11-8


『ヌハハハ! さぁけ、超鋼機人ちょうこうきじん剛骸ごうがい! 貴様の力を見せつけるのだ!』

「くっ! なんてパワーなの! みんな、気をつけて!」


 全長六メートルはあろうかという、関節部以外を異様に強調したフォルムをしている黒い人型のロボットが、その剛腕を振り回して、正義の味方マジカルセイヴァーに襲い掛かっている。


「遅かったか……!」


 ハンバーガーショップを急いで、しかし、怪しまれないように出てからすぐ、人気のない路地裏に移動し、手早くシュバルカイザーへと変身した俺は、最大速度で現場へと向かったのだが、どうやら間に合わなかったようで、すでに戦いは、始まってしまっていた。


 俺はとりあえず近場に隠れて、周囲を見渡し、状況を確認する。


「クソ! こいつ、動きは鈍いくせに、妙に硬い!」

「レッド! 一旦離れてください!」


 炎を纏った強烈なマジカルレッドの拳を受けても、剛骸と呼ばれた巨大なロボは、びくともしない。レッドを下がらせて放ったマジカルブルーの鋭い一矢も、あっさりと弾かれている。


『ヌハハハ! 無駄無駄無駄無駄! そんな攻撃が、剛骸に効くものか!』


 声はすれども、姿は見えず。


 カイザースーツのセンサーを最大限活用して周囲を探ってみたが、松戸まつど博士の姿は確認できなかった。どうやら今現在、この場に松戸本人は、いないようだ。


 こうなると、ますます俺の嫌な予感は強まってしまう。


 この河原は確かに、もう一つの襲撃場所である工場と比べれば、俺たちの街に近いと言えるが、それでも普段は、人なんて誰も寄り付かないくらいの僻地へきちなのだ。


 今だって周囲には、俺たち悪の組織と正義の味方の存在しか確認できず、一般市民を退避させるために、強制セーフテイスフィアを起動する必要すら皆無である。


 やっぱりこれ、ワールドイーターによる陽動なんじゃないかなぁ……。


 まぁ、本当にこれが陽動だとしても、いざとなったらワープを使って、即座に本部へと帰還することが可能なので、致命的なことにはならないだろう……、とは思うんだけど、なんだか嫌な感じがするのは、確かだった。


『やっほー! 総統元気ー? 今なにしてるのー?』

「レ、レオリア?」


 なんて考えていたら、突然スーツ内部のモニターに映し出された見知った笑顔に、思い切り驚いてしまった俺である。


 どうやら監視者サーヴィランスシステムが起動して、もう一つの襲撃現場に向かった破壊はかい王獣おうじゅうレオリアの様子を、映し出してくれているようだ。


「いや、まぁ、こっちは元気で、今は待機中だけど……。あーっと、そっちは?」

『こっちも元気元気! いやー、なんか久しぶりに、歯ごたえあって楽しいぜ!』


 モニターの中のレオリアは、快活な笑みを浮かべ、華麗にバク宙を決めながら、こちらで暴れているのと同型のロボ……、もう一体の剛骸の攻撃を、余裕で避ける。


 そして、見事に着地を決めた直後、凄まじい命気が込められた、思わず見ているだけの俺が、寒気を覚えるほどの拳による一撃を、のっそりと動く剛骸に、あっさりと直撃させた。


 ……のだが。


『おっほー! 硬い硬い!』


 どう見ても、致命的な一撃を受けたというのに、剛骸はびくともしない。

 それどころか、動き自体はそれほど素早くないが、即座に反撃まで仕掛けている。


「オイオイオイ、マジかこれ……」


 レオリアが手を抜いたとか、実はクリーンヒットしていなかったとか、そういう問題ではない。


 あの剛骸とかいう黒い巨体のロボットは、うちの最大戦力の一人、破壊王獣レオリアの強烈な一撃を、正面からまともに受けて、完璧に耐えてみせたのだ。


 まぁ、レオリアの身体はまだ金色のままで、白く染まってはいない……、つまり、まだまだ底は見せていない状態ではあるのだが、それでもこの結果は、十分以上に驚異的だった。


