第二十三話:その瞬間は打撃にて

 座席に座り、せり出してきた接続機に両腕を差し込む。接続機が移動して楽な姿勢を取ったところで、流狼は自分が大事な事を忘れていた事に気づいた。


「あ、そういえばアルカシードの修復ってどんな状態なんだ?」

『機体の第二外装部分までは完璧に仕上がっているよ。後はマスターと相談して、どの機能を回復するか決めないとね』

「第二外装と、機能?」

『ああ、そういえば全然説明してなかったっけ。王機兵は現行の機兵とはまったく違うコンセプトで作られた機体だからね。いい機会だから道すがら説明していこうか』

「ああ、頼むよ」

『ではマスター、固定は解除したから歩きながら聞いてくれるかい。転移陣までは機体の動かし方に慣らして行こう』

「そうだな。アカグマと比べると随分反応がいい」

『アカグマは分厚い単一装甲で乗り手の安全を確保しているからね。アルカシードは魔術刻印をびっしりと刻み付けた外装を三層に重ねるところ、現状は二層までしか出来ていないんだ。アカグマよりは丈夫だけど、魔獣の質量攻撃に耐えられるかどうかまでは保障できない』

「避けるしかないって事だな」


 丁寧なことに、アルはアルカシードの現状の外観を視界の端に映してくれた。

 腕以外は素体だった最初期や、取り敢えず襲い掛かってきた帝国の機兵を取り込んで姿を繕った時とは違い、白を基調にして所々にオレンジ色が入っている。これが第二外装か。機体を更に大きく見せ、腕の巨大さが違和感を生じない程度に充実した外観になっている。


「ほぉ。随分と滑らかな見た目なんだな」

『第三外装も似たような感じだけどね。急加速と急停止を繰り返す格闘主体の機体だから、衝撃に強くて抵抗を減らすようなデザインになっているんだ」

「なるほどね。で、腕だけが分厚いと」

『第三外装になると腕ほどじゃないけれど脚も太くなるよ。マスターは脚は使わないって言ってたね?」

「脚は最後に逃げる為のものだ、ってのがうちの教えだからなあ」

『まあ、それなら踏み込みやステップに耐えられる脚部の運用だと思ってくれればいいかな」


 ゆっくりと歩かせたアルカシードを転移陣に乗せ、起動させる。

 少しの時間を挟んで、景色が王都の転移陣のものと変わる。再び起動させて次はスーデリオンに向かう事になるが、まだ機兵の転移は全て終わった訳ではなかったようだ。周囲には順番を待つ機兵達の姿が。


