第二十六話:偉大な王の命は燃えて

 来ると分かっていれば、避けるのは難しくない。

 だが、相手にという事実に、縋りたくなる気持ちも理解している。

 思い出すのは、幼い頃。強さの塊と思えた父親との鍛錬の時だ。

 尊敬していた。大好きだった。だが、持てる限りを尽くして挑み、すべての手段を打ち払われた時の絶望感は慣れるものではなかった。

 工夫し、試行し、初めてこちらの打撃が通った時の喜ばしさは今も忘れられない。

 そして、そこに可能性を見出して繰り返し、二度目からはまったく通用しなくなった事も。


「その方法を知られれば、二度目は間違いなく対応される。上級者相手っていうのはそういうもんだ」

『ではマスターは次の手をどう考えているんだい?』

「奴の工夫次第、じゃないかね」


 魔獣がこれほどの巨体に育ったという事は、そうなるまでに過酷な生存競争を勝ち抜いてきたという事でもある。

 流狼はその点を軽く見てはいなかった。


「同じ手ばかりを繰り返して、いつか相手を捕食したならそう工夫はないだろうな。だが、学習能力の高い奴と戦っていたなら、相手を打ち倒すしていたとしても不思議はないぜ」

『マスターとアルカシードをやっつける為に工夫をするって? 考え過ぎじゃないかなあ』

「楽観するのも結構だがな、アル」


 魔獣の周囲を飛び交う塊はもう数える程しか残っていない。

 アルカシードの拳は会話の間にも次から次へと飛来する塊をあるいは打ち据え、あるいは回避し、その数を減らし続けていた。


「俺は今までの十六年間、願った通りに事が運んだ覚えなんてないよ」


 塊の追加はなかった。魔獣はゆっくりと逆側に転がり、アルカシードとある程度の距離を置いて止まる。

 瞳などあるまいが、注視されているのを感じる。


「さて、どう見るアルさんや」

『力を溜めているね。殻の中にはあの消化液が充満しているのかな……うぇ』


 気色悪いと嫌悪感を露わにアルがぼやく。

 流狼は自分と魔獣との位置取りを確認し、アルカシードを無造作に横へと歩かせた。

 回り込むようにして転がりなおす魔獣。


「なるほど、工夫してるわ」

『どういう事だい、マスター?』

「なあアル。アルカシードはあの消化液を頭から被っても大丈夫だろうか」


 アルからの定型句と化しつつある問いには答えず、こちらも先に問いを返す。重要な事だからだ。


『美意識的には浴びたくないけど、魔術障壁があるから浴びても大丈夫。ただしアルカシードがあの外殻に触れていると魔術が吸収されるから』


 消化液の組成は既に解析しているのだろう。第三外装を持たないアルカシードでどこまで耐えられるのかを確認してくれているのだ。


『障壁のない状態なら、一回や二回浴びた程度なら大丈夫。消化液のプールに漬かっちゃったりするとまずいかな』

「了解。間違いなく転がってくる」

『根拠は?』

「背後にトラヴィートの軍が留まってる。軸をずらそうとしたが、戻された。俺達が避ければ勢いのままにお食事開始、俺達が留まれば頭から消化液を浴びせかけた上で轢き潰そうって算段だろうさ」

