11-5


「……ということが、あったんですよ」

「なるほど、それは大変でしたね」


 広い湯船に、二人並んでつかかりながら話した俺の相談に、けいさんは静かに頷いた。


 ここは、もうお馴染み、ヴァイスインペリアル地下本部にある大浴場だ。

 ちなみに女湯だが、またしても、俺たちの貸切ということになっている。


「まっ、高校生くらいの年頃だと、色々あるもんだよなー」

「千尋さんも、そういうことあったんですか?」


 当然、お風呂に入るのだから、俺たち全員、もれなく裸だ。千尋ちひろさんが、その見事に鍛え抜かれた、彫刻のような身体を惜しげも無くさらしながら、悠々と洗い場から浴槽に入ってきた。相変わらず、美しすぎるその肉体に、思わず見惚れてしまう。


「いや? オレは全然?」

「千尋ちゃ~ん、言ってることが~、適当すぎな~い?」


 すでに湯に入り、広いお風呂の中を、不作法だが縦横無尽に泳いでいたマリーさんが、平泳ぎでこちらに近づいてきた。当然、彼女もなにも身に着けていない、まさに生まれたままの姿なのだが、そんなことには、まるで頓着していない。まったく、刺激的すぎる光景だった。



 ひかりを家に泊めてから、すでに数日が経過していた。


 その後の俺と桃花ももかあおいさんによる早朝の三者会議は、多少の情報交換や整理をした結果、ひかりに対して、過度の干渉は避けるということで、意見は合意に至った。


 当然、ひかりに対するケアは、今後も行っていくつもりだが、彼女の抱えている問題の本質が分からない以上、下手に突っ込んでも、良い結果は生まれないだろうと考えた結果である。


 なんて、随分と堅い言い方をしてしまったが、要するに、事情がよく分からないから、とりあえず様子見しよう! というだけの話である。


「ですが確かに、統斗すみと様のお話を聞いた限りでは、その娘に深入りをするのは、まだ早いと、私は思います」

「契さん……」


 俺の決断に対して、まさにそれこそが正しかったと保障するように、契さんが、柔らかい笑顔を見せてくれる。


 契さんとは並んでお風呂に入っているために、水面にふよふよと柔らかそうに浮かんでいる、彼女の魅惑的な双峰に、どうしても視線が向いてしまうが、こういう全てを包み込むような優しい笑顔こそ、契さんの本当の魅力だと思っている。


「いえ、むしろ関わるべきではないでしょう。個人的には、その娘を速やかに、この世から排除することをお勧めします」

「……契さん」


 その魅力的な笑顔を一切崩さず、突然物騒な物言いをする契さんの目は、本気だ。

 快適な湯船に肩まで使っているというのに、俺の背筋に冷たいものが走る。


 いや、排除って。


 ま、まぁ、俺が他の女性に心を砕いていることに対する、可愛らしい嫉妬だと考えよう。一応、最終手段として、この前のように、精魂込めた体当たりの説得も、視野に入れるべきだろうか……。


「統斗ちゃ~ん? あんまり契ちゃんを甘やかしたらダメよ~? この前、ちょっと拗ねたら~、統斗ちゃんがたっぷり構ってくれたから~、契ちゃん、すっかり味を占めてるんだから~」

「そ、そうだったのか……」

「マリー、余計なことは言わないでください」


 背後からするりと俺に抱きついてきたマリーさんの忠告に、俺は愕然とする。契さんにしては珍しい、ちょっと慌てたような口ぶりも、その忠告が的外れでないことを証明していた。


