5-10


「よっと!」


 シュバルカイザー・マシーネとなったことで、脚部はそのまま、飛行のためのスラスターになってしまっている。

 

 このままでは地面に立つことができないので、俺は背部のブースターも使い、空を飛んでいる状態だ。


「多少姿が変わったくらいで、なんだと言うのだ!」


 稲光が乗っている、大きいがどう見ても三頭身くらいしかない変形人型ロボット、ブラックサンダーから、上空を旋回しているこちらへ向けて、更にミサイルと放電攻撃が繰り返される。


「甘い!」


 俺はマシーネに搭載されているチャフをばら撒き、ミサイルを誤爆させると同時に、更に加速して細かいループとターンを繰り返し、放電を躱し続ける。


 普通なら絶対に無理な軌道を描いているが、カイザースーツの性能ゆえか、これがマシーネの力なのか、内部で操っている俺自身には、殆どGはかからない。


 マッハで縦横無尽に、無軌道に動いているというのに、快適そのものである。


「ええい! ちょこまかと!」


 ブラックサンダーが地上から、こちらに向かってガトリング砲を撃ってくるが、今更そんなものに当たるわけもない。


 俺は今のうちに、マシーネの装備を確認する。


 いくら余裕があっても、制限時間は相変わらず五分しかないために、勝負自体は急ぐ必要があった。


 武器は主に、光学兵器が中心なようだった。

 必要があれば追加武装を更に呼び出せるようだが、正直、現在の武装だけでも十分というか、オーバーキルというか、無駄に強すぎる気がする。


 マシーネとなったことで、カイザースーツの全身に追加された無数のレーザー砲を長時間照射しながら、マッハで動き続けるだけで、ブラックサンダーどころか、周囲の森全てが、焼き切れそうな勢いだ。


 どうするんだ、これ。

 大量破壊兵器って言うんじゃないのか、これ。


 俺はブラックサンダーが放った極大の雷を、ジグザグと鋭角に躱しながら、思考を巡らせる。


『総統~! 頑張って~!』


 夜空の巨大モニターに大写しになりながら、ジーニアが無責任に、呑気に応援してくれる。


 モニターをなぞるように、グルリと旋回しながら彼女の笑顔を見ていると、なんだか色々なことが、どうでもよくなってきた。



 そうだな。悩んでいても仕方ないか。時間もないし。

 困った時は、なにも考えず、勢いで動くことも大事だしな。


「というわけで、行くぞ!」


 俺はマシーネを急旋回させ、複雑な軌道を描きながら、殲滅対象であるブラックサンダーへと迫る。


「舐めるなよ、シュバルカイザー!」


 ブラックサンダーが、ガトリング、ミサイル、放電と、全ての武装をこちらへと発射するが、こちらの速度は、すでにマッハを越えている。


 最小限の動きで、二度ほど軌道修正すれば、もうすでに、相手は目の前だ。


「はっ!」


 地表スレスレを移動しながら、ブラックサンダーと交差する直前、俺は両腕に装備された蟹のハサミのような武装……、レーザーブレードを起動する。


 一瞬で、ハサミの間から巨大な大剣を思わせるレーザーの刃が出現し、空気を切り裂いて、チリチリと物騒な音を鳴らす。


そして、勝負は一瞬でついた。


「そんな馬鹿なぁあああああああ!」


 レーザーブレードで十字に切り裂かれたブラックサンダーが、爆散する。


 手応えは、無かった。


 まるで空気を撫でるように、レーザーブレードはまったく抵抗無く、相手を一瞬で両断してみせた。


「ぐあああああああああああ! やめろおおおおおおおお!」


 虎の子の人型ロボを破壊された後も、稲光は叫び声を上げ続けている。

 だが、それも当然だろう。


 稲光は今、生身でマッハの世界を飛び回っているのだがら。


 ブラックサンダーと交差する直前、俺はまず、新たに装備されたバイザーの機能をフルに使い、相手の内部の様子を透視した。


 ブラックサンダー内部の稲光の位置を特定すると、レーザーブレードで正面から相手を切り裂きながら突っ込み、片方のレーザーブレードを解除すると同時に、そのハサミで稲光をそのまま掴みつつ、ブラックサンダーを突き抜けたのだ。


 つまり今、稲光はマシーネの巨大なハサミに挟まれながら、生身で空を飛んでいることになる。


「クソおおおおお! 憐みのつもりかあああ! とっととトドメを刺せええ!」


 凄まじい風圧に煽られながらも、稲光は悪態をつき続けている。

 どうやら、まだよく状況が分かっていないようだ。


「憐み? 何を言ってるんだ? これからが本番だろう!」

「ぎゃああああああああああああああ!」


 俺は更に加速し、乱高下を繰り返し、無理なクイックターンを行い続ける。

 生身の稲光を捕まえたままで。


 悪の組織ブラックライトニングの首領が気を失うまでに、それほどの時間は、かからなかった。




「ば、馬鹿な……、ブラックサンダーが、ああも簡単に……」


 壊滅状態の洞窟の前で、簀巻きにされた間外博士が、呆然と呟いている。


「まぁ、こんなもんかな」

「きゃ~! 総統、格好良い~!」


 稲光がしっかりと気絶したのを確認した後、そのまま飛行を続け、ジーニアがいる敵本拠地……、ボロボロに倒壊した洞窟の前に到着した俺は、気絶した稲光をその辺に適当に放り投げ、マシーネモードを解除する。


