第二十話 身の内に灯る火

「なんだ……、何が起きた……?」


 避難した住人を守る防衛線の中心で、ダスティンはその光景に驚きの声を上げる。目の前に展開した魔術の向こうに見える光景はそれほどまでに信じがたい光景だった。


「斬ったのか……? あの化け物を」


 そこでようやく、ダスティンはタダツグが以前見せた奇妙な力を思い出す。剣で斬りつけることで魔術を無効化する未知の能力。それが魔術に限らず魔力であればすべて無効化できるのであれば【妖魔】にも有効であろうというのは、実はそれほど難しい想像ではなかった。

 だが、いくら斬りつければ殺せるからと言って、実際に斬りかかれるかと言ったらそれはまた別問題だ。

 実際に戦いを生業とするものだからわかる。恐らく自分には真似できない、と。

 まず刃が届く前に相手の爪や牙にくい破られるだろうし、そもそもまともに相対して気力を保てるかどうかも怪しい。

 理論上は可能でもできないと思っていた。それこそがダスティンや他の騎士達が驚く十分な理由だった。

 そして、その驚きからの回復は、自分たちの主人が誰より早い。


『騎士ダスティン!!』


 背後、住民を避難させた建物の上から魔術で呼びかけられ、ダスティンはようやく我に還る。考えてみれば今は呆けている場合ではない。前線に出ている四部隊は街に侵入した【妖魔】のほとんどをどうにか足止めしているが、しかしその一方で取り逃がしてしまった【妖魔】も僅かながら存在する。その【妖魔】は今も着実に忠継や避難民たちに迫っており、その先にいる自分たちの背後には避難してきた人々がいる。

 そのことを思い出し、避難民たちを迎えに打って出るべきか、ここに留まり確実に背後の市民を守るべきか悩んでいたダスティンは、しかし直後に自身の主人から驚くべき指示を受けた。


『ダスティン、タダツグを援護しろ!! できるだけ足止めと時間稼ぎに徹させて、退治自体はタダツグに任せるんだ』


「なっ!?」


『あいつの【カタナ】なら、【妖魔】を斬れる!!』


 直後、エルヴィスの声にこたえるように、周囲の騎士からどよめきが起きる。見れば逃げ遅れた娘を抱えた忠継が、刀を携えたままおそろしい速度でこちらに走りだしていた。






「うぉおおおおおおおおおっ!!」


 誰もいなくなった異国の街の中で、忠継は雄叫びをあげながら猛烈な速さで走っていた。

 刀身のような紋様の浮かぶ右手には一振りの刀を、左腕には恐怖と疲労で動けなくなった少女を抱えて、なおその疾走である。

 行先は街の中心部。多くの市民が避難し、騎士達が防衛線を引いて守るその場所だ。

 だが、


「くぅっ!! 次から次へと奇怪な化け物め!!」


 背後から迫る妖気に振り返り、思わず忠継はそう悪態をつく。背後からはその妖気の主、横倒しになった馬の側面に蜘蛛の足が生えて走ってくるという、歪を通り越して理解不能な【妖魔】が忠継達を押しつぶさんと迫っていた。

 そして、まずい条件はさらに重なっていく。


「やはり向こうも間に合っていないか……!!」


 眼を向ければ、忠継の向かう先にまだ避難の完了していない避難民の一団が見える。アネットや忠継と比べれば先に逃げていた一団ではあったが、それでも避難は間に合っていると言えない状態だった。眼を凝らせば、こちらに気付いた後の人間が恐怖の表情に染まって悲鳴を上げているのがわかる。


(迷っている暇は、ない……!!)


