13-5


王統おうとう解放かいほう!」


 俺の呼び声に応えて、前回、散々に酷使してしまったカイザースーツが、それでも健気に空間を飛び越えて、その役目を果たそうとする。


 なるほど、こうして実際に身にまとえば、否応なく分かってしまう。


 マリーさんが言っていたように、今のこのスーツの性能は、よくて完璧な状態の時の八割程度……、といったところだろう。


 それでも、こうしてカイザースーツと一つになれば、俺の不安は取り除かれ、どこまでも強くなれるような自信が湧いてくる。本当に、心強い相棒だ。この頼れるスーツには、幾ら感謝しても、しきれない。


統斗すみと様。首尾はいかがですか?』


 スーツを着用した途端、監視者サーヴィランスシステムが起動し、頭部モニター内に、ヴァイスインペリアル地下本部からのリアルタイムな映像が、非常にクリアに映し出された。


「大丈夫、まだ誰にも見つかってないよ、けいさん」


 駅から龍剣山りゅうけんざんまでの道のりは、決して短くなかった……。


 というか、ぶっちゃけ長かった。ただでさえ、人里から離れまくっている目的地に向かって、ひたすら徒歩で挑んだのだから、当然といえば当然なんだけど、しかし、俺はやり遂げた。


 人目を避け、気配を殺し、検問をすり抜け、野山を駆け、千里を飛び越え、ただひたすら急ぐこと数時間、もうすっかり日も暮れて、辺りはすっかり夕焼け模様だが、なんとか俺は、目的地である龍剣山が、もうそろそろこの目で確認できる位置にまでやって来ていた。


 深い山中、その森の中、誰にも見られる心配のないここで、俺はようやく、カイザースーツを呼び出し、悪の総統シュバルカイザーへと、変身したのだった。


 つまり、俺はこれまで延々と、生身で強行軍を敢行したわけだが、それほど疲労が貯まっているだとか、気力が萎えただとか、そういう今後の作戦に支障をきたす様な事態には、陥っていない。


 これも全て、我が身の奥から沸き起こる、命気プラーナの力のおかげである。


 命気最高! 命気万歳! もうこれナシじゃ、生きていけません!


 なんて、アホなことを考える余裕すら。あるくらいだ。


「それで、そっちの方はどうなってる? ワールドイーターの動きは?」

『本部の方は問題なしだぜ! 誰かが攻めてくるみたいな気配もなしだ!』

『ワールドイーターの本拠地にも~、動きはないわね~。静かなものよ~』


 千尋ちひろさんとマリーさんが、契さんを挟むようにカメラに写り込むと、それぞれが現在の状況を教えてくれる。見慣れたスリーショットのおかげで、戦場を目前にした俺の心が、少しづつ落ち着いて行くのを感じる。本当に、ありがたいことだ。


『今のところ、龍剣山における戦闘以外には、大きな動きは起きとらん。ちゃんと警戒は続けとるから、安心して戦え、統斗』

「サンキュー、じいちゃん」


 頼りになる祖父ロボの後押しを受け、俺は安心して、自分の心を戦場へと向ける。


『頑張ってください、統斗様』

『負けんなよ! 統斗!』

『みんなで~、統斗ちゃんの帰りを待ってるわね~』


 契さんの、千尋さんの、マリーさんの、大切なみんなからのエールが、絶対にこの作戦を成功させて、良い知らせを持ち帰ろうという決意を、俺に与えてくれる。


「ありがとう、みんな。それじゃあ、また後で」


 十分以上に勇気を蓄えた俺が、戦場へと向かうために、監視者システムを切って、意識を集中させると、俺の意図を汲んでくれたカイザースーツが、周囲の雑音を遮断してくれた。


 まったく、本当に、頼りになるスーツだ。


「……よし!」


 松戸まつどとの戦いで負った傷は、すでに癒えている。

 俺の後ろには、頼りになる仲間たちもいる。


 恐れることなど、なにもないのだ。


「いざ行かん、決戦の地へ! ……なんてね」


 悪の総統、シュバルカイザーと化した俺は、身体中に命気を巡らせ、魔素エーテルを使って描いた魔方陣の足場を飛び移りながら、カイザースーツのサポートを受けて、赤く染まった空へと飛び出す。