「あれ?」


 そのままカイザースーツ本体も解除されるのかと思ったが、本体の方は残ったままである。スーツのモニターには、急速休息中各モード使用不可、と、小さく端の方に表示されていた。


「あっ、それ~? 最終手段を使っても~、制限時間前に自分で解除した場合は~、スーツ本体は残るようにしたの~。もちろん時間を超えちゃったら~、全部強制解除だけど~。エネルギーが残ってるなら~、そっちの方が効率的でしょ~?」


 まぁ、確かに。

 まだ動けるのに、強制的に解除されてしまうのは、勿体ない。


 しかもどうやら、急速休息中ということなので、しばらく経てばまた、それぞれの強化モードを使うことも可能だ……、と、カイザースーツが俺に教えてくれている。


 なるほど、これはかなり便利、というか重要な気がする。

 これからは、制限時間をもっと意識して使うようにしよう。


 それにしても、流石スーツの開発者。これだけ凄まじい性能を誇るカイザースーツを、更に改良してしまうなんて、ジーニアには、感謝しないとな。


「それにしても、派手に暴れたなぁ、ジーニア」

「いや~ん、あんまり褒めないで~!」


 ジーニアはすでに、元の物置サイズのクレイジーブレイン君を背負った姿に戻っているのだが、その周囲はまさに死屍累々……、いや、死人はいないが、敵戦闘員も怪人も、全員その場に倒れ伏している。


 壮絶な破壊痕が戦闘の……、というか、ジーニアの大暴れっぷりを教えてくれた。

 意識があるのは、簀巻きにされた間外博士だけだ。


「それじゃ、あんたには、とやらについて話してもらおうか」

「さぁ~! きりきり吐きなさ~い!」

「ひっ……!」


 間外博士だけ気絶させてなかったのは、これが目的だ。


 別に稲光の方でもよかったんだが、トップを完膚かんぷなきまでに倒しておいた方が、俺の力を悪の組織界隈に知らしめるという、今回の作戦の目的に沿っているだろう。


 ジーニアと直接話し合ったりしたわけではないが、彼女ならこうするだろう、ということを、俺はなんとなく察していた。以心伝心、というやつかもしれない。


「だ、誰が貴様らなんぞに! あの御方の偉大な……、お、御方の……? お、おかかか、お、おかた、おかたた、おかたたた……」

「おっ、おい、大丈夫か?」


 絶対に口は割らないと言わんばかりの態度だった間外が、突然壊れたテープレコーダーのようになってしまった。


 思わずジーニアの方を見てしまうが、彼女は静かに、首を横に振った。

 どうやらこれは、彼女の仕業ではないらしい。


「たたたたたたた、たわべ!」

「うわっ!」


 ボカン! と大きな音を立てて、間外博士の頭半分を覆っていた、サイボーグのようなパーツが爆発してしまった。


「だ、大丈夫か!」


 慌てて田尻博士に駆け寄り、その無事を確認する。

 どうやら、頭が半分吹っ飛んだとか、そういうグロいことにはなってないようだ。


 カイザースーツの機能を使って確認してみるが、多少焦げているだけで、どうやら命には別状はないようだった。


「どうやら~、あの御方とやらの安全装置が~、働いたみたいね~」

「安全装置って、口封じってことか?」

「多分ね~、この様子じゃ~、もう話を聞くのは無理みたいだし~」


 間外博士は、身体中から煙を吹きだしながら、どうやら気絶しているらしい。

 これではしばらく、というか、いつ意識が戻るか分からない。


「まぁ、この場は完全勝利したという結果だけで~、満足するべきなのかもね~」

「そうですね……」


 とりあえず、敵対組織ブラックライトニングを殲滅するという目的自体は果たしたのだ。確かに気になることは多々あるが、このままこの場に残れば、戦闘反応を感知した正義の味方がやってくるのも、時間の問題だろう。


 これ以上この場に留まっていても意味は無い、というか、これ以上連続して戦闘するのも勘弁だ。


 俺とジーニアは、ワープを使って、さっさと我が組織へと帰還することにした。




「それじゃ、お疲れ様~」

「お疲れ様でした」


 俺とマリーさんは、お互いの労をねぎらいながら、彼女が入れてくれた紅茶のカップを掲げ合う。


 ヴァイスインペリアル地下本部へと無事帰還した俺とジーニアは、祖父ロボへの報告を済ませると、お互い変身を解いてから、作戦の祝勝会ということで、例の高層マンションにある、マリーさんの部屋にやって来ていた。


