1-6


 エレベーターは、五人で乗っても問題ない大きさだった。

 もうかなり長い時間、下降を続けている。


 本来ならエレベーターに備え付けられてるはずの階数表示が存在しないので、どれだけ降りたのかは想像するしかないが、俺個人の体感としては、それこそ地獄の底までと言った気分だった。


「そろそろ着きますよ」


 けいさんのお知らせと共に、エレベーターは動きを止め、扉が開く。


「ここが悪の組織ヴァイスインペリアル総本部じゃ!」


 祖父ロボに続いてエレベーターか降りるとそこは……。


「昨日と同じ場所?」


 そう、そこは、昨日俺が拉致され、拘束されていた巨大な空間だった。


 正確に言うならば、昨日俺が拘束されていた王様みたいな椅子の、すぐ後ろに到着したことになる。


「ここは大ホール。主に総統が部下の報告を受けたり、今後の作戦を伝えたり、重大な発表を行う際に使用される場所です」


 呆気にとられた俺に対して、契さんが丁寧に説明してくれる。


「ちなみに、この地下本部への入り口自体は、上層部となるインペルアルジャパン本社内に複数存在しますが、この総統の玉座へと直接降りられるのは、社長室からのみとなります」


 更に詳しく説明を続行してくれる契さん。

 その姿は完璧な秘書と言った感じで、なんだか説明を聞いてるだけで心地よい。


統斗すみと! これからは、お前がこの玉座に座り、我らが組織をまとめ、盛り上げていくのじゃぞ!」


 祖父ロボが無駄に豪華で重厚なその玉座とやらを指差しながら、なんだかよく分からないことを言ってやがるが、俺は取りあえず、無視することにした。


「それでは、次の場所に行きましょうか」

「あっ、は~い」 


 優しく俺をエスコートしてくれる契さんに素直に従い、俺はホイホイと、あるいはズブズブと、悪の組織の深部へと向かうのだった。




「ここは戦闘員の待機室になります」


 契さんの案内で最初に訪れたのは、結構な大人数が集まっても余裕がありそうな、かなり広めの休憩所のような場所だった。


「この部屋は仮眠室なども完備していますので、戦闘員の詰所つめしょと言った方が正確かもしれませんね。所属部隊によって使用する待機室は幾つかに別れてますが、基本的な部屋の構造は、全て同じになっています」


 部屋は清潔に保たれており、かなり生活感を感じさせる、落ち着いた造りになっていた。 正直、悪の組織の戦闘員が集う部屋とは、到底思えない。


「この本部には警備も兼ねて、複数の部隊が持ち回りで待機していますが、この部屋を使用している部隊は、現在上で働いているので、空になっています」


 契さんが言う通り、この広い部屋には現在、俺たち以外の人影はない。


 そのおかげで、この部屋が持ってる元々の雰囲気がよく分かるわけだが、なんというか、非常に潤沢な資金を持った上場企業のリラクゼーションルーム、というのが正直な印象である。


「なんかこう、もっと壁が黒塗りになってて、組織のエンブレムがそこら中に飾ってあって、照明は目に悪い赤が、チラチラと辺りを照らしてる、みたいな感じじゃないんですね……」

「ストレスが溜まると、仕事の能率が落ちますので」

「なるほど」


 どうやらこの悪の組織は、意外と部下に優しいようだ。




「ここはトレーニングルームだぜー!」


 ここまで案内してくれた契さんに代わって、千尋ちひろさんが豪快に扉を開いた。


「オレらの仕事は身体が資本だからな! 別に強制はしてないけど、みんなここで汗を流して、自分自身を鍛えてるんだぜー!」


 ニカッ! と満面の笑顔を浮かべる千尋さんの後ろには、実に近代的なトレーニングルームが広がっている。この部屋もまた、かなりの広さだ。こういうトレーニングに詳しくない俺には、どう使うのかもよく分からない器具が多いが、それでもここが非常に充実した施設であるのが分かる。


 そしてやはりこの部屋も、明るく清潔に保たれていた。トレーニングルームだと言うが、少しも汗臭くない。むしろどこからか、とてもいい匂いが漂っている。


 今はまだ会社が営業してる時間帯だからなのか、人数は少ないが、それでも少数の戦闘員がトレーニングに勤しんでいた。全身タイツのままで、だけど。


「向こうにはプールもあるし、サウナや風呂もあるんだぜ! だから、今度一緒に入ろうなー!」

「えっ、あぁ、はい」


 あっけらかんとした千尋さんに対して、プールに? それともお風呂に? なんて邪なことを考えてしまい、曖昧な返事をしてしまった。なんだかとっても迂闊なことを言ってしまった気がするが、それにしても……。


「悪の組織なんて言うから、もっとこう、改造だとかドーピングなんかで強化してるのかと思ったら、意外と健全な鍛え方してるんですね」

「そういうのもあるわよ~」

「……えっ」


 俺の何気ない感想にあっさりと答え、今度は満面の笑顔を浮かべたマリーさんが、俺たちの先頭に立って歩き出した。




「ここが~、強化改造室で~す」

「強化改造室って」


 とても眩しい笑顔をしてるマリーさんから出てきた、なんとも物騒な単語に、俺は過剰に反応してしまう。怯えていると言ってもいい。


 この強化改造室とやらは、今までの部屋と比べて、明らかに異質だった。まだ扉も開いてないのに、中から異様な雰囲気が溢れ出している。


 というか、なんか扉の端とか、壁とかに、黒ずんた血のあとのようなものとかが、見えてる気がする。


 気のせいだと思うけども、きっと気のせいだけども!