『はっはー! よしよし、そんじゃ次行くぞ……、ってお前は邪魔!』


 自分の拳が相手にダメージを与えられなかったというのに、なんだか非常に楽しそうなレオリアが、再び剛骸へと向かおうとした瞬間、別の小さな影が、彼女に襲い掛かった。


 レオリアの見事な回し蹴りによるカウンターを受けて、その影は塵のように消し飛んでしまったが、そのという様子に、俺は見覚えがった。


 前回戦った……、確か、松戸が再羅さいらと呼んでいた、ミイラのような戦闘兵士だ。

 よく見れば、レオリアの周囲には剛骸の他にも、その再羅が、多数蠢いている。


 先程の一撃を見る限り、再羅が何体いても、レオリアなら問題ないだろうが、流石にあれだけの数を同時に相手しつつ、その上、異様に硬い剛骸までとなると、全てを倒すには、それなりの時間がかかりそうだった。


 ……やっぱりこれ、時間稼ぎが目的の、陽動作戦なんじゃないか?


『うーん、やっぱり、すぐそっちに行くのも、本部に戻るのも無理そうだから、一応総統も気をつけてくれよなー! んじゃ、また後でー!』

「あっ、あぁ。レオリアも気をつけて」


 群がるように押し寄せてくる再羅を軽く吹き飛ばし、剛骸に痛烈な攻撃を加えながらレオリアは、笑顔で通信を切ってしまう。


 あの様子なら、まず心配は要らないだろうが、どうやらレオリア自身も、今回の襲撃が、俺たちを本部から引き離すことを目的としたものではないかと、懸念しているようだった。


「さて、どうする……?」


 極端なことを言ってしまえば、俺はここで戦闘に参加せず、この場の全てをマジカルセイヴァーに任せて本部に戻ってしまう、なんて手も考えられる。ここまで露骨なくらい、誘導と時間稼ぎの意図が見え隠れする現状、大局を考えるなら、その選択肢もアリかもしれない。


 だが、どうやらそれは、難しそうだった。


「そんな! シールドが、――きゃあ!」

「危ない、グリーン!」


 マジカルグリーンが展開した防御壁が、剛骸の振り下ろした武骨な腕による無造作な一撃によって、あっさりと破壊されてしまった。体勢を崩してしまったグリーンを庇って、イエローが必死に距離を取る。


「くそ! こいつ!」

「マジカル! ピンクバレット!」


 グリーンを抱えたイエローを援護するために放たれた、レッドの鋭い飛び蹴りも、ピンクの魔素を使った弾丸の連射も、剛骸にダメージを与えられない……、というか体勢を崩すことすら、できていない。


 相手の動きが、それほど素早くないことに救われて、致命的な状況になることだけは避けられたが、正義の味方側の戦況は、ハッキリ言ってかんばしくなかった。


「流石に、この状況を見て見ぬふりして帰る、ってのは、ナシだろ……」


 レオリアが戦っている工場とは違い、この河原にいる敵は、剛骸ただ一体のみなのだが、現在この場を支配しているのは、そのたった一体の、黒いロボットだ。


 剛骸の動き自体は、鈍い上に大雑把、もう緩慢かんまんと言ってしまってもいいレベルなので、攻撃自体は当て放題なのだが、肝心のマジカルセイヴァーによる攻撃が、まったく効いていないのが辛い。彼女たちの激しい攻撃を正面から受けても、そのまま何事もなかったかのように攻撃を続行していくその姿は、不気味さすら感じる。


 攻撃がまったく通用しないような状況なので、ここは一端退却をしてもいい場面だとは思うのだが、マジカルセイヴァーに、それはできない。


 彼女たちは、正義の味方なのだから。


 今この場から逃げ出せば、剛骸は暴れ放題になってしまう。一般人のいる場所から遠いこの河原なら、それほど致命的な被害は出ないだろうが、それは剛骸が、この場に留まってくれた場合の話であって、もしこの武骨なロボが、市街地へと出てしまったら、目も当てられない惨劇が起こるのは、目に見えている。