「それにしても、結局、って、なんだったんですかね?」

「さぁ~? でも今は~、なんだか悪の組織に技術提供してる変人がいる、ってだけ覚えておけばいいと思うわ~」


 俺の疑問に、ジーニアから元の姿へと戻ったマリーさんが答える。


 確かに、あの御方とやらが、他の悪の組織になにがしかの協力をしている、というのは分かっているが、それがうちの組織への、ピンポイントな妨害工作なのかどうかまでは、まだ分からない。


 偶然、うちと敵対している組織に技術提供していただけなのかもしれないのだ。


 今は、そういう存在がいたということだけ、心に留めておけばいいか。

 あまり悩んでも、今の情報量では、答えが出そうにない問題だった。


「それにしても~、今日の統斗すみとちゃん、格好良かったわよ~」


 マリーさんがテーブルの向こうから背を伸ばし、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「ちょっと、マリーさん、やめてくださいよ」

「照れちゃってもう~! でも突然だったのに~、ワタシの作ったメカを、あんなにすぐに使いこなしちゃうんだから~、やっぱり愛の力よね~」


 そう言うとマリーさんは、蕩けるような笑顔を、俺に向けた。


「愛の力って……、もうあんな無茶なことしないでくださいよ!」


 俺の頭から手を離し、ニコニコとこちらを見ているマリーさんになんだか照れてしまった俺は、カップに注がれたお茶を飲むことで、それを誤魔化す。


「ん~? 無茶ってなんのことかしら~?」


 マリーさんがそらとぼけて、今度は俺の頬を、その指で突っついてくる。


「……はぁ、まったく、マリーさんは」


 なんて不貞腐ふてくされたフリをしながらも、俺は自分の本心に、苦笑いしてしまう。



 実は、俺はこうして、マリーさんのハチャメチャな行動に振り回されるのが、それほど嫌ではなかった。


 いや、嫌ではないどころではない。

 ハッキリ言ってしまえば、楽しんでいる。


 自分が持っていない刺激を与えてくれるからか、自分で考える前に、行動しなければならない事態に放り込んでくれるからか、マリーさんと一緒にいると、心がウキウキと騒ぎ出すのを感じてしまう。



「まったく……、まったくですよ」

「うふふ~」


 ニコニコと笑っているマリーさんに、俺も微笑み返しながら、彼女の用意してくれた紅茶を、また一口飲み込む。


 俺の意識は、そこで途絶えた。




「はっ!」

「あ~、起きた~」


 意識が覚醒した俺が見たのは、もはやお決まりのように、ノーブラホットパンツで俺の腹の上にまたがる、マリーさんの艶姿あですがただった。


 もちろん、俺の方もパンツ一丁である。


 そしてやっぱり、ベッドの上に仰向けで、大の字の形に寝かされ、四肢は機械の縄で拘束されている。


 動けない。


 デジャブである。


「なんですか。この状況!」


 どうやらまた、飲み物に睡眠薬でも盛られていたらしい。


 いや、二度も同じ手に引っかかるなよ、いい加減気付けよと言われれば、それまでなのだが。


 俺の超感覚も、特に危険を知らせてくれなかったのだ。

 なので、すっかり油断してしまった。


「なんですかって~、さっき~、続きは後でねって、言ったじゃな~い」


 俺が起きたの確認したマリーさんが、スルスルとホットパンツを脱ぎ捨てると、俺の腹の上に座り込んだ。


「ちょっと!」

「いいから~、いいから~」


 そしてそのまま俺に向かって倒れ込むと、互いの身体を密着させつつ、ズルズルと俺の下半身に向けてずり下がっていく。


 まずい。非常にまずい。

 俺は脳みそをフル回転させ、この状況の打開策を考える。考えろ、考えろ俺!


 ……そうだ!


王統おうとう解放かいほう!」


 カイザースーツを、着ればいいのだ。


 スーツを着れば、この拘束から抜け出せるかもしれないし、そもそもスーツを着込んでしまえば、パンツを脱がされることもない!


 最初から、こうすればよかったぜ!


「……あれ?」


 しかし、カイザースーツは俺の呼びかけに答えてくれない。

 こんなことは今まで一度もなかったのに、一体なぜ?


「カイザースーツなら~、いくら呼んでも来ないわよ~。今メンテ中ってことにしてあるから~、ワタシの許可無しじゃ~、動かないの~」

「なんてこった!」


 マリーさんの周到な罠の前に、最後の希望は、あっけなく断たれた。


「それじゃ~、ご開帳~」


 マリーさんが、遂に俺の下着に手をかける。かけてしまう


「いやー! やめてー!」


 暴れる俺を抑え込みながら、マリーさんは楽しそうに笑う。


「科学の発展に~、犠牲はつきものなのよ~、大人しく観念しなさ~い!」

「これの、一体どこら辺が科学なんですか! いやー! 助けて―!」


 俺がマリーさんに振り回される楽しい時間は、これからまだまだ……、そう、まだまだ続いてしまうのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る