12-11


 結局、大いに悩んだ末に、俺はクリスマスプレゼントとして、シルバーのネックレスを用意した。


 それほど安い物ではないが、眼が飛び出るほど高い物でもない。


 いわゆる、お手頃なお値段というやつだが、シンプルながらも目を引く、十字架のチャームが気に入っているので、個人的には満足しているというか、結構自信のチョイスだったりする。これなら、誰の手に渡っても、ちゃんと似合うはずだ。


 というわけで、俺の渾身のプレゼントは現在、他のみんなが用意したプレゼントと一緒に、パーティ会場に設置された、クリスマスツリーの下に置かれている。



 そう、今日はもう、これまでみんなで準備してきたパーティも本番。

 楽しい楽しい、クリスマスイブ当日だ。



「あっ、統斗すみとくん、そこにあるコショウ、取ってくれる?」

「分かった、これでいいんだよな、桃花ももか?」


 俺は手元にある、様々な種類が取り揃えられた、大量の調味料の瓶の中から、それらしいものを探し出し、鶏肉に下味をつけている桃花に手渡す。


「うん、ありがとう。統斗くんは、大丈夫?」

「安心してくれ。このくらいなら、なんとかね」


 桃花が俺の手元をチラりと確認してくれるが、ジャガイモの皮を剥くくらいなら、普段料理をしない俺でも、不可能ではない。


 まぁ、多少不格好なジャガイモになってしまったが、この後、食べやすい大きさにカットするのだから、大きな問題ではない……、ということにしておこう。




 今の俺と桃花は、樹里じゅり先輩の家の台所……、と呼ぶには、大きすぎるキッチンを借りて、二人でこれからのパーティのために、幾つか料理を作っているところだ。


 無事に学校の終業式を終えた俺と、桃花に火凜かりんあおいさんと樹里先輩、そしてひかりは、放課後全員で集まって、そのまま最後の買い出しにおもむき、みんなでワイワイと楽しみながら、パーティ会場である樹里先輩の屋敷に訪れていた。


 そして、これまでみんなで頑張って準備してきた、クリスマスパーティの総仕上げを、全員で行っている真っ最中……、というわけだ。


 俺と桃花以外のみんなは、屋敷内のラウンジにて、パーティ会場と、本日のメインであるクリスマスツリーに、最後の飾り付けを行っている。


 それと並行する形で、料理が得意な桃花と、ご指名を受けた俺が、こうしてみんなで食べるための料理を作っているのだった。


 ちなみに、なぜ普段料理をしない俺が、こうして桃花の手伝いをすることになったのかといえば、それは単純に、桃花本人からのご指名だからに他ならない。


 俺としては断る理由もなかったし、基本的にこのクリスマスパーティの準備は、俺と他の誰か二人で行うことが多かったので、特に他のメンバーから文句が出るようなこともなかった。いわゆる、不文律というやつである。


 終業式の後の買い出しで、もちろん出来合いの惣菜も購入はしているが、やはり最後まで自分たちの手で用意したいというか、買ってきたものだけよりも、やはり手料理を用意した方が、アットホーム感が出るというか、楽しいんじゃないかということで、こうして桃花に頑張ってもらっているのだった。


「鶏肉に火を通し終わったら、玉ねぎとかマッシュルームも炒めちゃうね」

「分かった。それじゃあ、下準備は任せてくれ」


 頼りになる桃花が、フライパンを使って、鶏肉に皮目から火を入れていく。


 俺はその流れに遅れないために、手早く玉ねぎとマッシュルームを食べやすい大きさに切り揃える。俺にできるのは、精々こういう下処理くらいなので、ここで手を抜くわけにはいかない。


 しかし、本当に桃花は料理が上手いというか、普段からやってるだけあって、非常に手際が良い。なんというか、こういう女子力の高さは、素直に好感度が高いというか、こうして間近にその姿を見ると、なんだか感動すらしてしまう。


「……よし、一応切り終わったけど、これで大丈夫か?」

「うん、上手上手! ありがとう、統斗くん!」


 慣れないのに少し急いでしまったせいで、俺が切った野菜は、かなり不格好になってしまったが、桃花は気にした風もなく、眩しいくらいの笑顔で褒めてくれる。


 なんだろう、心の芯がホッとするというか、癒されるみたいな、この感覚……。


 可愛い女の子と、こうして二人で料理を作っているという状況が、俺の中に存在する謎の回路をキュンキュンと刺激して、なんとも甘酸っぱい感情がこみ上げてくる。


 もしかしたら、これが幸せってやつなのかもしれない……。


「あれ? どうしたの? わたしの顔に、なにかついてる?」

「い、いや、なんでもない、なんでもない。ちょっと、まな板と包丁、洗ってくる」

「うん……?」


 危ない、危ない。楽しそうに料理する桃花に、思わず見惚れていたなんて、恥ずかしくて、本人には、とても言えない。


 普段の自宅とは違う、使い慣れないキッチンだろうに、手際よく、颯爽と調理を進める桃花の姿は、見ていてなんだか、頼もしいというか、安心する。


 なんだか、新婚家庭ってこんな感じなのかも、なんて思ってしまい、俺は一人で赤面してしまう。いかん、いかん、このままでは、心が浮つきすぎてしまう。


 もう少し落ち着くために、深呼吸の一つでもするべきか。


「……雪、降って良かったな」


 この大きなキッチンの洗い場には、小窓が付いているので、そこから外の様子が見えるのだが、深呼吸をするために顔を上げた俺の視線の先には、薄暗い雲からチラチラと舞い降りる、白い結晶が輝いていた。


「本当だね。ホワイトクリスマスなんて、何年ぶりだろうね? ふふっ、なんだか、得した気分になっちゃうかも?」


 俺の呟きを聞いた桃花が、ちょっと楽しそうに、冗談めかして笑ってみせる。その笑顔を見て、またドキリとしてしまったのは、やっぱり俺だけの秘密だ。


「……寒くなるかな」


 雪が降っている……、と言っても、前が見えない程の猛吹雪だとか、遭難を覚悟するレベルのホワイトアウトだとか、もちろん、そんな天変地異ではない。


 本当にただ、ゆらゆらと舞い散る程度の雪が、さっきから少しづつ降り始めた、というだけの話だ。


 雪が降り出したタイミングが、丁度みんなで買い出しをしている最中だったので、みんなで盛り上がったのが、なんだかもう懐かしい。雪が持つ不思議な雰囲気がそうさせるのか、なんだか非常にセンチメンタルな気分だ。


 ひかりなんて、それはもう大騒ぎだったのに、今はもう、それすらも感傷的な思い出のように感じてしまうから、不思議なものである。


「そうかも……、でも、わたしは、今は、暖かいかな……」


 料理を続けながら、頬を赤らめた桃花が、チラリとこちらを見たのが、分かった。


 確かに、このキッチンは暖房が効いていて、非常に快適なのだが、彼女が言いたいのは、そんなことではないということは、もちろん俺にだって分かっている。


 なぜならきっと、今の俺は、桃花と同じ気持ちだろうから。



 二人きりのキッチンに、ふわりと甘い沈黙が訪れて、しばらくの間、辺りには、俺が洗い物をする水音と、桃花がシチューを煮込む、グツグツという暖かい音だけが、柔らかく響いた。



「……よし、こっちは終わったから、またそっちを手伝うよ」

「本当? それじゃ、お願いしちゃおうかな」


 しっかり包丁とまな板を洗い終え、俺は再び桃花の横に並んで、料理の下ごしらえに精を出すことにする。シチューは、もう大体一段落ついたようなので、次の料理のために、新しい食材を用意した方が、いいのかもしれない。


「えーっと、次は……、カナッペの準備でもしようか?」

「あっ、そうだね。それじゃあ、さっき買ったクラッカーを出して……」


 知ってる人も多いだろうが、カナッペとは、一口大に切ったパンや、クラッカーなどの上に、チーズや野菜などを乗せた軽食である。パーティには丁度いい、定番料理であるとも言えるが、実際かなり手軽に作れる上に、食材の組み合わせなども色々と楽しめるので、オススメの一品である。


 見栄えを考えるとセンスを問われたりするが、そこらへんは桃花に任せれば問題ないだろうから、俺は身の程をわきまえて、桃花が持ってきてくれたクラッカーに乗せるための、具材を用意することにしよう。


