13-3


 事態が動き出したのは、俺が怪人たちのお見舞いをしてから、しばらく経った後、年も暮れに暮れた、十二月三十一日のことだった。



八咫竜やたりゅうが、ワールドイーターに襲われてる?」

「はい。どうやら、そのようです」


 ここはヴァイスインペリアル地下本部。

 俺は、もはや定位置となった大ホールの玉座にて、契さんから報告を受けていた。


「八咫竜の本拠地付近で、多数の戦闘反応が確認されたために、詳細を調査したところ、八咫竜の構成員と戦闘を行っているのが、これまで我々が戦ってきた松戸まつど博士の発明品、金種きんしゅ再羅さいらの混成部隊であると判明いたしました」


 巨大な球体に手足が生えたような風貌で、バラバラに破壊されても、その破片がそれぞれコアとなり、周囲の無生物を取り込み、戦闘人形を形成することで、延々と戦闘行為を行うことが可能な、簡易型かんいがた無限むげん戦闘せんとう機構きこう、金種。


 人間の死骸を使用した、倫理観の欠片もないが、どんな損傷を受けても、命令の限り動き続ける不滅の兵隊、肉塊にくかい駆動くどう人形にんぎょう、再羅。


 どちらも、今は亡き松戸博士の発明した兵器だが、どうやら、まだストックが存在したようだ。これを使っているとなれば、なるほど、八咫竜を襲っているのは、ワールドイーターで間違いないだろう。


「ワールドイーターだけじゃなく、八咫竜の方にも注意を向けてて、正解だったか」

「情報は戦術の基本だからな! 殴り合うだけが戦いじゃないんだぜー!」


 ビシビシとシャドーボクシングを決めながら、千尋さんは快活に笑っている。そのシャドーがあまりに見事すぎて、情報云々より、やっぱりガチンコでいいんじゃないかと、思わず思ってしまいそうだったけど。


 八咫竜とは、元々俺たちヴァイスインペリアルとワールドイーターに並ぶ、この国最大の悪の組織の一つである。


 当然、俺が総統になる前から、相手は最重要監視対象ではあったのだが、ワールドイーターが俺たちだけではなく、八咫竜にも喧嘩を売っているらしいという情報と、かなり前のことになってしまうが、俺の提案で、こちらから八咫竜に共闘を申し込んだということもあり、その動向には細心の注意を払っていたのだが、どうやら、それが功をそうしたようだ。


「しかし……、ワールドイーターが、こっちじゃなくて、いきなり八咫竜の方を襲うなんて、ちょっと予想外だったかな」

「しかも~、今回の襲撃は~、ちょ~っと、普通の小競り合いレベルじゃ~、ないみたいなのよね~」


 マリーさんの言葉を裏付けるように、大ホールの中空に投影されたディスプレイには、くだんの八咫竜とワールドイーターによる、戦闘の様子が映し出される。


 それは、一言で言ってしまえば、一目でわかる激戦だった。


「八咫竜は、主戦力の八岐衆やまたしゅうに加えて、秘蔵っ子のはずの竜姫りゅうひめまで出張っとるし、ワールドイーターはワールドイーターで、尋常ではない物量を投入しとる。なんだかまるで、最終決戦って感じじゃな」


 祖父ロボは、どこか呑気に解説しているが、言ってる内容自体は、非常に正しい。


 八咫竜にしても、ワールドイーターにしても、どう見ても死力を尽くして、互いに互いを滅ぼそうと、激しい戦闘を繰り広げている。


「……ところで、八岐衆とか、竜姫とか、一体なんなんだ?」

「八岐衆というのが、うちの最高幹部みたいなもんで、竜姫がお前だと思っとけば、まあ、大体合っとるじゃろう」


 なんとも簡単すぎる祖父ロボの説明だが、確かに言うように、大体は分かった。



 つまり、八咫竜もワールドイーターも、総力戦である、ということだ。



「戦闘が始まったのが、本日未明から。ワールドイーターは、そこから物量に任せて現在まで、ひたすらに戦闘を継続させ、それに対して八咫竜は、本陣である龍剣山りゅうけんざんを中心に、籠城戦を展開しているようです」


