第29話

 上空で仲間が戦っている様子を見ながら、成基は何もできない悔しさに唇を噛み締めた。

 この戦いだけで何度こうしただろう。セルヴァーになったばかりの頃は命の危険を冒してまで戦いたいとは思わなかった。でも今は違う。安全な場所で一人見ているより、仲間とともに戦いたいと思う自分がいる。でも今やもう叶わない。

「ねぇ、君」

 突然横から声をかけられて顔を下ろす。そこには、いつの間に来たのか侑摩がいた。

「弓遣いの成基君……だったかな? キミに頼みがある」

 ついさっきまで敵だった侑摩から唐突に言われ、成基は驚きを隠しきれなかった。これまでなら必ず耳を傾けはしなかっただろうが、明香に裏切られた今、侑摩に敵対心はないだろう。

「明香姉を、止めて欲しい。今の明香姉は僕の知ってる明香姉じゃない。正直、明香姉の言うことと翔治君の言うことのどっちが正しいのか分からないけど、あんな明香姉は嫌だから」

 成基は、真剣な眼差しで弱々しく語る彼にどう声を掛ければいいのか分からなかった。

「それでいいのか?」

 侑摩の様子を見ると、とても自分が今弓を引けないことなど言い出せなかった。だから侑摩の意思を確認するのが限界だ。

「……うん……」

 分かった、とさすがに二つ返事で返すことは出来なかったが、

「どうにかする」

 と、答えを少し曖昧にきて侑摩から離れた位置に移動した。

 上空は、美紗達が戦闘している。

 成基にだって仲間と戦う意志はあった。人を道具として扱い、仲間すら簡単に殺し、そして千花を闇のセルヴァーにした明香が憎い。許せない。

 だが、今はそれを行動に移す術がない。

 何か弓を使わなくても仲間を助ける方法がないかと、周囲を見回して思考を巡らせたその時、地響きと共に低い衝撃音が響いた。その音源である上空を見上げると、丁度美紗が後方へ飛ばされていた。

「美紗!」

 成基は思わず叫んだ。すぐに見ていられなくなって目を逸らす。

 仲間がやられているのを見るのは辛い。見た限り、一方的にやられているのは光のセルヴァーだ。

 ――でも、みんなは絶対に負けない。みんなを信じ抜く。

 そう自分に言い聞かせた。

 そしてまた直ぐに視線を上空にやる。成基は仲間を見守ることしか出来ることはない。どんなに辛くても逃げてしまえば本当に存在意義がなくなってしまう。

 祈るような気持ちで視線を固定した。

 その時、見たことのある光が明香の前に発生しているのを成基は見落とさなかった。

「あれは前に侑摩を守った障壁!」

 成基はぎゅっと唇を結んだ。

 あれは一度成基の弓を弾いてる。あれがある限り美紗達の勝機は薄いだろう。

 ――やっぱり見守るだけじゃだめだ。俺も戦わないと勝てない!

 直感でそう判断した。

 だが方法が思い浮かばない。ただえさえ弓が効かない相手にそれ以外の攻撃が通じるだろうか? だからといって何もしなければまた大切な人を失うことになりかねない。それだけは絶対に避けたい。

 一秒でも早く仲間を援護するため動き出した。

 成基は前に一度美紗と逃げ込んだの大きなゴムの工場の倉庫に入り、何かヒントになるものがないかを探す。

 相変わらず埃臭さは残ったままで、まだ天井の穴は塞がれていない。その大きく空いた穴から今も仲間が追い詰められつつあるのが分かった。

「まずい、早くしないと」

 焦る中、巨大なゴムの前に来るとそのゴムを触ってみた。

 つるつるだが滑りにくく、軽く押せば反発して押し返される。

 瞬時に成基はこれだと感じた。しかしそれと同時に顔をしかめる。

「障壁の原理は分からないが、あれに真っ向から挑んでもこのゴムのように跳ね返される。ならぶつけないようにすればいい、か……」

 その方法はただ一つだった。それは成基の弓。前回は勢いが足りなかったために弾かれたのだろう。なら速度を上げれば必ず刺さる。初めからこの戦いのカギは成基にあったのだ。

 荷が重い、なんて言葉では到底表すことのできない重圧がかかった。成基次第で仲間の運命が決まる。

 怖かった。

 失敗すれば大切な命が落とされる。

 逃げ出したい。

 耐えられるはずがない。こんな経験は初めてで成基はまだセルヴァーになって一ヶ月の素人。

 助けて欲しい。

 成基一人でどうこう出来る話ではない。


『何があっても、私が成基を守るわ』


 美紗の言葉を思い出しはっとした。


『俺も、美紗を死なせたりはしない』


 続けて成基の返した言葉に気付かされた。

 これまで振り返れば常に美紗に助けられてきた。まだ成基の経験が浅いこともあるが、それでも彼だってれっきとしたセルヴァーなのだ。

 だからその恩を返したい。

 成基は弓を出した。

「戦うしかない」


『私はいつでも成基くんの傍にいるから』


 一瞬これも自分の記憶かと思ったがそうではなかった。千花の幻影が横に現れ、弓を握る右手にそっと手を重ねた。すると不思議なことに不安は全て自信へと変化していく。千花のことを意識すると自然と力がみなぎる。

「ありがとう千花。この戦いの間ちょっとだけ力を貸してくれ」

 横を見て頼むと、千花の幻影は満足した様子で消えていった。ただ右手を通して感じる安堵感と自信は胸中に残ったままだった。

 一度息を大きく吸い、吐く。

 そうして気持ちを決めると工場の外へ出た。打ちつける雨が成基を濡らし、時々光る雷が視界を白く染め上げる。その中を成基は水たまりに入りながら走る。

 この辺りは周囲に建物も多く、その中でも今は使われていない工場や倉庫も少なくない。射撃するには絶好の地帯だ。

 特に一番良さそうな場所を見つけ陣取り弓を構える。顔に水が止めどなく落ちるが目を瞑るわけにはいかない。

 ――出来るかどうかじゃない。やるしかないんだ。

 明香に気づかれていないことを確認して右手を引く。だが動かない。何度右手に力を込めようとしても入らない。

「動け! 動けよ!」

 手をガタガタしてもそれは幼い子供が虚しく抵抗していると同然。そんな力で重い弓を引けるはずがない。

 ――やっぱりダメなのか。俺じゃあどうしようも出来ない。

 そこへ上空で戦う美紗がまたやられているのが視界の端に映る。美紗だけでなく、翔治、芽生、是夢もが明香の前に成す術がない様子だ。

 千花が殺されて、憎い相手がいるのにも関わらず仇を討つことすら出来ない。美紗もこうして戦っているというのにただ見殺しにするしかないのか。こうして戦える力を手に入れたのに、誰一人助けられないままなのか。

 今までの戦いは何だったのだろう。全ては明香が力を誇り示すために仕組まれた舞台だったのか。

 瞳から一筋の光が溢れる。

 成基は無力な自分を蔑んだ。

 運命を恨んだ。

 この状況を打破できる手段など思いつかない。

 なら、せめて美紗ぐらいは助けられないだろうか。

 今のこのこ出ていったところで無意味だということは分かっている。だが、そうすることによって美紗達を逃がす時間ぐらいは作れるのではないか。

 美紗が死ぬよりその方がよっぽどいい。どうせ今までの戦闘で役に立ったことは一度もないのだから。最後ぐらい誰かの役に立って死ねるなら本望だ。

 もう、それぐらいしか方法はない。

 希望を失った成基の双眼に輝きはなかった。その目が見たもの――。

 闇――。

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