13-6


 くれないの大鎧で完全武装しながらも、軽々とその身をひるがえし、疾風はやてのように駆けていく、額に立派な角を生やして、その肌を赤く染めた、まるで鬼の如き風貌の、美しい女性。


  その手に持った巨大な金棒を振り回し、再羅さいら金種きんしゅの群れを木っ端のように吹き飛ばしながら、ミサイルのように突き進む彼女の後ろを、俺は静かについて行く。


 向かう先は、この国にいにしえよりそびえ立つ、龍剣山りゅうけんざん


 悪の組織、八咫竜やたりゅうの本拠地だ。




八岐衆やまたしゅうが三のくび! 朱天しゅてんだ! 道を開けよ」

「はっ! 開門! 開門!」


 あっという間に到着した山の入り口に構えられた、巨大な山門の前で、鬼の女性が大音声を張り上げると同時に、閉じられていた扉が、大きな音を立てて開く。


 その刹那、この龍剣山の周囲で一瞬、薄い光が瞬いたのが確認できた。どうやら、一種の防御フィールドのようだが、詳細までは分からない。少なくとも、いきなりこの山に突っ込むような真似をしないで、正解だったようだ。


 それにしても、あの鬼の女性は、朱天っていうのか。


 ようやく彼女の名前を知れたということもあるが、どうやら狙い通り、この朱天と名乗った人物が、本当に八咫竜の幹部であったことが確認できて、どこかホッとしてしまう俺だったりする。


 憶測とハッタリだけで物事を進めるのって、心臓に悪いもんだなぁ……。


「……下手な動きは」

「分かっている。礼儀くらいは、わきまえているつもりだ」


 右目が黒い眼帯で隠されているために、残った左目で、こちらをギロリと睨みつける朱天の殺気を受け止めながら、俺は大人しく、彼女の後ろに付き従い、長い長い石段を上り続ける。


 山を縦に切り裂くような階段は、下から眺めてしまうと、まるで途方もなく続くように感じるが、それでも足を動かし続ければ、いつかは頂上に辿り着けるものだ。


 というか、先導してくれている朱天が急いでいるので、実際すぐに、頂上付近まで到着してしまったわけなのだけれど。龍剣山の標高は、大体千五百メートルくらいなのだが、なんというか、一瞬で到着してしまった。


 もう少し詳細に、俺たち以外の悪の組織の本部というやつを、じっくりと観察してみたかったりもしたのだが、今は本来の目的を果たすため、話が早くて助かる……、と考えることにしよう。


「姫! ……突然の御無礼、お許しください」


 目的地に到着した途端、一人の少女に向けて、朱天がひざまずいた。



 龍剣山の頂上には、神秘的な空気を漂わせた、質素だがおごそかな造りの、深い歴史を感じさせる神社が、ポツンと存在していた。


 俺がこの地に到着した時には、まだ頑張って夕焼けを演出していた太陽も、時間の経過には勝てず、もう完全に隠れてしまい、辺りは夜のとばりに包まれている。


 その夜の暗さを和らげるためか、辺りには、かがり火が焚かれ、この神社が発する神聖な空気を、更に高めているような印象を受けた。


 そんな、荘厳とも言える神社の境内、その中央に、ゆらりと佇んでいる女の子に対して、朱天は、八咫竜の幹部は、うやうやしく頭を下げ、最大限の敬意を払っている。 


「……朱天? いきなりどうしたのです?」


 どうやら彼女が、この俺と同い年か、それ以下の年齢に見える、巫女服のような装束を身に纏い、銀色の髪をまるで龍の角のように結んだ、赤い瞳の少女こそが、この国最古の悪の組織、八咫竜を束ねる長のようだ。


 それは、八咫竜の幹部である朱天の態度が、そして、その少女を守るように、この神社の境内にビシリと整列した、よく訓練されているであろう、鎧を着込んだ戦闘員たちから発せられる空気からも、察することができる。