 夕焼けに照らされた森を飛び出せば、戦場は、もうすぐそこだ。




「うわっ、凄いな……」


 ようやく到着した戦闘地域の様子は、いっそ壮観ですらあった。


 上空に設置した魔方陣の足場を使い、全体を俯瞰ふかんするようにして、まずは戦況を見極めようと思ったのだが、俺はその様子に、ただただ圧倒されてしまう。


 眼下で繰り広げられている激しい戦闘は、まさに乱戦。


 もはや合戦と呼んでも差し支えない広域戦闘が、もう日も暮れそうだというのに、龍剣山を中心とした各所で、続行されていた。


 本日未明から始まった戦いが、そこから折角昇った太陽が再び沈んでしまいそうな今に至るまで、延々と継続されていると考えると、思わずゾッとするが、そんな傍観者の無責任な感想とは関係無く、戦闘は、未だ激しさを増している。



 人間の死体を素材として造られた肉人形である再羅さいらは、そのゾンビのような見た目に反して、非常に俊敏な動きをし、敵に襲い掛かる。しかも、その動きは統率されたものではなく、巻き添えや自壊にも構わず、ただ無秩序に相手を攻撃するというもので、こういう乱戦では、正直、手に負えないだろう。


 更に、どうやら松戸の手によって、その全てが更なる改造を施されていたようで、まるで怪人の如き異形と、千差万別な能力を兼ね揃え、激しく暴れ回っていた。


 そんな再羅が、まるでお互いをむさぼるようにうごめいている様子は、軽くホラーだ。



 そして、もう一つの厄介の種が、直径三メートル程度の球体に、細長い手足が生えたような不格好なロボット……、金種きんしゅである。


 正直、金種自体は、それほど強くはない。パワーはそこそこあるようだが、動きが鈍すぎて、ある程度の力量があれば……、平均的な怪人レベルの戦闘力でも、十分撃破可能な対象だろう。 


 だが、この無駄に目立つ、ピカピカと金色に輝く巨大な玉の、真に厄介な特性は、撃破した後にこそある。


 まさに今、八咫竜やたりゅうの所属と思われる巨大なトカゲの怪人が、金種を叩き潰したところなのだが、そのバラバラに砕け散った金種の欠片一つ一つが、地面に落ちると同時に、その周辺の土塊つちくれを掻き集め、人型戦闘兵器の核として、機能し始めた。


 壊しても壊しても、その破片が核なり、ただひたすらにその数を増やし続け、圧倒的な物流で、戦いを継続させる。それこそが、金種の特性だ。


 既にこの戦場には、呆れるくらい、あるいは、気が遠くなるほどの金種の破片が、盛大にバラ撒かれしまっている。そして、こうして空から眺めれば、未だに無傷な金種の巨体が、数十体以上確認できた。



 このままでは、その全てを排除するには、まさに途方もない時間が必要だろう。



 ただでさえ長引きまくっている戦闘の終わりが、まだ見えてすらいないというのが、空から冷静に分析をしてみた、俺の見解だった。


「つまり、チャンスってことか……」 


 命を懸けて、まさに必死に戦っている八咫竜の皆さんには申し訳ないが、この状況に俺が介入することで、劇的に戦況を覆し、終結へと向かわせることができれば、その後に持ち掛けようと思っている、うちと八咫竜の協定についても、かなり有利に運べるだろうという打算は、決して無視できない。


 それならば、俺は迅速に、かつ的確に、その上で効果的に動く必要がある、というわけなのだけれど……。



 ならば、まず最初に、俺は、悪の総統シュバルカイザーは、どう動くべきなのか?



 八咫竜は基本的に、本拠地である龍剣山の防衛を第一に戦っている。


 戦場は、長い時間をかけてジワジワと、彼らの総本山のふもと付近にまで迫ってこそいるが、まだ本陣に攻め込まれるような事態には、陥っていないようだ。


 最前線で、八咫竜の戦闘員らしき、足軽のような甲冑を身につけた、緑色の全身タイツを着た戦闘員たちが、ギリギリで踏ん張っているのが見える。


 そんな場所に、部外者である俺がいきなり飛び込んで、協力してやるぞ! なんて言っても、全力で迎撃されてしまうのが、オチだろう。



 つまり、いきなり八咫竜の本拠地に乗り込むのではなく、この戦場のどこかで、俺が協力者であるという実績を、劇的に見せつける必要があるわけなんだけど……。



「あそこかな……」


 籠城戦を決め込んでいる八咫竜陣営だが、幾つかの遊撃部隊が、前線から敵陣内に切り込んで、大暴れをしているのが見える。


 とはいっても、相手は自我を持たない再羅と金種なので、相手を混乱させたり、戦意を喪失させたりといった効果は期待できないのだが、それでも見事な戦いぶりだ。


 俺は、その中でも一際激しい戦闘が行われている地点に、目を付ける。



 そこで行われていたのは、一方的な殲滅だった。


 巨大な金棒をが一振りされる度に、そのに群がる敵は無残に潰れ、ひしゃげ、圧壊する。まるで大人と子供……、いや、巨象が蟻を踏み潰すように、無慈悲なまでの破壊が、嵐のように暴れている。