 俺はとりあえず、事前に茹でておいた卵の殻剥きから、始めることにする。


「ゆで卵は、やっぱり輪切りがいいかな?」

「そうだね。その方が、クラッカーにも乗せやすいし」


 桃花に細かい指示を仰ぎつつ、俺は楽しく調理を進める。


 なんだかアットホームというか、まるで桃花と家族になったみたいな、妙な心地良さを感じてしまい、俺は内心、落ち着くような、ドキドキしているような、不思議な気分を味わっていた。


「チーズは……、さっき買ったクリームチーズを使えばいいから、統斗くん、このミニトマト、もう洗ってあるから、食べやすい大きさに切ってもらえるかな?」

「了解です、料理長」 


 桃花からの指示に、わざとおどけたような返事をしてしまったのは、そんな自分の気持ちを、隠したかったからかもしれない。


 正直に言えば、俺はこの状況に、かなり浮ついていたのだ。


 そして、どうやら、それがいけなかったようだ。


「あ、痛っ」


 ミニトマトを輪切りにしようとして、左手の人差し指を、浅く切ってしまった。


 普段なら絶対にこんなミスはしない……、とは言い切れないが、やはり油断というか、桃花と一緒だという気の緩みから、随分とマヌケな失敗をしてしまった。


 まぁ、このくらいの傷なら、命気を使うまでもなく、すぐに治るだろうけど、料理をしている以上、とりあえず血は止めないとな……。


 なんて、俺が呑気な事を考えていたら、事態は突然、思わぬ方向に動き出した。


「す、統斗くん! だ、だい、大丈夫?」

「あぁ、桃花。別に大したことは……」


 俺が痛いなんて言ってしまったからか、慌てた様子の桃花が、慌てて俺のすぐ側まで来ると、慌てて俺の手を取り、慌てて俺の指の具合を確認する。


 慌てすぎて、言葉すら噛んでしまっている桃花を安心させようと、俺は対した怪我じゃないアピールでもしようと思ったのだが、残念ながら、そんな暇すらなかった。

 

「ちゅー!」

「……へっ?」


 慌てた様子の桃花は、慌てた様子で俺の人差し指をその口で加えると、慌てた様子で俺の傷を吸いだした。


 俺には、慌てる暇すらなかった。


 一生懸命な様子で、その可愛らしいお口で、俺の指に吸い付く桃花に、しばらく、されるがままになってしまう。


 完全に虚をつかれた。


 俺の脳細胞が活動を止めたのは自覚したが、もうどうしようもない。なぜなら、脳細胞の活動が止まってしまったのだから。うん、仕方ない、仕方ない。原因と結果がハッキリしている以上、俺には動きようもない。


 馬鹿みたいに固まった俺が、慌てすぎた桃花に、ただ指を舐られるという謎の時間が、しばらく流れた。


「……あっ!」


 最初に声を上げたのは、なにかに気付いたというか、驚いた様子の桃花だった。


「……はっ!」


 そんな桃花の声で、俺の脳ミソは、ようやく再起動に成功する。


「ご、ごめんなさい! わ、わたし、ちょっとびっくりしちゃって……!」

「い、いや、大丈夫、大丈夫だから。落ち着け、桃花」


 びっくりしちゃったのは俺も同じだが、だからといって、それを表に出すわけにはいかない。このまま二人で慌てても、収拾がつかなくなってしまうだけだ。


 だから、落ち着け、落ち着け、俺!


「あ、あの、わたしっ! 自分の指とか怪我したら、思わず、傷とか、舐めちゃうクセがあって! そ、それで!」

「う、うんうん! 分かる分かる! 俺も一緒! つい舐めちゃうよな!」


 俺の指から口を離した桃花が、必死に弁明を繰り返しているが、俺はそれに、ひたすら頷くしかない。慌て倒しながらも、いまだに俺の手を掴んだままなのが、桃花の動揺を如実に表していた。


