を取る。

 だが流狼は安易な後退を許さない。距離を開けないように近づいて、にこりと笑みを浮かべる。


「くっ!」

「やぶれかぶれで拳を出さない」

「うわっ!?」


 身をかがめて大振りの拳を見送りながら、重心の合わないサイアーの足を掬う。

 今度はバランスを取るどころではなく、サイアーは片腕を地面につけてしまった。緊張の糸が切れたか、大きく息をついて天を仰いでいる。


「はい、終了。今のところ、サイアーが一番長いかな」

「くそっ、全然当たらない!」

「拳打万願。一つひとつの打撃にしっかりと意志を込めること。どんな窮地でもそれは一緒でね、窮地だからこそ、目的を持った一撃は相手も無視できないものとなる」


 周囲には疲労困憊といった様子で座り込む男たち。サイアーと同じく、流狼の弟子となった騎士たちだ。

 組手――流狼は拳を握った打撃を出さず、流狼の胴体に一撃を当てるか、流狼に転がされたら終わりという条件――で散々に転がされた彼らは、立ち上がることも出来ない様子だ。今のところ、流狼に一撃を加えることが出来た者は居ない。

 オルギオの意向とディナスの承認を受けて、機兵乗りの騎士たちはみな魔術以外の戦闘技術も鍛えることが定められたためだ。

 流狼の所感としては、彼らは決して鍛えられていないわけではない。ただ、オルギオが満足するレベルに達していないだけだ。


――ルウほどまでとは言わないが、お前たちもそれなりに鍛えておけ。


 そうオルギオに言われた時の騎士たちの表情は哀愁を誘うものだった。それが十代の少年と比較されたことに対しての悲しみだったのか、十代にも関わらずオルギオと互角に打ち合った流狼の弟子になる事への不安だったのかは分からないが。


「サイアーの拳は悪くなかったよ。ただ、退くときの動きが中途半端だね。逃げるときは逃げる。一目散に、ほかのことは考えないこと」

「でもさ、仲間が居たら」

「そういうことは、護れる余裕のある奴が気にすればいいの」

「っ」


 流狼の言葉に、サイアーが顔を歪める。

 スーデリオンでのことを思い出したのだろう。だが、その言葉には納得できたらしく、そのまま気合を入れて立ち上がる。まだ荒い呼吸を、大きく深呼吸をして整えている。


「なら、護れるようになるまで頑張るさ! さあ、僕はあとどれくらい頑張ればいいんだ、ルーロウ!?」

「そりゃ簡単だ、サイアー。死ぬまでだよ」


 流狼は当然のように言い切った。


「死ぬまで? 僕には見込みがないってことか、ルーロウ!?」

「いやいや、見込みがどうとかって話じゃない。いつでもどこでも、出来る限り備えておく必要があるって話だよ。もしかしたら明日またこの前みたいな大襲来が起きるかもしれないんだぜ」

「それはそうだけど、それが死ぬまでの努力とどう関係するんだ?」

「自分が相手に敵うか、敵わないか。その辺りはその時に自分で判断するしかないんだけどね。例えば、ウィクトルさん」

「は、はい!?」


 突然話を振られて、近くにいた騎士の一人がびくりと顔を上げた。


「ウィクトルさんは、例えば戦場で敵方にサイアーが居た場合、どうしますか。ああ、機兵はなくて生身だったとして」

「え、そりゃ、頑張って勝ちますけど」

「うん。そうですよね。では、戦場でオっさんに敵として遭遇したらどうします?」

「一目散に逃げます。逃げきれるまで逃げます。止まれば死ぬので」

「まあつまり、その辺りの判断だね。機兵での戦いでも変わらないと思うのだけど、無理しなくても勝てる相手か、無理すれば勝ち目のある相手か、どう手を講じても勝てない相手かを早い時点で察知するのは必要な技能だよ。もちろん、逃げようとしても逃げ切れる可能性は高くないかもしれない。あるいは、勝てないと分かっていても踏みとどまらなくてはいけない時もある。なら、どうしたら良いか」

「出来るだけ『勝てない相手』が少なくなるように毎日努力しろ、ってことかい?」

「そういうことだね。さ、再開しようか。サイアーからでいいかな?」

「ああ!」


 拳を握ったサイアーが、構えを取る。

 流狼はその気合に燃えるサイアーに笑みを向けると、無情に告げた。


「ではそのやる気に免じて、俺もちょっと本気を出そうかな」

「え」

「武境・絶人」

「ちょおおおおおっ!?」


 体内で練り上げた氣を巡らせ、全身に熱をまとう。


「なあに、俺は拳を握らない。俺に一撃を入れられたら勝ち。一緒だよ。ただし――」

「ただし?」

「掌を開いていても、うっかりオっさんに膝をつかせるくらいの打撃になる恐れはあります」

「死ぬから!」


 周囲の騎士たちも含めての大合唱であるが、流狼は笑みを崩さない。

 逃げていい時と、逃げてはいけない時と。騎士である以上、どちらの場面も存在する。ならば、逃げてはいけない時の対処法を体に叩き込んでおく必要がある。

 訓練だからこそ、流狼は彼らに容赦するつもりはなかった。


「後ろに戦う力を持たない人たちが居るとして、目の前に強大な敵が現れたら。サイアー、その時君は逃げるかい」

「いや、逃げない」

「仲間が集まるまで時間を稼ぐか、後ろの人たちが逃げ切るまでその場に立ちはだかるか。つまりまあ、そういう状況だと思ってくれ」

「分かった。死ぬ気で頑張れってことだね」

「ああ。今回は仲間が集まるまで……ウィクトルさん、三百数えてください。それまでに気絶しなかったらサイアーの勝ち、気絶したらそこで終わりってことにしよう。あ、サイアーが終わったら次はウィクトルさんなので、次に数えるひとを決めておいてくださいね」

