第4話

『………………なく……乗り場に電車がまいります。まもなく一番乗り場に電車がまいります。危ないですので黄色い線の内側でお待ちください』


「ん~~。ん?」

 目覚めた成基を迎えたのは眩しい光だった。起きて間もなく光になれていない眼が反射的に瞼を強く閉じる。

 瞼の奥が明るくなり、光に慣れてきたところで目を開き、その光景を目にする。

 ホームに入ってきた電車が目の前で停まった状態でドアが開いている。気がつけば嵐は無かったかのように雨は上がっていた。

 星の見え始めた夜空を見上げていた成基は耳に入ってきたホームの音楽で我に返り、ドアが閉まりかけていて危うく乗り過ごしそうになった電車にギリギリで乗り込んだ。

 電車で座ったまま携帯を開くともう十時を回っていて三時間以上も眠っていたことになる。

 二駅はあっという間だ。時間にして約十分。携帯を見たり考え事をしたりしているとすぐに自宅から最寄りの駅、佐野滝さのたき駅に着いた。

 電車を降りた後、またしても十五分かけて住宅街を歩いて帰らなければならない。でも二年半も繰り返しているため苦にはならない。それよりも来月の月初にある体育祭のことを考えながら道を歩く。

 今日の学活の時間で体育祭の出場項目を決める時、不運にもリレー選手になってしまった。

 なぜ不幸かと言うと、成基はリレーが嫌いだからだ。だからといって足が遅いわけでも、運動が苦手なわけでもない。ただトラウマがあるのだ。

 小学六年生の時、田上市の三十二の小学校によるリレー大会があった。これで二位までに入れば上の地区大会へ出場出来る大事な大会。成基は足が速く、リレーメンバーに入った。それもアンカーで。

 練習に練習を重ねた向かえた試合の日。みんな緊張をしている中で成基だけは緊張しなかった。

 しかしいざ走るとなるとそうはいかなかった。

 レースはスタートから順調に進んでいき、上位をキープしていた。成基の前の三走の時点で地区大会出場圏内の二位。それを意識すると極度の緊張に襲われた。

 前走者はもう直前まで来ているのに緊張は解れるどころか酷くなっていき、目が回りだした。

 チームの思いが詰まったバトンを受け取った時には頭の中が真っ白で、自分のいるレーンが判らなくなった。そのせいで数歩よろめいてからゴールに向かって走ったが、結果はレーンから出たという判定で失格。

 走り終わった成基は控え室で嗚咽した。走った他のメンバーからは「仕方ない」「気にしなくていいよ」などと慰めの言葉が掛けられたがその奥に秘められた、「お前のせいだ」という鋭い視線を感じて立ち直ることができなかった。

 涙が涸れると酷く悔恨した。レース前、自分がみんなにベストを尽くして地区大会に出ようと言っておきながら一番それができなかったのは自分だ。みんなの夢を潰したのは自分だ。

 そして、こうまで言った。


「もう、走りたくない」


 中学校に入ってからはリレーを走らなくていいように五十メートル走をするときは全力で走らず七割ぐらいの力で走った。体育や遊びの時もそれ相応の速さで走った。全てはリレーに出てみんなに迷惑を掛けないように。

 今ではもうその速さが自分の本来の速さになりつつある。もう三年間位で全力疾走したことはない。意識をしたら本来の速さを出せるだろうが、いっそこのままの速さが自分の実力になってもいいかなと成基は思っていた。

 しかし今日、なぜか成基がリレーを走ることになってしまった。これまでの努力が無駄になってしまった。

 この学校に小学校の時から一緒にいる生徒は千花と他に少しの女子しかいない。だが千花以外はクラスが違っているからわざと遅くしていることが発覚してやらされたわけではない。出るメンバーが足りなくて許諾しないまま担任教師の菅原によって決められたのだ。

 正直リレーが怖い。また失格したらどうしよう。

 トラウマになったリレーをやらなければいけないのがどうしても嫌だ。

 そんな物思いに沈んでいるとどこかから金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。最初は空耳かと思い、ずっと聞こえてくることから工場か何かかと思ったがそれも思い直した。この時間なら普通工場で働いている人は帰宅しているはずだし、それ以前にこの道はいつも通っている道で、この辺りに工場が無いことは把握している。

 となるとこれは人の手によって起こされている。これがどこから聞こえているのかが判らない。

「なんだ?」

 成基は何気なく空を見上げた。ほぼ無意識に。するとその視線の先に視たのは空中に浮く人が二人。何をしてるかは視認できないが火花らしき光が飛び散っていることから恐らくは戦闘だと推定できる。

 誰だよこんな時間に戦闘なんかしてる奴は。

「…………って戦闘!?」

 危うく右から左へ流れていきそうな単語を何とか引き留め、瞳孔を開いてその様子を見守る。

 しばらくすると一方の人物がもう一人に何かを施して落としていった。

 それを見た成基はその落とされた人物の方に向かって走っていった。

 この辺りは成基の住んでいる付近なので小さい頃から走り回っていてとても詳しい。そのため誰も知らないような細い裏路地を身軽に駆け抜けて落ちた人物の元へと急ぐ。

 走り回った結果、人物の落ちた場所は成基がよく遊んでいた公園だった。その公園には砂場やブランコを始め、すべり台、ジャングルジム、シーソーと人気のあるの遊具があるどこにでもあるような公園だ。その公園の中央に人が倒れている。その元へと駆けつけようとした時、もう一人の人物が倒れてる人物の元へと降りてきた。それを確認した成基は慌てて入り口に隠れた。