 契さんの解説を補足するように、ディスプレイには、これまでの戦闘の様子が次々と映し出されている。


 現在まで、ということは、深夜から朝の八時まで、この戦いは延々と繰り返されているということになる。


「八咫竜は流石に、防衛戦にも慣れてるみたいだけど、流石にこれだけの連続戦闘になると、ジリジリと戦力も削れてきてるみたいだぜ!」


 千尋さんが言う通り、膨大な量の金種と再羅に囲まれ続けている八咫竜陣営には、疲労感のようなものが漂っているように見える。


 まだまだ戦力に余裕はありそうだが、単純な物量だけで考えるなら、ワールドイーターの方が、圧倒的だった。


「ワールドイーター側の戦力が~、殆ど……、っていうか全部なんだけど~、休息も補給も必要としていないっていうのも~、八咫竜としては、しんどいかもね~」


 マリーさんの戦況分析は、なるほど、的確だ。


 八咫竜の構成員が生きている人間なのに対して、ワールドイーターが今回の戦闘に使用しているのは、その全てが、松戸の置き土産である発明品だ。


 その上、リアルタイムの状況を確認した限りでは、八咫竜が敵を撃破しても、すぐさまどこからか金種が、再羅が補充され、本当に絶え間なく、戦闘が継続している。


 まさに、死闘。

 その戦いは、どちらかが死ぬまで続く、泥沼の様相を呈していた。


「……ワールドイーターの本部は、どうなってるんだ?」

「どうもなっとらん……、いや、そのどうもなっとらんという状況自体が、すでに異常かもしれんな。とりあえず、外から見る限りでは、なにも動きは見えん。不気味な沈黙を、保ったままじゃ」


 確か、ワールドイーターは、なんらかのワープ技術を保有していたはずなので、八咫竜と激突している戦力の補充自体は、そのワープを使えば、外からは確認できない形で送るということは、可能なのだろう。


 しかし、その送っている戦力が全て、松戸の置き土産のみだというのが、なんだか気にかかる。


 ワールドイーターの主戦力は、未だに本部に残ったままで、じっとその身を潜め続けている……、と考えるべきなのだろうか?


「……うーん、これからどうするか……」


 状況は大体分かったが、悪の組織の総統として、これからどういう決断を下すべきなのか、俺は頭を悩ませる。


 ワールドイーターは現在、八咫竜と激しい戦闘を繰り返している。


 松戸博士を倒した、俺たちヴァイスインペリアルではなく、八咫竜の方に、先に手を出したのは意外だったが、しかし、その戦場には、首領である海良かいら伊人いひとはもちろんのこと、その側近であるゴードン・真門まもんや、彼らに雇われているアラン・スミシーの姿すら見えない。


 だとするならば、これが好機と、ワールドイーターの本部に勇んで攻め込むのは、逆に危険なのかもしれない。もしかしたら、相手はそれを計算に入れた上で、罠を張っている可能性は、十分にあるだろう。


 ならば、このまま八咫竜とワールドイーターの戦闘が終わるまで、俺たちは静観するべきなのだろうか?


 冷静に戦況を分析するのならば、確かにワールドイーターの投入している物量は圧倒的だが、所詮は金種と再羅の集まりだ。八咫竜の幹部だという八岐衆の実力は不明だが、少なくとも、この国最大規模の悪の組織の幹部だというのだから、相当の実力を持った超常者であると考えていいだろう。


 だとすれば、恐らくこの戦いは、八咫竜が勝利すると予想できる。


 しかし、それはあくまでも、最終的な結果であって、膨大な敵兵力を相手に籠城戦をし続けるという状況は、八咫竜に確実な損害をもたらし、いずれ無視できない、致命的な被害にまで拡大する可能性がある。