『そりゃまた』


 流狼はアルカシードの腰を落とし、両足で大地をしっかりと踏み締めた。同時に氣を練り上げ、機体の全身に張り巡らせる。

 魔獣が外殻を蠢かせた。準備が出来たようだ。

 こちらが足を止めた理由を、魔獣は理解しているだろうか。

 アルカシードが踏み潰されれば、背後に居るトラヴィート軍には魔獣を押しとどめる手段がない。為す術もなく蹂躙される。

 それが分かっていて彼らが退かないのは、結局は国を護る者としての矜持なのだと流狼は理解していた。

 食われて死ぬならば、せめて護るべきもの達よりも先に。例え敵わずとも、一撃でも叩き込もうと。

 こちらを見守る彼らの、その闘志を背に受けている。

 だからこそ流狼は、覚悟を決めた。


「アル。正面から受け止めるぞ。少々気色悪くても我慢だ」

『了解、マスター!』

「もう一度千手鎧貫を使う。さっきよりも衝撃が強いぞ、大丈夫か?」

『それはボクの仕事だよ、マスター。こちらの事は気にしないで、相手に集中してくれるかな!』

「了解だ!」


 彼らの代わりに拳を固め、彼らの魂を乗せて打つ。

 今まで見てきた中で、最も速く転がってくる魔獣。

 間合いに近づいてくる途中で、外殻の一部が開いたのが見えた。

 外殻に巻き込むように、体液が漏れ出てくる。


「さてと――」


 流狼は最早気にしなかった。

 機体の面倒はアルが見てくれる。

 相手の攻撃手段がどのようなものであろうと、自分はアルカシードの巨拳を魔獣に叩きつけるだけと決めていた。

 魔獣はこのまま体液まみれの外殻でアルカシードを轢き潰すつもりのようだった。減速はない。


「そいつはちょっと工夫が足りない」


 握りしめた右の拳を、魔獣の外殻に向けて放つ。

 拳は確かに外殻を貫き、中の肉に突き刺さった。が、魔獣は委細構わずそのまま機体を巻き込もうと圧し掛かってくる。


「これはさっきより痛いぞ」


 勢いと重量がアルカシードにかかる。ふりかかる消化液を意に介さず、大きく振りかぶった左の掌打を打ち込む。


「千手鎧貫」


 アルカシードにかかったエネルギーの全てが、衝撃となって魔獣に返される。

 感じる負荷がゼロになる感覚。

 魔獣の外殻が大きくたわむが、流狼はアルカシードの右手で魔獣の本体を掴み、逃がさない。

 だが最終的には勢いが勝ち、右手がずるりと滑る。

 アルカシードという支えを失ったからと言って大きく吹き飛ぶ事はなく、魔獣の体は地面に落ちて小さく跳ねた。


「大丈夫か、アル?」

『いや、うん。アルカシードは大丈夫だけど、正直なにがなんだか』


 アルの返事は虚脱に近いものだと言って良かった。

 衝撃で吹き散らされたのか、機体にかかった消化液は大した量ではなかったらしい。

 その代わり、周辺の地面からは体に良くないだろう色の煙が満遍なく上がっている。

 そして当の魔獣はと言うと、外殻の穴から消化液とは違う色の体液が流れ出ていた。まだ死んだ訳ではないようだが、随分と大きなダメージを与えたものらしい。

 むしろ、それだけの威力を受けても大きく破損した様子のない外殻が驚異だ。先程と同じく穴から体液を使って衝撃を逃がしたのだろうが、そもそも魔獣の無茶な動きにもついてきたのだ。奇妙なつくりなのは間違いない。