 だが、何よりも俺の超感覚が、カイザースーツが、ハッキリと、そして痛烈に、教えてくれていた。


 この目の前の、どこか浮世離れしている華奢な美少女が、決して、ただの女の子などではないと、最大限の警戒を持って、この存在と向き合えと。


「……そちらの方は、一体どなた?」


 俺のことを、その細い首をかしげて、不思議そうに見ているこの少女から、決して目を逸らすなと、見た目に騙され、気を抜くなと……。


 そう、告げていた。


「突然の非礼をお許しください。我が名はシュバルカイザー。ヴァイスインペリルの総統をしている者です」

「これはこれは、どうもご丁寧に……。はじめまして、私は八咫竜の長で、竜姫りゅうひめと呼ばれている者です」


 こうして、俺と彼女、悪の組織のトップ同士のファーストコンタクトは、割と普通の挨拶から始まった。


 自分を無視して、勝手に話を進められたことに怒ったらしい朱天が、凄まじい殺気と共に、俺のことを睨んでいるが、今はスルーすることにする。


 というか、まともに向き合うのが恐い、とも言う。


「それで、シュバルカイザーさんは、どうしてこんなところに? 今ここでは戦闘が起きていて、とっても危ないですよ?」


 ……いや、そんな純粋な瞳で、ぼんやりとこちらを見つつ、そんな身も蓋もないことを聞かれても、正直、困ってしまうわけなのだけど……。


 なんだろう? とぼけたフリをした遠回しな拒絶とか、そういう高度な駆け引き的なものなのだろうか? それにしては、全然そういう、棘のある空気を感じないというか、もの凄い、そのまんまな印象を受けてしまうのだけれども……。


「い、いや、なに、八咫竜が苦戦しているようなので、手助けでもと……」

「まあ! そうなんですか? ありがとうございます! とっても助かります!」


 竜姫の醸し出す独特の空気に、少し面食らってしまい、なんだかイニチアシブを握られたような気がして、声が上擦ってしまった俺は、即座に再び打ちのめされた。


 いやいや、……えっ? なにこの展開?


 確か前に、八咫竜に協力を打診した時は、にべもなく、あっさりと、断られたような覚えがあるんですけども……。


「あっ! そういえば! ヴァイスインペリアルって、前にお手紙してくれたところですよね? あの時は、すいません! 私は、仲良くするのが良いなって思ったんですけど、みんながダメだって言うから……」

「ひ、姫! あまり我らの内情を、他の組織の者に話すのは……!」


 思考がフリーズしてしまった俺の目の前で、のほほんとした竜姫の爆弾発言を止めようと、朱天が慌てている。礼節を守って、主君の前では首を垂れたままなので、なんだか可哀想になってしまう光景だった。


 どうやら、向こうの悪の組織も、内部で色々とあるんだろうな……。


 なんて、しみじみと相手に共感している場合ではない。



 これは、チャンスだ。



 竜姫の言葉を信じるのなら、彼女自身は……、八咫竜のトップは、俺たちと協力することを拒絶するどころか、肯定的であると考えていいだろう。


 そして、朱天が俺をここに案内したということは、自らの長に、俺との協力を打診するためであろうから、まったく、これからの話はスムーズだ。


 後は、どれだけ対等な立場で、もしくはこちらの方が有利になるように、協定の話を進めことができるかだけが、問題であると言えるだろう。


 と、意識的に脳ミソを回転させることで、俺はなんとか再起動する。


 なんだか、調子が狂うなあ……。


「そ、それでは、ヴァイスインペリアルと八咫竜は、これから協力関係を結ぶということで、よろしいかな……?」


 気を取り直し、いや、微妙に取り直せてはいないけど、これが好機と、俺は一気に話を進めてしまう。善は急げだ。俺は全然、善じゃないけど。


「はい。よろしくお願いします」

「いや、ちょっと、ちょっと待ってください、姫様! 貴様も、なにを勝手に話を進めている! 我らとしては、まだそこまで具体的な約定を結ぶ気はない!」


 こちらの提案に、あっさりと頷いてしまった主君を、憐れな忠臣が必死に押し止めながら、俺に向かって壮絶な視線を向けている。その殺気は凄まじいが、こういう状況だと、むしろ同情してしまって、なんだか心苦しかったりする。色々と、苦労してるんだろうなぁ……。


 なんて、余裕ぶってる場合ではない。


 組織的な観点から考えるのならば、朱天の言っていることは、もっともだ。の強い悪の組織同士の提携なんて、そんな二つ返事で結べるような、簡単な話ではない。


 やはりもう少し、こちらと協力することの有用性を相手にアピールした方が、いいのかもしれない。


「でも、朱天。折角こうして、手伝ってくださると言っているのに……」

「ですから、姫様。それはそれというか、今から協力してもらうことと、組織として協定を結ぶことを安易に繋げてしまうと、後々どんな不利益をこうむるか……」


 いや、あの竜姫の様子を見る限りでは、少しゴリ押しすれば、それだけでなんとかなるんじゃないかと思わないでもないけれど、しかし、それだと禍根かこんが残りそうというか、協定を結んだとしても、その後が面倒な事になりそうな気がする……。