『王機兵はオーソドックスな運用機体だと外部装甲を三層、速度を重視した王機兵は二層、防御重視の王機兵は四層以上重ねてそれぞれに魔術刻印を刻んでいるんだ』

「王機兵にオーソドックスとか意味が分からないんだが」


 そもそも王機兵とはワンオフの超先鋭機ではないのか。


『ああ、言い方が悪かったかな。そう言えば王機兵それぞれの名前とコンセプトを教えてなかったね。向こうについたら教えるよ。まずは彼らに手でも振ってあげたらどうだい』

「お前な」


 とは言え、士気高揚にはいいのも確かだ。

 右手を掲げ、外部に語り掛ける。


「皆さん、ご心配なく! これは王機兵です。拳王機アルカシードです!」


 突然現れた機兵に面食らっていたらしいエネスレイクの兵士達が、その言葉に意気を高めたのが分かる。

 と、転移陣が起動する。


『ここで気の利いた言葉が言えないのがマスターらしいというか何と言うか』

「俺は言葉で想いを伝えるつもりはないからな」


 次に視界に映ったのは、復興の始まったらしいスーデリオン。

 視線を巡らせれば、仲間達の到着を待って整列している様子の機兵達がこちらを見ていた。そして、その先頭に立つのはオルギオだ。


『ルウ!』

「あ、オっさんには分かるんだ」


 そう言えば第一外装とは言え、オルギオはアルカシードを見た事のある数少ない一人だった。

 こちらに駆け寄って来かねないので、流狼はアルカシードをそちらに向かわせる。

 オルギオの古代機兵ノルレスと並ぶと、周囲の規格化された機兵達との差が顕著になるようだった。


「オっさん、状況は?」

『んむ……そうだな。良くはない……のだが、どうやら……ケオストス陛下が大型の術を……使っているので……被害は……抑えられているようだ』


 こちらの質問に気もそぞろなのは、おそらくアルカシードを観察するのに忙しいからだろう。最低限の状況は教えてくれているので、文句を言う筋合いでもないが。


『オルギオ、その舐めるような視線は気持ち悪い』


 いや、アルの方は本体であるだけあって気に障るようだった。


『も、申し訳ないですアル殿! つい』

『修理が終わったら見慣れる事になるだろうさ。ああでも、修理が終わるとこの第二外装は見られなくなるか』

『そ、それは記憶に焼きつけなければ!』

「……落ち着こうぜ」


 何とも緊張感の削がれる事だ。

 流狼が肩を落とすのに合わせてアルカシードも肩を落とし、周囲には笑いが広がったのだった。






 リーングリーン・ザイン四領連合軍と帝国軍との最前線となっていた場所で、簡易的にだが停戦合意の調印が為されようとしていた。

 急ごしらえで誂えられた会場には、両軍の主要な人物が集まっている。


「この停戦が恒久的なものになる事を祈っていますよ」


 にこやかに告げる帝国の司令官に対し、四領連合の者達の表情は硬い。

 ルースは無言で射殺さんばかりの視線を向けている。


「そもそも貴国が馬鹿げた拡張政策など取らねば、このような戦は起きていますまいよ」


 押し殺したような声で応じたのは、四領連合側の司令官だ。

 バスタロット・エーレット。ルースの妻の一人であるリスロッテの兄だ。類稀な将器を以て帝国の大軍勢を防ぎ切った名将であり、ルースの理解者の一人でもあった。


「イージエルド殿下。我々は天魔大教会に貴国の最後の攻撃行為を報告させていただく」

「うむ、そうしてくれたまえ。我が国も誠に遺憾であった。急な停戦命令だったとは言え、魔術の暴走を招いてしまった咎は我が国にある。責任者の処断も既に済ませた。正式に謝罪申し上げる」

「謝罪を受け入れるかどうかは、天魔大教会の裁定を待ってからにしたい」

「そうだな。とは言え、向こう一年は仲良くやりたいものだ」


 あくまでも涼やかなイージエルドが、ルースに目を向けた。

 一同の中で、最も濃密な殺意を吐き出している彼が何者であるかを理解できなかったのだろう。首を傾げて声をかける。


「そちらの御仁は寡聞にして存じ上げないが、何やら恨まれるような事をしただろうか」


 ルースは口を開かない。開けば最後、イージエルドの首筋を嚙み千切らずにはいられないと自覚していたからだ。

 唸り声も上げず、自制心の限りに体を震わせて耐えるその姿を、イージエルドは怯えであると理解したようだ。


「そんなに怯える事はない。帝国軍は敵には残酷だが、それ以外には寛容だ。一年後まではそのように震える必要はないとも」

「心配なさる事はないだろう」

「何か?」

「その男は殿下の顔を覚えた。声を覚えた。気配を覚えた。それだけの事だが、我々はそれだけで我々の勝利を確信する事が出来る」

「何を馬鹿な」

「そう、馬鹿げた話だ。しかしその馬鹿げた話が高じた結果、リーングリーン・ザイン四領連合は成った。精々首を洗って待っていると良い。一年後、貴殿とその乗機は王機兵からひたすらに追われる恐怖を味わうだろう」

「まさか、その男は」

「ルース・ノーエネミーだ、イージエルド・レオス・ダウザー。俺とフニルグニルが貴様の喉笛を必ず食い千切る。それまで覚えておけ」


 その言葉にありったけの殺意を乗せて、ルースはその言葉だけを告げた。

 それだけ告げればもう用はないとばかりに背を向けると、イージエルドが気圧されてはならぬとばかりに声を荒げた。


「笑わせるな、王機兵など過去の遺物だ。我が国では既に王機兵を凌ぐ機兵の開発に着手している。次に遭う時、地面に這いつくばった貴様の王機兵に刃を突き立てるのは我が帝国であると理解しておけ」