 だから逃げない。逃げられない。

 なにも知らない一般市民を、守るために戦う。


 それが彼女たち、マジカルセイヴァーの、存在意義なのだから。


「――よし!」


 そして、そんな正義の味方を見捨てることができない、甘っちょろい悪の総統が、俺なのだ。


 俺は気合を入れて、無駄に高くジャンプした上に、空中に魔方陣を無駄に配置し、無駄に派手な閃光と、無駄に激しい暴風をまき散らしながら、戦場へと乱入した。


「フッ! どうやら苦戦しているようだな、マジカルセイヴァー!」

『貴様は! ヌハハハ! 飛んで火にいる夏の虫が、フラフラと出てきおったか!』


 決意を込めて戦場に降り立った俺を出迎えたのは、松戸博士の不快な哄笑こうしょうだった。

 うわ、相変わらずムカつく。


「シュバルカイザー! どうしてあなたが、こんな場所に!」


 不愉快すぎて思わずその場に固まってしまった俺に、マジカルピンクが疑いの叫びを上げる。そうそう、やっぱりこうじゃないとね。


「知れたこと! このシュバルカイザー直々に、ワールドイーターのれ者を、叩きのめしてやろうと思っただけよ!」

『なにを! 誰が痴れ者だ!』


 俺の挑発を受けて、松戸博士は分かりやすく激昂してくれたが、剛骸の動きに特に変化はない。どうやらこのロボは、遠隔操縦の類で動いているわけではなさそうだ。


 もし遠隔操作だったら、この周辺の電波を乱してやるだけで、勝負が決まった可能性があるだけに、なんだか非常に残念だった。


「ふっ、ワールドイーターの犬には、痴れ者でも過ぎた呼称だったかな?」 

『きっ、きっ、貴様ー! この狂気の天才、松戸ごうに向かって、なんと不敬な!』


 適当に挑発を続けながら、俺は剛骸の上空に魔方陣を展開、即座に巨大な雷を直下に落としてみたが、どうやら、まったく効果が無いようだ。


 剛骸は、変わらず愚鈍な動きで周囲を破壊しているし、それどころか、松戸の不愉快な通信さえ、遮断できなかった。


 剛骸が自律プログタムかなにかで動いているのなら、電撃でショートでもさせて、それを止めてしまえば話は簡単だと思ったのだが、どうやら、そっちの線から攻めるのも、無理そうだ。


 こうなると、あのバカみたいに硬い剛骸という敵を倒すには、正攻法で、正面から破壊するしかない可能性が、高まってしまう。


「不敬は貴様だ! 松戸博士! ――ハッ!」


 俺は地面を踏み潰す勢いで踏み込み、一気に加速しながら剛骸に肉迫、とりあえず何も考えず、思い切りぶん殴ってみることにした。


 急接近した俺を迎撃でもしようというのか、剛骸がその分厚い腕を振り上げ始めたが、はっきり言って遅すぎる。その腕が上がりきる前に、俺は突進しながら、まず一発、更に続けて数発の拳を、全力で剛骸のボディに打ち込むことに、成功する。


「……チッ!」


 だが、俺の拳が完璧にクリーンヒットしたというのに、剛骸は身じろぎ一つせず、そのまま振りかぶった腕を、凄まじい勢いで俺に向かって振り下ろしてきた。


 かなり余裕を持って避けることに成功したが、その重い腕から繰り出された一撃は地面を砕き、まるでクレーターのように辺りを陥没させてしまう。こんなにノロくては、まずまともに喰らうことはないだろうが、それでも、凄まじい威力だった。


「こっちは……、どうだ!」


 今度は剛骸から距離を取り、俺は魔方陣を展開して、周囲の魔素を凝縮、光の砲弾として撃ち出すが、これも効果無し。剛骸は、まったくの無傷で俺に向かってくる。


『ヌハハハ! 無駄無駄無駄! そんな微弱な攻撃が、剛骸に効くものか!』


 松戸博士の耳障りな哄笑を聞き流しながら、俺は剛骸と一定の距離を保ちつつ、魔方陣から連続で魔弾を撃ち出し続ける。


 一応、全力で倒すつもりで攻撃しているのだが、こちらの攻撃が弾かれるばかりで、相手にダメージを与えることができない。


 どうやら、このままでは、致命的に火力が足りないようだ。まぁ、レオリアの一撃を耐えているのを見ていたので、ある程度分かっていたことではあるのだが、しかしこうなってしまうと、俺としても、奥の手を出さざるをえなくなる。


