第8話
成基がよく分からないまま戦闘が始まろうとしている。翔治と侑摩が向かい合い、無口な美紗もその横で剣を出して構える。
そのまま美紗は静かに成基の方に寄ってきて声をかけた。
「下がって弓の特徴を活かして」
いつもの無愛想な口調で必要最低限だけ言うと彼女は再び翔治と肩を並べた。
そこで数秒見つめあった後、三人は戦闘を開始した。
一人残された成基はどうしていいのか判らず、とりあえず美紗に言われた通りに一度地上に降り立った。
夏の陽は長い。まだ六時という冬なら真っ暗になる時間だが夏のこの時間は暑さすら残っている。
着地した場所が人がいるはずでないような所ではあったが、それでも念には念をで更に人目につかない場所を探して、廃屋の敷地内の倉庫の陰に入る。
そこで一息つき、壁にもたれ掛かって美紗の言った言葉を思い出す。
『下がって弓の特徴を活かして』
弓の特徴。成基の思い付く限りで弓の特徴と言えば剣と違い遠くから攻撃が出来るということ。それだけだが、たったそれだけのことをそんな遠回しに言うだろうか。それだけのことを特徴と言うだろうか。
幾ら考えてもその答えは思い付かない。やはり遠距離攻撃が出来るということだったのだろうか。
違う。そんなわけがない。考えろ。もっと考えろ!
自分に言い聞かせてありったけの知識と経験を呼び覚ます。
最初に思い浮かべたのは弓道場。射場の周りに張られた防矢ネット。これは放った矢は強大なエネルギーを持っているための事故防止。
放った矢の強大なエネルギーを持つ。しかしこれは弓でなくてもいい。
ならば何だ?
次に思い浮かべたのは試合風景だ。そこで思い付いた。
弓は銃に比べて放つ時の音が小さく、上空にの相手を狙って射る場合弓の方が優れている。
つまり、相手に気づかれずに矢を放ち仕留めろということだ。
その事を理解した成基は侑磨の反対側に回り込み、なるべく目立たない場所を選んでそこで弓を実体化させる。
もう空は夕陽が山に隠れ、少しずつ闇夜に染めつつある。闇夜に染めつつある。
約十メートル上空で戦闘中の闇のセルヴァー――翔治は篠瀬侑摩と呼んでいた――を見据えて弓の弦を引く。
これもセルヴァーの能力なのか、上空の敵に狙いを定めるとその照準にピントが合わされた。
しかし、ここに来てようやく成基は重大な問題点に気がついた。
ここから矢を放てば、誰に当たるか判らない。ただえさえ、まだそこまで弓矢の精度は高くないのに三人もいれば翔治か美紗に当たる可能性も十分にある。
ならばどうすればいいのだろうか。確実に侑磨をロックオン出来ても、弓が空中を疾走している間に二人が矢の射線上に入ってしまうこともあり得る。
考えれば考えるほど弓を引いている右手を離すのが怖くなり、額には汗を浮かべ右手が震えてきた。
少しでも誤れば味方の命を奪ってしまう。
いったいどうすれば…………。
しかし、弦を引いた状態から微動だに出来なくなった時、成基の聴覚に美紗の声が聞こえてきた。
『心配しないで。私達なら大丈夫』
そんな彼女の声に成基ははっとした。彼女は今空中戦を繰り広げている真っ最中て、彼女の口から出た言葉ではない。成基の脳が勝手に送ったきた幻聴だ。
そう解っていても成基にはそれが美紗本人の言葉に思えた。
一度深呼吸をして、そしてその言葉を信じ、思いきって右手を矢から離した。
成基の狙いは正確だった。上空にいる敵を狙うのはこの数日間で少し練習しただけだったために不安だったが、元弓道部だけあって十メートルという距離は苦にならなかった。
侑摩に向かってまっすぐな直線描く光の矢は吸い寄せられるように飛んでいった。
心配していた翔治と美紗については、まるで成基が矢を放つタイミングと矢の場所が判っているかのように直前で避けた。
一方侑摩はなぜ戦っていた二人が離れていったのかが分からず、背後から迫る矢に気づかないまま呆然と立ち尽くす。
もう射るのは確実だ。
勝利を確信して成基は顔をニヤつかせた。
だがその刹那、矢が見えない障壁のようなものによって阻まれて消滅した。
「何っ!」
思わず成基は弓を下ろして元に戻った眼で障壁のようなものを凝視した。
どうやら驚いたのは成基だけではなく矢に気付かなかった侑摩と、予想外の展開に翔治と美紗も目を見開いている。
すると上空から小さな黒い光が四つ現れた。
その光は次第に大きくなっていき、すぐにそれが人のシルエットだと確認した。
「いい様ね。侑摩」
四人の先頭に立って侑磨をバカにしたような口調で言い放った人物は確かに少女の容姿をしているが、成基の耳に届いた声はとても大人びたものだった。
