12-13


 俺が急ぎ、戦場に駆け付けた時には、既に大勢は決していた。


『ヌハハハハハハハハ! 弱い! 弱すぎる! いや! 吾輩が強すぎるのだ!』


 高笑いを挙げる松戸まつどごう博士には、微塵の損傷も確認できない。


 そして正義の味方は全員、地面に倒れ伏してしまっていた。


「つっ……! うぅ……」


 マジカルレッドこと、赤峰あかみね火凜かりんが、苦し気に呻き声を上げている。


「くっ、そんな……」


 マジカルブルーこと、水月みつきあおいさんが、悔しそうに拳を握りしめている。


「み、みんな……」


 マジカルグリーンこと、緑山みどりやま樹里じゅり先輩が、傷だらけの身体を引きずりながら、他のメンバーを心配している。


「あ、あううう……」


 マジカリイエローこと、黄村きむらひかりが、半分意識を失ったまま、目を回している。



 状況は、狂気の博士の、圧倒的優位だった。



 地下本部にて、マジカルセイヴァーと松戸博士が接敵したのを確認してから。俺がこの場にやってくるまで、僅か数秒。


 その数秒で、状況は最悪と言えるレベルにまで、陥っていた。



「ぐっ……、ま、まだ……!」


 雪の舞い散る夜空の下で、地に伏せていたマジカルピンクが、桜田さくらだ桃花ももかが、最後の気力を振り絞るように立ち上がる。


「マジカル! コーラルガトリング! ブレイク!」


 ボロボロのピンクが生み出したガトリング砲が火を噴き、無数の魔素エーテルによる弾丸が、明らかに油断している松戸博士を襲う。


 しかし……。


「遅い! 遅い遅い遅い遅い遅い! 全てが遅い!」


 松戸博士が、全長十メートル以上はありそうな巨大な人型ロボットが、その巨体からは想像もできない反射速度で、スピードで、ガトリングの射線から、一瞬で退避してしまう。


「なっ!」


 驚愕の声を声を上げるピンクの眼前に、凄まじい勢いで接近した松戸博士が、その悪夢のような巨大ロボットの右拳を、降り上げる。


「散れい! 無様ぶざまな正義の味方よ!」


 松戸博士と接続されている巨人は、主のヒステリックな叫びに応え、固く握りしめた、その拳を、凄まじい勢いで振り下ろす。


「――っ!」


 無慈悲な拳が、まるで巨大な鉄球のように、驚き、固まるマジカルピンクを押し潰そうとした、その刹那。



 ようやく俺は、間に合った。



「――ハッ!」


 命気プラーナの力と、カイザースーツの性能をフルに活かして、人外のスピードで、マジカルピンクと振り下ろされる拳の間に身体を割り込ませた俺は、既に頭の中で構成していた防御用の魔方陣を展開し、敵の攻撃を受け止めると同時に、そのまま前進して、松戸博士を押し返す。


 敵は巨体だったが、不意をつけたのが大きかった。遠くまで弾き飛ばす……、まではいかなかったが、なんとか、安全な距離を取ることには、成功した。


「……シュバルカイザー!」

「ヌハハハハハハ! 来たか! シュバルカイザー!」


 俺の後ろからマジカルピンクが、前からは松戸博士が、それぞれ俺の名を、悪の組織ヴァイスインペリアル総統の名を、叫んだ。


「……騒がしいからと来てみれば、なんだ、この状況は? どうして正義の味方が、ここにいる?」


 とりあえず、この状況はまずい。


 少なくともここは、マジカルセイヴァーのみんなに引いてもらわないと、危険だ。それだけの戦闘能力を、今の松戸博士は、ゆうしている。


 俺は、わざと正義の味方の存在に触れることで、なんとかこの場の流れを変えようと試みる。少しでも時間と隙を作って、その内に、みんなにはこの場から逃げてもらおうという算段なのだが……。