 もしかしたら、その八咫竜の組織としての疲弊こそが、ワールドイーターの目的かもしれないと考えるなら、このまま静観しているというのも、悪手かもしれない。



 状況は複雑で、確かな情報も少ないが、それでも俺は、決断しなければならない。



 なぜなら俺は、この組織を束ねる、悪の総統なのだから。



「よし! 八咫竜を助けに行こう!」

「八咫竜を……、ですか?」


 俺の提案に、契さんが疑問の声を上げる。


 だけど、それも当然だろう。


 八咫竜に対しては、以前こちらから共闘というか、連携を申し込んだのだが、あっさりと断られてしまっている。普通に考えたのなら、俺たちが八咫竜を助ける理由はないと言えるだろう。


 だがしかし、だからこそ、助ける意味があるのだと、俺は考える。


「あぁ、今の状況なら、単純だけど、八咫竜に恩が売れる。前に一度、こちらから協定を申し込んでいることだし、流石にここで助太刀なんてされたら、もう無下にはできないだろう」

「わぁ~、統斗ちゃん打算的~! 悪の総統っぽくて素敵~!」


 なんだか嬉しそうに笑いながら、マリーさんが俺を持ち上げてくれる。

 丁度いいので、その流れに乗って、俺は自分の考えを、説明することにした。


「そして、八咫竜と協定を結んだ後で、ワールドイーターを相手取るのが、多分、一番安全で、確実だと思う」


 八咫竜はそもそも、勢力としては大きいのだが、自分たちからはあまり動こうとしない、保守的な悪の組織だ。


 だがしかし、ここまで明確にワールドイーターから攻撃を仕掛けられたならば、流石に黙っているというわけにもいかないだろう。


 そこにつけこむ……、というわけでもないが、今ならば、ワールドイーターと戦うために共闘しようと持ち掛ければ、話くらいは聞いてもらえる公算が高い。


 今後のことを考えるなら、ここで八咫竜と提携するのは、悪い選択でないはずだ。


「石橋を叩いて渡るってやつか! オレとしては、石橋を叩き割る方が好きだけど、統斗がそう決めたなら、反対はしないぜ!」


 豪快にブンブンと拳を振り回しながら、千尋さんが俺の提案を受け入れてくれた。


 これで、賛成者は二人。

 俺の拙いプレゼンも、ちゃんと効果があったようで、少し嬉しい。


「ふむ……。まぁ、悪い案ではないかもな」


 そしてどうやら祖父ロボも、俺の話を聞いて、真剣に検討してくれているようだ。


 しばらく、じっと目を閉じて、なにやら思案していたようだが、そっと瞼を上げると同時に、とても大切なことを尋ねるかのように、真剣な表情で、俺を見つめる。


「それで、その八咫竜への援軍には、誰を送るんじゃ?」


 それは、当然の疑問だった。


「それは、俺が行く」


 だから俺は、ハッキリと自分の考えを伝える。


「既に向こうの戦場は乱戦で、こちらが大人数で向かっても、無駄に混乱するだけだろうし、戦いの後に、協定を結ぶという話を持ち出すなら、組織のトップが直々に救援に行った方が、効果が高いと思う」


 まぁ、組織のトップ直々に足を運んだけれど、けんもほろろに断れる……、なんて展開にならないとも限らないが、それは、今は言っても、仕方ないことだろう。


「それに、ワールドイーターの動向も気になる。俺たちが動くのを待ってから、次の一手を打ってくる可能性だって、もちろんあるから、この地下本部の守りは、できるだけ固めておきたい」


 この後に及んでも、ワールドイーターは俺たちに対して、明確な宣戦布告をしてこないのだが、実状を考えれば、二つの組織は抗争状態であると言っていい。


 そして、それは向こうも、ワールドイーターも重々承知だろうし、そんな状況でいきなり、こちらは無視して他の悪の組織に大規模攻撃を仕掛けたというのは、如何にもキナ臭い。なんというか、罠の臭いが、プンプンとしている。


 ここは、下手に攻め過ぎて、この地下本部の防備を薄くするようなことは、避けた方が無難だろう。この前のように、敵が直接、こちらの本拠地を狙ってこないとも、限らないのだから。


 それならば、頼れる最高幹部のみんなには、ここにいてもらった方が安心だ。


「だから、向こうに行くのは、俺一人だけでいい。大丈夫、なにかあったら、ワープを使って、即座に帰還するつもりだから……、だからそんなに、心配そうな顔をしないでくれ」