 というか、確実になるだろうから、やっぱりここは、アピール第一にしておこう。


「分かった、分かった。協定の詳しい内容については、この戦闘が終わってから話し合うということでいいから、とりあえず、内輪揉めはやめてくれ」

「内輪揉めなどしていない!」


 相手の意識をこちらに向けさせるために、わざと呆れたような口調を試してみたのだけれど、どうやら成功だったようで、主を必死に説得していた朱天が、声を荒げて俺に噛みついてきた。正直、ちょっと怖いのは、内緒だ。


「なんだか、すみません……。こちらの都合を押し付けてしまって……」


 ふんわりと、だが申し訳なさそうに謝る竜姫に、俺はなんだか癒されてしまう。


 悪の組織の総統である俺が、別の悪の組織の長に癒されるというのも、なんだかおかしな状況だったが。


「姫様、組織の長が、そんなに簡単に頭を下げないでください。どうせこの男は、こちらの弱みに付け込んで、自分に有利な協定を結びたいだけなのです。それに、確かに役に立つ技術は持っているようですが、結局、戦力としては、こいつ一人だけの援護でしかないのです。この状況では、たいして役に立つとも思えません」


 なんだか酷い言われようだが、朱天の言い分も、間違ってはいない。


 確かに、俺が使った疑次元ぎじげんスペースにより、これ以上金種が増殖することだけは防げたが、言ってしまえば、それだけだ。それだけでしかない。それで敵の数が減ったわけでもないので、まだこの龍剣山は、無数の敵に囲まれており、今も激しい戦闘が続いている。


 やはり、この後の交渉を有利にするためにも、ここらで一発、もう少し派手な活躍をしておいた方が、いいだろう。


「ふっ、役に立つかどうか、お見せしようではないか!」


 さて、とりあえず派手にポーズまで決めて、大見得を切ってみたが、これからどうするべきだろうか?



 このままノーマルのシュバルカイザーとして戦うのがベターなのだろうか、それでは若干地味というか、先ほど確認した朱天の戦闘力を考慮して、八咫竜の幹部が全員あのレベルだと仮定すると、どうにもインパクトに欠けてしまうかもしれない。


 可能ならば、マギアモードやベスティエモードを使って、派手に魔術を炸裂させてみたり、超高速で戦場を駆け回り、敵の群れを木っ端のように蹴散らしたいが、今のカイザースーツの状態では、その二つの切り札は、使用不可能だ。


 残るはマシーネモードということになるのだが、これは正直、厳しいというか、使うというのなら、よく考える必要がある。


 これは別に、マシーネモードの性能に不足があるとか、そういう話ではなく、単純に相性の問題というか、戦場の状況による判断だ。


 龍剣山を中心とした現在の戦況は、乱戦も乱戦、大乱戦である。


 山のふもとにまで迫ろうかという戦線は、再羅と金種による無秩序、かつ強引すぎる戦法のせいで大混乱だし、周囲には、その敵の海に飲み込まれ、まるで、点在する水溜りのように孤立した部隊が、多々存在する。


 さらにそんな中を、推測だが、八咫竜の幹部である八岐衆を中心としたであろう遊撃部隊が、仲間たちを救うため、縦横無尽に駆け巡っている。


 戦場は、敵と味方が入り混じり、複雑なマーブル模様のようになっていた。


 残念ながら、このような状況では、マシーネモードは使いづらい。音速戦闘と広域破壊に優れたマシーネでは、たしかにこの広い戦場を、あっという間に殲滅することも可能なのだが、それでは、頑張って戦っている八咫竜の皆さんまで、無慈悲に巻き込むことになってしまう。


 これから協力関係を結ぼうと言っている相手を、いきなり焼き払ってしまったら、交渉もクソもない。相手の怒りを買い、即座に戦争状態だ。


 それは困る。非常に困る。まさに本末転倒である。



 というわけで、ここは地味だが、仕方ない。



 俺は普通のシュバルカイザーとして、地道に、それでもちゃんと相手にアピールできるように頑張ろうと、覚悟を決める。


 ……決めるのだけれど、この広すぎる戦場と、そこであふれんばかりに暴れている敵の群れと、そのせいで混沌とした状況を前にすると、どうしても、考えてしまう。望んでしまう。渇望してしまう。



