13-1
後悔先に立たず。
覆水盆に返らず。
後の祭り、自業自得、
時間は決して、巻き戻らない。
俺がどんな人間なのか。
俺がどれほど
正義の味方に、マジカルセイヴァーに、俺の正体がバレてから、すでに三日が経過している……、らしい。
ずっと意識を失っていたために、あまり実感はわかないが、とりあえず、今日はクリスマスイブから、三日経過してることは、確かだ。
地下本部の医務室で、ようやく目が覚めた俺に、泣きながら抱きついてきた
気を失った瞬間は、本当にこのまま死んで、地獄にでも落ちるんじゃないかと思っていたが、こうして意識が戻ってみると、それほど体調は悪くない。
俺自身の命気が、なんとか生き延びようと死力を尽くした……、というのもあるのだろうが、それよりも、なによりも、千尋さんが自分の命気を俺に分け与えてくれたことや、契さんが魔術で癒してくれたこと、マリーさんが全力で治療してくれたことの方が、大きいだろう。
俺は、大切なみんなのおかげで、こうして五体満足、無事でいられたのだった。
さて、体調が戻ったのなら、もう寝ている理由もない。寝ている時間もない。
事態はすでに、大きく動き出してしまっていた。
「それで……、状況は?」
ヴァイスインペリアル地下本部に存在する大ホール。
そこに用意されている玉座に身体を預けながら、俺は近くに控えている祖父ロボに、説明を求める。
「
契さんが、心配そうに俺を見ている。
「そうだぜ、統斗! まだ起きたばっかりだろ!」
千尋さんも、一生懸命に俺を気遣ってくれていた。
「主治医としても~、休息をオススメするわ~」
マリーさんも、俺の体調を危惧しているのか、どこか不安そうだ。
「いや、大丈夫だよ。みんな、心配してくれて、ありがとう……」
みんなの心遣いは嬉しいが、それでも、このまま大人しくベッドで寝ているなんてことは、今の俺には、できそうにない。
心がザワザワと荒立って、とてもじゃないが、ぐっすり眠るどころか、じっと横になっていることすら、無理そうだった。
「それに、自前の命気も戻ってきてるし、今はちょっと元気なく見えても、その内、ちゃんと元通りだから、安心して」
実際、命気のおかげで、体調面はそれほど悪くないし、どんどんと良くなっている感触もある。
そのおかげで、こうして自分の身体よりも、精神的な不調の方が気になって仕方ないみたいなところも、あるんだけど。
「というわけで、頼むよ、じいちゃん」
「仕方ないのう……」
俺のお願いに屈してくれた祖父ロボが、渋々と言った様子で口を開く。どうやら、言っても聞かないと判断してくれたようだ。ありがたい。
こうして、遅まきながら、悪の組織による、現状確認が始まった。
「まずは
祖父ロボにしては珍しく、その声の中に、どこか哀愁を漂わせている。
その様子を見れば、分かる。
松戸
「そうか……」
俺は松戸博士のことは、あまり好きにはなれなかったが、それでも、知っている相手が亡くなったという事実には、それなりに思うところもある。自爆とは言え、相手が俺との戦闘の結果、その命を絶つことになったというのなら、尚更だ。
「それで、スタジアムの方はどうなったんだ?」
しかし、だからといって何時までも、感傷に浸っているわけにはいかない。
そんなものは、ただ自分を慰めるための儀式にすぎないのだから。
俺は、悪の総統なのだ。
「事前に
そして、悪の総統なのは、祖父ロボも同じだ。一瞬前までの哀愁はすでに消え去り、普段となにも変わらない調子で、スラスラと説明を続けてくれる。
「マジカルセイヴァーに被害って……、大丈夫なのか?」
「大丈夫だとも言えるし、大丈夫ではないとも言えるの」
いや、そこは非常に気になるというか、そこが俺の心配事の大本なので、そんな禅問答みたいな表現で、誤魔化さないで欲しいのだけれど……。
「肉体的な意味でしたら、マジカルセイヴァー全員に、特に問題はありません。統斗様のおかげですね。彼女たちは死ぬまで感謝するべきでしょう」
どうやら契さんは、正義の味方を庇って、俺自身が、かなり危ない目にあったということが、いまだに納得できないようで、先ほどからマジカルセイヴァーに対して、微妙に口調が厳しい。
しかし、とりあえず、桃花たちに大きな怪我がなかったというのは、俺にとっては嬉しい知らせだ。
「精神的な意味だと、結構キツそうだったかなー。なんか呆然として、しばらく動けないみたいだったし」
うぅ……。それを言われると、非常に辛くなってしまいます、千尋さん……。
だが、この苦しさを、俺は否定してはならない。
これはまさしく、身から出た錆なのだから。
「まっ、それも仕方ないわよね~。正義の味方が好きになった相手が、実は悪の総統だったなんて、確かにびっくりよね~」
マリーさん、この状況って、びっくりで済むんですか……?