「まだ動く」


 ごろりと、魔獣が転がった。

 アルカシードから距離を取り、もう一度転がってくるつもりかと思ったが、そうではないらしい。

 視線をやれば、フニルグニルが立ち上がろうとしていた。が、そちらでもない。むしろどちらからもゆっくりと距離を取ろうとしている。

 追いかけようとしたところで、異状に気付く。


「足が」


 機体自体に破損はない。重量や勢いを受けたのはごく短時間で、負荷はそれ程なかった為だ。

 しかし、それを一瞬でも受けた地面はそうはいかなかった。

 結果、膝近くまでアルカシードの足は地面に埋まっていた。

 抜く事を考えた為か、初動が遅れた。


「くっ! フニルさん!」

『済まない、間に合わない!』

『おい義弟! 何で俺じゃなくてフニルに聞くんだ!?』


 何とも危機感のないルースの物言いは無視し、流狼は慌てて足を引き抜いてトラヴィート軍の方に向き直った。


「なぁっ!?」

『え!?』


 流狼のみならず、アルまでもが絶句する。何故なら。

 巨大な砂の塊が、魔獣を正面から受け止めていたからだ。






 時間は少し前後する。

 ル・カルヴィノの中で失神していたケオストスが目覚めたのは、ちょうど見覚えのない機兵アルカシードが魔獣を正面から受け止め、あまつさえ反撃してのけた瞬間だった。

 呆然としていたのは間違いない。一体の機兵が遥かに巨大な存在を打撃のみで撃ち返すなど、彼らの常識では考えられなかったからだ。


「い、一体何が。あれは王機兵なのか?」


 一瞬、自分の置かれていた状況すら忘れて呟く。身を乗り出そうとして、体が全くいう事を聞かない事に気付く。

 そして、自分が先程までに何をしていたのかを思い出す。


『兄上、気がついたか!?』

「レイアルフか。体はまったく動かんが、意識ははっきりしている。状況を教えてくれないか?」

『あれはエネスレイクの王機兵だ。兄上が意識を失ってから今まで、魔獣を相手に互角以上の戦いをしている』

「そうか。やはりあれが」


 機体を動かそうとして、まったく反応がないので諦める。

 一応外部との通信は出来ているのでル・カルヴィノ自体が起動していない訳ではないようだが、指一本でも動きそうにない。

 現状では巨大な通信機材のような形になってしまっているが、それはそれで仕方がないと納得するほかない。

 と、しばらく動きを止めていた魔獣が再びのろのろと動き出す。その動きに精彩はなく、弱っている事は明らかだった。

 その状況を作り出したのは、魔獣と戦っているあの王機兵であるのだろう。

 向こう側で立ち上がろうとしている獣型の機兵も目についた。あれも王機兵なのだろうか。

 魔獣は二機から距離を取りながら、こちらに向かって転がり始めた。事情は分からないが、こちらを優先することにしたのだろうか。

 とは言え随分と弱っているようで、最初に見た動きと比べれば随分と遅い。これならば逃げを打てば多くの者は逃げ切れそうだ。

 ケオストスは覚悟を決めた。


「レイアルフ、皆を連れて逃げろ。ここは私が引き受ける」

『何を言われるのですか! 兄上こそ、この場を私に任せてお逃げください!』

「済まんな、もう動けんのだ。私を食っている間に、王機兵も追いついてくるだろうから――」


 問答をしている暇はなかった。

 だが、レイアルフは頑として譲らない。ならばとル・カルヴィノを抱えて、周囲の兵に指示を飛ばす。


『陛下は余力を使い切られ、最早機兵を動かす事もかなわん! 誰ぞあるか、陛下と機兵を安全な場所へとお連れせよ!』

「止せ、レイアルフ!」

『命が要らぬ者は私とここに残れ! ここで奴を止める! 少しで良い、我らが死ぬまでの時間を使えば、王機兵の乗り手殿が必ずやあの魔獣を仕留めてくれる! 陛下と民の為に、命を捨てるは今ぞ!』