「はい。あの……え?」

「では始めよう、サイアー」

「分かった、分かったよ! ええいっ!」

「だから破れかぶれは駄目だと」


 流狼は余裕を持ってサイアーをひっくり返す。 

 跳ねるように起き上がって拳を振るうサイアー。


「くそおおっ!」

「お、それはいいよ。続けて続けて」


 この日、最終的に気絶せずに訓練を終えられたのは五人に満たなかった。






 天魔大教会の発足は、大陸での神の否定に端を発する。

 この世界にも宗教は存在していた。二千八百年ほど前、レガント族による侵略の頃にはレガント族の信じる神の教えと、大陸にもとより伝わるニレーク教とが確認されている。

 レガント族の支配下にある地域ではレガントの神を信じることを強要された。人々は細々とニレーク教を信仰しつつ、救いを齎さないニレークの神への疑念を育てていたようだ。

 大陸のほとんどがレガント族の支配下に置かれた頃。とある魔術師の狂気の発明である召喚陣によって呼び出された英雄たちの力によって、人々はレガント族の支配から逃れることができた。

 ニレーク教の教主は、召喚陣の発明を神から齎された奇跡だと喧伝し、それによって召喚された英雄たちを神の使徒であるとして異名を与えたのである。

 大陸の宗教に止めを刺したのは最終的にはこの一件だった。

 その中にまぎれていた『神兵』と呼ばれた生物は、領民を餌として捕食した。人々は大陸外の異民族の次は、自分たちを餌として食らう天敵に立ち向かう羽目になったのである。

 召喚陣が再び使用され、召喚された者たちによって王機兵が建造されるまでに、人々はニレーク教のみならず宗教そのものへの嫌悪感を強く抱くようになった。

 特にニレーク教教主への憎悪は並々ならぬものであったようで、神兵への第一次討伐軍には、総大将という名目で丸太に括りつけられた教主が連行されたという。

 ひとつの国家が大陸を統一した唯一の時代は、神兵の出現によって揺らぎ、王機兵の出現によって終焉を迎えたとされる。神兵との死闘で武功を得た者たちは領主となり、機兵の建造技術は残った。

 神への信仰を捨て去った人々は、外敵たる大型魔獣や隣国から民を護る力を持つ王への忠誠と敬愛を新たなる信仰とすることで、それからの歴史を生きてきた。

 天魔大教会はそんな『神への信仰の否定』のシンボルとして設立された。大陸に存在する国家全てが署名を義務付けられる『大陸国家憲章』の管理を任される組織として、創立当初から完全中立を謳っている。

 決して広くはない天魔大教会領の役割は、大陸国家憲章の管理と、大襲来・大侵攻への対応。そしてもうひとつ。


「会頭。時が満ちたとのご報告でございます」


 天魔大教会のトップは会頭と呼ばれた。当代の会頭はヤーゴン・ルペッチ。六十二歳。禿げ上がった頭をつるりと撫でつけ、感慨深げに溜息をついた。


「そうですか。感慨深いものがありますね。私たちの代にこのような」

「ええ。あの方々の願いが叶う日も遠くはないということでしょう」


 報告を持ってきたのは側近の一人だ。ヤーゴンにとっては信頼を寄せる仲間であり、この教会の歴史を含めたあらゆる知識を共有する本当の意味での同胞でもある。自分に何かがあれば、次の会頭は取り急ぎ彼ら側近の中から選ばれることになるだろう。

 天魔大教会領に住むことが許される者は多くない。彼ら彼女らは二千年以上の永い期間、与えられた二つの職務を遂行する為だけにこの地に住み続けた者の末裔である。

 その連れ合いは他国の孤児院から健康で利発な者が選ばれた。血筋はもとより、顔立ちすらも考慮されない。あらゆる国からの干渉を避けるためである。


「彼らへの恩義に報いるために、私たちは今日の日を迎えました」

「はい。あの方々が抱いた希望、そして懸念。その答えが出る日が――」

「私たちの罪は多い。弱かったこと。諦めなかったこと。召喚陣を作り出してしまったこと。その召喚陣を用いてしまったこと。そして……彼らのあるべき未来を奪ってしまったこと」

「あの方々の許しを甘受する権利は我々にはありません。この命尽きるその日まで、定められた役割に徹すること。我々が行うのは、この世界の民が行うべき贖罪の代行に過ぎないのですから」


 形は違えど、彼らの姿はある種の殉教者のそれであった。

 だが、ヤーゴンをはじめとして、天魔大教会に身を置く者たちにそういった自覚はない。

 この世界に住む者は神を捨てた。その為に、その思いが何であるのかを理解していない。信仰の対象が、実際には姿なき神ではなく形ある誰かであっても成り立つことを知らないのだ。

 彼らにとってこれは信仰ではなく義務。それが宗教と変わりないことを知ることは生涯ないだろう。そして、きっとそれで良いのだ。


「この大役を果たすことが出来るとは。どきどきしてきますね」

「はは。私もですよ」


 天魔大教会はこの日、有史以来初めての大号令を発した。

 王機兵招聘令。

 本来は即時停戦令と同時に発布されるこの号令は、王機兵の結集を必要とする事態が発生した時にのみ行使されると定められている。

 すなわち。

 神兵に関わると判断された場合である。

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