「それじゃ~、オ~プン!」


 俺の感じている恐怖はさて置いて、マリーさんはあっさりと、その不気味な扉を開いてしまった。


「うわぁ……」


 そこは、そこは実に、悪の組織らしい部屋だった。


 薄暗い照明。アルコールと血が混じったような、えた匂い。

 剥き出しの不気味な機械が重い駆動音を響かせ、非常に居心地が悪い。


 赤黒い染み塗れのシーツに包まれた、ガタガタの診察台。なぜかその近くには、錆びたメスやピンセットなどが、無秩序に散乱している。

 部屋を囲むように配置されたボロボロの棚には、明らかに普通じゃない色の液体が詰まった薬瓶や、見たこともない不気味な生物のホルマリン漬けが無数に並び、この部屋の異様な雰囲気に拍車をかけていた。


「ここは~、希望した人に~、強化施術を行う場所で~す。あくまで~、希望者だけだから~、どうか~、安心してくださいね~?」


 嘘だ。

 絶対に、嘘だ。


 そう思ったが、俺はなにも言えなかった。恐怖で口をつぐんだ、とも言う。


「他にも~、疲れが貯まった人のケアや~、怪我人の治療なんかも~、やってるのよ~。学校の保健室みたいなものだと思ってね~?」


 こんな不気味な保健室があってたまるか。

 そう思ったが、俺はやっぱり、なにも言わない。俺だって命は惜しいのだ。


「ここの栄養剤は、すっげー効くからな! 一口飲んだだけで、どんな疲れでも全部吹っ飛ぶんだぜ!」


 それ、本当に栄養剤なんですかね千尋さん。


「ここでは~、簡単な施術しか出来ないけど~、奥には~、それはそれは凄い改造手術室もあるのよ~」

「あっ、そっちはいいです」


 俺の手を引き、その地獄の改造手術室とやらに案内してくれようとするマリーさんを、やんわりと止める。そんな悪夢のような場所には、まったく近づきたくもない。


「私たちの組織では、改造人間は選ばれた者のみがなれる、ある種特権階級的な役職になってます。一般戦闘員からすれば、憧れの存在ですね」

「希望者は多いんだけど~、やっぱり適正の問題がね~、色々難しいのよね~」


 なにやら恐ろしい説明を始めた契さんと、神妙な顔して頷くマリーさんだった。


 そっか、悪の組織的には、憧れなんだ改造人間……。

 というか役職なんだ、改造人間……。


「そういえば、うちの改造人間共は、今日は一体どうしたんじゃ? 誰もいないようじゃが?」

「ローズは、親戚の結婚式に出席するため沖縄に、サブは、この前の戦闘で足を挫いて自宅療養、バディは、恋人に振られたと引きこもってます」

「なんじゃ。せっかく奴らのことも統斗に紹介したかったのに、残念じゃのう」


 契さんの説明を聞き、祖父ロボが残念そうな顔を浮かべるが、俺としてはいきなり悪の組織に改造手術を受けた、本物の改造人間に会うと言われても、色々困ってしまうので、正直ホッとした。


 というか、なんか意外とアットホームな理由で休むんだな、改造人間。


「それじゃ、次に行こうかの」

「そうだねそれがいいすぐに移動した方がいいと思います本当に」


 祖父ロボの提案に、すっかり精神的に疲れてしまった俺は、本当に一も二も無く飛びついた。




「ここは、模擬戦闘場じゃ」

 

 そのまま祖父ロボに案内され、辿たどり着いたのは、相当な広さがあるドーム型の空間だった。野球などのスポーツに使われる一般的なドームよりも、かなり大きい。


 しかし、ここは地下に造れたら空間のはずだが、これまで案内された施設の大きさも含めてると、この地下に作られた総本部とやらが、尋常ではない規模だというのがよく分かる。


 流石は日本有数の悪の組織、と言ったところなんだろうか。


「それじゃ、始めるかの。統斗、おぬしはこっちじゃ」


 祖父ロボに連れられて、女性陣三人をその場に残し、俺はこのドームの全体を俯瞰ふかんできる上部へと向かった。


「ここが、模擬戦の状況設定や、データ収集を行うコントロールルームじゃな。こういった実戦的な訓練の積み重ねは、かなり重要じゃ。お前もすぐに現場に出る身、肝に銘じておくんじゃぞ」


 こちらに向かって喋りながらも、祖父ロボは異様に素早い動きで、このコントロールルームとやらのコンソールやら、スイッチやらを弄くり回している。正直、あのCの形の手でどうやってるのかも分からないが、実にスムーズな動作ではあった。


 そして祖父ロボの操作に合わせて、模擬戦闘場とやらの様子が変わる。


 殺風景で機械的だったドーム内部の中央に一瞬黒い球のようなものが浮かんだかと思うと、それが広がりドーム全体を包み込んだ。


「なにあれ」

「我々の戦闘空間である、疑次元ぎじげんスペースじゃよ」

「……疑次元ぎじげん?」

「正確には、疑似次元ぎじじげんと言った方が正解じゃがの。一々機材が壊れてしまうと面倒だし、不経済じゃからな」


 こちらの疑問に、よくわからない答えを被せながら、祖父ロボはどうやら、全ての作業を終えたようだった。


「というか、これから一体、なにするんだよ? 契さんたち置いてきちゃったし」


 取りあえずよくわからないことは後回しにして、俺は祖父ロボに尋ねてみる。


 そう、俺はここでなにをするのか、さっぱり分からなかった。

 ここがどんな場所か、最初に説明を受けたのだが、さっぱり分からなかった。


「ここでやることなんて、決まっとるじゃろうが。模擬戦じゃよ、模擬戦」


 祖父ロボに言われても、俺にはさっぱり分からなかった。


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