 マギアで最大火力の魔術をぶつけてみるか。

 ベスティエの破壊力に賭けるか。

 マシーネの性能で押し切れるか、試してみるか。


 さて、一体どれを選択すべきか、それが問題だ。


「……うん?」


 俺が内心どうするべきか悩みつつ、暴れ続ける剛骸をいなしていると、どうやらその隙にマジカルセイヴァーは体勢を整え、一か所に集まったようだ。


 同時にカイザースーツのセンサーが、急激な魔素の高まりを感知する。


 ……なるほど。これなら剛骸にも、効果があるかもしれない。


「マジカル! グランバズーカ!」


 マジカルセイヴァー全員が声を揃えて、大音声で叫ぶと同時に、凄まじい高エネルギーの収束体が、剛骸に向けて放たれる。見事に俺もその射線上に入っているのは、流石、正義の味方と褒めるべきかもしれない。


「――ハッ!」


 カイザースーツのおかげで、事前に背後から攻撃が来るのは分かっていたので、俺は余裕を持って跳躍し、それを回避することに成功する。


 グランバズーカ。


 マジカルセイヴァー五人全員が揃い、力を合わせることで初めて可能となる、彼女たちにとって、文字通りの必殺技である。


 周囲の空間をねじ切るように、凄まじい虹色のエネルギーが渦巻きながら直進し、完璧なタイミングで、剛骸を飲み込んだ。


「……凄まじい威力だな」


 剛骸に直撃したグランバズーカが、一瞬で極限まで収束したと思った次の瞬間、背筋が凍るような轟音と共に、爆炎を巻き上げた。このカイザースーツでも、アレが直撃すれば危険だということは、俺の超感覚が教えてくれている。


 だけど……。


「うそ……」


 リーダーであるピンクの悲痛な呟きが、辺りに虚しく響いてしまう。


『ヌハハハハ! だから、無駄だと言っただろうが!』 


 グランバズーカが直撃した剛骸は無傷……、というわけではないようだが、まだまだ健在のようだった。関節部から、微妙に火花は飛んでいるようだが、メインボディには傷一つ付いていない……、って本当に、ちょっと硬すぎないか?


「オイオイオイ……。本当にどうすんだよ、アレ……」


 正義の味方の必殺技は、決して弱くない。


 いや、弱くないどころか、俺が今現在繰り出せる、最大威力の攻撃にも、引けを取らない、見事な破壊力だったと思う。


 だがしかし、それでもまだ、剛骸を倒すには至らない。


 単純に相手の耐久力が高すぎるが故の結果なのだが、正直、出鱈目すぎて信じられない……、というか、信じたくない。


 信じたくはないのだが、それが現実なのだから、仕方ない。仕方ないのだが、ではどうするべきなのか、俺は一瞬、悩んでしまう。


 そしてその一瞬が、事態を予想外の方向に向けてしまった。


「……う~! こうなったら……!」

「イエロー、待って!」


 なんだか非常に追い込まれてしまった様子のイエロー……、黄村きむらひかりが、悲痛な顔をしながら一歩、前に出てきた。


 それを止めようとしたピンクの必死さが、俺の中で膨らむ不安を、加速させる。


 マジカセイヴァー最大の切り札が、剛骸に通じなかったことが、そして、もしかしたら、俺が……、悪の総統シュバルカイザーという別の敵がいることも、必要以上にイエローを……、を、想像以上に追いつめてしまったのかもしれない。


「おい、一体なにを……!」


 なんだか嫌な予感がした俺は、悪の総統という自分の立場も忘れ、思わずイエローを制止しようとしてしまう。


 しかし、全ては遅すぎた。


「マジカル! サンライトスパーク!」


 いや、違う。イエローが速すぎたのだ。


「――なっ!」


 俺の驚きの声すら遅い。すべてを置き去りにするように、イエローは突然、その場から消えてしまった。


「うっ、うわわわ!」


 そして次の瞬間、いきなり明後日の方向から聞こえてきたイエローの叫び声を聞いて、俺はようやく、彼女がなにをしたのか、理解した。


 マジカルイエローは、あの中学生どころか、小学生みたいな高校生の女の子は、光の速さで動いてみせたのだ。それはもはや、人間離れしてるとか、そういう次元の話ですらない。


「し、失敗しちゃった……」


 しかしどうやら、イエローはその光速を、完璧に制御することは、まだ不可能なようだった。カイザースーツのセンサーは、光速で動いたイエローの軌道を、完璧に補足していたが、確認した限りその動きは不可解……、というより、まるで制御不能なラジコンのような動きをしている。


