9-1
俺たちのクラスの委員長である。
ロングヘアーが似合う、一見するとクールな印象の、物静かな美少女である。
普段は眼鏡をしている。
読書が好きである。
頭が良く、テストの結果や成績は、学年でもトップクラスである。
マジカルブルーである。
俺が彼女について知っているのは、本当に、このくらいしかなかった。
これ以外のことは、なにも知らないと言ってしまってもいい。
しかも、これらの情報は、殆どただの客観的事実であり、読書が好きだというのも、水月さんが普段、教室で色々な本を読んでいる姿を見たり、よく図書館に行っていることなどから導いた、俺の推論でしかない。
俺が水月さんから直接聞いた彼女の情報は、実はマジカルブルーであったということだけなのである。
だが、それは俺と水月さんの間に、まったく接点がないから……、というわけではないのだ。
むしろ接点だけなら、このクラスの中でも、上位に入るくらい濃密な接点があると言ってしまってもいいだろう。
そう、
俺と仲良くしてくれているこの二人は、当然ながら、水月さんとも仲が良い。
同じマジカルセイヴァーとして戦う仲間だということもあるが、それ以前に彼女たちはみんな、非常に仲が良い、繋がりの強い、友人同士なのだ。
つまり、桃花たちと一緒に行動していれば、必然的に水月さんとも行動を共にする機会が増えるということであり、特に二年生になって、同じクラスメイトとなったことで、その傾向は、より
問題があるとするならば、俺がその機会を、まったく活かしきれていない、ということだけだろう。
桃花や火凜とは、一年の時からずっと同じクラスで、それなりに積み上げてきた関係性というものが、元々あったのだが、水月さんと同じクラスに……、いや、明確に知り合ったのは、二年生になってからだ。
単純に、知り合ってからの時間の長さというのもあるだろうが、俺と水月さんの距離は、桃花や火凜のそれと比べてしまうと、あまり進んでいるとは、言い難い。
だからと言ってもちろん、俺と水月さんの仲が冷え切っているとか、実は仲が悪いとか、そういう話ではない。
二人きりでいても別に苦にはならないくらいの、そこそこの関係性は築けているという自負はある。
つまり、ここまで長々と語った俺が、結局、なにが言いたいのかといえば。
マジカルセイヴァー
俺の努力が、足りないのだろうか?
まぁ、別に真面目に成功させようと思っている作戦ではないので、それで構わないのだけれども。
「なんですか、
「いや、なにもついてなんかいないよ、水月さん」
サンドイッチを上品に食べていた水月さんが、俺の視線に気づいて、不思議そうに首をかしげている。
どうやらいつの間にか、ぼんやりと、水月さんのことを見つめてしまっていたようだ。気をつけなれば、これでは、ただの不審者である。
「隙あり!」
火凜が自分の箸を巧みに使い、隙を見せた俺の弁当箱から、肉団子を奪っていく。
「はい、統斗くん、代わりにわたしの卵焼きあげるね」
「おっ、サンキュー、桃花」
桃花から、彼女手作りの卵焼きを受け取りながら、俺は辺りを見渡した。
今は学校の昼休み、ここは俺たちのクラスの教室である。
体育祭以後、俺と桃花に火凜、そして二人と仲が良い水月さんの四人は、よく一緒に昼食を取るようになっていた。
いつもなら、屋上だったり、中庭だったりの広い場所で、みんなでお弁当を広げて食べるのだが、今日は雨が降っているので、仕方ない。
秋の長雨というやつだろうか? ここ数日は、ずっとこんな感じだ。
「夏が終ったと思ったら、なんだか梅雨に戻っちゃったみたいだね」
「雨ってさ、なんか憂鬱な気分になっちゃって苦手なんだよねー」
窓から外の雨を眺めていた桃花の呟きに、火凜が少し嫌そうな顔で反応する。
「そうですか? 私は雨って、結構好きですよ?」
そんな火凜とは対照的に、水月さんは、まるで雨音を楽しむかのように、その眼鏡の奥の目を閉じた。
水月さんが雨を好きなのは、水を操るマジカルブルーだからだろうか?