 怖い。女って、怖い。


「でもでもー? このままなにもしない……、ってわけじゃないんだろー?」


 湯船の中をするすると、こちらに近づいてきた千尋さんが、にこにこと笑顔を浮かべながら、俺の胸を優しく触る。やめてください。そこは敏感です。


「え、えぇ、一応、今度の休みに、ひかりと二人で遊ぶことになってますけど……」

「……二人で、ですか?」


 俺の言葉を聞いた契さんの顔が強張り、一瞬で辺りの空気が張り詰める。

 やめてください。本当に恐ろしいです。


「は~い、契ちゃ~ん! 怖い顔は~、禁止~!」

「むぎゅ」


 剣呑な空気を敏感に感じ取ったマリーさんが、素早く俺から離れて、契さんの両頬をその両手で挟み込む。


 契さんの口から、実に彼女らしくない、滑稽こっけいなうめき声が漏れた。


「そっかー! 二人で遊ぶのかー! チャンスだな! うん、これはチャンスだ!」


 俺から離れたマリーさんの代わりに、千尋さんが豪快に俺と肩を組みながら、弾けるような笑顔を見せてくれた。なんだか癒されるなぁ……。


「チャンス、ですか?」

「おう! マジカルセイヴァー籠絡ろうらく作戦、最大のチャンスだぜ!」


 快活に笑う千尋さんは、見事に右手でサムズアップしながら、余った左手で、俺の肩をバシバシと叩く。ちょっと痛い。


「二人きりなら~、その子の悩みを聞くチャンスも~、作りやすいだろうしね~。そしたら~、その問題を統斗ちゃんが解決しちゃったりなんかすれば~、もう二人の距離は急接近! かもね~」

「あぁ……」


 さっきからずっと、契さんの顔に手を当てて、ぷにぷにと遊び続けているマリーさんの言葉に、俺は頷くしかなかった。


 でも、確かに、そういう見方もできるのか……。


「うーん……、でもなぁ……」


 俺としては、事情も分からない時に、特になにも考えず、ひかりと約束しただけなので、そういう裏の意図を期待されても、正直やりづらい……、というか、そういう策略的なことは、あまり絡めたくない気分ではあった。


 なんだか、ひかりに悪い気がするし。


「あれあれ~? 統斗ちゃん、乗り気じゃないの~?」

「私は、その方が嬉しいですが……」


 ようやく契さんのほっぺたで遊ぶのをやめて近づいてきたマリーさんが、どこかニヤニヤとしながら、俺の胸にその細い指をあてた。その後ろからは、契さんも自分の頬を抑えながら、俺たちの側へとやってくる。


「……いやいや、もの凄い乗り気な上に、やる気も十分ですよ?」

「そうよね~? マジカルセイヴァー籠絡作戦は~、うちとしても~、結構な重要事項だもんね~」


 マリーさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべたまま、俺の胸に押し当てた人差し指をぐりぐりと動かす。なんだか色んな意味でドキドキしちゃうので、そういう意味深な言動は、やめて下さい。


「だよな! 残りのマジカルセイヴァーも、あと一人だしな!」

「あ、あと一人……」


 なんだろう……。いや、確かにそういうことになるのだが、そんなあからさまな言われ方をすると、色々と胸が痛いというか、心苦しいというか……。


「あっれ~? 統斗ちゃん、もうすぐ作戦を見事に完遂できそうなのに~、どうして浮かない顔してるの~?」

「分かる! 分かるぞ統斗! 心血込めて頑張ってきたことが、ようやく実を結びそうな時、嬉しいはずなのに、どこか寂しい感じもするもんだよな!」

「えっ、え~っと……」


 やっぱり意地悪な笑みを浮かべているマリーさんと、対照的にあっけらかんと豪快に笑う千尋さんを前に、俺は言葉に詰まってしまう。


 なんだか、なにを言っても、誰かに嘘を吐くような後ろめたさを感じてしまうような気が、したからだ。


「そんなにお困りだなんて……。統斗様、やはりあの子娘共は、今のうちに全員始末した方が……」

「いえ、契さん、そういうアレじゃないです」


 前言撤回。言葉に詰まるとか、言ってる場合ではない。


 俺が後ろめたさを感じるのが、どうしたと言うんだ。困った顔をしている俺を、真剣に心配している顔の契さんからは、ビシビシと、本気の空気が伝わってくる。


 まずい。早くなにか言って、この場を誤魔化さないと……。


「いやぁ、そうなんですよ、千尋さん! この作戦も、もう終わりかと思うと、俺も色々と思うところがあるというか……。まっ、寂しいというより、なんだか不思議な感じなんですけど!」

「不思議……、ですか?」


 よっし! 契さんが喰いついた! ここが勝負だ!