「臆病な獣ほど、敵意に対してよく吼える」

「無礼な!」


 背後からは帝国の士官があれこれと騒いでいたようだったが、ルースはもう気にしなかった。

 平然と会場を後にし、感情に蓋をする。ここから一年はこの怒りの蓋を開いてはならない。ただ待つだけだ、どうにでもなる。


『随分と行儀の良い事だな?』

「なあに、この気分の悪さは魔獣相手に晴らすとするさ」


 茶化してくる相棒の言葉に軽口で返して、ルースは横を歩くフニルを抱え上げた。


「覚えたな? フニル」

『勿論だ、ルース』

「一年の間、心の中でゆっくり燃え上がらせるだけだ。大した手間じゃない」

『分かったよ、もう言わない』


 意識をフニルグニルの内部に向ける。

 いつも通りの操縦席に移動した事で、ルースは獰猛な笑顔を浮かべた。


「国境を越えたら全力で駆けるぞ、フニル。魔獣討伐の大義名分さえ立てば少々の被害は止むを得ない、のだよな?」

『その辺りはバスが上手く交渉してくれるだろうよ。では行こうか』

「ああ。ルース・ノーエネミーが出るぞ! 魔獣を噛み殺しに出るぞ!」


 高らかに声を上げれば、その通信を耳にした周囲から返答が入る。

 明るい響きを取り戻した彼の声に、皆が安心しているようだった。


『ルース様! ご武運を!』

『ルース様が出るなら安心だ!』

『お気をつけて、ルース様!』

『ルースッ! たまにはアタシも連れて行きなさい!』

「げっ、リズ!」


 と、その中で一人、赤紫色の髪が鮮やかな美女が映像で通信を入れてきた。ルースの妻のひとりであるリスロッテだ。バスタロットと違い、活発さが前面に出た美女で、軽装ながら鎧を着ている。

 リズことリスロッテは、ルースの反応に眉を吊り上げた。


『げっ、とはご挨拶ね! 向こうで余計な女に手を出したりしないか、アタシが監視するからね! ほらフニル、乗せなさい!』

『やれやれ、奥方様の言葉には逆らえないな』

「お、おいフニル!」

『ゲストルーム解放。他の奥方も連れていくかい?』

「リズ一人を連れて行ったとなるとややこしくなるからな、頼むよ」

『了解。では全員に通信を繋ぐぞ』

「ああもう! 全員、少々血なまぐさいがハネムーンだ! 魔獣をさくっと噛み殺して、兄弟の住むエネスレイクを観光するぞ!」


 半ばヤケクソで騒ぐルース。

 その通信はフニルの悪戯で周囲にだだ漏れになっていて、四領連合の人々は英雄の何とも子供みたいな一面に笑みを浮かべるのだった。

 そして、ルースの発案を拒む妻もまた、一人も居なかった。






 王機兵の正式な乗り手は、その精霊によって案内された操縦席にて王機兵を操る。王機兵の存在する世界とは少しばかり空間をずらされた場所に操縦席はあるといい、『その近くに存在はするが、決して観測出来ない場所』で彼らは王機兵を操るのだ。

 これは王機兵の尋常ならざる性能を完璧に引き出す為の手段であると同時に、乗り手の命を最大限に重視しての措置である。


『ほら、音速以上の速度で走るとか、巨大な衝撃とか。とかく機兵の中は危険だからね。肉体強化の魔術とかで体を保護するのにも限界があるから、この際衝撃が伝わらない別空間を利用しよう、とね』

「じゃあ、フィリアさん達を乗せたゲストルームって言うのも」

『原理は一緒だよ。そんな機動をした結果、中に保護した人はミンチになってました、じゃ困るでしょ?』

「そりゃ確かに困るな」

『ただ、急な病気の発作とか寿命とか、事前に毒を盛られてしまったとかのアクシデントがあった場合、王機兵はその場で動けなくなってしまう。ある程度はボク達がサポート出来るけど、限界があるのは確かでね』

「それはそうだ」

『だから、外部から実際に乗り込める操縦席も実はあるんだ。その時には何と言うか、けどね』

「じゃあ、帝国の王機兵達は」

『おそらくそういう乗り方をしているんじゃないかな。エナさんの話によると、エドワルダの声はいつからかしなくなったそうだよ。涙ぐましい努力の結果、帝国は人工知能ボク達をシステムダウンさせる事には成功したんじゃないかな』