なんて思ったりしたが、そういえば、これでまた一つ、俺が水月さんについて知っていることが、増えたことになる。よし、覚えておこう。
「おっ、やっぱり桃花の卵焼きは美味しいな」
「えへへ、褒めてくれてありがとう、統斗くん!」
こうやってみんなでワイワイとお昼を食べるのは、確かに楽しいのだが、こうして教室でとなると、どうしても、周囲の視線を強く感じてしまう。
主に男子からの、殺意に
とは言っても、体育祭前に比べれば、これでもその視線は、かなり減ったのだが。
体育祭という一大イベントを乗り越えて、うちのクラスの中でも、外でも、何組ものカップルが生まれたようで、そういうお相手が見つかった勝利者たちは、こちらにまでそういった視線は向けてこない。まさしく、勝者の余裕というやつだろうか。
問題は、体育祭が終わった後も、そう言った縁に恵まれなかった者たちである。
彼らの殺意は、更に強靭に、研ぎ澄まされてしまった。
全体的な総数は減ったが、残った殺意の質は上がった、と言ったところだろうか。
今後は、色々とに気をつけるべきなのかもしれない。
具体的には、月の出ていない夜道とか。
って、一体なんの話なんだか。
こうして色々ぼんやりと、無益なことを考えてしまうのも、もうすぐ九月も終わるというのに、長々と続いている、この雨のせいなのかもしれない。
「そういえば、もうすぐ文化祭だね」
桃花の言う通り、体育祭が終わってしばらく経てば、高校生活におけるもう一つの一大イベントである、文化祭が開催されることになっている。
うちの高校の文化祭は十月の後半に予定しているので、まぁ、時期的には、もうしばらく余裕はあるが。
「文化祭かぁ……、いやぁ、去年の文化祭は、本当に大変だった大変だった」
「いや、火凜、大変になった理由の大半は、お前のせいだろう」
「うるさい、統斗。黙れ」
「ひでぇ」
自らの所業を棚上げして、まるで自分も被害者であるように振る舞っている火凜には、正直、ため息をつかざるをえない。
去年の文化祭は、教室内で行うミニ縁日というか、クラス内で幾つかのグループに別れて、縁日っぽい出店を出すことになっていた。
俺と桃花、そして火凜は同じグループで、スーパーボールすくいという割とベタなことを企画していたのだが……。
「ちょっと発注ミスしただけじゃん!」
「教室が埋まっちゃうくらいのスーパーボールは、ちょっとじゃないかな……」
去年の惨状を思い出したのか、桃花が疲れたような顔で笑っている。
「それでも、なんとかなったじゃん!」
「クラス全員で
このままじゃ、他の出店を出すことすら困難なレベルでの過剰発注だったために、本当にクラス一丸となって、頑張ったのだ。
あの時の苦労は、とても言葉では言い表せない……。
「今となっては、良い思い出じゃん!」
「まぁ、こういう苦労話は後で振り返れば、盛り上がるものだけども……」
しかし、そういうことは、あまり原因を作った張本人が、言うべきではないような気もするのだが……。
「桃花ー! 統斗がいじめるよー!」
「よしよし、統斗くんも、もうそのくらいにしてあげてね?」
「えっ? なに? もしかして、俺が悪いみたいな流れに?」
泣きついてきた火凜の頭を撫でてやりながら、桃花が俺を注意する。
「まったく、桃花は天使だよね。それに比べて統斗は悪魔だよ、悪魔」
「俺には、お前が悪魔に見えるぞ……」
「はははは……」
アホみたいなやりとりで睨み合う俺と火凜を見て、桃花が笑う。
まぁ、
「…………」
そんな俺たちを、水月さんが、さっきの俺と同じように、ぼんやりと見ていた。
「そう言えば、水月さんは去年の文化祭、どうだった?」
「……私は、皆さんみたいな面白エピソードはありませんから、特には」
「……そ、そう?」
「はい。特には」
俺が話を振ってみても、水月さんは、なかなか乗って来てくれない。
微妙に悲しい気分である。
「でも、文化祭楽しみだね! 火凜は、なにしたい?」
「模擬店もいいけど、今回は、ちょっと変わったことしたいかな。葵はどう?」
「そうですね。文化祭の出し物については、明日のロングホームルームで話し合う予定ですから、そこでみんなの意見を聞いて、総合的に判断したいですね」
桃花と火凜からの会話のパスに、水月さんは、真面目に答える。
「総合的な判断とかじゃなくて、葵がなにしたいのか、とりあえず言ってみ?」
「私は、そうですね……」
そんな、ただ真面目なだけの答えは認めないとばかりに、火凜は笑顔で、水月さんに追撃した。
「そんなに悩まないでも、葵ちゃんが心からやりたいと思ってる、理想の文化祭を言えばいいんだよ! 頑張って!」
「微妙にハードルを上げられると、困ってしまうのですが……」
桃花に期待値を上げられてしまい、水月さんは頭を悩ませる。
やはり、桃花たちは付き合いが長い分、水月さんとの話の弾ませ方も、心得ているようだ。
俺は、盛り上がっている彼女たちから視線を外し、また窓の外の雨を眺める。
今度の文化祭で、少しでも水月さんと仲良くなれるといいんだけどな、なんてことを考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます