12-14


「――ぐううっ!」


 ギリギリで間に合った魔方陣によって、マジカルセイヴァーのみんなを守ることだけには、なんとか成功した。


 その分、魔術のリソースを割いてしまったので、俺自身へと向けられた、松戸まつどごうが操る全起ぜんきの攻撃を、完全には防御しきれなかったが、そんなことは、問題ではない。


 敵の猛攻は、まだ続いているのだから。


「ヌハハハハ! どうした! 動きが鈍いぞ! シュバルカイザー!」


 自ら傑作と豪語する巨大人型ロボツト、全起の頭部に埋め込まれた松戸博士が、なにやら勝ち誇っているが、正直、そんなことに構っている余裕もない。


 マジカルセイヴァーは、それぞれ離れた場所で、倒れ込んでしまっている。


 このままでは、彼女たち全員を守るのは、難しい!!


「な、なに……? これ……」

「身体が……、勝手に……」


 マジカルレッドとマジカルブルーが、まるで引き寄せられるように動き出した自分の身体をいぶかしむが、それだけだ。抵抗すらしない……、いや、できないのか。


「イ、イエロー……、大丈夫?」

「ううう……、大丈夫だけど、なんだか吸い寄せられる~……」


 マジカルグリーンとマジカルイエローも、まだ自由に動くことはできないようだ。


「これって……、やっぱり、魔術……」


 マジカルピンクの推測は、正しい。


 俺が魔素エーテルを操り、魔方陣を使うことで、バラバラに離れていたマジカルセイヴァーを、強引に、一箇所に集めたのだ。


「――つっ!」


 そうこうしている間にも、松戸が全方位に向けた、滅茶苦茶な攻撃は続いている。


 意識を正義の味方へと向けていた俺は、流石にその全てを避けることはできず、幾らか被弾してしまうが、そんなものは、無視だ。


 なんとか致命的は攻撃だけは、絶対に喰らわないように気を付けながら、俺は更に、意識を集中する。


「それに……、このバリア……」


 マジカルセイヴァーのみんなは、まだ自由に動けないが、それでも意識は、はっきりとしている。今のピンクのように、動けない自分たちを守っているものがなんなのか、不審に思う者も出てしまうかもしれないが、正直、形振なりふり構っていられるような状況ではない。


 俺は、ただ正義の味方を守るため、全力の集中力を使って、一箇所に集まったマジカルセイヴァーを包み込むように、俺が魔術で作り出せる最大強度を、長時間たもち続ける、防衛用の魔方陣を展開する。


 これでなんとか、みんなの一時的な安全は確保できたはずだが、それで安心というわけではない。


 暴れ狂う松戸は、奴が操る全起は、まだ、健在なのだから。


「ヌハ! ヌハ! ヌハハ! ヌハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハ!」


 頭部に接続されている松戸が、狂ったような笑い声を上げる度に、その下の全起の全身から、銃弾が、爆薬が、光線が、地獄のようにあふれ出している。


 このまま敵の好きにさせるのは、流石にまずい。俺の展開した防壁も、これでは、どれだけ保てるのか、分からない。


「――ッ!」


 俺は、自分の周囲にも防壁を張り終えると、マギアモードを解除する。


 ここまで、全起の攻撃を多少とはいえ喰らってしまったために、各部にかなりのダメージを受けてしまったが、まだ深刻というほどではない。


 俺は意識的に、休息を推奨するカイザースーツを無視して、次なる一手に、強引に打って出る。


英知えいち充填じゅうてん!」


 即座に次の切り札を使ってしまったために、スーツが更に悲鳴を上げるが、ここは我慢してもらうしかない!


 俺の叫びに応えて、空間を切り裂き、瞬時に出現した強化パーツが、カイザースーツに装着される。


「シュバルカイザー・マシーネ!」


 そして、両腕に装備された、巨大なハサミのような兵器を起動し、レーザーブレードとして振るうことで、こちらに迫っていたミサイルを切り裂き、前面に追加されたアーマーの防御力に任せ、背部のブースターと、脚部のスラスターを操り、瞬時に加速すると、強引に空中へ向けて、飛翔した。


「ヌハハ! 小癪こしゃくな真似を!」


 狙い通り、空へと逃げた俺を狙い撃つため、松戸は全方位に向けた無差別攻撃から、上空へと向けた迎撃に切り替えた。


 これで、地上にいるマジカルセイヴァーは、より安全になったはずだ。


 それに、このマシーネモードなら空中でも、自在に動ける。これなら、下からこちらを狙うしかない全起の攻撃も避けやすいし、相手への牽制にもなるだろう。


 この隙に状況を立て直して、少しでも早く松戸を倒さないと……。


 なんて俺の姑息な目論見は、あっさりと崩れ去る。


「だが甘い! 甘すぎるわ!」

「なっ!」


 空へと逃げた俺を嘲笑あざわらうように、松戸が叫んだその瞬間、全起の両足裏から、凄まじい噴煙が巻き起こったと思った瞬間には、その巨体が、ゾッとするようなスピードで加速して、こちらに向かって迫って来ていた。


 全起が、あの全長十メートルはありそうな巨大な人型ロボットが、その足元の噴射だけで、強引に、空を飛んだのだ。


「滅茶苦茶だろうが!」


 俺は慌てて、こちらに向けて拳を振るってくる全起の巨体を、なんとか避けた。


 おそらく、全起がその背中に背負っている規格外のエンジン、回天かいてんの生み出すエネルギーを使っているのだろうが、それにしたって空気抵抗だの、重力だのといった物理法則は、一体なにをしているんだ。


 なんで、あのバカデカい図体で、このマシーネモードに匹敵する速度で、自在に空を飛び回れるんだよ!


「ヌハハハハハ! 貴様のスーツの性能は、全て解析済みだ! そして! この全起は、あらゆる性能面で、貴様の下らぬスーツを、上回る!」

「クソッ!」


 空中で俺と、凄まじいドッグファイトを繰り広げながらも、松戸の耳障りな嘲笑ちょうしょうは、止むことがない。


 心底不愉快だが、その自信は本物だ。体格の差から、小回りはこちらの方が効くはずなのに、強引すぎる軌道を描いた全起に、俺は後ろを取られてしまった。


「――だったら、こいつは、どうだ!」


 ならばと、俺はマシーネモードの性能に任せて、その場で急激に旋回し、こちらへと向かってきていた全起と交錯、すれ違いざまに、両腕のレーザーブレードで、相手を切り裂こうと画策する。


「無駄無駄無駄無駄! 貴様の性能は、解析済みだ言っただろうが!」


 しかし、確かに当たったはずのレーザーも、全起の装甲を焼き切るまでには至らない。それどころか、無茶な軌道変更を行った結果、生まれた隙を突かれ、こちらの体勢が不十分な状態で、全起の全身から放たれる、無秩序な猛攻を、再び受ける羽目になってしまった。


「あぁ、もう! ちくしょう!」


 悪の総統としての体裁を、整えてる余裕すらない。

 完全に素の状態の俺は、余裕なく、ただ無計画に、敵の攻撃を必死に避ける。


 そして、それは失敗だった。


「――しまった!」


 俺が無軌道に逃げるそばから、全起は、無差別な波状攻撃を繰り返している。

 

 その無軌道で、無茶苦茶な攻撃により、ただでさえボロボロにされたスタジアムは、もはや決定的に破壊され、崩壊している。


 そう、崩壊だ。天井が崩れ、壁が崩れ、建設資材が崩れ落ち、大量の瓦礫が、上から下へと降り注ぐ。


 そう、未だ動けない正義の味方がいる、下へと向かって。


「くそ!」


 俺は、空中で無理矢理に姿勢を制御し、必死になってマジカルセイヴァーの直上に向かう。


 俺が正義の味方のために用意した防壁は、当然だが、瓦礫の落下くらいならば、なにも問題ない。わずかに揺らぎすら、しないだろう。


 問題は、大量の瓦礫が降り落ちてしまったら、マジカルセイヴァーのみんなが、生き埋めになってしまうということだ。


 それは、まずい。防壁を強固にするために、その大きさを最小限にしたので、このまま生き埋めという事態になってしまうと、中の酸素は、数分も持たない!


「間に合え……!」


 俺は、魔方陣で全起を牽制しつつ、マシーネモードになったことで追加装備された砲門を全て、今まさに、マジカルセイヴァーに降り注ごうとしている瓦礫に向けて、斉射する。


 完全に悪の総統としては逸脱した、恥も外聞もない衝動的な行動だったが、そんなことには、本当に、一ミリだって、構ってられない!


「どうした、シュバルカイザー! 隙だらけだぞ!」


 瓦礫自体は、俺の思惑通り、破壊に成功した。

 これで、正義の味方は大丈夫だろう。


 だがしかし、強引すぎる俺の行動は、致命的な隙を生んでしまった。


 魔方陣で牽制したにも関わらず、そんなものは物ともせずに、全起は俺に向けて、急速な接近に成功すると共に、凄まじい速度そのままで、その破滅的な拳を、こちらに向けて振り抜いてきた。


 今の俺に、それを避ける手段は、無い。


「ぐううううううう!」


 全起の巨大な拳で、思い切り殴りつけられた俺は、そのあまりの破壊力に抵抗することすらできず、無様ぶざまな格好で、思い切り地面に叩きつけられた。


「――つっ、うぅ!」


 マシーネの体型では、そのまま地面を転がるのは、危険だ。両足がスラスターになっているために、こうして接地してしまうと、咄嗟の動きが困難になる。


 俺は、即座にマシーネモードを解除し、最後の切り札を切るために、叫ぶ。


命気プラーナ充填!」


 全身に力が、命気がみなぎり、スーツの全身に、金色の稲妻が走る。スーツが肥大化し、まさに獣のように強靭で、勇ましいフォルムへと姿を変えた。


 そして俺は、この両手両足に生えた巨大な爪を、強引に地面に突き立て、なんとか体勢を立て直す。 


「シュバルカイザー・ベスティエ!」 


 俺の無茶な要請に、それでもカイザースーツは、応えてくれた。


 だがしかし、切り札の無茶な乱発のせいで、このベスティエモードを維持していられる時間は、もう僅か、数十秒しか残っていない。


 俺がスタジアムに到着してから、ここまでの戦闘で経過した時間は、まだ三分に満たないというのに、状況はあまりに厳しく、残された時間は、あまりにも短い。


 もう、ここで決めるしか、ない!


「――行くぞっ!」


 気合一閃。


 こちらを追撃しようと、空中から降りてきた全起を、俺は全力で迎撃する。


 人間の限界を超えた速度で、人間の限界を超えた反射で、人間の限界を超えた威力の拳を、蹴りを、爪を、ただひたすらに叩き込む!


 ベスティエになったことで、俺の身体能力は極限まで底上げされている。こちらから攻め込んで、一方的に攻撃を当てること自体は、全起の巨体も相まって、決して難しいことではない。


「そんな生温い攻撃が、この全起に効くと思ったか!」


 だがしかし、松戸から発せられる、絶対の自信に満ちた叫びが、俺の攻撃の成果をあらわしている。


 そう、敵に攻撃を当てること自体は、確かに難しくない。


 難しくないのだが、俺が幾ら殴っても、俺が幾ら蹴り飛ばしても、俺が幾らこの爪で相手を引き裂こうとしても、切り裂こうとしても、全起はびくともしない。


 こちらは全力で攻撃しているというのに、敵の体勢を崩すことすらできない!



 ベスティエモードの残り時間は、あっという間に十秒を切った。



「吾輩の全てを注ぎ込んだ、この全起が、貴様に負けるわけがないのだ!」

「――なっ!」


 こちらの攻撃に合わせて振り抜かれた、全起の拳を、俺は避けきれなかった。


 迫りくる制限時間と、こちらの攻撃がまったく効かないという現実が、俺の中に焦りを生んでいたのかもしれない。


「つううう!」


 悔恨の呻きを上げても、吹き飛ばされた身体が、止まってくれるわけではない。


 俺は無様に、無残むざんに、スタジアムの壁に激突し、瓦礫に埋まった。



 残り時間は、もう五秒を過ぎた。



「ヌハハハハハハ! 弱い! 弱すぎる! やはり吾輩こそが、頂点なのだ!」


 松戸の勝鬨かちどきの声に、構っている暇すらない。


 このモニターに浮かぶカウンターがゼロになった瞬間、カイザースーツは強制的に解除され、俺自身もこれまでの反動で、指一本動かすことすら難しくなってしまう。


 そう、このままでは、全て終わりだ。



 このままでは。



「……すまない!」


 これからのことを思い描き、俺は謝る。


 だがそれは、俺が守ろうとした正義の味方に対してでも、俺の大事な、悪の組織のみんなに対してでもなかった。


 それには、まだ、早すぎる。


 俺は、俺の為だけに作られた、俺の為だけに働いてくれた、俺の相棒……。


 カイザースーツに、これから最後の無茶を、押し付けることを、謝罪する。


「――頼む! 耐えてくれ!」


 俺は、最後の力を振り絞り、最後の希望を込め構築した魔方陣を展開し、俺自身へと、俺自身のカイザースーツへと、全力で撃ち込む。



 その瞬間、カウントダウンは、遂にゼロへと到達した。



 しかし、カイザースーツは解除されず、俺の全身を守り続ける。


 俺が使用した魔術によって、強制解除の機能がストップしたために、その場に留まり続けているのだ。


 だが、それだけでは、既にカイザースーツが限界だという現実は、覆らない。


 そして、限界を超えた瞬間、俺に襲い掛かった耐え難い疲労も、決して、消えてはくれない。




 このままでは、俺は松戸に、勝てない!