「ヌハハハ! そんなこと、吾輩が知るわけがなかろう! ここで暴れるのを止めろなどと、意味の分からないことを言ってきたから、叩き伏せたまで! まぁ、貴様を倒すための準備運動くらいにはなったがな! ヌハハハハハハ!」


 目の前の松戸には、正直、隙がある。


 正確に言えば、その神経が、その注意が、その敵意が、全て俺に注がれているために、この場において、俺以外の対象についての警戒が薄い。


 俺の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくには、最大限の警戒をしているようだが、正義の味方の動向については、どうでもいい感じだ。これならば、マジカルセイヴァーがその気になれば、撤退も容易だと思えるのだが……。


「くっ……! シュバル、カイザー……!」


 悔し気にこちらを睨んでいたマジカルピンクが、苦悶の声と共に、再びその場に倒れ込んでしまった。意識は失っていないようだが、どうやら、今すぐこの場から動くことは、不可能なようだ。


 問題は、マジカリセイヴァーたちの受けた深刻なダメージか。俺が少し時間を稼いだ程度では、動ける程度に回復することすら、難しそうだった。


 これでは、正義の味方に、敵を前にして尻尾を巻いて逃げ出すことを納得させる云々以前の問題である。


 俺が彼女たちを、どこか安全な場所まで送ることができればいいのだが、目の前の松戸から厳重に監視されている以上、下手な動きをするのは、危険だ。 


 そもそも、俺が悪の総統である以上、正義の味方を公然と助けるような行動は、容易に行えないのだけれども。


「ヌハハハハハハ! そんな小娘共のことなど、どうでもよかろう! 今は、吾輩が貴様を倒し、全てに決着をつける時なのだ!」


 正直、松戸博士のことなんかより、マジカルセイヴァーのみんなが大きな怪我でもしていないかという方が、俺にとっては、よっぽど大事なのだが、この状況では、そうも言っていられない。


 今の俺が取り得る最善の行動は、可及的速やかに、この目の前の敵を倒して、事態を収束させることくらいだろう。


「決着か……。いいだろう、受けて立ってやる。いい加減、貴様の妄言に付き合うのにも、うんざりしていたところだ!」

「ヌハハハハハ! 貴様の高飛車な態度には、吾輩も我慢ならん! この最終さいしゅう決戦けっせん兵器へいき全起ぜんきによって、二度とその口聞けぬよう、細胞の一片も残さずに、この世から消し飛ばしてやろう!」


 俺の後ろには、倒れ込んだままのマジカルピンクがいる。このまま、この場で戦闘が始まってしまうと、桃花に危険が及んでしまう。


 俺は、それらしい台詞を口に出しながら、その場から飛び上がり、近くにあったクレーン車の頂点に移動する。


 俺しか見えていない松戸博士……、そして奴が操る全起というらしい巨大ロボは、俺の思惑通り、正義の味方は無視して、ただこちらに向けて高笑いを上げている。


 やはり、松戸の狙いはあくまで俺を倒すことだけであって、マジカルセイヴァーの方には、興味がないらしい。


 それは、俺にとっては実に好都合だった。


 俺は、念のためにピンクの前に展開していた防御用の魔方陣を解除して、松戸博士と接続した巨大な人型ロボ、全起と向き合う、


 狙うは、早期決着!


「――ふっ!」


 俺は魔術を使い、剥き出しになっている松戸本人の周囲で、大爆発を起こす。


 魔術の才能を持たない松戸博士には、魔方陣を認識できない。

 つまり、これは相手にとって、決して避けられない一撃だ。


 そして、前に魔術による直接攻撃を試みた時には、松戸博士のバリアに弾かれたことを覚えていたので、今回は、威力調整にも気を使った。


 自分でも改心の出来だったと思える、渾身の魔方陣だ。


 これなら……!