 そう。

 、だ。部隊ではない。


 圧倒的な力を持って、大量の再羅を、金種の破片を核にした人形を、怒涛の如くぶちのめして回っているのは、たった一人の女傑じょけつだった。


 まるで甲冑武者のような装いで、紅の鎧に身を包み、凶悪なトゲが無数に生えた漆黒の金棒を自在に操る、右目を黒い眼帯で隠した、長身の女性。


 兜をかぶっていないため、その額に立派な角が一本生えているのが、ここからでもハッキリと見える。その肌は赤く染まっているが、それは夕焼けに照らされているからではない。彼女の肌そのものが、まるで血のような深紅の輝きを放っている。


 眼前に立ちはだかる敵を、即座に無残な肉塊へと変えてしまう。



 恐ろしく、そして美しい鬼が、そこにいた。



「流石に、幹部クラスだよな? あれだけ強いと……」


 こうして空から眺めているだけだが、あの鬼のような女性の強さは、尋常ではない。敵の数が多いことで、その出鱈目な破壊力が、より浮き彫りになっている。


 確か、祖父ロボからの情報だと、八咫竜には八岐衆やまたしゅうという幹部がいるらしいので、おそらく彼女こそが、その内の一人であろうと、あたりを付ける。



 つまり、俺が自分のアピールをするのなら、絶好の相手ということだ。



「――ハッ!」


 そうと決まれば、善は急げだ。


 ……いや、俺は悪なんだけど、それはそれ、これはこれである。


 俺は空中に足場となる魔方陣を複数展開し、その上を駆けることで、一瞬で鬼の女性が戦っている上空に到着すると、次の瞬間に新たな、そして巨大な魔方陣を組み上げ、巨大な竜巻を発生させる。


 これから協力関係を結ぼうとする相手である鬼の女性には害をなさぬよう、最新の注意を払って調整した竜巻は、見事に周辺の雑魚だけを散らしてくれた。

 

 こうなれば、話は簡単だ。


 俺は、上空に設置した魔方陣から飛び下りて、地面に着地すると同時に、戦闘行為を開始し、命気の力と、カイザースーツの性能に物を言わせて、鬼の女性の近くに残存していた再羅と、金種の破片によって生まれた土人形の群れを、一瞬で葬りさる。


 邪魔ものを排除し終わったら、きちんと魔方陣で防壁を作って、まだ無数に存在する敵の侵入を防ぐのも、もちろん忘れない。


 これで、この鬼の女性と、サシで話をすることができる。


 狙い通りの状況を生み出すことに成功した俺は、目的の相手と向かい合いながら、カイザースーツの調子を確認する。


 よしよし、大丈夫、大丈夫。

 これなら、余程の無理をしなければ、それほど戦闘に困ることは、ないはずだ。


 そう、無理をしなければ。


 さあ、ここからが、本当の勝負である。



「……貴様、何者だ」


 突然現れた乱入者である俺を、鬼のような姿をした美しい女性が、まさに修羅の如き視線で、睨みつけてくる。


 その気迫は、尋常ではない。


 こうして相対あいたいして感じた、ただの直感にすぎないが、この目の前の存在は、我らがヴァイスインペリアルの最高幹部たちと、ほぼ同等の力量を持っていると、俺の超感覚が告げていた。年齢の方も、大体みんなと同じくらいだろうか。


 とてもではないが、完璧とは言えない状態のカイザースーツで、この相手と正面から事を構えるような状況になってしまうと、非常にまずいというのが、俺が下した、冷静な現状分析だ。


 これは、絶対に失敗はできないな……。


「まずは非礼を詫びよう。俺はシュバルカイザー。ヴァイスインペリアルの総統だ」


 協定を持ちかけようという相手に、無駄に高圧的に接する理由はない。それでは相手の心証を悪くして、今後の交渉を難航させるだけだ。


 同時に、万全とは言えない俺の状態を、相手に気取られるわけにもいかない。こちらの弱みを見せてしまい、下手に相手に舐められてしまえば、それもまた、今後の話を進める上で、不利益になってしまう。