 もう一度決意を固め直すと、忠継は足にさらなる力を込め、ただでさえ速かった走りをさらに加速させる。

 背後の【妖魔】との距離と前の避難民との距離、それらが忠継にとって必要な間合いになるまで走ると、今度は足に力を込めて勢いに思い切り制動をかけた。

 同時に発生する体を前に持っていこうとする勢いを、忠継はすべて左腕に集中させる。


「お前たち!! 助かりたくばこの娘を受け取れぇっ!!」


「ひ、ぃ、ぁあああああああああっ!?」


 軽い少女の体を全身全霊の力で避難民の中へと投げ飛ばし、忠継は少女の悲鳴を聞きながら今度は思い切り背後へと踵を返す。

 靴で思い切り地面を削りながら力をためると、すでにギリギリの位置まで迫っていた背後の【妖魔】へと思い切り飛び込んだ。

 交錯は一瞬。

 たったそれだけの時間で忠継はその【妖魔】と決着をつけ、斬られた【妖魔】は跡形もなく消えてわずかな肉片へと還る。

 背後で上がる驚きと喜びの歓声を聞きながら、しかし忠継は緊張を緩めず次の行動に移る。


「お前たち!! 助かりたくば出来得る限り固まって走れ!! 重い荷物は捨てろ!! 遅れそうなものは他人であろうと近くのものが背負え!! お前たちがバラバラに逃げずに一塊になっていれば、こちらでも守りようがある!!」


 叫ぶというより怒鳴りながら、一方で忠継はすでに次の敵の存在を感じ取っる。それも今度は背後からではない。家々が建ち並ぶ側面から、巨大な妖気が一直線にこちらを目指しているのだ。

 避難する群衆もそれに気付いていたのだろう。戸惑ったような声はすぐになりを潜め、代わりに慌てたような声をあげながらも先ほどと違って間延びせず、指示したとおりにひと固まりの集団として走り始める。

 見れば、先ほど投げたアネットも誰かに背負われているのが見える。どうやら忠継の言うとおり誰かが連れて逃げてくれるらしい。


(感謝する)


 心の中でそう呟き、忠継はすぐさま次の行動を開始する。妖気が迫る側の建物へと駆け寄り、積んであった木箱の上に飛び上がると、さらに驚異的な脚力で木箱を蹴り、建物の屋根の上へ瞬く間にと飛び上がった。

 現れた【妖魔】をその姿を確認する間もなく両断し、すぐさま忠継は空中で次の敵の気配を探る。


「……む!!」


 と、忠継の感覚が道の反対側、今いる場所の対岸方向から強烈な妖気が迫るのが感じられた。見れば、ミミズの様な尾羽を持つ梟が逃げる人々めがけて急降下をかけようと迫っている。

 人々もそれに気付いているようで、走る集団は悲鳴と恐慌に染まり始めていた。


「そ、の、まま走れぇぇぇぇぇっ!!」


 言葉と同時に屋根へと着地し、忠継はすぐさま屋根の上を走りだす。瞬く間に逃げる人々の真横へと追いつくと、体内に感じる魔力を思いきり足に集めて屋根を蹴る。

 できる、という確信があった。

 元よりその可能性を考えてはいたのだ。【全属性】という魔力によって今のように強化された肉体を手に入れたということは、魔力によってさらに肉体を強化できる可能性があるのではないかと。

 ましてや忠継の体に流れているのは多少薄くなっていたとしても【全属性】の魔力だ。この国に来る際にそうなったように、身を軽くする効果は十分に期待できる。

 そしてその予想は、直後に忠継の体が矢のような速度で発射されたことで的中する。


「キェアァァァァァッ!!」


 猛烈な速度に抱きかけた恐れを雄叫びで吹き飛ばし、忠継は避難民へと急降下していた【妖魔】に体ごと着地する。

 飛びだした勢いを妖魔を蹴りつけることでまとめて叩きこみ、空中でよろめく【妖魔】の体に一太刀浴びせて完全に消滅させる。

 どうやら魔力による筋力の強化は長続きしないようで、着地する頃には既に効果はなくなって普段通りの衝撃が両の足に襲ってきた。

 だが、それでも今の忠継にとってそれは大した衝撃ではない。


「うぅ、ああ……」


「何をしている!! 呆けている暇があったらとっとと騎士達のところまで走れ!!」


 そばで【妖魔】に狙われていたらしき震える男を怒鳴り付け、忠継はすぐさま次の妖魔の気配を探る。

 現在、こちらに迫っている妖気はあと一つ。残りは街の北、門の傍あたりで騎士達によって食いとめられている。


「さっき屋根の上から騎士達が集まっているのが見えた。もう一息だ。ここは任せて休まず走れ」


「わ、わかった……。あんたも、くれぐれも死なんでくれ……!!」


 走り去る男に「死ぬものか」とつぶやきを返し、忠継は自身も走って来た通りの向こう、そこをこちらに向けて走ってくる巨大な【妖魔】に視線を合せた。

 走り寄ってくるのは、手足が通りいっぱいに広がる大きな蜥蜴。

 見える範囲では大きさ以外特に異常な部分は見受けられないが、よく見えない蜥蜴の背後に巨大な何かを引きずっているのが見える。それが何かまではここからでは分からないが、どうせまともな尻尾などではあるまい。