 応、と。

 周囲に並び立つほぼすべての者がその声に答えた。

 近衛の数機がル・カルヴィノの四肢を抱え、それ以外の機兵が壁のように魔獣に立ちはだかる。


「馬鹿者、どもがっ!」


 苦悶の声を上げるケオストスに、レイアルフの声が届く。


『陛下……兄上。愚弟は最期まで愚弟でありました。お許しあれ』

『――そうだな。だがレイアルフ。お前が愚弟であるなら、私はどれ程愚かな父であったことか』


 そして、その言葉を遮るような、もう一人の声が。


『その、声は』

「ちち、うえ?」

『愚かな父は、更に愚かな王であった。許せよ、ケオストス、レイアルフ』


 風が吹いた。強い風だ。

 巻き上げられた砂の量は不自然に多い。意思を持つかのように吹き込む砂が、だんだんと巨大な何かを形作る。

 そしてトラヴィートの誰もが、規模の違いはあれどこの現象をよく目にしていた。


『そしてトラヴィートの民よ。汝らを導く筈の父たる王は、歩むべき道を誤り、その命を危険に曝そうとした。心より謝罪する』

『陛下!』

『レフ様!』


 集った砂が巨大な人の形を取る。

 古代機兵ル・マナーハ。砂と土を操るレフ・トラヴィートの愛機であり、彼が操るに於いて王機兵にすら匹敵すると呼ばれた名機である。


「父上、なぜ」

『おせっかいな義兄ディナス義姉ルナルドーレ妃がな』


 砂の巨人が、魔獣の体を受け止める。

 回転が徐々に弱まるものの、砂の巨人もまた体を大きく削り取られる。


『む』

『いけません、父上! この魔獣は魔術を消してしまうのです!』

『ほう。それは難物であるな。兵をいたずらに損耗する事なくよく防いだ』

『それは兄上が、命を賭けて』

『やはりか。無理をさせたな、ケオストス』


 回転が止まる。同時に砂の巨人の削られた部分に大量の砂が吹き込み、削られた場所を修復する。

 映るレフの顔はやつれてはいたが、その瞳には理知と覚悟の光が輝いていた。

 それだけで、ケオストスには理解出来てしまう。


『私の過ちは、我が子ケオストスが止めてくれた。そして、立て続けに起きた国難をその身を盾に護り抜いてくれた。この国の父は、既に愚かな私ではなく、ケオストス『陛下』なのだろう』

「父上……ッ!」

『陛下、愚かな臣に下知を。この暴悪なる魔獣に、勝てと』

「分かりました。父上、いや、レフ・トラヴィート!」


 兵士達は熱狂していた。希望に心を溢れさせ、早くも安堵に涙を流している者も居る。

 ケオストスもまた涙をこらえ、父の想いに応える。

 出来る限りの大声を張り上げた。


「その一命を賭して、王機兵と共にこの魔獣を討て!」

『御意のままに、陛下ァァァァッ!』


 そうでもしないと、涙声になってしまうからだった。







 アルカシードを駆けさせる。なんだか今日は走ってばかりだと思いつつ、落ち着きのない魔獣を追う。

 上半身だけの砂の巨人が魔獣を抑えているが、急ぐに越したことはない。


『あれは、トラヴィート王の機兵だ』

「ル・マナーハと言ったか? だが、あれ程の魔術を使えるなら勝てなかったと思うんだけどな」

『そりゃそうだよ。あれは普通じゃない』

「普通じゃない?」

『古代機兵ってカテゴリだからと言って、何でも出来る訳じゃないよ。もう一機が巨大な氷壁を作っていたよね? あれとは比較にならない』


 機兵に乗って魔術を使う事で、効率的に巨大な魔術を放つ事が出来る。それはこの世界に於ける機兵運用の常識だが、アルに言わせるとル・マナーハが現在使っている魔術はその常識を超えた力を発揮しているという。


「素人にはよく分からないんだが」

『あの規模の砂の壁をただ立てるだけならボクも言わないよ。砂嵐を起こして砂を集めつつ、集まった大量の砂を常に流動させているから普通じゃないんだ。その為の感応波をどこから掻き集めているのかな』


