13-2


 俺は今、病院にいる。


 と言っても、大ホールで現状の確認を行った後に、急激に具合が悪くなったとか、あれから一夜明けたら、気分が落ち込みすぎて、カウンセリングを受ける必要ができたとか、そういう話ではない。



「へぇ~。それは災難だったわねん、統斗すみとちゃん」

「そうなんですよ、ローズさん」

「それで、結局昨日の夜は、どうしたんスか?」

「あんたには関係ないだろう。サブさん」

「……でも、気になる、ね……」

「気にしないでください。いや、気にするな、バディさん」


 俺はただ、怪人三人組のお見舞いに来ただけである。



 本来なら、今の俺は地下本部から出るべきではないのだが、祖父ロボにかなり無理を言って、外出の許可を貰ったのだ。


 ローズさんたちが入院している病院は、当然ながら、我々ヴァイスインペリアルの息がかかった……、というか、うちが運営してる病院だ。


 そのため、我が組織の技術の粋を集めて製造され、更に魔術による隠蔽さえ可能としている、いつもの黒塗りのリムジンを使い、病院の中に入ってさえしまえば、それほど危険な行為というわけでもなかった。流石に、俺が生身で街中を歩き回るようなことは不可能だが、これくらいならば、特に問題はないだろう。 



「あら? そんな口に出せないくらい、激しい夜を過ごしちゃったのん?」

「いやだな、ローズさん。そんな色っぽい話はありませんよ。丁度、寮に使ってるマンションに空き部屋が有ったから、そこを使わせてもらいました」


 流石に、こんな事態に陥ってしまったというのに、早々みんなとイチャイチャする気になれず、どうするかと思っていたところに、祖父ロボが助け舟を出してくれたのだが、突然のことだったのに、そのマンション上層階の一室には、家具も全て揃っていたりして、なかなか居心地が良かった。


 まぁ、自分の部屋というよりは、まるで見知らぬホテルにでも泊まったかのような違和感があったことは、否めないのだけれど。


「そんな! 自分の家にも帰れなくなったのに、その上、一人で寂しい夜を過ごしたなんて、統斗様可哀想っス! こうなったら、俺が慰めてあげるっス!」

「黙れ! そして俺の手を握るな! 気持ち悪い!」


 流石に身体中包帯で巻かれて、ミイラ男みたいになっているサブさんをぶん殴る気にはなれなかったが、それでも相手の好きにさせる気も、当然だが、ない。皆無だ。


 俺はサブさんの手を振りほどいてから、なんなら相手の小指くらい、へし折るべきだろうかと思案する。


「……ふっ、ふふふ、じゃあ僕が、統斗様の寂しさのけ口に……」

「だあ! 俺の腰に、手を、回すな!」


 怪我の具合は、大体サブさんと同じくらいだろうに、強引に身体を動かしたバディさんが俺に絡みついてきた。


 サブさんに気を取られ、不意を突かれてしまったようだ。不覚である。


「ぐべっ! ……ふふふふ、痛い……」


 びっくりして、思わずバディさんの顔面に、思い切り肘を入れてしまったが、まぁ、大丈夫だろう。痛いのは、あっちも望むところだろうし。


「なんだかズルいっス!」

「おう、なんだ。お望みなら全身の骨折ってやるぞ、サブさん」

「それは勘弁っス!」


 再びこちらに手を出そうとしてくるサブさんを牽制しながら、俺はジリジリと距離を取り、いつでも相手を殲滅できるように……、ってなんだこの状況。


 だから俺は、ただお見舞いに来ただけだというのに。


「ほら、あんたたち。あんまり統斗ちゃんに迷惑かけるんじゃないの」

「わ、分かったっス……」

「……はいです……」


 呆れ顔のローズさんに諭されて、サブさんもバディさんも、大人しく引き下がる。

 流石の二人も、この人には逆らえない。



 まったく、全員が全員、大怪我で入院しているというのに、我らが怪人三人組は、驚くくらいにいつも通りだ。


 そう、俺の正体が、マジカルセイヴァーにバレてしまったと報告した時でさえ、彼らは本当に、いつも通りだった。



 悪の組織のトップの正体が、敵対している正義の味方に掴まれてしまったという事実は、ヴァイスリンペリアルとしても由々しき状況だ。


 そんな事態を、入院しているからといって、一応我が組織の幹部という役職に就いている怪人たちに、通信や書面などで伝えるというのも、なんだか不義理なような気がして、こうして俺自らが出張って、直接説明したのが、つい先ほどの話である。