 なんでもいい……、本当に、なんでもいいんだけど、この状況を、簡単に解決する方法って、なにかないのかなぁ……。


  

 なんて、俺が心の中で、情けない嘆息を吐いた、その時だった。


「うわっ!」


 突然。


 本当に突然、凄まじい勢いで、ナニかが俺に向かって、一直線に飛んできた。


 俺は、マヌケな叫び声を上げてしまいながらも、なんとか、その細長い飛行物体を右手で掴むことに成功したのだが、危ない、本当に危なかった……。


 下手をすれば、串刺しになっていたぞ……。


「……なんだ、これ?」


 自分の右手に収まった、謎の物体を眺めながら、俺の脳ミソは必死に、今なにが起きたのか、努めて冷静に、分析を行おうとしている。



 まず、いきなり飛んできた、この物体の正体は、つるぎだ。

 どう見ても、剣の一種だった。 


 刀身は真っ直ぐで、両刃だ。かなり長い。全体的に青のような、緑のような、白のような、不思議な色合いをしている。刃の部分から、そのまま伸びたような、節くれだった金属製のつかが、妙に俺の手に馴染んでいた。



 続いて、この剣がどこから飛んできたのか、なのだが、それはカイザースーツのセンサーが、バッチリととらえている。


 端的に言えば、俺の正面に存在する神社の本殿から、いきなり、唐突に、なんの前触れもなく、突然飛び出してきたのだ。


 位置関係を考えれば、丁度、竜姫の脇をかすめる様にして飛来してきたわけなので、そういう意味では、彼女も危なかったということになる。


 現に、なんだか呆然とした顔で、こちらを見えているし。


 ……いや、あれは呆然というか、ボーッとした顔なのかもしれないけれど。



「あら……?」

「なっ! ……な、なっ!」


 竜姫は小首をかしげて、朱天はなにやら滑稽なくらいに驚いているが、正直それは、俺だって一緒である。本当に、びっくりしたなぁ、もう。



 さて、それでは、一体この状況を、どう考えるべきなのか?



 普通なら、これは俺に対する攻撃だと判断するべきなのかもしれないが、八咫竜の二人が本当に驚いている様子を見るに、どうも彼女たちの仕業とは考えづらい。


 かといって。ワールドイーターの仕業かと言われれば、この剣が、八咫竜の本拠地の中でも一際特別そうな、あの神社から出てきたことを考えれば、疑問が残る。


 そもそも、俺の超感覚が、特に危険を知らせてこなかった時点で、これが俺に対する攻撃であるという前提が、間違っているのかもしれない。


 こうして実際に手にした剣は、なんだか頼もしというか、俺の手に異様なほど馴染んでいるというか……、なんというか、こう……、剣自身が、俺を使え! と訴えているような気さえする。



 あぁ……、なるほど!



 俺の脳内で、一つの答えが閃いた。瞬いたと言ってもいい。

 まさに天啓を告げる雷のように、俺の全身を、激しい衝撃が駆け抜けた。


「早速のご協力、痛み入る! それでは、八咫竜から預かったこの武器を使い、早速ワールドイーターを蹴散らしてみせよう!」


 そうか、そうか。


 これは、いきなり部外者に大暴れされて、一方的に手柄を立てられてしまうと、体面とか面子めんつの問題で、色々不味いと判断した八咫竜が、自分たちも力を貸したという言い分を通すために、俺に協力してくれたってことだろう!


 突然こちらに向かって、思い切りぶん投げて寄越すとは物騒だが、竜姫はともかくとして、朱天の態度を見る限り、俺は八咫竜に、あまり歓迎されてはいないようだから、その辺りは、複雑な向こうの内情ってやつが絡んでいるのかもしれない。


 いやー、これは、より一層頑張って、俺のことを認めてもらわないとな!


「……えっ、あっ! ちょ、ちょっと待て! シュバルカイザー! おい!」

「……わあ、そうだったんですね」


 そうと決まれば、善は急げだ! 俺は全然、善じゃないけど!


 なにやら大声で叫んでいる朱天と、ふんわりと微笑む竜姫を置き去りにして、俺はその手にしっかりと、謎の剣を握りしめながら、八咫竜の総本山から、飛び出した。



 こうして俺は、自らの有用性を、存分に相手にアピールするために、混沌とした夜の戦場へと、自らその身を躍らせるのだった……。



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