4-6
灼熱のサウナで起きた、
俺はまたまた、ヴァイスインペリアル地下本部のトレーニングルームに来ていた。
昨日あれから、色んな意味でのぼせ上がった俺は、速攻でぶっ倒れてしまい、千尋さんに優しく介抱されたりと、それはもう大変だった。
だがしかし、それでも俺は体調を崩すことなく、今日は元気に学校に行けたし、放課後には、こうして無理なくトレーニングに
倒れた俺に、迅速な対応をしてくれた千尋さんに感謝だ。
俺が倒れたのは、彼女のせいだとも言えるけども。
二日続けて、サウナの中でとんでもないことになってしまった俺であった。
「ふー……」
俺は今、休憩中ということで、トレーニングルームの片隅で、一息ついている。
千尋さんは、ここにはいない。どうやら、また仕事が忙しいらしい。
インペリアルジャパン本社警備部主任、という役職の彼女だが、それはつまり、悪の組織ヴァイスインペリアルの戦闘部隊をまとめる責任者である……、ということになっている。
悪の組織同士が、覇権争いでドンパチしていたり、正義の味方の方からも、色々とちょっかいをかけられる現状、基本的に彼女は、とても忙しいのだ。
特に最近は、
少し前まで千尋さんが、有給を使って会社も、悪の組織も休んでいたから、その分の仕事が色々と貯まってしまっている、という事情もあるらしいけど、俺としては、悪の組織に有給なんて存在するということの方が、衝撃だった。
「はははっ、へー、そうなんだ」
なので、今ここに千尋さんはいないため、俺は、一般戦闘員……、トレーナーやトレーニング仲間と楽しく談笑している。こうして色々な人と、色々な話をするというのは、実に楽しい時間だった。
俺以外全員、戦闘員のマスクを被ったままだけど。
「あれ? 総統じゃないっスか!」
そんな楽しい時間に、招かれざる客がやってきた。
いや、完全に俺の主観による、勝手な感想なんだけども。
「どうしたんスか? そんなに怖い顔して」
サブさんが全く悪びれず、あっけらかんと俺に尋ねてくる。
どうやら、気絶したままサウナに放置したくらいでは、死ななかったらしい。
「……チッ!」
思わず舌打ちしてしまった俺だったが、されたことを考えれば、それくらいは許して欲しい。
俺の周りで楽しく談笑していた戦闘員たちは皆、サブさんに敬礼をして、そそくさと居なくなってしまった。階級的には、戦闘員より怪人の方が偉いので、一緒に居づらかったのかもしれない。
……あれ? 俺って総統だよね? 怪人よりずっと偉いよね?
なんて一瞬思ったが、久しぶりに安心して、心穏やかに、大人数とおしゃべりを楽しめたので、それで良しとすることにした。別に、偉そうにしたいわけでもないし。
「いやー! しかし奇遇っスね! 総統もトレーニン」
「止まれ。それ以上、近づくな」
この前とまったく同じことを言いながら、こちらに近づいてくるサブさんに、俺は警告する。
同時に右の拳を握りしめ、いつでもカイザースーツを呼び出せるようにしておくのも忘れない。
「大丈夫っスよ! この前のアレは……、アレっスよ! ちょっとサウナの熱さで、おかしくなってただけっスから!」
「近づくなと言っただろうが!」
爽やかな笑顔を浮かべながら、
「おっとっス」
しかしサブさんは、唸りを上げる鉄アレイを、あっさりと片手で、受け止めてしまった。だが、一応俺への接近は、止めたようだ。
よし、俺の行動は、無駄じゃなかった。
「総統ったら、ご機嫌斜めっスねー」
「黙れ」
「もう! どうしたら機嫌直してくれるんスか?」
割と真剣に、この目の前の男に、どう始末をつけてやろうか考えてる俺に、まるで駄々をこねているのは、こちらのように言いやがるサブさんだった。
うわ、すげぇムカツく。
「それじゃこうするっス! 今から俺は、
「うるせーよ!」
お前にして欲しいことなんて、なにもない。
絶対にない。
あってたまるか。この野郎!
そう思ったが、俺は一つだけ、どうしてもサブさんに聞きたいことが有ったのを、思い出した。
「……それじゃ、質問に答えろ」
「なんスか? 俺の初体験はいつかとか、経験人数とかスか?」
「そんなもん、知りたくねーよ!」
いかん。落ち着け、俺。サブさんのペースに巻き込まれるな。
「この前、千尋さんにあんなことがあって、とかなんとか、言ってただろ。あんなことって、なんだよ?」
「あー……、あれっスか……」
サブさんの顔から、先程までのムカツクくらい爽やかな笑顔が消え、暗く沈んだ表情に変わった。
「うーん、でもあれ、一応口止めされてるんスよねぇ……」
「口止め?」
この組織でサブさんに口止めできるとなると、最高幹部の三人か、祖父ロボくらいだろうか?
でも、一体なにを?
「でも、総統の命令なら仕方ないっスね。なんでも言うこと聞くって、言っちゃったっスから」
最高幹部や祖父ロボよりも、一応立場としては上ということになっている俺に尋ねられたことを言い訳にして、サブさんが、重くもない口を開き始める。
どうでもいいけど、俺には言うなって言われたのに、俺に聞かれて、あっさり喋っちゃうって、それはもう、ただの口の軽い奴ってことになるんじゃなかろうか?