 つい先日、無茶をしすぎて、みんなに心配をかけまくった俺が言っても、説得力の方は、あまりないかもしれないけれど、それでも俺は、こちらを不安そうに見つめている契さんを、千尋さんを、マリーさんを、少しでも安心させるために、できる限りの笑顔を見せて、余裕を演出する。


 悪の総統のくせに、こんなに部下に心配をかけるなんて、まったく、本当に、情けない話だけれど。


「マリーさん。カイザースーツの修復は、今どうなってる?」

「……大体八割ってところね~。基本的な部分は~、もう直ってるんだけど~、マギアモードとベスティエモードは使用不可能ね~。マシーネは大丈夫だけど~」


 ちょっとでもみんなの不安を取り除こうと、意識していつもの調子で尋ねる俺に、マリーさんが、渋々といった感じで答えてくれた。


 あれだけ滅茶苦茶な状態だったカイザースーツを、僅か数日で、実戦で使えるレベルにまで修復するなんて、流石マリーさんだ!


「おい、マリー! どうしてマシーネだけ大丈夫なんだよ! 不公平だぞ!」

「そうですね……。なにやらイヤらしい意図を感じます……」


 まぁ、契さんと千尋さんには、それぞれ不満があるようだけど。


「も~う! ワタシは魔素も命気も専門外なんだから~、仕方ないでしょ~! この前の暴走気味なラーゼンモードで~、スーツのバランスが狂っちゃって~、それを整えるだけで、手一杯だったのよ~!」


 マリーさんは必死に自らの正統性と訴えるが、契さんと千尋さんは、そんな彼女を取り囲み、直訴を繰り返しいる。


 その様子は、いつものみんなと変わらない。


 騒がしくも愛しい、いつものみんなだ。


 俺の決意を汲み取ってくれたのか、愛すべき悪の女幹部たちは、こちらを責めるようなことをせず、ただ俺が望むように、普段と同じでいてくれる。


 それだけで、俺の心は少しだけ、強くなれる気がした。


「そっか……。まぁ、金種と再羅を相手にする分には、十分か」


 状況の推測と、戦力の確認は、終了した。


 後は、動き出すだけだ。


「……統斗。お前、先日死にかけたばかりなわけじゃが、本当に行くのか?」

「行く」


 俺は、即答していた。


 不安がないと言えば、嘘になる。

 恐怖を感じないと言えば、嘘になる。


 だがしかし、俺は決めた。


 悪の総統として、今の俺がすべきことを、自分自身で決めたのだ。


「そうか……。だったら、仕方ないの」

「ああ、仕方ないな」


 祖父ロボが、見慣れた悪戯小僧みたいな表情で、ニヤリと笑う。


 だから俺も、それに負けじと、悪の総統らしく、余裕を見せて、ニヤリと笑う。


 それだけで、俺と祖父ロボにとっては、十分だった


「統斗様……。必ず、無事に帰ってきてください……」


 契さんが、どうしても不安を隠せない顔で、俺を見つめている。


 これ以上、いつも俺を想ってくれている彼女に、心配をかけないようにしなければと、俺は気合を入れ直す。


「危ないと思ったら、すぐに逃げろよ? 絶対に、無茶だけはするなよ?」


 千尋さんも、俺のことを案じて、いつもの豪快な様子からは想像できない、繊細な表情を浮かべて、気遣ってくれる。


 俺がなにをしても、彼女が安心してくれるほど強くなりたいと、そう思った。


「統斗ちゃんもカイザースーツも~、どっちも万全とは言えないんだから~、本当に気を付けて~? なにかあったら~、泣いちゃうんだからね~?」


 そんなことを言いながら、もう今にも泣きだしそうになりながら、マリーさんが俺の手を取る。


 彼女を絶対に、絶対に泣かせるようなことはするまいと、俺は心に誓う。



「みんな、行ってきます」


 愛するみんなに見送られ、俺は自らの意思で、戦いの場へとおもむく。



 こうして俺の、長い長い、最後の一日が、始まったのだった。



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