 まぁ、俺も到底、自分が冷静だとは言えないわけだけど。


「ご、ごめんね、統斗くん? そ、そうだ! 消毒! 消毒しないと!」

「あ、あぁ、そうだな……」


 そして、桃花は俺の手を両手で握りしめたまま、流し場へと向かい、流水で傷口を洗ってくれた。なんだか、ちょっと勿体ないような気がしたのは、俺の名誉のためにも、言わない方がいいだろう。


「えっと……、後は、これを……」


 洗い終えた傷口を、自らのハンカチで優しく拭いてくれたくれた桃花が、続けてポケットから、とっても可愛らしい絆創膏を取り出した。


「あの、わたし、怪我することも多いから、こういうの、いつも持ち歩いてて……」


 正義の味方として活動してる桃花にしてみれば、この程度の傷は、日常茶飯事なのかもしれない。俺の人差し指の切り傷に、さっと絆創膏を巻き終えると、彼女は申し訳なさそうに、声を落とした。


「ご、ごめんなさい。本当に、えっと、気持ち悪かったよね……」


 どうやら、いきなり指を咥えられたことで、俺が不快に思っているのではないかと、心配しているようだ。


 俺への手当てが終わると、桃花は本当に申し訳なさそうな顔をして、俺から離れようとする。離れようと、してしまう。


 だから俺は、俺の手から離れていく彼女の、その細い指を、しっかりと、自分の意思で、握り締める。


 悲しそうな顔をした桃花を、逃がさないために。

 自分の正直な気持ちを、伝えるために。


「いや、全然、気持ち悪くなんてなかったし、嫌じゃなかったよ。ちょっとだけ、その、ドキっとしちゃったけど」

「あっ……」


 俺は桃花から目を逸らさず、真っ直ぐに、自分の言葉を伝える。

 固く強張っていた桃花の顔が綻び、その頬にさっと、朱の色が差した。


 その表情が見れただけで、俺の心は軽くなる。


 俺のせいで、桃花が悲しむなんて、そんなこと、俺にはとても、耐えられないのだから。


「俺が桃花にされて、嫌な事なんて、一つもないよ」

「統斗くん……」


 俺から離れかけた桃花の指に、再び力が戻り、おずおずと俺の手に重なる。

 そんな弱々しい桃花の指に、俺は自分の指を絡ませ、強く、強く、握り直す。


 互いの指を絡ませて、互いの視線を絡ませて、俺と桃花は、見つめ合う。


「あっ、あの、統斗くん……」


 桃花が、その長いまつ毛を震わせながら、濡れた瞳を隠すように、そっと瞼を閉じて、その動きを止める。


「……桃花」


 だから、俺も自分の目を閉じて、ゆっくりと、慎重に、震える桃花を安心させようと、自分の顔を、ただ真っ直ぐに、彼女に近づける。


 そして、お互いの吐息が、熱い息吹が、今まさに重なっ……。



 リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ! リリリッ!



 ……重ならなかった。


 突如鳴り響いた、もはや聞き慣れたと言っても過言ではない警報に妨げられ、俺と桃花は動きを止める。


「……ごめん、統斗くん。わたし、行かなくちゃ」

「……あぁ、分かった。気を付けろよ」


 この警報は、どこかの誰かが、正義の味方を必要としている証。

 マジカルセイヴァーが必要だという、呼び出しの合図だ。


 一瞬前までの、どこまでも甘い空気は、まさしく一瞬で吹き飛んで、桃花の瞳に、覚悟が宿る。


 命を懸けて、誰かを守る。

 正義の味方としての、確固たる覚悟が。


 だから俺も、せめて気持ち良く、彼女を送り出すべきなのだ。


「桃花!」

「うん? どうしたの、総斗くん?」


 エプロンを慌てて外して、このキッチンから飛び出そうとした桃花に、俺は、精一杯の声援を送る。


「これから楽しいパーティなんだから、早く帰って来いよ! そしたら、みんなで最高に楽しいクリスマスにしよう!」

「……うん!」


 最後に最高の笑顔を見せて、桃花は駆け出す。

 悪の総統に見送られ、正義の味方は、戦場に向けて走り出す。




 こうして、最高の思い出になるはずだった、雪もチラつくクリスマスイブ、当日。




 俺たちの運命を決める決戦の火蓋が、突如、切って落とされたのだ。 




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