*アタックスタート

「内容は飲み込めたな。ポイントまで移動する」

 ベリルの号令で傭兵たちは一斉に移動を開始する。各々、ジープや小型トラックに乗り込み、指示された地点を目指した。

「すまないが運転を頼む」

「ああ」

 応えたアレウスに小さく笑みを見せ助手席に腰を落とした。乗り込む際にその表情から、まだ傷が痛むようだ。

 怪我をしてからまだ一日も経っていないのだから、痛むのは当然か。アレウスは傷の状態を間近で見ているだけに、あれで本当に動けるのかと気を揉んだ。

「行くぞ」

 声を掛け、カーナビに入力されたラインを辿る。

 これでまだ戦おうとしているベリルは、真にミレア様を救いたいのだろう。

 大人しくしておけと言いたいところだが、ベリルに頼らざるを得ない今は、かける言葉が見つからない。

「気にするな。私の責任でもあるだけだ」

「心が読めるのは、お前の方なんじゃないのか」

 驚いてベリルを見やる。

「まさか」

 笑って肩をすくめた。

「顔を見れば解る」

 なんだそうかとつぶやいたアレウスから視線を外す。

「彼女を救い出す事を最優先としているが。何より、あの男を放ってはおけない」

「キリアっていう奴か」

 それに頷き、窓を開けて暮れゆく空を視界全体で捉える。

「私に戦えと言う。ならば、戦う他はない」

 ベリルの瞳を一瞥し、アレウスはゾクリとした。表情の見えない顔に、緑の目だけが輝いているようだった。

 怒りと喜びが入り交じる、そんな瞳だ──

 その外見からは、傭兵だと言われてもにわかには信じがたい。しかれど時折、見せる面差しと雰囲気は確かに闘う者のそれであると、嫌でも突きつけられる。

 ミレアはそれがどうにも切なくて、慕いつつも、血なまぐさい一面が垣間見えたときは目を反らし知らない振りをしていた。

 誰かが戦わなければならない世界を感じる事のなかった少女には、ベリルたちの存在は信じ切れるものではないのだろう。

 兵士がいるという事をただの知識として知っていることと、それを実感しなければならない事には大きな隔たりがある。

 ミレアはそれに戸惑いながらも、気さくに話しかけてくれる傭兵たちを受け入れて信じようとしていた。

「闘いが嫌だとは言わない。好む部分も確かにある。だが、人を殺める事に関しては、違うと言える」

 奴と同じではない。

「人を殺めて楽しむ趣味は、さすがの私にもないよ」

 戦いで湧き上がる高揚感を否定はしない。けれども、流される血に悦びを感じる事はない。

「争いのない世界を望むのは、私とて同じだ」

 それが、非現実的であることを叩きつけられる直中ただなかにいたとしても、理想を捨てる気になれないほどには、諦めが悪くてね。

 どこかすかした物言いには、意志を明かした照れくささもあるのだろうか。そんな、人間くさい部分を見た気がしたアレウスは何故だかそれに安堵した。



 ──移動から数時間後

 ベリルたちは目的の場所近く、赤い点が止まった先の一キロメートル手前で停止する。

 カモフラージュのため、ひとまずジープやトラックに砂漠色デザートカラーの布を被せていった。

「侵入口を確認する」

 刹那、上空から一機の小型ジェット機のエンジン音が聞こえた。

 身を隠して双眼鏡を手に影を追うと、それはベリルたちが目標としている地点に着陸し、開いた扉から影が一つ現れる。

「見えるか」

 ベリルはアレウスを見やった。

「男だな。随分と偉そうというか、貫禄があるというか」

 アレウスにとっては気にくわない風貌なのだろう。初めて出会ったときと同じ、険のある物言いにベリルは口角を吊り上げる。

 続けて様子を窺っていると、予想していた場所の地面が開いて迎えに出てきた影と一緒に消えていった。

「一つ目の入り口は確認出来たな」

 ジェイクが肩をすくめる。

「あと三つ、探すぞ!」

 クライドが強い口調で腕を上げると数人がそれに応える。そうして、ベリルに軽く敬礼して捜索を始めるためジープに乗り込んだ。

 彼らが探すものは入り口だけでなく、通気口なども含まれていた。

 見つけられるもの全てをマップに記し、大体の基地の規模を把握すると共に、どこにどういう部屋があるのかをそこから推測していく。



 ──迎撃の準備をしているキリアは、