 しかし、一応わざわざ、総統自らが足を運んで、部下に丁寧に話をしたという状況なのに、彼らから返ってきた返事は……。


「まあ~、そうなのん? 統斗ちゃん、大変だったのねえ~」

「でも、バレちゃったものは、仕方ないっスね!」

「……そうそう、仕方ない、仕方ない」


 という、非常に軽いものだったのが、なんだか悲しいというか、寂しかったのは、ここだけの内緒である。


 とは言え、過度に深刻になられるよりも、このくらい軽い反応の方が、俺の気持ちも落ち込まないと言うか、心の負担も少ない気がする。


 もしかしたら、そこら辺も考えて、気を使ってくれたのかもしれないと考えると、なんだかとても、暖かい気持ちなってしまう、単純な俺であった。


 当然、向こうはそんな細やかな心遣いなんて、考えていない可能性もあるけども。


 というか、そっちの可能性の方が、絶対に高いような気もするけれども。


 それでも、今の俺にはありがたい……、というお話なのだった。



「でもでも! 松戸まつど博士を倒せたっていうのは、大きな前進っスよね!」

「……そうそう、敵の戦力を削げたのは、大きい……」


 矛先を逸らすためか、サブさんとバディさんが、露骨に話題を変えてきた。どうやら、これ以上ローズさんからのお怒りを買うのを恐れているようだ。まったく、いい気味である。


「そうねえ、性格はアレだったけど、松戸の技術力は脅威だったしねぇ……」


 確かに、お気楽な二人が言うように、規格外の技術を持った悪の博士……、松戸ごうがいなくなったということは、単純に考えれば、こちらに有利だとも言えた。


 しかし、サブさんやバディさんと比べて、ローズさんは、どこか憂いの表情だ。


「でも、これでワールドイーターの方も、動かざるをえないだろうし、まだまだ問題に終わりは見えず、むしろこれからが本番! って感じしか、しないわよねえ……」

「ですよね……」


 ローズさんの懸念には、俺もまったく同感である。


 松戸博士が重要な戦力だったとするのなら、それを失ったワールドイーターが、このまま大人しくしているとも思えない。戦力の減少により、他の組織に襲われることを想定して、自分たちの方から動き出す可能性は、かなり高いように思える。


 既に状況は、のっぴきならない段階にまで、突入していると言ってもいいだろう。


「一応、ワールドイーターの動向には、最大限警戒はしてるんですけど、正義の味方の件もありますし、それに、ローズさんとその他二名も入院中ってことで、どうしても完璧とは言えなくて……」

「ごめんなさい、統斗ちゃん……、肝心なところで、役に立てなくて……」


 俺の弱音を聞いて、ローズさんが、そのゴツい顔を歪ませて、本当に申し訳なさそうな顔をしてしまった。


 いかんいかん、部下に心配をかけるようじゃ、悪の総統失格である。


 もっとしっかりしないとな、うんうん。


「うぅ……、その他扱いされたっス……、悲しいっス……」

「……僕は、ちょっと興奮する……。ふ、ふふふふ……」


 うるさい二人は、容赦なく無視することにする。もはや状況は、そんな些事さじに構っていられるほど、余裕があるわけではないのだ。


「そんな、ローズさんは悪くないですよ……。他の二人は、どうか知りませんけど。というか、存在そのものを、知りませんけど。そもそも、他の二人って、一体なんでしたっけ? 他に誰かいました?」

「いやっス! 無視しないで欲しいっス! 俺のこと見て欲しいっス!」

「……いや、むしろ無視して欲しい……! 徹底的に、放置プレイ……!」

「あんたたち! ここは病院なんだから、静かにしな!}


 なんだか、ガッカリするほどいつも通りの怪人三人組に囲まれながら、俺は少しだけ、心が休まるのを感じていた。


「でも統斗ちゃん! アタシたちが必要なら、いつでも頼ってくれていいのよん? こんな怪我なんて、関係ないんだから!」

「そうっス! これくらい、全然平気っスから! 統斗様の為なら、この命だって惜しくないっスよ!」

「……むしろ、無理して傷が開いたりすると、気持ち良いし……」


 ローズさんが、サブさんが、バディさんが、ズタボロのボロ雑巾みたいな恰好で、それでも頼りがいのある笑みを浮かべながら、俺を励ましてくれる。


 それだけで、俺は自分の心が、軽くなるのを感じていた。


「……みんな、ありがとうございます」


 俺は、それだけ言うのが、精一杯だ。



 やっぱり、この病院には、俺のカウンセリングに来たと言っても、過言ではないのかもしれないと、どうやら流石に、認めざるをえないようだった。


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