マジカルセイヴァーのみんなにしてみれば、俺はまさしく、外道も外道、自分たちの心を弄んだ、憎むべき相手になってしまった気がするんですが……。
「現状としては、まぁ、そんなところか。お前の正体が正義の味方にバレた以外は、大きな変化はないの。ワールドイーターも、まだ目立った動きは見せとらん」
それ以外は、なんて言われても、それが一番
一応、俺が寝ている間に、ワールドイーターとの全面戦争に突入した、みたいなことになっていなくて、少し安心はしたけれど。
「そっか……、それだけか……」
「まあ、それだけじゃな」
だがしかし、確かに
俺は、やはり悪の総統なのだから。
自分でそう、決めたのだから。
「そうなると、当面の問題は、俺の今後の身の振り方だけってことか」
まずは冷静に、状況を見極め、方針を立てるべきだろう。
今後も悪の総統として、活動していくのならば。
「マジカルセイヴァーに、統斗様が悪の総統だと知られたということは、残念ですが、その上司である統斗様のご両親にも、その情報は伝わっているはずです……」
それは、分かりきっていた事実ではあるのだが、こうして言葉にして伝えられると、なかなかに重たい事実だった。
契さんの、こちらを思いやるような優しい視線のおかげで、いくらか気持ちは軽くなったけれど。
「ここ最近、正義の味方の関係者が、街に増えたって情報もあるぜ!」
「多分~、統斗ちゃんのことを~、探してるんだと思うわ~」
千尋さんとマリーさんが、わざと明るい口調で、いつも通りの報告をしてくれる。
みんなに随分と気を使わせてしまっているという後ろめたさはあるが、今はありがたく、その心遣いを受け取ることにしよう。
「なるほど……。だったら、街には出れないし、もう家にも、帰らない方がいいな」
敵対している悪の組織のボスの正体が判明した、となれば、正義の味方としては、それは探さずにはいられないだろう。
まずは、その正体の生活圏を捜索するというのは常套手段だろうから、自分からわざわざ、その網にかかりに行く理由は無い。
それに、家に帰るのも問題外だ。もはや状況は、俺が呑気に家に帰るのを許してくれるほど、穏やかなものではなくなってしまった。
これまで暮らしてきた生家に、もう二度と帰れなくなってしまったという事実は、俺に少なからず衝撃を与えたが、今はそれよりも、心配なことがある。
俺の両親、息子が悪の総統なんてやってるって、
普通に考えたら、絶対にアウトだろうし、下手をしたら、正義の味方としての立場を失うどころか、悪の組織の関係者と疑われて、非常に不味い立場に陥ってしまうことだろう。
できれば、息子が悪の総統だった、という情報は、自分たちのところで止めて、上層部には報告しない……、くらいのしたたかさを発揮してくれていることを、祈るばかりである。
これもまた、非常に無責任な物言いになってしまって、心が苦しいが。
「マジカルセイヴァー
惜しかった、と言われても、俺は微妙な気分にしかなれないわけだが……。
そもそも、マジカルセイヴァー籠絡作戦は最初から成功させるつもりもなかった、なんて言ってしまうと、非常に都合のいい自己弁護をしているということは自覚しているが、それはともかく、最終的な俺の目的と、祖父ロボの目論見に
なんて言い訳しても、これは全て、きちんと落としどころを考えず、無計画にずるずると作戦を進めてしまった、俺のミスだ。
全ては、俺の甘ったれた性根のせいで彼女たちを、