「悪いがここは通さん。と、言っても通じないか?」


 言いながら忠継は、刀を正眼に構えて相手を待ち受ける。相手の体格は圧倒的だ。忠継の刀とて一太刀浴びせれば必殺の力を見せるだろうが、一撃食らえば終わりという意味ではこちらもたいして変わらない。


(それでも、勝つ……!!)


 忠継がそう決意を固めた瞬間、蜥蜴との距離が間合いと呼ばれるものへと変化し、同時に上から巨大な前足が降ってくる。

 忠継がすかさず真横に跳んでそれを回避すると、今度は正面から蜥蜴の頭が忠継を噛み砕かんと襲いかかって来た。


(……甘い!!)


 だが忠継とて相手の攻撃手段がその牙であることは承知している。むしろ元が獣である以上、蜥蜴が前足で攻撃してきたことの方がおかしいと思ったくらいだ。

 すかさず足に魔力を集めて背後へと飛び退き、その巨大な顎が目の前で閉じるのを待って再び地面を蹴る。一気に間合いを詰めて相手を斬り捨てようとした忠継はしかし、目の前で蜥蜴の頭が急激に後ろに下がっていく光景と、自分の上に突然現れた陰にその動きの変更を余儀なくされた。

 見れば忠継の真上に、巨大な人型の影が右腕を高々と振りかぶっているのが見える。


(なんだとぉっ!?)


 驚きながらも右足で地面を蹴り、忠継は間一髪で巨人の拳骨から逃れることに成功する。不安定な着地と拳骨による地響きによろめきながら視線を戻すと、ようやく自分が相手にする【妖魔】の全貌が見えてきた。


(この大男、さっき引き摺られていた蜥蜴の尻尾か……!!)


 見れば先ほどの蜥蜴の尻尾に当たる場所に、見上げるほどの大男の腰から上がそのまま繋がっている。今の動きはどうやら、先ほどまで引きずられていた大男が、蜥蜴が止まったことで起き上がり、襲いかかって来たものらしい。


「気味の悪い顔をしおって……!!」


 ひげをふんだんに蓄えた大男の、明らかに大きすぎる両眼にとらわれながら忠継はそう悪態をつく。この国の人間が持つ特徴の長すぎる耳とはわけが違う。明らかに造りとして狂った顔がそこにあった。

 と、そんな忠継の内心の罵倒に反応したかのように、大男は雄叫びを上げてその左手を忠継めがけて振り下ろす。

 忠継はそれを再び跳躍でかわすと、今度は振り下ろされた左手に一太刀浴びせようと斬りかかった。

 だが、予想外だったのはその刃が腕へと届く前に左腕は大地を離れ、それどころかそれを振り下ろしてきた大男の体が後ろに倒れていき、代わりに忠継めがけて先ほどの蜥蜴の頭が襲いかかって来たことだ。


「なに!?」


 次々と襲ってくる蜥蜴の牙から逃れながら、忠継はようやく目の前の【妖魔】の関係性を看破する。


(こいつら、互いに足を引っ張り合っているのか……!!)


 一見すると蜥蜴と大男がうまくお互いを庇い合っているようにも見えるが、事実はまるで逆なのだ。

 蜥蜴と大男は両方がそれぞれ目の前の獲物である忠継に襲いかかろうとしており、しかし体の構造上どちらか一方が前に出ようとすればもう片方はその動きを封じられてしまう。そのためこの二体にして一体の【妖魔】は隙を見つけては攻撃役を入れ替わろうと狙っており、忠継が片方の【妖魔】の隙を見つけてそこを突こうとすると、もう一方【妖魔】に先に隙を突かれて襲われることになるのだ。


(体の構造上、後ろからなら斬れるかも知れんが……)


