6-12


「……うっ、げほっ! ごほっ、がはっ!」


 意識が目覚め、耐え難い虚脱感と息苦しさ、海水の塩辛さが俺を襲う。

 どうやら、幸運なことに、まだ生きているらしい。


 俺は、倒れていた砂浜から身体を起こす。

 かすむ目で、一応辺りを確認するが、砂浜は砂浜でも、ここは俺たちのホテル近くのビーチではないようだ。


「あー……、気持ち悪い」


 気分は最悪だったが、体調は悪くない。


 海に投げ出される瞬間、咄嗟に命気プラーナを身体に込めたため、身体的な被害を、かなり抑えることに成功したようだ。


 昨日の、プライベートプールでの教訓が活きた。サンキュー、千尋ちひろさん!


「……ふぅ」


 取り合えず一息ついてみるが、身体がダルい。


 怪獣との戦闘で、何度も繰り返し、切り札を使った反動と、生身で海流に流された結果だろう。

 

 命気を使えば回復も早いのだが、イマイチ身体の奥から力が沸いてこない。


 大きな戦闘に勝利したという高揚感と安心感から、どうやら俺の心が満足してしまったようだ。この充足感にひたっていたい、と望む俺の心が、再び動き出すまでには、もう少し時間がかかりそうだった。


 ここら辺が、俺の未熟なところなんだろう。


「さてと……」


 そうは言っても、しばらく休んでいれば少しづつ、気力も戻ってくるものだ。


 怪獣が自壊していく様子は確認したが、デモニカたちの様子も気になる。

 というか、心配させてしまっているだろうから、早く合流したい。


「スーツは、……ダメか」


 カイザースーツを呼び出そうとしてみるが、どうにも反応がない。


 おそらく、最後の強制解除により、自己診断と自己修復を行うメンテナンスモードに入ったのだろう。つまり、まだ怪獣との戦闘から、それほど時間が経っているわけではない、ということだ。


「ん……?」


 少し休んだことで、辺りをよく見渡すくらいの余裕が出てきた。


 俺が今いる砂浜には、確かに見覚えがなかった。

 だが、海の向こうに見える景色には、見覚えがある。


「あれって、うちのホテル、か?」


 そう、距離こそかなり離れているが、あの白い宮殿のような大きな建物は、確かに俺たちが宿泊している最高級ホテルだ。


 よく見れば、それこそ見覚えのある白いビーチも確認できる。


 ということは、位置関係的に考えて、この砂浜は、昨日はあの白いビーチの方から見ていた、国保有だという小島のものなのだろうか。


 だとしたら、これはそれほど、悪くない状況だ。


 この距離だったら、スーツのメンテナス終了を待たずとも、命気が多少でも回復するば、ホテル近くのビーチまで泳ぎ切れる。


 ビーチには少なくとも、ローズさんたちが待機しているはずだし、もし組織総出で俺を探しているとしても、ホテルにさえ行けば、連絡も取れるだろう。


 とは言っても、ついさっきまで生身で海中を彷徨さまよい、こんなところまで流された身としては、とりあえず自らが万全と確信できるまでは、海に泳ぎ出す気分には、なかなかなれなかった。


「……この島の確認でもするか」


 泳いで帰れる距離にいると確認できたことで、心も大分落ち着いてきた。


 後は体力の回復を待つだけなのだが、確かここは、国有の土地だったはずだ。

 このままここに寝転がっている、というのは、流石にまずい気がする。


 まぁ、誰かに見つかっても、泳いでいたら流されましたと誤魔化せばいいのだろうけど、悪の組織に属する者としては、なんとなく、それは避けたい。


 俺は立ち上がると、身体の調子を確かめるように、ゆっくりと島を一周してみることにする。


 俺は、疲れた体を引きずりながら、一歩前へと踏み出した。




「……うん?」


 島の海岸線に沿って少し歩いたところで、なにやら声が聞こえたような気がして、俺は足を止める。


 小さいが、確かに聞こえた。

 どうやらこの島には、俺以外の誰かがいるようだ。


 国有の土地らしいので、おそらく、この島の保全管理人といったところだろうか?