 アルの予測に納得する。ベルフォースの一撃の威力を垣間見た流狼からすると、現在の機兵と王機兵との性能差は覆しようがない。

 だが、どうやら帝国は王機兵の性能を超える機兵を造ろうとしている様子だ。

 帝国の機兵建造技術がエネスレイクよりも進んでいるのは間違いないところだが、王機兵を超えるなどと大言を吐ける程のものではない。

 だが、アルの言う『少しばかり性能が良いだけのただの機兵』と目しているならば話が違ってくる。


「それ、帝国が知ったら大問題になるんじゃないか?」

『そうかもね。でもまあ、些細なことだよ』

『ルウ、やっと全機揃った。行こう』


 ようやく全軍の転移が終わったようで、オルギオが声をかけてきた。

 スーデリオンの門を出るが、まだ魔獣の姿は見えない。


「オっさん。ここからはどうするんだ?」

『陸路をトラヴィート王国の西に向けて進む事になる。一応近くに王都につながる転移陣があるが、そこを使って向かった場合、最悪各個撃破をされる恐れがある』

「転移陣があるのか?」

『ああ。何度か陛下についてトラヴィートには来たことがあるからな。場所も覚えている』

「そうか。なら俺はそちらで先行するよ」

『いや、しかしだな』


 オルギオが渋るのも無理はないが、それでは来た意味がない。


『別にアルカシードだけで何とかする訳じゃないよ。現地にはトラヴィートの軍もいるし、あの位置ならベルフォースで狙える位置だし』

『は?』


 アルの言葉に、オルギオが絶句した。

 流狼も気になったので、一言聞いてみる。


「ベルフォースの有効射程って?」

『撃って飛ばすだけならほぼ無制限。ただし感応波をエネルギーに変換しているぶん空気中の感応波と干渉し合って減衰するし、狙うのはルビィの観測出来る範囲に限られるから、ええと』


 考え込む様子のアル。流狼はひとまずそのままにさせて、オルギオの方に声をかけた。


「ま、そういう事らしいから。俺ひとりじゃないんだ、極力ゆっくり来てくれ」

『ルウ、お前』

「エネスレイクの人達には出来るだけ被害に遭って欲しくないんだよ。王機兵を救援に出せば、少なくともどこからも文句は出ないだろ?」


 例え使える力が四十パーセント程度でも、という言葉は一応飲み込んだ。納得しかかっているオルギオに言うべき事ではないからだ。

 オルギオはしばらく悩んでいたようだったが、しばらくして声を返してくる。


『分かった。ならば俺も急いで向かう。くれぐれも無理はしないでくれよ?』

「オっさんも無茶な行軍はするなよ? それじゃ、後は任せてくれ」


 転移陣の場所を教えてもらい、一人行軍から離れる。オルギオ達に手を振って、アルカシードを駆けさせる。


「アル、転移陣までのナビは任せるぞ?」

『そうだね、エネスレイクの南半分くらいは狙い撃てるかもしれないなあ』

「それはもういい」

 

 ズレた答えを返してくるアルに、流狼は頭を抱えたい気分だった。

 アルカシードが右手で頭を押さえてしまう辺り、そこまで思考をトレースしなくても良いと思う。






 トラヴィート王国の南西部にある塔。

 フィリアの乗るエネスリリアは二度の転移を経てこの近くに辿り着いた。

 王都を経由せずこの塔に来る手段は本来はないのだが、ディナスだけはその経路を知っていた。トラヴィートの王族だけが知る道なのだと言うが。

 エネスリリアの操縦席は実はそれなりに広い。ディナスとルナルドーレはフィリアの後ろに設置された椅子に座っていた。


「レフの奴に一度教えてもらった事があってな」

「父上、ここは?」

「王族が静養したり、隠棲したり、あるいは幽閉される場合に使われる塔さ。やつの母君が流行り病で療養していた頃に、一度見舞いに訪れた事がある。後でこっぴどく叱られたそうだが、俺が同行している事はついぞ言わなかったみたいでな」

「それで、父上。何故ここに?」

「居るからです、トラヴィート王国最強の戦力がここに」

「最強の戦力、ですか?」

「ええ。さ、降りますよ」


 きょとんとした顔のフィリアに笑顔で返し、ルナルドーレはエネスリリアを屈めさせ、操縦席から降りる。

 その動きは流石にベルフォースの元乗り手と言うか、優雅かつ軽やかなものだ。

 慌ててフィリアとディナスもそれを追う。


「さて、あの馬鹿を叩き起こしに行きましょう」


 ふん、と怒った顔で力を入れる様子のルナルドーレに、ようやくフィリアもここに誰が居るのかを悟ったのだった。






 トラヴィート軍は束の間の休息を得ていたと言って良い。

 とは言え、その休息は国王であるケオストスが勝ち取っているものであって、誰もが緊張感と焦燥感を抱きながら体と魔力の回復に努めていた。

 レイアルフはその中でも一層の苦衷を胸に体を休めている。


「レイアルフ様、御体は」

「大丈夫だ。早く兄上の御力にならねば」

「落ち着かれませ。まだ既定の時間に達してはおりません」

「しかし、兄上には代わりがおらぬ!」


 凶悪な魔獣を封殺しているケオストスは、休息を取る時間が取れない。

 焦れた様子で体を起こすが、側近によって止められる。


「私どもが何人でかかっても、あれ程の氷壁を維持する事は出来ませぬ。……あの魔獣は今も動き回っております。はやく援軍が来ればと思わずには」


 同じく体を休めている彼らも、悔しい顔でレイアルフを留める。


「済まぬ、そなた達も悔しいのだな」

「我らにも古代機兵があれば」

「魔獣もあの巨体だ。腹を減らすのも早いだろう。少しでも動きを鈍らせられれば良いのだが」


 だが、ケオストスも限界が近い筈だ。

 精神をすり減らしながらひたすら魔術の維持を続けているのだ。魔力は機兵と兵士で供給しているとは言え、集中力まで補填してくれる訳ではない。


「やはり私も出る。兄上の負担を少しでも軽くせねば」

「ならば我等もお供を」

「うむ」


 機兵に乗り込み、ケオストスの元へ駆けるレイアルフ達。


「兄上!」

『ああ、来てくれたか』


 随分と張りのなくなった声のケオストスに心を痛めながらも、魔力を注ごうとしたその時。

 氷壁の向こうで今までとは違う音が生じた。


「妙な音が」

『まずいな』

「どうしたのだ、兄上」

『先程から、氷壁を削られる量が増えてきているのだ。向こうで異常なほどに暴れているようでな』


 ケオストスのル・カルヴィノが魔力を放出する量が増えてきている。

 負担が更に増しているのだ。


「どれ程保つ、兄上」

『命ある限りは、保たせて見せる、が』


 通信の向こうで、ケオストスが大きく息を吐き出した。

 と、氷壁にヒビが走る。


「な!」

『馬鹿な、私は気を抜いてなど……!』


 慌てて修復に入るケオストス。ヒビが瞬く間に消失していく、が。


『しまった!』


 焦った声と、轟音はどちらが早かったか。

 巨大な影が氷壁を飛び越え、こちら側の地面に落ちてくる。

 続いて、機兵ほどの大きさの塊が引っ張られるように向こう側から飛んできて近くの地面に落下する。


「馬鹿な!」

『飲み込んだ機兵の残骸を塊にして、氷壁に打ち込んだのだ。こんな知能があったとはな!』


 全身の殻をぐねぐねと蠢かせている魔獣。先程よりもひどく不気味だ。


「随分と怒っているようだ」

『ああ。時間を稼いでいる間、ほとんど何も食っていないだろうから』

「兄上、一旦退くんだ。ここは我らで――」

『いや、私も』


 ケオストスの通信が途絶え、背後の氷壁が消失する。大量の水が周囲に吐き出されていく。魔獣が足場にした塊も地面に落ちた。


「兄上!?」

『意識を喪失されたようです! レイアルフ様、陛下と機体を!』

「しかし!」

『お早く! ぐぁっ!』


 魔獣は待ってはくれなかった。

 見えない綱で振り回されたかのように、氷壁に打ち込まれていた塊が飛来して機兵数体を薙ぎ払う。

 レイアルフは反論の暇もなくル・カルヴィノを抱え上げた。


「済まぬ! 総員散らばれ! 奴に捕食されるな!」


 だが、魔力をほぼケオストスに託してしまった彼らの動きは鈍い。


「くそ、援軍はまだかあぁぁっ!」


 叫びを上げるレイアルフ。東側には機兵の上げる砂塵の欠片も見えない。

 と。


『――軍、というには数が足りませんがね』


 まるで狙い定めたかのようにレイアルフに向かって飛んできた塊がその軌道を突如として変え。


『押しかけ助っ人と言うのも口幅ったいが』


 先程の魔獣の一撃に負けないような轟音が響いた。


『エネスレイク王国所属、拳王機アルカシード』


 巨大な質量が脈絡もなく浮き上がり、


『義によって助太刀に参りました』


 再度の轟音とともに海岸線に向けて吹き飛ばされていく。


「え、エネスレイクの王機兵!?」


 視線を戻せば、自分達の機兵よりも二回りは巨大な後ろ姿が、彼らを護るように仁王立ちしている。


『まずは一当て。皆さん、一度体勢を整えられると良いでしょう』


 広域通信で入ってきた声は、あくまでも涼やかな自信に満ちていた。

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