 恐らくはこの【妖魔】振り返る動きがかなり難しい。大男の方が後ろを向こうとすれば蜥蜴の部分をひっくり返して腹ばいになるか、蜥蜴の部分ごと振り返るしかないし、蜥蜴の部分が振り向くには体が長すぎる上、大男の部分があるためこの場所ではどうしても邪魔になる。だから恐らく相手の後、ことによると側面から攻められれば攻略はかなりたやすいはずなのだ。

 だが、忠継は殿だ。もしもここで側面や後方に回り込むような、もっと言えば【妖魔】の目の前からどくようなことをすれば、【妖魔】がこの先の避難民の群れに向かっていくのを許すことになりかねない。


「くそっ、でくのぼうめ……。もっとしっかりその蜥蜴を抑えていろ、斬りにくい!!」


 かわしながらも打ち込めないという状況に、忠継は僅かに焦りを覚える。先ほどから徐々にではあるが後退することしかできなくなっている。だからと言って別に走る避難民に追いつく可能性があるという訳ではないが、それでも守らなければならないものが後ろにある状態で押されるのは内心で辛いものが感じられた。

 と、忠継が何度目になるか分からない大男の掌から逃れたそのとき、目の前にあった大男の顔面が突然爆発した。

 視界を突然失い、大男が人だったとは思えない声で絶叫する。その顔面で炸裂したのは見紛うことなき魔力の炎。一度は敵とみなし、今に至っても積極的に受け入れられずにいたその技術が、今忠継の活路を開く。


「っ、今だ!!」


 突如として生まれた隙に、忠継は迷わず体を前に飛び込ませる。大男の動きの乱れを隙と見て、忠継めがけて突撃しようとする蜥蜴を向こうに回し、蜥蜴がこちらに出てくる前に離れようとする手のひらに刀を叩きつける。

 深い、しかし結局は致命的な部分ではない掌につけた刀傷。だが刀に込められた魔力は瞬く間に大男の体を駆け巡り、ついには大男の【妖魔】を完全に消滅させた。

 だが、


(チィッ!! あの蜥蜴、とっさに尻尾の部分を切り離したのか!?)


 忠継の目の前には、尻尾の部分を失いながらも、いまだこちらへと突進してくる蜥蜴の姿があった。尻尾を斬り落して自身への影響を防いだのか、それとも繋がってはいても二つの部分が別個だったのかは分からないが、とにかく今だ目の前の妖魔は健在だった。


「だがお前一匹なら!!」


 先ほどの感覚を思い出し、忠継はもう一度両足に魔力を込める。襲い来る蜥蜴の顎を、地を蹴り宙に身を投げ出すことで上に回避し、忠継はそのまま重力に任せて蜥蜴の背中めがけて握る刀を振り下ろした。

 断末魔の悲鳴すら上げる間もなく、蜥蜴の【妖魔】は黒い煙と共に消滅する。


「ハァッ……、ハァッ……、とりあえず、これで全てか……?」


 周囲に妖気が無いことを確認し、忠継は背後の避難民の後を追う。道の先ではすでに八割以上の住人が避難を完了しており、すでに防衛線のこちら側に先ほど魔術による援護を行ったらしい騎士達が並んでいるのが見えた。

 と、忠継が認識した瞬間、防衛線の向こうから離れたこちらまで、爆音のような歓声が大気を震わせて忠継のもとまで飛んできた。


「な、なんだ!?」


 あまりにも大きい、【妖魔】の咆哮に勝るとも劣らない歓声に、忠継はしばし困惑を覚える。そうこうしていると防衛線の向こうから忠継のもとに馬に乗った数名の騎士が駆けつけ、驚く忠継を防衛線の向こうまで連れ帰る

 騎士の一人の馬に相乗りし、無人の街を駆け抜けて帰りついた忠継を待っていたのは、遠くで聞くのとは比べ物にならないほどの巨大な歓声だ。


「な、なんだこれは……?」


「みんなあんたに感謝してるんだよ」


「なんだと!?」


「感謝だ! か、ん、しゃ!!」


 馬を下りながら周囲の声にかき消されそうな騎士の声をようやく聞きとり、しかし忠継は再び困惑に襲われる。そしてその困惑に拍車をかけるように突然両肩を掴まれたかと思うと、目の前に突然滂沱の涙を流した男の顔が現れた。