 もしくは、俺のような不法侵入者かもしれないが。


 もしかしたら、俺を探しているうちの組織の構成員かもしれないが、確証はない。


 だが、声の主が島の管理人にしても、不法侵入者にしても、うちの身内にしても、なんにしても確認はした方がいいだろう。


 声は、海岸からほど近い、林の中から聞こえた。


「行ってみるか……」



 俺は、特に深い思慮しりょもせず、確固たる決意も持たず、声の聞こえた林の中へと、なんとなく足を向ける。


 そして、それからすぐに、俺は、そのことを後悔するハメになった。



「――えっ?」


 林に入って少し歩けば、もう人の気配がした。

 俺は自らの気配を殺し、身を隠す。


 相手が誰だか分からないのに、無暗に接近するわけにもいかない。

 そう思っての行動だったが、結果的に、その行動は正解だったと言える。



 林の中に隠れながら覗いたその光景は、俺にとって、あまりに衝撃的すぎるものだったからだ。



 そこにいたのは、正義の味方、マジカルセイヴァーのみんなだった。


 昨日ビーチで出会った桜田さくらだが、赤峰あかみねが、水月みつきさんが、緑山みどりやま先輩が、黄村きむらが、全員がマジカルセイヴァーの姿に変身している。


 どうやら、特訓でもしているのだろうか? 


 林の中にある少し開けたスペースで、彼女たちは各々自分の身体を、技を、精神を、連携を、鍛えている。


 だが、それはいい。


 いや、よくはないが、俺はもうすでに、桜田たちがマジカルセイヴァーだということを知っている。


 だから、そのこと自体は、もういい。いいのだ。


 どうして彼女たちが、五人揃って旅行になんて来たのか、その理由が分かって、むしろスッキリしているくらいだ。



 問題は、特訓をしている彼女たちに、指導している人物の方だった。



「どうしたの? レッドもブルーも、もう限界? そんなことじゃ、勝てる戦いも、勝てないわよ?」

「くっ! はい、教官! いくよブルー!」

「えぇ、負けませんよ、レッド!!


 教官と呼ばれた、まさに軍隊の教官のような恰好をした女性の呆れたような声に、レッドこと赤峰と、ブルーこと水月さんが奮起する。


 数秒睨み合ったレッドとブルーが、互いに向けて駆け出し、素晴らしい気迫で、実戦形式の組手を始めた。


「レッドは近づくことばかりに気を取られて、それ以外の注意が散漫になりすぎ。ブルーはブルーで、近接戦闘を嫌いすぎて、動きに無駄が出てるわよ!」

「はい!」

「すみません!」


 教官のアドバイスに即座に対応し、二人は動きを改善する。


 その様子は見事だったが、俺にはそれよりも、どうしても気になることがあった。


「ほらほら、二人とも頑張って! 負けた方は、腕立てとスクワットをそれぞれ百回づつ追加よ!」


 必死に組手を行っている二人に、厳しい声をかける教官に、俺は見覚えがあった。


 見覚えなんてものじゃない。

 俺は、あの人を知っている。

 もうどうしようもないほどに、知っているのだ。


 

