第八話 騎士との戦い

「兄様、何かおかしなことになりましたね」


「そうかい? いかにもオーランドらしいと思うんだけど?」


 火花を散らしたあと試合を決め、準備を始めたタダツグとオーランドを見ながら、エミリアとエルヴィスはそんな会話を交わす。


「それにしてもオーランドさん、見ないと思ったら兄様の方に行ってたんですね。いつも来るときはこちらにいるのに、今日はいないからどうしたのかと思いました」


「実は朝来たときに出くわしてしまってね。まあ、今日来るって話を忘れてたのは迂闊だったんだけど、向こうもこっちにいろいろ聞きたいことがあったらしくて先に話をしてたんだ」


 もともと、オーランドが今日こちらに来ることは事前に決まっていたことだった。エミリアとしては彼がこちらに来るときは朝方騎士たちの訓練に参加してから会いに来ることが多いため、こちらに来れば自然と会えると思っていたのだが、どうやら今回は例外だったらしい。


「聞きたいことって言うのはタダツグさんのことだったんですか?」


「というかこの前の騒ぎについてだね。まあ案の定、実験って名目は嘘だと見破られていたみたいだ。流石に付き合いが長いと誤魔化しがきかないよ」


 エルヴィス達のクロフォード家とオーランドのウィングフィールド家の付き合いは先代からの家族ぐるみの関係である。クロフォード家はこの国の最高の貴族である四家の一角、ウィングフィールド家は代々騎士を輩出している王家に使える騎士の家柄であまり接点のない家柄なのだが、この二つの家は先代クロフォード家が先代のウィングフィールド家との間で魔術の技術交換を行った際に繋がりがあった。エルヴィスとエミリア、そしてオーランドもそのおかげで幼いころからそれなりに付き合いがある。


「ところでどちらが勝つと思う? タダツグとオーランド。僕は今来たばかりだけど、忠継は結構うちの騎士たちを圧倒していたみたいじゃないか」


「確かにタダツグさん、かなり強いみたいですね。でもオーランドさんが勝つんじゃないでしょうか」


「やっぱりそう思う?」


 準備を終えた二人が定位置につくのを見ながら、二人はその勝利が自分の幼馴染の手に渡ることを揃って予測する。その根拠は友人への信頼という以上に客観的な判断に基づくものだ。


「それはそうですよ。これは訓練ですから魔術の使用は無いでしょうけど、それでもオーランドさんはこの国で最強の騎士ですから」


 エミリアがそう言い切ったそのとき、開始の合図とともに二人の試合が始まった。






 試合開始の合図がなされても、忠継はすぐには動かなかった。

 自前の木刀を正眼に構え、じっと相手とにらみ合う。


(やはりこいつ、相当腕が立つな)


 三度目となるそんな感想を持ちながら、忠継はひたすら相手と探り合いを続ける。

 この国の剣術稽古は忠継の知る物とは似て非なるものだ。規則や狙う場所に違いがあるうえ、身につける者も通常の剣の稽古とは明らかに異なる。忠継の知る防具は面、胴、小手、そして垂の四種類になるが、この世界のものは顔を守る部分と首を守る部分が分かれており、小手以外に盾を腕につけるものが多い。実際、先ほどから試合をしていた者たちも剣を片手で扱い、もう片方の手には盾をつける格好で戦っていた。

 だが、今の相手が持つ剣は忠継と同じく一本のみ。構えも自分の国のものとよく似た形だ。


(隙は、見せんか)


 ゆさぶりをかけるべく小刻みに動きながら、忠継はひたすら相手の隙を探る。どうやら向こうもこちらの隙を探っているらしく、下手に打ち込めば返り討ちにあいかねない。


(……仕方ない)


 進展しない局面に業を煮やし、忠継がわずかに隙を見せ、誘いをかけた瞬間――。


「っぅ!!」


 突如襲ってきた猛烈な打ち込みを、忠継はわずかに呻きながら受け止めた。どうやら相手も相当業を煮やしていたらしい。どうやらお互い気の長い性格ではないようだ。


(望む、ところだ!!)


 木刀越しに相手を押し返し、忠継はすぐさま相手との距離を詰める。そして容赦なく打ち込むのは相手の面めがけた猛烈な打ち込み。下手に受ければ脳震盪を起こしかねないそれはしかし、即座に体勢を立て直したオーランドによって木剣を当てられ、剣の側面を滑る形で横に流された。


(っ!?)


 みごとに剣をそらされたことに息を飲む間もなく、オーランドの剣が横なぎにふるわれる。忠継の胴を狙った致命的な一撃に、忠継はとっさに地面を思い切り蹴って対応した。

 途端に忠継の体が猛烈な速さで後ろに飛び退く。忠継はいつもの調子で地面を蹴ったつもりだが、強くなりすぎた脚力は跳ぼうと思った距離の倍以上の距離を生み出した。


(くぅっ!!)


 制御の利かない自分の体に苛立ちを覚えながら、忠継は着地と共にすぐさま体勢を立て直し相手へと向き合う。見れば相手もまさかここまで距離を取られるとは思っていなかったのか、下手な追撃には出ずにこちらを注視していた。


「馬鹿力め。防具ごと頭をかち割る気か」


「悪いな。最近妙に力が強くなっていてな」


「エルヴィスの言っていたことは本当だったか。これは少し分が悪いかな……」


 そういうとオーランドはいきなり構えを解き、こちらに背を向ける。突然の出来事に忠継が言葉を失っていると、近くの騎士が持っていた木剣を掴んで再び元の位置に戻って来た。


「すまない。仕切り直そう。ここからは本気で行く」


(……二刀?)