「な、何で
色々な意味で驚きを隠せない侑磨が突如として現れた紫色のロングヘアーを持つ大人のような声の少女に問った。
「何でって侑摩が戻らないから来てやったんだよ。それにしてもあの坊主、思ってたよりやるな」
最後の言葉は小さな声でそして成基のいる方向を一瞥して呟いた。
それを十メートル下で見ていた成基は心臓が大きく脈打ち、もう既に居場所がバレていることを察して一先ず上空へと戻った。
「ほう、こんなのが
明香の後ろから一緒に来た金髪碧眼でスラムにいそうな不良っぽいの少年が味方を嘲笑する。
しかしそんな彼も明香には頭が上がらない様子で、
「油断してたら
「そんなバカな!」
「疑うのならばやってみ。今ならまだ飛ぶことやセルヴァーのことを完璧じゃないから勝てるだろうよ」
二人の会話は普通にひそひそせずに話されてる本人にはなんのことだか全く判らない。実力があるとかなんとか言ってるが本人にその自覚はない。
すると敵の前で堂々と話をする闇陣に呆れながら翔治が口を開いた。
「闇のセルヴァー全員集合か。相変わらず遣いはいないのだな」
「あの方の力なくとも五人で充分さ。さてどうする? 五対三だが」
明香が挑戦的な笑みを浮かべながら選択肢のない質問を投げ掛けてくる。それを知るのはお互いだから明香は余裕の表情で、翔治は悔しそうに歯を食い縛る。何がなんでもこの状況では光陣が不利なのは明白だ。
「くっ…………やるしかない」
「ふっ。じゃあ始めようじゃないか…………」
「ちょっと待ったーーーーーー!」
戦闘が開始されようとしたその瞬間に何度か聞いた少女の声が聞こえてきた。
全員が声のした方を向くとそこから今度は普通の光が三つ、すごい速さで迫って来た。
「この声は……」
美紗がその光の方を見つめながら声を漏らした。
「ああ」
成基もその光に希望を持ちながら頷く。
そしてその三つの光、いや三人の姿がはっきりと目視できた。
「芽生、修平、是夢!」
その三人は成基と美紗、翔治の隣まで来て止まった。
「何勝手に面白そうなこと始めようとしてるのよ!」
駆けつけた赤髪のポニーテールに、まだ少し顔にあどけなさの残る少女がそう言うと後ろからついてきた二人がが続けた。
「全くあんなにスピード出すから疲れるじゃないか」
「仕方ないさ。芽生ちゃんが早くいかないとって焦ってたんだからさ」
「べ、別にそういうことじゃないんだから! 早くいかないと助けられないとかそんなんじゃなくて、楽しそうなことが始まっちゃうから急いだんだから!」
芽生は頬を紅潮させてそっぽを向いた。
しかしそのせいで辺りの雰囲気が敵味方関係なく静まり返ってしまい、その原因である彼女は咳払いをして宣言した。
「と、とにかく! あたし達が来たからには負けないわよ!」
「チッ! 光も全員揃ったか。――面白い。初の全面対決と行こうじゃないか!」
明香は舌打ちするとはっきり明言した。
「仕方ない。そっちがその気ならやるしかない。どうせいつかは戦わなければいけない避けては通れない道だ。こちらまその覚悟はできている。行くぞ!」
翔治の最後の掛け声を合図な両者が戦闘を開始した。
夕暮れから闇夜に変わり、街から離れた上空だがなぜか夜目が利いた。セルヴァーは何でもありだなと感心しながら新米の成基は戦闘に参加した。
だが正直な話成基は怯えていた。まだここまでしっかりとした戦いは初めてで戦場になれていなかった。
しかしそんな心配をする成基を余所に戦闘は開始された。
中央ではリーダー同士の翔治と明香が剣を交え、その周囲ではスピード自慢の修平と大口を叩いていた将也と明香に呼ばれていた金髪で少し似ている二人。先日翔治と美紗を相手に戦っていた啓司というモスグリーンの髪を持つ少年と、テクニシャンの芽生。クールな頭脳派の是夢と、先ほどの対話で一言も口を開いていない、紺色の長い髪を後ろで結ったポニーテールで無表情の組み合わせでこちらも似た者同士だ。
そして光陣の方が一人多いため残りは自動的に成基と美紗対侑摩の組み合わせなのだが、ここだけはまだ戦闘が開始されてなく睨み合いの牽制しあってる状態だ。
すると美紗が成基の元に寄ってきて腕を掴むとそのまま地上へと急下降した。
「地上戦? たまにはそれもいいかもね」
廃屋の影に入っていった二人を見て侑摩は変わらない陽気な口調で独言すると二人の背中を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます