第30話
気がつけば成基は闇の中にいた。
「ここは……?」
見たことのない真っ暗な空間を慎重に見回す。
「夢……?」
今朝明香が夢に現れた時の空間に似ている。だが今回はそれと僅かに違っていた。
そのことを証明するかのように、成基の視線の先に微かな光が闇を割った。
次第に光は大きくなり、もう存在しないはずの幼馴染みの姿がそこにあった。
「千花!?」
「成基君、私言ったよね? 私の分まで生きてって」
静かな物言いだが、その裏には千花が滅多に見せない怒りを露にしているこを察して成基は困惑する。
「なのにどうしてもう諦めてるの? そんなのでいいの?」
セルヴァーのことを成基よりも知らない千花から、一方的に好き放題に言われさすがに腹が立った。「いいわけないだろ! 俺だってみんなを助けたい。でも方法がないんだ!」
「そんなの、分からないよ。でもやる前からそんなこと言ってたら出来るものも出来なくなる」
「知った風な口をきかないでくれ! 俺は今弓を引けない。そんな状態じゃ明香には勝てない。どうしようもない……」
「いい加減にして!」
千花がいきなり大声を出して言葉を遮る。
「成基君は今何がしたいの!? したいことをすればいいじゃない! それ以外に何があるの!」
「さっきも言っただろ! みんなを助けたいけど方法がないって」
成基はまた声を荒らげた。
「だったら勝手に決めつけないで自分に素直になったら!?」
ここまで強く言う千花は初めてで成基は少し怯んだ。
「さっきからずっと諦めの言葉ばっかり。矛盾してるよ! 本気で助けたいと思ってない! そんなの本当の成基君じゃない!」
でもまたすぐに言い返す。
「本当の俺なんか千花が知っててたまるか! 本当の俺なんかこんなもんだよ。臆病で、無力で、軟弱で……」
パチン!
空間に高い音が鳴り響いた。
成基は赤く染まった頬に手を当てて呆気にとられた。
「確かに私は本当の成基君を知らないかもしれないけど、そんな腐った成基君は嫌いッ!」
「千花……」
成基の口から出たのは自分でも情けないと思える声だった。体が強ばってこれ以上は声が出そうにない。
それを感じたのか千花は優しい、いつもの声音で続ける。
「どうしてすぐに諦めるの? 本気で助けたいと思うなら諦めの言葉なんて出てこないはずだよ?」
「…………」
幼馴染みからの問いに答えることは出来なかった。千花の言っていることは正しく聞こえた。いや、実際正しいのだろう。今の成基にその判断力が欠けているだけであって。
「それにさっきも言ったばかりだよ。私はいつでも成基君の傍にいるって。もう忘れちやったの?」
それで成基ははっとした。責任感の人一倍強い成基はその分、自分一人で全てを背負い込んで周りが見えなくなる。それは成基の悪癖だ。
一人で背負い込まず、みんなを頼ればいい。美紗にそう声をかけておきながら自分はそのことを本当に理解出来ていなかった。もしかしたら今もまだ分かっていないのかもしれない。でも今は驚くほど冷静で自然と千花の様子が読み取れる。
それに、分かったことがある。自分がしたいと思ったことは結果を気にせずやればいいということ。結果は後から決まるものであって先に決めるものではない。だから自分の気持ちに素直に行動する。それが今すべきこと。
成基は一度大きく深呼吸して体の緊張を解した。
「やっと分かったよ。もう大丈夫」
千花は頬を持ち上げて頷く。
「俺は千花を助けたい。だから力を貸してほしい」
「うん」
幼馴染みはもう一度微笑みながら首を縦に振る。
「北条さんのこと、好きなんだね」
「なっ……」
成基が弁明しようとした時には目の前にいた千花の幻影は満足そうに去っていった。
目を開けると闇に光る雷光が真っ先に目に入ってきた。続いて激しく水粒が顔に落ちる。
今初めて冷たいと感じたが、驚くほど頭は冷静でいい意味で真っ白になっていた。
目が闇に慣れると、上空に飛び交う黒塊が見えてきた。まだ美紗達は戦闘中で明香が優勢なのは変わりない。
状況を確認すると成基は右手に持ったままの弓を再び構える。
「俺はもう迷わない。自分の気持ちのままに行動する。それが自分の信じたことなら。思い描く未来のためなら。だから今は!」
叫ぶと同時に、今まで存在を忘れていた右手の甲に刻まれた魔法陣が強く黄色に輝きだした。するとこれまでに感じたことのないような、それでいて心温かい不思議な力がみなぎってくる。
ゆっくりと右手が弦を引く。
もう腕の痛みは微塵もなかった。というよりはそのことを忘れていた。ある意味では、これも精神的な問題だったのかもしれない。
突然、弓まで黄色く光始めた。みなぎった力が手を通じて弓に移ったかのように。
「的を射る!」
弦を掴む右手を離した。
放たれた黄色の矢は、寸分の狂いなく明香に向かって飛んだ。それは、雨の降る夜空を迸る迅雷ごとく綺麗な一筋の軌跡を残して空中を駆け抜ける。
それに気づいた明香はとっさに障壁を出して矢を受け止める。その顔に浮かぶのは驚愕の一つのみ。明香だけでなく、彼女と戦っていた成基の仲間達も呆気に取られていた。
「いっっけぇぇぇぇぇぇええええ!」
成基が叫ぶと、矢の勢いが一段と増し、障壁にひびを入れた。
《
障壁に入るひびは大きくなっていき、次第にガラスが割れたような乾いた音を木霊させてそのまま光が明香を飲み込んだ。
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