「え!? もうボスが到着したの?」

 聞いた報告に、思わず声が裏返る。

「なんだよ。来るの早いよ」

 女が手に入ってそんなに嬉しいのかいとセラネアの行動に半ば呆れた。

「参ったなあ。そろそろ、あいつが攻めてくる頃合いなんだけど」

 仕方ない、女と二人だけでいられる部屋を用意するか。キリアは頭をかきながらミレアの部屋に向かった。

 到着したセラネアは後ろで束ねた背中までの黒髪を手で軽く流すと、金色の瞳をぎょろつかせた。

 地下は広いエントランスから、移動しやすいようにと幅広の通路が張り巡らされている。

 壁は薄灰色に統一されているものの、LEDライトは等間隔に設置され閉鎖的な空間を少しでも和らげるためか、明るめの設定がされているようだ。

「キリアはどこか」

 白いローブに苔色こけいろ外套がいとうを着こなし、威厳を放ちながら通路を歩く。

 セラネアを初めて目にした者は、男の姿を羨望の眼差しで眺め、通り過ぎる際に深々と頭を下げた。

 ちらりと向けられた視線だけでその身は萎縮し、言いしれぬエネルギーをまとっているように感じられた。

「これはこれは。セラネア様」

 キリアは、ほどなく現れたセラネアにわざとらしく両手を広げて歓迎した。

「女は」

「こちらです」

 腰を低くして先を案内する。

「丁重に扱ったであろうな」

「もちろんですとも」

 誇らしげに応えたキリアだったが、「あのこと」についてどう切りだそうかと思案していた。

 セラネアにとって、他人の趣味や趣向など関心に値するものではない。

 ましてや、いち兵士でしかない部下の言葉に耳を貸すとは思えない。組織のトップなのだから、はね除ける事も可能だ。

 それでも話さなければ、敵は待ってはくれないし奴と戦いたい。

「あの、セラネア様。実は少々、予定外のことがありまして」

「言ってみろ」

 冷たく言い放ちながらも、機嫌はいいようだ。キリアは苦笑いを浮かべて立ち止まり、目の前にある部屋のドアを開いた。

 そこはただ広いだけで何も置かれておらず、薄灰色の壁が二人を迎える。

 しかし、部屋の中心に立っていた人影は、扉が開いて入ってきた人間にビクリと体を強ばらせた。

「おお!」

 待ちわびた姿を目にしたセラネアは喜びに顔を歪ませ、怯える少女に諸手もろてを広げ歩み寄る。

 ミレアは初めて見る男の後ろにいるキリアを一瞥し、視線を男に戻して表情を険しくした。

 キリアの態度を見るに、彼より上にいる者である事は明白で、喜びの面持ちから自分を狙っていた男なのは間違いがない。

「セラネア様、あのですね。ここが辿られていたらしく、彼女を救おうとする者がすぐそこまで来ています」

 怒らせないように、なるべく丁寧に、ごますりよろしく下卑た笑みを貼り付ける。

 この基地の全ての権限を与えてくれれば、確実に勝てるのだ。ボスが見ているなら尚更、派手にしなければならない。

 のし上がるための功績を逃したくない。

「なんだと?」

 機嫌の良かった男の眉間に深いしわが刻まれる。

「ベリルが?」

 少女は思わず顔をほころばせた。途端に目尻を吊り上げたセラネアという男にハッとする。

「ベリル──あの男か。貴様、殺せなかったのか」

 案の定、セラネアは強い怒りを示した。当然と言えば当然だ。

 部下に無関心とはいえ、キリアの実力はよく知っている。なのに、それだけの奴が未だ傭兵一人を殺していないのかと表情を苦くした。

「すみません。奴は思った以上に手強くて。しかし問題ありません、わたしが倒してみせます」

 そうだ、奴らを完膚無きまでに殲滅してやろう。俺なら出来る。あんたのお望みのものは手に入れてやったんだ。今度は、俺が欲しいものを邪魔するな。

「では、わたしは奴を迎え撃ちます」

「待て」

 呼び止められたキリアは口の中で舌打ちし笑顔で振り返る。

「なんでしょう?」

「貴様は、前々から我に反抗的だったな」

「え? そんなことありませんよ」

 ボスとしては一流だと思っているし、俺に楽しみを与えてくれている。尊敬とまではいかないが、それなりには敬っているつもりだ。

「お前は我の側にいるのだ」

「ベリルはどうするんです」

 ここにきて俺の楽しみを奪うつもりなのか。あれだけの逸材は、そうそういないというのにふざけるなよ。