「ヌハハハハハハ! 無駄だ! 無駄無駄無駄無駄! 無駄なのだ!」


 しかし、俺の魔術が直撃し、炎と煙に巻かれた全起の頭部から、なんとも耳障りな哄笑が聞こえてきた。


 その声には、幾分の焦りも、虚勢きょせいも、ダメージすらも、含まれていない。


 まったくの、完全なる、余裕の声だ。


「最早! 既に! 完璧に! 吾輩こそが全起であり! 全起こそが吾輩なのだ! この全起に! 吾輩の全てを注ぎ込んだ最高傑作に! そんな木っ端な攻撃が、効くものか!」


 恍惚の表情を浮かべ、勝ち誇る松戸博士の肉体は、確かに、俺の生み出した爆発で受けたようなダメージは、見受けられない。


 その代りに、松戸本人が誇っているように、全起という巨大なロボットと物理的に接続するために施された、痛々しい手術の傷痕から、ジワジワと血が流れて続けているのだが。


「――チッ!」


 どうやら、極薄で耐久度の高いバリアを、周囲にではなく、全身に直接張り付けてでもいるのか、それとも、生身の身体を改造する際に、もっと直接的な強化を施しているのかもしれないが、詳細は不明だ。


 そんなことに、構っている暇はない。


「ヌハハハハ! それでは! こちらの番だ!」


 速い!


 松戸が操っている全起は、基本的な見た目は、この前戦った剛骸ごうきをそのまま大きくした感じなのだが、そのスピードは桁違いだ。


 剛骸の動きは緩慢で、ノロく、そこが隙だったのだが、全起の動きは、それと比べれば雲泥の差……、いや、他のなにかと比較しなくても、尋常ではない!


「クッ!」


 俺は一つうめくと、慌てて足場にしていたクレーン車から飛び退く。


「ヌハハハ! 遅い!」


 次の瞬間、全起が振り抜いた拳によって、この巨大な重機はあっさりと大破し、盛大にかしいだ。


 そして、そのグラリと倒れかけたクレーンを、全起はしっかりと掴むと、空中の俺に向けて、思い切り叩きつけてくる。


「よっと!」 


 迫りくるクレーンを避けることも、逆に破壊することも可能だったが、俺はあえてその場で姿勢を整え、鉄柱に自ら接触し、振り抜かれるその勢いを利用して、大きくその場から距離を取る。