 俺はあくまで、悪の総統らしく、堂々と正面から、威厳を持って、この目の前の相手と向き合わなければならない。


 そう、今の俺は、ヴァイスインペリアル総統、シュバルカイザーなのだから。


「ヴァイスインペリアル……。部外者が、突然なんの用だ」


 鬼の女性はこちらに対して、厳しい視線を送り続け、警戒を解くどころか、名乗りさえしなかった。


 その様子は、これからの交渉が不安になってしまうほどの強硬な態度だったが、それでも一つ、分かったことがある。


 どうやら八咫竜は、今回攻撃してきたのが、少なくとも俺たちヴァイスインペリアルではないと、正しく認識しているようで、それは単純に、嬉しい情報だった。


 またワールドイーターが裏で工作でも行っていて、全てを俺たちの仕業にでもしている可能性も考慮していたのだが、どうやら、そんな面倒な事態だけは、避けられたようだ。


 ワールドイーターがなにもしなかったのか、八咫竜の諜報能力が素晴らしいおかげなのかは分からないが、なんにせよ、これで協定の話を持ち出しやすくなる。


「ふっ……、なんの用とは、随分とつれないではないか。折角、協定を結んだのだ。勝手ながら、援軍でもと思ってな」 

「協定だと……? その件ならば、もうすでに断ったはずだが?」


 鬼の女性が言う通り、ヴァイスインペリアルと八咫竜の協定は、前に一度、こちらから提案したことはあったのだが、その時は、そっけなくフラれてしまった。


 もちろん、そんなことは俺も分かっているが、あえてすっとぼけて、強引に話をそちらに持っていく。話の主導権を握るためにも、ここで怯んではいけない。


「そうだったかな? 失敬。どうやら、こちらで伝達ミスがあったようだ」

「白々しい……」


 俺の猿芝居は、当然バレているようだが、目の前の美しい鬼は、こちらを睨みこそすれど、直接的な攻撃までは、してこない。


 どうやら、まだ交渉の余地があると思って、よさそうだ。


「総統自ら足を運んでもらって悪いが、我々は援軍など、求めていない」


 とは言え、それはあくまで余地があるというだけで、状況自体は非常に厳しいことに変わりがないことは、この鬼の女性の、冷たすぎる左目を見れば、明らかだ。


 ここから、どう話を転がすか。それが勝利の鍵だ。


「そうかな? 確かに、このまま戦闘を続ければ、最終的に貴殿らが勝利するだろうが、そのために払う代償は、決して小さくはないのではないかな?」

「なんだと……?」


 まずはこちらの持論を展開し、それを納得させたうえで、協力関係を結ぶことの有効性を認めてもらう必要がある。


 こうしている間にも、周囲で激しい戦闘は続いている。時間が惜しいため、俺は多少強引にでも、話を進めることにした。


「このままでは、確かに幹部などの強者は生き残るだろうが、怪人や戦闘員たちへの被害は増える一方……、下手をすれば壊滅的な状況になってしまうのではないかと、他人事ながら心配だ……、そう言っているだけだが?」


 確かに八咫竜の保有している戦力は強大で、並大抵のことでは、びくともしないだろうということは、部外者の俺でも分かる。


 それは、この目の前にいる存在を見れば、一目瞭然だ。再羅や金種程度の相手が、どれだけ束になってかかっても、その膝を折らせることすら、不可能だろう。


 だがしかし、それでも、今回は敵の数が多すぎる。


 そう、単純に、多すぎるのだ。


 ワールドイーターが、まるでこれまで貯め込んできた資財を全て吐き出す様に投入した兵器の数は、尋常ではない。それは、八咫竜が防衛戦に徹しているとはいえ、この本日未明に始まった戦闘が、未だに続いているという事実からも分かる。


 そして、その八咫竜が守るべき本拠地である剣龍山が、とても大きな山であるということも、この数の暴力に対する防衛を難しくしていた。


 鬼の女性レベルの戦闘力を持った個人が、他に複数いたとしても、これでは到底、手が足りない。どうしても、それよりも力が劣ってしまう、組織の大部分を構成している戦闘員に、被害が出てしまうのだ。


 八咫竜とワールドイーターの決戦は、この国最大級の悪の組織同士が、互いに総力を挙げてぶつかりあった結果、どうしようもない泥仕合の領域にまで、足を踏み入れようとしている。


「貴様……! 我らを愚弄するか!」

「まさか、ただの冷静な状況分析さ」

「……くっ!」


 そしてそんなことは、当事者である八咫竜の関係者が、一番よく分かっている。


 だから、見ず知らずの相手に、これだけ挑発的な態度を取られても、この目の前の女性は、闘う鬼は、悔し気に唇を結ぶばかりで、俺を殺そうとは、してこない。


 やはり、八咫竜としても、どうにかしてこの状況を打破する、新たな一手が欲しいのだろう。このままではジリ貧だと、勝ったとしても、それでは失うものが多すぎると、分かっているのだ。



 俺は、その弱みに付け込む。


 そう、悪の総統らしく。



「だが、どうか安心して欲しい。この俺が来たからには、この戦いも、すぐに終わることだろう。そちらの被害も、これ以上、広がることはない」

「ノコノコと、たった一人でやって来て、随分と好き勝手に言ってくれる!」


 余裕ぶった態度を見せる俺に、鬼の女性が噛みついてきた。

 

 だが、それは当然だろう。


 口だけなら、なんとでも言える。

 結果を出さない限り、その言葉に意味などない。


「貴様一人で、一体なにができるというのだ!」


 だから、俺は俺の力を、その価値を、言葉ではなく行動で、証明する必要がある。


 相手に、こちらと協力した方が得策だと、思わせるためにも。


「そうだな……、それでは、なにができるか、お見せしよう!」


 俺は、カイザースーツに内蔵された機能を起動し、龍剣山を中心に、この戦場全てを包み込むように、疑次元ぎじげんスペースを展開する。


 そして、それが完了すると同時に、近くにいた無傷の金種に狙いを定め、適当な魔弾を撃ち込み、バラバラに破壊してしまう。


「なっ! ――待て!」


 無策で金種を破壊することの面倒臭さを、すでに嫌というほど味わったであろう鬼の女性が、慌てて俺を制止するが、時すでに遅し、というやつだ。


 飛び散った金種の欠片が、重力に引かれてあっさりと、地面に落ちた。


 そして、そのまま、なにも起こらない。


「……なに?」


 そう、なにも起こらない。


 鬼の女性がいぶかし気な表情を浮かべるが、それもある意味、当然だろう。金種の欠片は本来、無生物に接触した時点で、その効果を発揮するはずなのだから。


「この戦場に、特殊な力場を張らせてもらった。これにより、少なくとも俺がいる間は、龍剣山周辺において、これ以上あの破片が役目を果たすことは、もうない」


 金種の欠片の性能では、疑次元スペースの壁を突破できず、無生物に対して正常に機能を発揮できなくなることは、随分前の雨が降る港で、松戸博士と戦った時から、分かっていた。


 その後から松戸博士は、俺たちに対して金種を使用してこなかったので、ただの推測だが、その問題点を改善できなかったのではないかと踏んでいたのだが、それは、どうやら正解だったようで、俺はひとまず、安心する。


 あれだけ自信満々に前フリしたのに、失敗しましたじゃ、格好もつかない。


「まあ、帰れと言われれば、俺はこのまま帰るが、そうすると、俺がこの力場を維持する意味も、なくなってしまうな?」


 金種が厄介な点は、下手に倒そうとして破壊すると、その破片が核となり、またその核を破壊しても、その核の破片が別の核となる……、といった具合に、完全に殲滅し、その活動を止めるまで、延々と戦闘に付き合わされてしまうことにある。


 しかし逆に言えば、その機能さえ無効化してしまえば、金種はただの雑魚といっても問題ない程度の戦闘力しか、持っていない。


 これだけで、長々と続いているこの戦いを、素早く終わらせるためには、十分な効果があると言っていいだろう。


「さて、どうする?」

「……ついてこい」


 鬼の姿をして、紅の甲冑に身を包んだ、右目を黒い眼帯で隠した、俺より年上であろう女性が、忌々し気に口を開くと、踵を返して、彼女たちの本拠地である、龍剣山へと足を向けた。


 どうやら、ヴァイスインペリアルと八咫竜の間に、協定を結ぶための第一段階は、なんとかクリアしたと思ってよさそうだ。


 ――よし!


 俺は、内心でガッツポーズを決めながら、気合を入れ直す。



 さあ、悪の総統として、これからが正念場だ。


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