 アルは疑問を浮かべるが、流狼はそこには頓着しなかった。

 まずは追いつく事が最優先だ。

 ようやく起き上がったフニルグニルも駆けて来ているが、このまま突撃しても先程の二の舞になるからかそれほどスピードを上げていない。


『先頃といいこの度といい、世話をかけるな、王機兵の乗り手殿』


 と、レフから通信が入る。

 見れば、随分とやつれた様子のレフは莞爾とした笑みを浮かべていた。


「レフ王、あなたはまさか」

『もう王ではないよ、乗り手殿。今の私はただのレフだ、それだけでいい』

『レフ、君はそれだけの感応波を一体どこから』

『ふむ、精霊殿はこちらをご存知ないか』


 と、砂の中から緑色に輝く巨大な水晶のようなものが盛り上がった。どうやらル・マナーハが持っているようで、一瞬だけ機兵のような部品が見えた。

 すぐにその姿は砂の中に埋もれていくが、アルの驚愕は普通ではなかった。


『それは、ゼクスターツ鉱!?』

『成程、凝魔鉱は古くはそういう名だったのですか』

『嘘だろ、あれだけの大きさのものがどこに』

「アル、そのゼクスターツというのは何なんだ?」

『感応波を凝縮して貯蔵する為の人工鉱物だよ。王機兵の無尽蔵のエネルギーは、ゼクスターツ鉱の恩恵によるところが大きい』

「人工の鉱物なのか?」


 魔獣が回転を始めるが、砂を巻き上げるばかりで進めなくなっている。

 外殻に魔力を奪われた砂がル・マナーハの影響から脱するが、程なく砂嵐に合流して巨人の元に戻っていく。


『感応波は言葉の通り『波』だからね。そこに干渉して波長を変える事で、感応波は魔術という現象を起こすんだけど』

「それは聞いた。今の機兵はそのに造られていると言っていたよな?」

『そう。感応波はこの世界に普遍的に存在している。一時的に干渉されて薄くなったとしても、自然に戻っていくようになっていてね』

「それで?」

『感応波を収束する形で干渉させると、ある一定の密度で物質に沈殿するようになってね。そうやってある種の鉱石に貯め込んだものが』

「あのゼクスターツ鉱とやらか。便利なもんだな」

『便利なものだけど、感応波を大量に蓄積しているからね。直接触れて魔術を使ったりしない限りは問題ないよ。でも』


 先程、ル・マナーハの一部が接続されていた。

 アルにとってみれば信じられない事だったのだろう。


『あんな使い方をすれば過剰な感応波が機体はおろか、中の人間まで浸食するよ。レフ、君は一回試したことがあるね?』

『ご明察です。十五年前にル・マナーハとル・カルヴィノが安置されていた遺跡にて発掘された凝魔鉱。一度試しに使ってみてからどうにも感情の制御が上手くいかなくなりまして』