「攻撃されますよ。いいんですか」

 苛つく感情を悟られないようにと表情を硬くする。

「ここにいろと言っている」

 セラネアは上目遣いにキリアを睨みつけ、合わせた視線を外さない。

「──なん、だ?」

 絡め取られたように視線を逸らす事が出来ず、微かに手が震え始めたかと思うと、まるでコンクリートに埋もれたように体が硬くなっていく。

 仕舞いには、自分の意思では指一本も動かせなくなった。

「なんだよ。これは」

 その恐怖にセラネアを見やると、男はただ冷たい目でキリアを見つめていた。

「貴様は我の下僕だ」

「なんなんだよ! お前!」

 セラネアの威圧的な態度に負けてなるものかと声を絞り出す。

 その、異様な光景にミレアは息を呑んだ。キリアの強さは目の前で見ている。それが、一歩も動けずにいる事に驚愕した。

「これからは、我のために働いてもらうぞ。献身的にな」

「ふざけんな」

 どんなに抗おうとしても奪われた手足の自由はきかず。セラネアの姿だけが闇の中に浮かび上がる。

 必死に保ち続けた意識はふいに途切れ、糸の切れた人形のごとく、がくんと頭を下げて体から力が失われた。

 その顔からは覇気がなくなり、鋭い存在感も失せる。

 しかしその数秒後にはいつものキリアに戻り、不適な笑みを浮かべた。それでいて、先ほどとは別人のようにセラネアにひざまづき、崇拝せんばかりにゆっくりと頭を伏せている。

「この男は、まさか──」

 眼前で起こった情景にミレアは目を見開いた。


 ──一時間ほどして、他の入り口を探していたクライドたちが戻ってくる。

「見つけたぞ」

 ペンを手に、広げられた地図に入り口や通気口らしきものを書き記していった。推測の通り、主な入り口は四カ所のようだ。

 小型ジェットを収める格納庫への扉も見つけたが、一応の印を付けて今回の攻撃はそれらを無視する形を取る。

 ベリルは四カ所の×印を眺めて思案した。地下での戦闘は時刻や天候を気にする必要がないぶん、突入時刻に気を配らずに済む。

 もちろん、救出を急がなければならないが焦る気持ちを抑えてなるべく万全の準備を心がけた。

 敵の領域内で戦うのだ。不利なこちらは、出来るだけの事を予測し考慮しなくてはならない。

「東にA班。西にB、北にC。南にDを。私とアレウスは西から入る」

「了解だ」

 仲間たちは一斉に応えてそれぞれに散っていく。

 ベリルは走り去るジープを眺め、一人の少女を救うために自分の我が儘で従ってくれる仲間たちに感謝した。

 そうして装着したヘッドセットに意識を向ける。

「決行は一時間後とする」

 威勢の良い返事を耳にしながら空を見やると、陽はすでに昇りきっていた。

 こちらの動きを悟られないためと考えるなら深夜の行動がベストだが、そんな悠長な事を言ってはいられない。

 急いだ方がいいとベリルの勘がそう告げていた。



 ──そうして、割り当てられた入り口に到着した仲間たちはまず、監視カメラをハッキングしてこちらが映らないように細工する。

 もっと時間があれば監視カメラから基地内の映像を映し出すことも出来たのだが、生憎と何も映し出されていない映像を流し続けることしか出来なかった。

 待機するクライドたちは、迫り来る決行の時間を心待ちに各々が腕時計を注視する。

 いよいよ決行、五秒前、四、三、二、──

<アタック>

 ヘッドセットからの声に西のB班、クライドが手を振ると仲間の一人が基地の入り口に手榴弾を投げた。

 それは爆発し、歪んだ入り口の隙間から耳障りな警報音が微かに聞こえてくる。

 出来た隙間に爆薬を詰め込んで距離を取り、起爆スイッチを押し込むと大きな音と衝撃に扉が吹き飛び、警報がよく聞こえるようになった。

「GOGOGO!」

 クライドのかけ声で、仲間たちはこじ開けられた入り口になだれこんでいく。

迅速じんそくにだ!」

 東のA班、ジェイクは仲間にげきを飛ばした。

「A班、突入した!」

<Cもだ>

<Dも当然!>

 ヘッドセットに侵入の報告と銃声が届き、ひとまずの段階にベリルは目を眇める。

「警戒は怠るな」

 念を押し、これからが本番だと気を引き締めた。

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