 試合中に相手に背を向けるという大胆な行動よりも、忠継は相手がとった剣の方に気を取られた。

左右の手にそれぞれ長短の剣をもった二刀の構え。忠継の知る形とは構えが違うものの、どうやら相手が二刀を操ることは疑う余地もなさそうだった。

 忠継が再び気を引き締めたそのとき、同時にオーランドが剣を構えなおした。

 再び訪れるかに見えたにらみ合いの静寂はしかし、その次の瞬間には木剣と木刀のぶつかり合う音によって打ち破られる。

 今度は忠継が誘いをかけるより先に、オーランドが強烈な打ち込みをかけてきたのだ。


「くっ!!」


 打ち込まれた左の木剣を手に持つ木刀で受け止め、逸らしながら、忠継は相手の右手の木剣がこちらの首を跳ねるべく迫っているのを感じとる。防具があるとはいえ、まともに食らえば行動不能になるだろう一撃を、それでも忠継は首を動かし、体勢をわずかに沈めることで回避した。頭を守る防具を木剣がかすめ、飛び散った汗を叩き割る。


「ェアッ!!」


 さらに回避と連動させ、忠継は相手の胴めがけて木剣をそらすのに使った木刀を振り抜く。だが案の定と言うべきか、忠継の鋭く重い一撃はオーランドの左の木剣に受け止められ、さらにはオーランドの斜め後ろへの跳躍と木剣の動きによって完全に勢いを流された。

 同時にオーランドがこちらの間合いから離れ、こちらの構えに応じるように両の剣を構えなおす。

 それを見据えて、忠継はようやく周囲がどよめいていることに気がついた。


「なるほど。確かに力は強く、腕もそこそこ立つようだ」


「そこそこ、か。言ってくれる!!」


 忠継の言葉を打ち切り、三度オーランドがこちらの懐に飛び込んでくる。相手の木剣をはじいて、しかし忠継に反撃は許さない。強い力ではじき返し、体勢を崩すより先に相手の剣が逃げていき、代わりにもう一方の剣が忠継の首を落とそうと迫ってくる。

 繰り出される連撃の数々に、だんだんと忠継は反撃の機会を逃すようになってきた。何より、ここにきて自身の肉体の変容が大きく響いてくる。

 僅かな力を込めたはずなのに発揮される、本来よりも大きな動き。本来なら止められるはずのところで、しかし本来よりも大きな力がかかってしまっているがゆえに止められない。他の騎士相手では感じても危機感までは覚えなかったそれらの事象が、今この二刀使い相手に強く意識できるようになってきた。

 同時に、次々に繰り出される剣撃のなかにすでに何度か捌き切れないものが出始めている。まだかすめる程度でまともに食らった物はないが、このままではそれも時間の問題だ。

 だが、そのことに対して忠継が抱くのは不快な感情ではない。


(ふん、天狗どもの中にも腕の立つ者がいるじゃないか……!!)


 ひさしく感じていなかった、撃剣による爽快感を、忠継は思い出す。江戸の道場にいたときは毎日のように味わっていた、どんな鬱屈とした気分もそうしているときは忘れることができた、それほどの爽快感だ。


(いっそ礼の一つも言いたい気分だが、負ける気はない!!)


 攻めてくる勢いを蹴散らすように、忠継は相手の攻撃を強引に打ち破りにかかる。迫る二本の木剣を強引に打ち払い、相手の懐へと潜り込む。

 目指す境地はただただ無心。

 相手に木刀を叩き込む、その目的にかなう最適の動きを目指して、忠継はひたすら剣をふるう。全身の筋肉一つ一つに意識を行きわたらせ、相手めがけて木刀を振り下ろす。狙いは兜のような防具をかぶったオーランドの頭だ。

 だが、


「それは少々強引過ぎたと思うよ。タダツグ」


 面を打とうとした木刀を弾き飛ばされ、胴を木剣で叩かれたことで、忠継は自分の敗北を悟る。


(無心になるために『無心にならねば』などと言う雑念を抱くようでは駄目か……)


 周囲のざわめきを聞きながら木刀を引くと、相手も木剣を引いてそれに応じてきた。


「正直、曲がりなりにも侵入者というから君のことを警戒していたんだが、まあそこまであやしい人物という訳じゃなさそうで何よりだよ」


「剣を交えれば分かる、か?」


「そういうこと。まあ、正確に言えば戦い方の傾向でね。次の機会があったらまた相手をしてくれるとうれしい」


「それまで俺がこの国にいれば、な」


 会話しながら忠継は最初の位置まで下がり、自分の国での礼儀にのっとり礼をする。するとこちらのマネをしたのか相手も同じように頭を下げ、その瞬間に押し寄せてきた騎士たちに囲まれ、話し始めてしまった。どうやらいつも来ているというのは本当のことらしい。


「どうでしたか? 満足できました?」


「エミリアか。まあ、悪くなかった。力を御せるようになってからまたやりたいな」


「それは良かったです。それにしてもすごいですね。オーランドさんは去年の国内での剣術の大会で優勝されたほどの腕前なのに」


「まあ、結局負けたのだがな」


 言いながら、どうりで強いはずだと忠継は納得する。恐らくあの剣士はこの国の剣士の中でも頂点に存在する存在なのだろう。


「オーランド、ウィ……、何といったか?」


「オーランド・ウィングフィールドです」


「そうか。この国の人間の名前は覚えにくいものが多いが、その名は覚えておこうか……」


 その後、国の話を絞りにきたエルヴィスに朝食に連れて行かれるまで、忠継はその剣士の名を自身の中で刻み続けていた。

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