この報いを、いつか必ず、俺は受けなければならないだろう。
いや、受けるべきなのだ。
「仕方ないさ。こうなったら、しばらくはこの地下本部で、大人しくしてるかな」
「そうですね。しばらくは静養して、英気を養ってください」
「体調管理は大事だからな! あんまり無理するなよ! 統斗!」
消極的かもしれないが、今の俺が下手に動いても、状況は好転しないだろうし、契さんと千尋さんが言うように、しばらくは身体を休めるのも、選択肢としては十分アリだろう。
「それに~、カイザースーツの方も~、現在絶賛修復中だから~、統斗ちゃんは~、ゆっくり休んでて~」
そして、俺が動けない、もう一つの理由が、これだ。
俺のせいで甚大な被害を被ったカイザースーツは、マリーさんに修理を任せているのだが、あれだけの無茶をしてしまった以上、即座に全快、というわけには、流石にいかないだろう。
「……結構、無理しちゃいましたけど、スーツ、大丈夫なんですか?」
「致命的な破損は無いから~、大丈夫~。ただ~、システム面で色々と不具合が出てるから~、それを直すのに、ちょっとかかるかも~」
どうやら、今すぐとはいかなくても、遠からずスーツの修復は、可能なようだ。
「そっか……」
最悪、カイザースーツが二度と使用できない事態も想定していた俺は、そっと胸を撫で下ろす。俺はいつだって、このスーツに頼り通しで、なんだか申し訳ない気持ちになっていた。
どんな時も、俺を助けてくれるカイザースーツには、本当に、いくら感謝しても、しきれない。
「それでは、統斗様。この地下本部に滞在中、どの部屋で休まれますか?」
「あ、あぁ。そうだな……」
契さんに言われて、少し落ち込んだ気分になっていた俺は、新たな問題に頭を悩ませることになる。
そうか、家に帰れないってことは、もう俺の部屋にも、二度と戻れないってことなんだよなぁ……。
「あっ! だったらオレの部屋使ってくれよ! 同棲しよう、統斗! 同棲! ご飯とかも、オレが全部作るからさ!」
あっけらかんとした千尋さんの提案は、非常に魅力的だった。
料理上手の千尋さんに、毎食作ってもらえるなんて、夢のようだと言ってもいい。
ただ、この夢のようなプランには、色々と問題もあって……。
「いえ、それでしたら私の部屋に……」
「え~! だったら~! ワタシの部屋でもいいじゃない~!」
抜け駆けを図った千尋さんに対して、契さんとマリーさんも追従してくる。
まぁ、こうなるよね……。
しかし、契さんの部屋はともかく、混沌としているマリーさんの部屋は、正直どうかなと思わなくもないことは、口には出さないでおこう。
「はぁ……」
俺は、誰が俺と一緒に部屋で眠るのか、可愛い言い争いを繰り広げている悪の女幹部たちを眺めながら、小さくため息をつく。
いや、別に彼女たちに呆れたとか、そういう話ではない。むしろ、俺なんかを取り合ってくれて、光栄の至りだ。
俺の心に圧し掛かる問題は、そことはまったく、別のところにある。
「まさしく、人生の岐路が訪れた、ってやつかな……」
状況は一変し、俺はこれまで生きてきて、積み上げてきた、様々なものを捨て去る結果になってしまった。
だがしかし、俺は歩みを止めるわけには、いかない。
俺はまだ、生きている。まだなにも、終わってなどいない。
これが俺の選んだ、俺の人生なのだから。
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