 恐らく、光速で動いている自分自身の動きが、頭の中で処理できない……、いや、処理する前に動き終わってしまうので、自分ではどうしようもないのだろう。いくら光速で動くことができても、あれでは宝の持ち腐れだ。


「――こうなったらー!」


 しかし、それでもイエローは諦めない。


 一体、その光速の動きで、どうやってこの状況を打破しようというのか……。


「って、ちょっと待て!」


 思い切り素が出てしまった俺の悲鳴は、幸いにして誰かに聞かれる前に、カイザースーツがその機能を使って、素早くカットしてくれた。


 だけど、そんなことはどうでもいいんだよ!


「――死ぬ気か! あのバカ!」


 その場でクラウチングスタートの姿勢をとって、真っ直ぐ剛骸を睨むイエローの姿を見れば、あいつがこれから、一体なにをしようとしているのか、嫌でも分かる、分かってしまう。


 あの光速を使って、ただ体当たりをしようというのだ、あの娘は。 


「どう考えても、自殺行為だろうが!」


 完全に悪の総統としての立場を忘れてしまった俺の発言の数々は、その度にスーツが処理してくれているが、今の俺には、それをありがたがるような余裕すらない。


「マジカル!」


 いや、もう余裕どころか、時間すらない。


 こうして無様に俺が焦っている瞬間にも、イエローは、自ら命をドブに捨てようとしている。


「――クソッ!」


 俺は咄嗟に意識を集中し、神経を研ぎ澄ませる。

 ニューロンが瞬き、シナプスが輝く。

 体感時間を極限まで引き延ばし、脳細胞を限界まで酷使する。



 現実的に考えるなら、人間は光速で動くことはできない。空気抵抗による摩擦もそうだが、加速度的に激増する自身の質量にも耐えられず、自壊するのが、関の山だ。


 単純に考えて、イエローが物理法則を無視して光速で動けるのには、なにか超常的なタネがあるのは、明白だった。


 それが魔素による奇跡なのか、命気による限界突破なのか、未知の技術による事象の書き換えなのか、そこまでは分からない。


 ……分からないが、それでも一つだけ、分かっていることがある。


 黄村ひかりが、このまま光速で剛骸に突っ込めば、まず確実に、彼女は無残な肉塊と成り果てるであろうという、凄惨な事実だ。


 マジカルイエローが光速で動きながらも、周囲に殆ど物理的な影響を及ぼさないということは、なんらかの抑止力、もしくは反作用が働いていると考えるべきだが、カイザースーツで解析した限り、それらの力が働いていたと仮定しても、イエロー自身の耐久力は、それほど強化されているとは言い難い。


 あの出鱈目に硬い剛骸に光速で激突してしまえば、確かに強引に相手を破壊することは可能かもしれないが、それではどう考えても、イエローの方も助からない!



「サン……」


 マジカルイエローの考えていることは、明白だ。


 光速で、ただ真っ直ぐ、愚直なまでに突進して、剛骸に体当たりする。


 自らの動きを上手く制御できない以上、それ以外の方法は存在しない。無駄な動きはせずに、最短距離を突き進む。そのためのクラウチングスタートのはずだ。



 そう信じる。信じるしかない。というか、余計なことするなよ、ひかり!



「ライト……」


 マジカルイエローと剛骸を結ぶ線、およそ五十メートル。そこが勝負だ。


 俺は全身全霊、力の限り、限界を超えて、脳髄を振り絞る。

 この永遠にも感じる刹那、俺の叫びにも、祈りにも似た思考に応え、魔素が集う。


 予測されるイエローの軌道上、その直線に、幾重にも幾重にも、数十、数百、あるいは幾千を超えて、防御、防衛、防壁、防備、守護、強化……俺が思いつく限り、あいつを、マジカルイエローを、黄村ひかりを守るため、あらゆる種類の魔方陣を展開し、一列に重ねる。重ね尽くす。


 これが限界。これが今の俺ができる、精一杯だった。



「スパーク!」


 そして遂に、マジカルイエローの姿が、その場から消える。消えてしまう。

 

「――ひかり!」


 誰にも聞かれることのない俺の叫びを置き去りにして、遂にこの戦闘にも、決着の時が訪れようとしていた。




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