『製法が残っていたのか。危険な物だから廃棄された筈なんだけどね。成程、出力の問題については納得したよ』


 その話を聞いていて、流狼はレフの態度が落ち着いている理由に思い当たった。

 小さく息をつき、率直に問う。


「この魔獣に決められたのか」

『ああ。最初は帝国の帝都に攻め入る時に使うつもりであったのだがな。思いもよらずこのような場を得られた。ありがたい限りだとも』

「そうかね」


 砂から魔力を奪った外殻だが、大量の砂によって進む事も退く事も出来なくなっている。

 このまま追いついても、大して出来る事はない。


「レフ王、グロウィリアから撃王機が狙えると言っている」

『ルナルドーレの姪御か。そちらが控えているならば安心だな』

「存分にやるといい、レフ王。俺と獣王機、撃王機が力を貸そう」


 レフは一つ頷いて、巨人の右腕を掲げた。


『この魔術、名を『砂王』とつけている。傲慢な事を述べても良いだろうか?』

『構わん! このルース・ノーエネミーが認めよう、レフ・トラヴィート! 貴殿の操る機兵は、今この場にて『砂王機』を名乗るが良い!』

『おい、ルース。他の皆に相談もなく』

「異議なし」

『ボクも異議なし』

『暑苦しい奴らだね。アタシも異議なし』

『異議ありません』

『感謝する』


 と、フニルグニルがアルカシードを追い越してあっという間に魔獣の傍まで辿り着く。

 周囲に知らしめるように天を仰ぎ、広域に巨大な音を上げた。


『砂王機ル・マナーハよ、レフ・トラヴィートよ! その技を持って、魔獣を討ち果たすのだ! 我ら獣王機、拳王機、撃王機が援護致す!』

『おおっ!』


 砂王機の右掌が朱く輝いた。

 ぼこぼこと沸き立ちながら右手が肥大化し、黒々と輝く長大な槍のような形を取る。

 見ている間にも徐々に長く伸びた槍は、とうとう魔獣の大きさをしのぐ程まで伸びた。


『『黒曜槍』の術。さあて、刺さってくれるといいのだが』

「何か所かヒビを入れている。中はそれほど硬くもないから、そこを狙えば刺さるだろう」


 ようやく追いついたアルカシードの右拳を振り上げ、今度は意識して両脚を地面に打ち込んだ。


「アル! さっき言っていたマーカーは追えるな?」

『はいはいマスター、任せてもらうよ!』


 腕が自分のものではなくなるような違和感。

 突き出された右拳が、逃れようと縦横に回転を続けている魔獣の外殻に突き刺さった。


『さあ、レフ! 地面に水平に狙うんだ、そこのヒビなら分かるだろう?』


 凄まじい負荷が機体にかかるが、アルカシードは微動だにしなかった。


『感謝ぁぁっ!』


 空気を引き裂き、槍が奔る。

 右腕の槍は轟音を立てて魔獣に突き立つ、が。


「うおっ!?」


 アルカシードは動かなかったものの、突き刺した周囲の外殻が破損する。

 再びの轟音が響くが、槍の穂先は魔獣の外殻を再度貫通する事は出来ず、止まってしまった。


『わずかにずらして角度を変えたようだね。生き汚いというか何というか』

「見習いたい姿勢だな」

『マスター。ボクはマスターにそこまで苦戦させる気はないよ』


 アルカシードの右腕を引き抜くが、その時に直接触れた魔獣の本体はどうやらまだ生きていた。


『レフ、貫通出来るか』

『この体ではこいつを押さえつける事が出来なくてな。本体が必死に槍に縋りついているようで、引き抜くことも進める事もままならない』

『ふん、上等だ! フニルッ!』


 ルースが吼える。

 フニルグニルが走り始めた。徐々にその速度を上げながら、砂王機と魔獣の周囲を反時計回りにぐるぐると駆ける。


『いいぞ、ルース!』

『レフ! 槍を切り離せ!』

『おお!?』


 レフが言われた通りに槍を機体から外すと同時に、飛び上がったフニルグニルが右前脚を槍の石突に叩きつけた。速度のエネルギーを乗せた、渾身の一撃である。


「おお、猫パンチ」

『本当は爪立てるんだぞ!?』


 何とも締まらない締めの一言だったが、打撃の効果は覿面だった。

 槍がとうとう外殻を貫通し、そのまま突き抜けて地面に着弾する。


「すっげ」

『回転も加わったね、これ』


 回転した槍は少なからず魔獣の本体を巻き込んでいたようだ。

 吐き出された槍には魔獣本体の肉がへばりついており、随分な量が外に出てしまっていた。


『槍を形成した余熱で貼りついて剥がれなかったのかもしれないね。げ、これでも死んでないの!?』


 本体を焼かれ、貫通され、引き摺り出されてもなお生きている魔獣。


『じゃ、トドメはアタシが――』

『『乾砂』の術』

『あ』


 ルビィが言い切る前に、貫通された外殻に右手を当てる砂王機。

 大量の砂が魔獣の外殻に送り込まれる。


『その魔術は』

『乾いた砂が水分という水分を奪い取るだけの術ですよ』

『えっ』


 魔力を持った砂が、魔獣の本体から瞬く間に水分を奪い去る。

 それは槍に引っ張り出された魔獣の本体にも及び、魔獣の本体が目に見えて干からびていく。

 程なく逆側の穴から、乾いた砂が音を立てて流れ出てきた。


『アル。外殻を吸収できるかい?』

『試してみろって事だね。マスター、お願いできるかな』


 ルビィが少しばかり拗ねた様子で聞いて来る。

 流狼は促された通りにアルカシードの掌を魔獣の外殻に当てた。

 と、触れた場所から外殻の隅々までが光に包まれ。


『うん、魔獣は完全に死んだようだね』

「おい、アル!?」

『え、うわ!?』


 魔獣の外殻の中には、干からびた魔獣の本体だけではなく、流し込まれた砂が満ちていた。

 外殻が粒子になってアルカシードの飲み込まれると同時に、支えを失った砂が地面にぶちまけられる。


『あはははは! アル、あんた!』

『無遠慮にやり過ぎだ、アル』


 ルビィとフニルの呆れたような声に、アルは反論が出来ないようだった。

 砂の中から這い出すと、そこには干からびた魔獣の体が落ちていた。完璧に気配が消えている。


「やれやれ。どうにか終わったか」


 あとはこの砂と、魔獣の体の処分の問題だが、その辺りはトラヴィートの軍人達に任せておけば大丈夫だろう。


『お、お疲れ様。マスター』

「お疲れ、アル。アルカシードの初陣にしてはハードな相手だったな」


 流狼はアルカシードを砂の上にどかりと座らせ、こちらを見ているだろうアルに疲れた笑みを浮かべて見せたのだった。

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