「――魔素充填!」

 

 力を失ったカイザースーツに、俺は無理矢理、魔素を注ぎ込む。


「――命気充填!」


 力を失った俺自身から、その限界の先から、命気を引きずり出し、送り込む。


「――英知充填!」


 許容量を超えた、二つの超常的な力が激突し、荒れ狂うスーツを抑え込むために、強制的に呼び出した追加パーツを、拘束具のように、強引に装着する。



 俺は、俺の持てる全てを、カイザースーツへと、たくした。



超過ちょうか充填!」



 強引に再充填した命気により、カイザースーツの全身は一瞬で、より強靭に、より大きく、より凶悪に、その姿を膨らませる。その姿は、獣を超えて、もはや化物と呼ぶに相応しい。


 周辺の魔素を、手当たり次第に掻き集めた成果として、膨張するスーツの全身に、禍々しい魔術文字が走り、関節部だけと言わず、あらゆる場所に、魔素を濃縮した宝玉が、無数に出現した。


 膨れ上がり、爆発しそうなカイザースーツを、本来なら追加装甲として使用するはずの強化武装を使い、無理矢理抑え込むことで、なんとか人のような形を維持することには、成功している。



「シュバルカイザー・ラーゼン!」



 獣と、悪魔と、機械が混ざり合った、醜悪な怪物。


 それが、今のカイザースーツ……、いや、今の俺の姿だ。


「ヌハハハハハ! 追い込まれた末に、暴走したか! 無様だな、シュバル……」


 カイザースーツは、過剰なまでの強化により、とっくに限界を迎えている。


 俺の身体も、似たようなものだ。命気を自分の脳ミソに、大量に送り込むことで、感覚をマヒさせ、今にも気絶したがっている意識を、強制的に覚醒させ続けているにすぎない。


 時間がない。圧倒的にない。もはや猶予など、微塵も残っていない。


 だから俺は、今にも途切れそうになる自我を、無理矢理に繋ぎ止め、ただ身体を動かすことにだけ、注力する。


 それ以外に、意識を割いている、余裕すら、ない。


「な、なに――ッ! 吾輩の全起が……!」


 外した。


 全起の上半身と下半身を分断しようとしたのだが、右腕を斬り捨ててしまった。


 だが、この両手に生まれた、爪とレーザーブレードが混合したような武装の威力は、確認することができた。


 もう一度だ。


「な、なんだ、その加速は! その力は! 全起の、吾輩の装甲が……!」


 外した。


 だが、俺が飛ばした無数のチャクラムにより、相手の左足をバラバラに切り裂くことができた。


 次だ。


「な、舐めるな若造! 吾輩を……、吾輩を舐めるなあああああああ!」


 かわした。


 ラーゼンに無秩序に組み込まれたブースターが、魔素と命気を無尽蔵の推進力として、俺に規格外の速度を与えてくれる。


 これならば、全起のどんな攻撃も、余裕を持って避けられる。


 トドメだ。


「ば、馬鹿な……。こんな、こんな馬鹿なことが……!」


 貫いた。


 最後の咆哮のように、断末魔の叫びのように、ありったけの武器を解放し、殺意と共に、俺へと放つ松戸博士を、全起を、その攻撃ごと、貫いた。


 終わりだ。


「間違いだ! こんなことは、なにかの、なにかの間違いだ……、馬鹿な間違い、間違いに決まっている! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」


 松戸剛が、狂気の博士が、狂ったような叫びを上げるが、もう、全ては後の祭り。


 勝負は、決したのだ。


「そんな、馬鹿なあああああああああああああ!」


 胴体にぽっかりと、巨大な穴を空けた全起が、けたたましい音を立てて、その場に力無く、崩れ落ちる。



 俺は、松戸剛に、勝利した。



 打ち倒した。

 打倒した。


 叩き伏せた。

 踏みにじった。


 勝って、利を得た。

 


 そう、確かに俺は、勝利した。



 ただ、それだけだった。


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