 よく見れば、先ほど逃げる際に怒鳴りつけて走らせた男だった。


「ありがとう!! 本当にありがとう!! あんたのおかげで俺も母ちゃんも妻子もみんな無事だ!! あんたは命の恩人だ!! 本当に感謝してもしきれない!!」


「な、な……」


 突然の言葉に、忠継は自分の顔が熱をもってくるのを感じ取る。よく聞けば周りからは男と同じように忠継に礼を言う人々の声があふれている。

 初めての、感覚だった。

 自分の体の奥底、腹と胸の間あたりで、突然消えていた蝋燭に灯がともったような、暖かく強烈な感覚。

 そう認識した瞬間、目の前の人垣が割れて、忠継は現実に引き戻される。見ればわれた人垣の向こうからダスティンの見覚えのある顔がこちらへと迫っていた。


「無事のようだな、タダツグ」


「ああ。特に怪我などもしていない」


「そうか、それは何よりだ。ところで戻ってきてそうそう悪いが、もうひと働きできるか?」


 その表情に僅かに沈痛さをにじませながら、ダスティンは忠継に向かってそう聞いてくる。

 できるかと問われれば間違いなくできるだろう。腕の刀身状の紋様は今でこそその光を失ってはいるが、すでに忠継もその使い方を完全に把握している。どうやらこの力は体の中にある魔力を使うようだが、それとて今の忠継のなかには満ち満ちていた。

 そして何より、今の忠継は酷く|みなぎっている≪・・・・・・・≫。


「自分としてもお前ひとりに任せなければならないというのは不甲斐無く思う。だが、現在騎士達に足止めさせている【妖魔】を殺しきれるのはもはやお前だけなのだ。だから――」


「わかった。引き受けよう」


 ダスティンが言い切る前に、忠継は決断しそう返事を返す。迷う余地などどこにもない。むしろ望むところという申し出だ。


「感謝する。残る【妖魔】は現在町の北で四部隊の騎士達によって足止めをされている。お前は動きを封じた【妖魔】からそのカタナとやらで斬って止めを刺していってほしい。北門付近までは今馬を用意する」


「わかった。だが馬は必要ない」


「なに?」


「実のところ、俺は馬に乗れんのだ。故郷にいたころも乗ったことが無くてな。それに――」


 言葉を切り、忠継はすぐさま踵を返す。体の隅々まで意識を巡らせ、魔力を流して全身を強化する。コツは先の二回の運用でつかめていた。長く剣をふるうにあたって行ってきたイメージと、この魔力の運用法は似たところがある。ここまでできれば、今の忠継に馬はいらない。


「――今のおれなら馬より速い……!!」


 最後にそう言い放ち、忠継は猛烈な勢いで無人の街を走りだす。その両足はありえない速度を叩きだし、周囲の景色は見たこともない速さで流れていく。

 自分の体が今までになく軽く感じる。

 感じる空気が心地よい。

 まるで世界そのものが変わってしまったかのような猛烈な高揚感を感じている。


「なんだ俺は、喜んでいるのか……?」


 自分の顔の筋肉が動いているのを感じ、忠継はようやくその感情を自覚する。


「町が化け物に襲われているというのに……。死人だとて出ているはずなのに……」


 現金だと思う。不謹慎だ、ともつくづく思う。結局のところ忠継が力を振るえる場所は、誰かの不幸のそばにある。

 だが、それでも助けることができたのだ。多くの人間の命を、忠継が培ってきた力によって。

 ならばこれは、間違いなく誇っていい結果だ。


「まったく、虫のいい話だ」


 呟きながら町中を走りぬけ、忠継は近くにあった樽の上へと跳躍する。


「だが、悪くない」


積んである箱や軒の上を駆けあがり、建物の上へとたどり着く。


「悪くないぞ……!!」


 高所に上って見えるのは、あちこちに妖魔が跋扈する異常な光景。この世のものとは思えない光景は、しかし今の忠継を恐れさせるにはまったくもって足りなかった。


「俄然闘志が湧いて来た!!」


 瞬間、魔力を込めて屋根を蹴った両足が、遂にその屋根を踏み砕く。

 背後で響く破砕音を聞きながら、すぐ近くで騎士達と攻防を繰り広げていた【妖魔】のもとへと飛び込んでそれを叩き斬り、着地と同時に次の敵へと走り出す。

 己を求めてくれた者たちの命を守るために。そして彼らの期待に応えるために。

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