「千尋様が、最近組織にいなかったのは、葬式に出てたからっス」
「葬式?」
「そうっス。千尋様の兄上、
千尋さんに兄がいた、というのも初耳だったが、そんな人が、つい最近この世を去ったと聞かされるのは、なんだか妙な感じだった。
胸がざわつくような、心に煙がかかったような、なんだか不思議な感じだ。俺も、祖父を亡くしたことを思い出すからだろうか。
まぁ、死んだはずの祖父は、ロボになって戻って来たんだけど……。
「千尋さんのお兄さん、亡くなったのか…」
「そうっス。それも、ただ亡くなったんじゃないっす……」
サブさんの顔が、更に暗くなった。
そして、まるでこの世の終わりみたいな顔をしながら、予想外に重たい事実を、俺に告げる。
「一鷹様は、何者かに、殺されたんス」
俺は、その言葉に耳を疑う。
いや、ちゃんと聞こえてはいた。聞こえてはいたのだが、それを心で受け止めるには、その言葉は、俺にとって、あまりに現実感が足りなかった。
「殺された……?」
「千尋様は、我らがヴァイスインペリアルに所属する最高幹部っスけど、その兄である一鷹様は、自由な方で、どこの組織にも属さず、自らの思うまま、好きに生きる人だったっス……」
サブさんは、どこか遠くを見つめるようにしながら、続けた。
「一鷹様も千尋様と同じように、
一鷹さんという人が、千尋さんと同じくらい強かったと聞いて、俺は驚く。
「そんな一鷹様が、この前、変死体で発見されたっス……。なんでも、まるで全身から生気を吸い取られたような、ミイラのような無残な姿だったとか……。見つかったのは、千尋様や一鷹様の実家の近くの、森の中だったそうっス……」
そして、そんな人が、誰かに殺されたという事実に、打ちのめされる。
「誰が、どうして、どうやって、一鷹様を殺したのか、千尋様はその調査もしてたから、最近ずっといなかったんス」
殺された家族の調査……、か。
千尋さんが、一体どんな気持ちで、その調査を行っていたのか、俺には想像もつかない。
彼女の様子には、つい最近まで、そんなことをしていたと感じさせるものが、微塵も無かった。
「さっきも言ったっスけど、一鷹様は非常に強い御方だったんス。千尋様と肩を並べる程に。そんな一鷹様を倒したのが、一体何者なのか、それは組織としても、絶対に調べるべきなんスけど……」
千尋さんと同じくらい強い人が殺された、ということは、例え千尋さんでも、同じ状況なら殺されかねない、ということでもある。
うちの最高戦力と、同じレベルの者が倒されたということは、確かに組織としては、それがいつ、どこで、誰の手によって、どんな状況で行われたのか、知らなければならないのだろう。
「でも、総統になったばかりの統斗様に言うには、かなりヘビーな内容だったので、先代総統である統吉郎様の命で、統斗様には、秘密にすることになってたっス」
おそらく、総統になりたての俺に、人の生き死にの話をするのは、まだ早い……、そう祖父ロボは、判断したのだろう。
そして、恐らくその配慮は、正解だった。
俺の心の中に、恐れとも、焦りとも言えない感情が、ぐるぐると渦巻きだしたのが、自分でも分かる。
「……そっか」
確かに、悪の組織なんて仕事をしていれば、悪の組織の世界に生きていれば、命を落とすようなことだって、あるのだろう。
俺だって、それくらいは、分かっていたはずだ。
分かっていたはずだが、それはやはり、どこか現実感のない話だったのだ。
今まさに、この瞬間までは。
「……そうっス」
俺の暗い感情に同調するように、サブさんも暗い顔で呟いた。
「……というわけでっス」
「……うん?」
しばらく重たい沈黙が辺りを包んでいたが、サブさんが突然、いつもの爽やかな顔に戻った。
なんだろう、嫌な予感がする。
「本当は秘密にしなきゃいけないことを、総統に言われるがままに、全部喋っちゃったっスから、このままじゃ俺は、先代に怒られるっス」
「うん」
まぁ、それはそうだろう。
だからと言って別に同情したり、悪いことしたと思ったりはしないけど。
むしろ、可能な限りキツく、怒られて欲しい。
「というわけで、怒られる前に、ご褒美くださいっスーーーー!」
「そんなもんやらんわ、ボケェ!」
「ぐべぇっス!」
ある意味予想通り、こちらに向かって飛び掛かって来たサブさんの顔面に、俺は、自分でも完璧だと思えるカウンターを見事に決めると、手加減なしに、そのまま拳を振り抜いた。
サブさんがぶっ飛び、トレーニング器具を巻き込みながら、派手な音を立てて、壁に激突した。
「はぁ……」
俺の深いため息が、静かになったトレーニングルームに、虚しく響く。
しかし、そうか……、千尋さんに、そんなことが……。
俺は、近くに置いてあった鉄アレイやトレーニング器具を手当たり次第、気絶したサブさんに投げつけながら、いつだって太陽のように明るい千尋さんのことを、ただ想うのだった。
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