 降りてきた人物は落とされた人物と戦っていた人物かなと思いきや全くの別人で、様子を見ていると助けるような仕草をしているめ味方ではないかと予測される。

 ――それにしてもあの二人、何か知ってるようなシルエットなんだけどな。

「あっ!」

 そこまで思い至ったとき成基は無意識に叫んで入り口の真ん中に堂々と出ていた。

「北条と神前じゃないか!」

「…………?」

 いきなり誰かに名前を呼ばれた翔治は、ダメージを受けている美紗を起き上がらせると不思議そうに若干首を傾げながら声のした方に顔を向けた。

「小宮……成基…………?」

 翔治の口から絞り出された声は掠れていてなんとか聞き取れる大きさだった。

「なにしてんだよ北条、神前。それにお前ら、飛んでたじゃないか。何なんだよ一体」

「お前! 見てたの……」

「翔治。彼を……最後の……セルヴァーに…………」

 翔治に支えられながら美紗は弱った口調で何かを伝えようとする。ほぼ最後まで言い終えていたお陰で美紗の言葉の意味を理解した翔治が驚愕する。

「み、美紗、それは! それにそれだけの能力があるかなんか判らない」

「もう、見られてるから隠すことは無理。それにこのままだともう一人見つからない」

「うっ…………それはそうだが。……また俺たちは巻き込むのか……」

「分かってる……。でも何もしなければ彼も巻き込まれてしまう。……勝てば解放されるから……それしか彼を救う方法はない」

「でも……」

 よく分からなかったが、翔治は葛藤しているようだった。遠くからは何を言っているか聞こえなかったが、小さく口を動かしてひとりごとをは頭を振り、そして時々舌打ちをする。

「…………チッ! 分かった! 小宮成基、こっちに来い!」

 話の内容は聞こえていたが何のことかさっぱり解らない成基は呼ばれるがままに公園の中央へと歩く。

「小宮成基。単刀直入に訊く。我々と戦う気はないか?」

「…………は?」

 思わず固まって間の抜けた返事を返す。

「どうなんだ? 戦うか戦わないかどっちだ」

「いや待て。戦うって何だよ。最近転校してきたばかりのよく知らないやつにいきなりそんなこと言われても、はいそうします、って答えられるかよ。何のことかも解らないのに」

「説明してる暇なんかない! 光のセルヴァーとなって闇のセルヴァーと戦わないかということだ」

「そんな…………適当な……」

 成基が当然ながら返答にもたもたしていると上空ら短剣が一本凄い勢いで降ってきた。それにいち早く気付いた翔治が剣を抜いてそれを弾く。

「早くしろ! 時間がない!」

「早くしろったって……。説明されなきゃ分からないだろ!」

 成基は混乱していた。何も分からないまま戦えだの、なんとかになれだの意味が分からない。だが、目の前で今翔治がしているように戦えと言われているのは見れば分かる。

「そんなの断る! 確かに俺は今の日常に満足してないけど、命を懸けてまで非日常を得たくはない!」

 はっきりと断ると、これ以上関わりたくなかったためにさっさと踵を返した。

「そうか……。ならしかたない」

 顔を見なくとも明らかに落胆していることが分かる声だったが、成基が振り返ることはしない。

 茶髪の少年が公園の入口まで戻ったとき、再度轟音が夜の街を響かせた。それが翔治がしたことではなく、されたものだということは悟った。だからこそ成基は足を止める。

 そして間髪入れずにすぐさま三度目の轟音が地面を揺らす。

 ここで、成基の固い意志は揺らいだ。

 先週来たばかりの転校生二人がなぜか攻撃を受けている。二人が何者なのか、何と戦っているのは相変わらず分からない。

 だが、翔治の頼みを拒絶する一方で、二人を助けたいという感情が芽生え出した。それに、興味本位というのもある。

 ただ命を落とす危険があることが少年の足を動かさなかった。

 成基は迷っていた。誰だって命は惜しい。でも目の前で一方的にやられている転校生を見殺しにしたくはない。

 気づかぬうちに体に力が入っていた。自分でもどうしたらいいか分からないもどかしさに腹が立つ。

 そんな時、美紗が覚束ない足取りで成基の元へと歩いてきた。そして二言。

「お願い……助けて……」

 それで決まった。眼前にいる美少女にこう頼まれては断ることなどこの世の男子にはいない。

 初めて美紗の方から声をかけてくれたんだ。もしかしたら、翔治に見せていたあの笑顔をもう一度見せてくれるかもしれない。

 だからやってやる。もう一度美紗の笑顔を見るために。今度はその笑顔を自分に見せてもらうために。

「解った……セルヴァーとやらになる!」

「小宮成基……よく言った」

 勝ち続ければ死ぬことはない。そう自分に言い聞かせると、これから始まる非日常に僅かながらワクワクしていた。

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