 これで、まだその場から動けないマジカルセイヴァーとは、かなり距離を取れたことになる。これなら、ある程度余裕を持って、みんなの安全を確保できるだろう。


 しかし、俺は失念していた。


 そんな余裕のある対応ができるのは、自分が相手よりも、圧倒的に優位に立てるだけの力量差が、必要であるということを。


「ヌハハハハー! 甘いわ!」


 ある程度、余裕を持って取ったはずの距離を、全起は一瞬で詰め寄り、俺が着地して、体勢を整えるより早く、その拳を繰り出してきた。


 このタイミングでは、かわすのは不可能だ。

 俺の超感覚も、全力で防御しろと告げている。


「ぐう!」


 ガギン! と大きな音を立てて、俺はなんとか、その場に留まることにだけは成功したが、カイザースーツが悲鳴を上げた。


 ちゃんと魔術による防御を重ねた上で、その攻撃を受け止めたはずなのだが、無視できない、確かなダメージを受けたと警告している。


「ほれほれ! どうした、どうした! ヌハハ! 随分ともろいではないか!」

「調子に……、乗るな!」


 続けざまに殴りかかってきた全起の二撃目を避けながら、俺はその、大木のような機械の腕を、思い切り殴りつける。


 しかし俺の拳は、再びガギン! と大きな音を立てて、実にあっさりと、弾かれてしまった。


「チッ! だったら、これだ!」


 俺は即座に、大量の魔方陣を展開し、周囲の魔素を掻き集め、全起の巨体全てに向けて、大量の魔弾を掃射する。


「ヌハハハ! 弱い! そんな豆鉄砲が、吾輩に効くと思ったのか!!」 


 相手の全身を攻撃したのは、敵の弱い部分を探すという意図も有ったのだが、どうやら無駄に終わったようだ。


 弱点もなにも、俺の攻撃は相手に対して、まったく、これっぽっちも、成果を上げることが、できなかった。


 その堅牢さは、やはりこの前の戦闘における、剛骸の異常な耐久力と同じ……、いや、もしかしたら、それ以上かもしれない。


貧弱ひんじゃく! 虚弱きょじゃく! 軟弱なんじゃく! 脆弱ぜいじゃく! シュバルカイザー、恐れるに足らず!」


 こちらの攻撃を物ともせず、強引に、執拗に、凄まじい勢いで、こちらに向けて攻撃を繰り出す全起を、止めることができない!


 打撃は弾かれ、魔術は強引に突破され、距離を取ろうにも、全起の動きは、尋常ではない速度と反射を両立させてしまっている。下手に動けば、そのまま、この暴風雨のような攻撃の嵐に巻き込まれ、バラバラにされてしまいそうだった。


「剛骸はパワーと防御力を追求した代わりに、スピードを犠牲にしていた! その問題を解決したのが、この改良型超過ちょうかエンジン、回天かいてんである!」


 狂気の笑みを浮かべた松戸博士の叫びに応えて、全起の背中に装着された大型の円盤が、恐ろしい唸りを上げて、回転を強めた。


 自己顕示欲の強い松戸博士は、こちらがなにか尋ねずとも、自分から勝手に自らの発明品の解説を始めてくれる。


 全起の猛攻をなんとかさばきながら、俺は松戸の妄言に耳を傾ける。この状況を打破するためのヒントが、そこに隠れていないとも限らない。


「回天の生み出す、気象すら操作するエネルギーを受け止められるのは、剛骸の持つ規格外の耐久力のみ! 剛骸の重厚な巨体を満足に動かせるのは、回天の生み出す超エネルギーのみ! 二つで一つ! 一にして全! これぞ、全起よ!」


 全起の頭部に鎮座した松戸が、恍惚の表情を浮かべ、うっとりと空を眺めている。


 しかし、操縦者が隙だらけのポーズを晒しているあいだも、全起の猛攻は、露ほども止む気配がない。


 俺もなんとか、ジリジリと反撃を繰り返してはいるが、その圧力に、ジワジワと押されてしまう。


「感謝するぞ、シュバルカイザー! 貴様らとの戦いが! そのデータが! 吾輩がこの傑作を生み出すための、糧となったのだ!」


 狂気の博士が傑作と呼んだ巨大ロボット、全起が、その巨大な右手を握り締め、大きく振り被る。


「だから、感謝の印に! しっかりと、叩き潰してやろう!」


 そしてそのまま、防戦一方の俺に向けて、痛恨の一撃を打ち込んだ。


 ……ここだ!


「こいつで、どうだ!」


 俺は迫りくる全起の拳に、自ら突進すると、素早く反転、足元に幾重にも展開した魔方陣を盾にして、こちらから蹴りを仕掛ける。


 そして、こちらの足と、向こうの拳が触れた瞬間、俺の魔方陣が起動、その場で盛大な爆発と、目くらましのための煙を撒き散らす。


 俺はその爆発と、相手の攻撃の威力を利用して、後方に退避。このまま接近戦を続けるのは、危険だと判断したのだ。


「むぐっ!」


 煙幕に効果が有ったかどうかは不明だが、全起の、松戸の動きが一瞬止まり、俺は大きく後方に飛び退くことに成功した。


 とりあえずこれで、体勢を立て直して……!


「甘いわ!」


 松戸博士が叫んだ、その瞬間、俺の全身に怖気が走り、俺の超感覚が、そしてカイザースーツが、最大限の警鐘を鳴らす。


 このまま、ここに留まるのは、絶対にまずい!