 正義の味方に教官と呼ばれ、特訓を行っている女性は、俺のよく知る人物だった。


 というか、俺の実の母親、十文字じゅうもんじ安奈あんなだった。



 呆然としてしまう俺だが、よく知る人物は、まだもう一人いる。



「どうしたお前たち! まだ特訓は、始まったばかりだぞ!」

「はい、司令!」


 司令と呼ばれた、いかにも司令官然とした白い軍服を着た男性に、ピンクこと桜田が、元気よく答える。


「イエロー! しっかりして!」

「もうダメェェ……。もう動けないぃぃ……」


 グリーンこと緑山先輩が、イエローこと黄村を励ましているが、イエローはもう完全にヘバってしまっている。


 それもそうだろう。彼女たちは見るからに重そうな、大きなウエイトを全員に身に着けて、先程から激しいトレーニングを繰り返している。


「ヴァイスインペリアルの幹部に勝ちたいと言ったのは、お前たちだろう! この程度で弱音を吐くようでは、勝負にすらならないぞ!」

「はい! 私、頑張ります!」


 司令と呼ばれた男の叱咤に、桜田が奮起する。


「私も、負けません!」


 グリーンも、ピンクに負けじと、気を張ってトレーニングを繰り返す。


「うぇぇ……、イエローも頑張りますぅぅ……」


 イエローも、ピンクとグリーンに置いていかれないように、へたばった身体を引きずり、トレーニングを再開する。


 彼女たちの厳しい特訓には興味があったが、俺にそれよりも、どうしても気になることがあった。


「よし! 全員このメニューを、それぞれ三回づつ追加だ!」


 厳しい表情でマジカルセイヴァーを叱咤激励している、あの司令と呼ばれた男に、俺はやはり、見覚えがあった。


 マジカルセイヴァーに司令と呼ばれ、特訓を行っている男性は、俺のよく知る人物だった。


 というか、俺の実の父親、十文字隼斗はやとだった。




 つまり、俺の両親は、正義の味方の教官と、司令だったのだった。


 つまり、俺の両親は、正義の味方の上官だったのだ。

 

 つまり、俺の両親は、ただの公務員とパートタイマーなどではなく、正義の味方の味方だったのだ。


 つまり、つまり、つまり……。


「……はぁ?」


 俺のマヌケな呟きが、静かに林の静寂に溶けて、消えた。


 目の前の光景が信じられず、そこから導き出されたはずの推論が、まったく脳ミソに入ってこない。


 オーバーヒートだ。

 俺の頭はポンコツだ。

 目の目の現実が、よく分からない。


 理解できない。受け入れられない。


 俺は、まるで金縛りにあったかのように、動けない。

 身体が止まり、思考が止まり、息すらも止まりそうだった。


 目の前では、俺が知ってる人間だけで構成された、正義の味方御一行様が、厳しい特訓を続けている。


 俺は、動けない、なにも考えられない、なにもできない。


 このまま永遠に、それこそ死ぬまで、俺はここから動くことができないのではないかと、割と本気で考え出した。その時だった。


「おぉ、ここにおったのか。一体なにしとるんじゃ、統斗すみと?」


 俺の背後から、またもや俺のよく知る人物が現れた。


 それは、この状況において、俺が考えうる限り、もっともこの場に来てほしくなかった人物だった。


「じ、じいちゃん……」


 俺は、油の切れた機械のように、ゆっくりと後ろを振り向くことしかできない。


「なんじゃい、まるで鳩が豆鉄砲でミンチにされた、みたいな顔して」


 祖父ロボの軽口に、しかし今の俺には、答える余裕がない。


 事態は、それほど切迫していると言えた。


「じ、じいちゃん。ど、どうしてここ?」

「どうしてもなにも、例の怪獣を倒したはいいが、統斗が海に流されたと聞いて、お前のことを探しとったんじゃろうが」


 確かに、少し冷静になれば、それ以外の理由がないのは分かる。

 だが、今の俺は、まったく冷静ではなかった。


「ワシのセンサーが、この島になにかが漂着したのを感知したから、ここに様子を見に来て、そうしたらお前がいたというわけじゃな。そうそう、他の奴らにも急いで知らせんとな、みんな、えらい心配しとったぞ」


 みんなが俺を心配してくれていたと聞いて、申し訳なくなると同時に、少し嬉しくもあったのだが、正直それどころではない。


 この場に、よりにもよって祖父ロボが来てしまったのだから。



 祖父と親父は、最悪に仲が悪いのに。



「それにしても、一体なにを見とったんじゃ、お前」

「……あっ」


 挙動不審な俺に、訝しげな視線を向けた祖父ロボが、ひょっこりと俺の後ろを覗きこんでしまった。


 俺は、動けなかった。


 ただでさえ動揺していたところに、祖父ロボの登場でさらに混乱した俺は、咄嗟に動くことが、できなかった。


 そして、祖父ロボは見てしまう。


 正義の味方を特訓している、自分の息子夫婦の姿を。


「…………」

「じ、じいちゃん?」


 祖父ロボは、黙って見ている。


 元悪の総統である自分の息子が、正義の味方に司令と呼ばれている様子を、ただ黙って見ていた。


 重すぎる沈黙が、しばらく辺りを支配する。


「……行くぞい、統斗」

「う、うん」


 沈黙を破ったのは、祖父ロボの素っ気ない一言だった。

 どんな大爆発が起きるのかと、恐怖に震えていた俺は、拍子抜けしてしまう。



 本当は、祖父ロボの内面に、どれだけの鬱憤うっぷんが溜まっているのかも知らずに。



 俺は、祖父ロボの後ろに大人しくついて歩き、この島からなんとか、表面上は脱出することに成功したのだった……。



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