 俺が自らの本能と、頼れるスーツの警告に従い、折角着地した地面を踏みにじり、その場から全力で退避したのと、同時だった。


 俺の魔方陣によって発生した煙幕を突き破り、巨大な鉄球が、恐ろしい速度で、正確にこちらへ向かって、ミサイルのように唸りを上げてて、飛び出してきたのは。


 あの鉄球だけには、まともに触れるな!


 それが俺の超感覚と、カイザースーツが出した、絶対の結論だ。


 俺は、その結論に従い、大袈裟なくらい距離を取って、確実にその鉄球を躱す。



 そして、俺をとらえ損ねた鉄球は、そのまま唸りを上げて、修復工事中だったスタジアム内部に用意された、鉄筋製の足場を、重機を、そして、このスタジアムの壁を、音も無く、まるで透過するかのように消し飛ばしつつ、自らも段々小さくなりながら直進すると、最終的には、完全に消滅してしまった。



「かーっ! 惜しい! この強制きょうせい侵食しんしょく腐食ふしょく砲弾ほうだんと、貴様のスーツ、どちらが優れているか、折角判明すると思ったのだが!」


 松戸が悔しそうな声で叫んでいるが、俺の方は、それどころではない。


 強制侵食腐食弾というのは、確か、前にも松戸が使っていたのを確認しているが、あの時は、小指の先ほどの大きさで、一度使えば、その拳銃が、ボロボロに錆びてしまう程度の弾丸だったはずだ。


 それが今や、あれだけ巨大な鉄球と化して、その上、触れたモノを崩壊させてしまう効果も、段違いに向上してしまっている。


 それが単純に、弾丸が砲弾となったことによる、質量の変化がもたらした効果なのか、それとも、なにか別の要因による改善なのかは判然としないが、そんなことよりも、俺にはどうしても、気になることがある。


 触れた物質を侵食し、腐食した結果、崩壊させてしまう、あの巨大な鉄球を撃ち出すために、どうしても必要なもの……。


 そう、大砲本体の問題だ。


 強制侵食腐食弾の特性上、一度でも使えば、どうしても、その大砲自体が、崩壊してしまうはずなのだが……。


「ヌハハハハ! まぁよい! 一度外しても、二度目三度目で当てればいいのだ!」


 一度限りの砲撃どころか、松戸の哄笑と共に、次々に鉄球が撃ち出され、俺へと向けた砲撃を繰り返している。


 それを必死に避け続けながら、俺は、見た。見てしまった。


 砲撃の根本を、全起の左腕を、その悪夢を。


 蠢くような肉の塊が寄り集まった、その生々しい左腕を。

 強引にその形を変形させて、砲門となり、そこから鉄球が放たれている様子を。


 その凄まじい速度で発射される鉄球により、こすれ、けずられ、えぐられ、え、げ、グズグズと崩されながら、胡乱うろんな呻き声を上げる、松戸が肉塊にくかい駆動くどう人形にんぎょうと呼んでいる、再羅さいらと名付けた、人の形をしたモノの姿を。


「松戸! 貴様、その左腕はどうした!」

「左腕? あぁ、これか? これがどうした?」 


 松戸博士が、笑いながら、自慢げに、自らの発明品の説明を始める。


「強制侵食腐食砲弾は、金属の分解に特化していてな。生物的な反応を持つ有機物に対しては、どうしても効果が薄い! 常人なら、それを弱点と考えるのだろうが、吾輩は違う! その性質を逆手に取って、こうして無様な肉塊共を砲身として使用することで、通常なら一度しか打てないという問題を、見事に解決してみせたのだ!」


 松戸が無様な肉塊と呼んだモノは、元人間だ。


 狂気のマッドサイエンティスト、松戸剛の発明した肉塊駆動人形、再羅は、人間を材料として製造されているという事実を、俺は既に、知っていた。


「――外道が!」

「外道? 違うな! 吾輩が歩む道こそが、正道なのだ!」


 松戸の嘲笑は不愉快だったが、先ほどから全起が連射し続けている、触れられない鉄球の砲撃の前に、俺は逃げ続けるしかない。


 正直、このままでは埒が明かない。

 ノーマルのカイザースーツでは、これ以上の反撃は難しい。


 だったら、切り札を使うしかない!


「魔素充填じゅうてん!」


 俺の叫びに応えて、リミッターを外したスーツが、その力を解放する。


 全身を魔術文字で覆い、耐久力と耐性を飛躍的に向上させ、関節部に魔素を凝縮することで生成した宝玉を配置し、全体的な性能を跳ね上げる。


「シュバルカイザー・マギア!」


 俺は、背中に出現した三つの光輪をパージし、砲弾を避けるようにして、全起を切り裂くために、放つ。


 同時に、これまでより格段に密度を上げて構成することが可能になった魔方陣を使い、圧倒的な質量と速度で迫る鉄球を、直接触れることなく受け止め、これを撃ち出した相手に向けて、弾き返す。


 先ほどの松戸の言葉を信じるのなら、あの馬鹿みたいに強固な、ご自慢の全起といえど、この強制侵食腐食砲弾に触れれば、崩壊してしまうはず……!


「ヌハハハ! ぬるい! ぬるいぞ!」

「――チィ!」


 だがしかし、俺の目論見は、あっさりと松戸に見抜かれてしまっていたようだ。


 砲弾が魔方陣により、その場に停止した瞬間、炸裂し、粉々になって、広範囲にバラ撒かれてしまう。ここまで小さくなると、松戸に向けて返したところで、途中で自壊して、消滅してしまうだろう。


「だがしかし! 本気を出してきたことは、褒めてやろう!」


 そして、松戸に向けて飛ばした光輪も、その全てが、全起の堅牢な装甲の前に、無残に弾かられてしまった。


 いや本当に、どういう理屈で、あんな理不尽なくらい堅いんだよ、あの装甲!


 なんて、愚痴を言ってる暇は、なかった。


「貴様の本気を叩き伏せてこそ、吾輩の溜飲も下がるというもの!」

「――ッ!」


 松戸の叫びに応えるように、全起の外装が開かれ、その内部から、機関銃が、ミサイルが、レーザーが、よく分からない兵器の数々が、無数に飛び出し、そして、一斉に起動した。


 次の瞬間、全起を中心とした全方位、超広範囲に渡って、破滅的な破壊の渦が、全てを薙ぎ払うように、巻き起こる。


 おそらく、魔術を認識できない松戸博士が、その対策として、展開した魔方陣が効果を発揮する前に、その全て破壊すればいいとでも考えたのだろうが、問題は、そこじゃない。



 そう、問題は、そこじゃなかった。



 松戸博士は本当に、俺を倒すことのみに執心し、他には目もくれていない。


 そう、本当に、微塵も目もくれず、配慮など、しないのだ。


 そのために、ただ俺を倒すためだけに、過剰に放たれた無差別な攻撃は、もはや、このスタジアム全体を覆い尽くす勢いだった。



 地面に倒れ込み、動けないマジカルセイヴァーのみんなを、巻き込んで。



 しまった!


 なんて、声に出す暇すらない。完全に失敗した。俺のミスだ。


 松戸は、俺を狙っているだけだと、俺だけを狙っているのだと、どこかで油断したのかもしれない。心の中のどこかで、まだこの状況を、自分がコントロールできるのだと、軽く考えていたのかもしれない。


 だがしかし、そんな自分の失敗の原因を考えている時間なんて、それこそ、無い。

 まったく、無かった。


「間に合ええええ!」


 悪の総統としての体裁など、かなぐり捨てて、最速で、最大の効果を発揮するために、強引に構成した魔方陣を、地に伏せ、起き上ることすらできない、俺の大事な人たちを守るめに展開するのが、精一杯だったからだ。



 ――そして、閃光が瞬いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る