 

「えぇ、あの作戦が進んだ結果、俺はマジカルセイヴァーのうち四人から、えっと、その……、好意を向けられるに至ったじゃないですか?」


 うわ、自分で言ってて、自分を殺したいくらいの不愉快発言である。


 だがしかし、これも必要なことなのだ……! 

 自己嫌悪より優先しなければならなことが、そこにはある!


 まぁ、ここにいるみんなに不審に思われない程度に、ふんわりと話を逸らしたいだけなんだけど。


「それで、えっと……、四人から同時に好きだと言われてるのに、俺に誰か一人を選べと言われたりしないというか、向こうも向こうで、同じ男を好きだと言いながら、お互いの仲は、相変わらず良好だったりとかで……」


 いやいや、一体何様のつもりなんだろうか、この男は? 超感じ悪い。


 そう自分でも思うが、しかし、これは事実なのだ。


 俺は、桃花に、火凜かりんに、葵さんに、樹里じゅり先輩に、好意を抱かれている。


 この事実から目を逸らすことだけは、それだけは、決して、絶対に、してはいけないことだろう。


 すでに不誠実の極みみたいな俺だが、それでも、それだからこそ、彼女たちの気持ちから逃げてはいけないと、俺は、そう思っている。


「え~? でも~、ワタシたちは~、こうしてみんなで~、と~っても仲良く~、イロイロやってるじゃな~い?」

「マリーさん、そんなこと言いながら、俺のデリケートな部分を、優しく触らないでください……」


 俺の胸をいじくっていた指を、ツゥーっと下げていくマリーさんをいさめながら、俺は内心、ため息をついた。


 確かに、俺とこの悪の女幹部三人は、色んな意味で、仲良くやってはいるのだが、それはあくまで、特殊な例だろう。


「確かに、ここにいるみんなとは、全員で仲良くさせてもらってますけど、でも普通の女の子だったら、やっぱり、そういうのは嫌というか、一人に選んで欲しいと思うんじゃないかなって……」


 悪の組織のみんなと違い、正義の味方のみんなからは、好きだと言われただけで、具体的に交際しているとか、肉体的な関係があるとか、生々しいことはしていない。


 それでも、今の状況は、一種異様とも言えた。


 好きな男が、複数の女性から好意を寄せられていることを知りながら、そんな状況に答えを出すことを求めない女の子たちも、そして、それに甘えて、本当に答えを出さない俺も、そしてそして、それが許されている状況も、どう考えても、普通ではないだろう。


「うーん? あいつらが、の女の子ー?」


 俺の背後に回った千尋さんが、後ろから優しく俺を抱きしめながら、どこか納得していないような声を上げた。


 なんだろう? 俺はなにか、おかしなことを言ってしまったのだろうか?


「統斗様。失礼ですが、あの少女たちは、普通ではないと思いますが……」

「あの子たちってば~、正義の味方だもんね~」


 正義の味方。


 ……あぁ、そういえばそうだった。


 契さんに、そしてマリーさんに言われて、俺はようやく、千尋さんが言いたかったことを理解した。確かに、マジカルセイヴァーは、まごうことなき正義の味方だ。


 いや、実を言えば、そんなことは俺だって、もう嫌というほど分かっている。


 ただ、最初に出会ってから最近まで、彼女たちはみんな、俺にとって、ただの学友だったということもあり、どうにも俺の中では、正義の味方としてより、ただの女の子としてのイメージが、優先されてしまうようだ。


 そうかそうか、確かにみんな、普通とは程遠い、正義の味方だった。


「……でも、正義の味方だっていうことが、なにか関係あるんですか?」

「そりゃあるだろー!」


 俺の間抜けな疑問に、千尋さんが、なにを当たり前のことをと、答えてくれる。


「正義の味方なんてしてれば、自分がいつ死ぬかも分からないわけだからな! そりゃ、惚れた男から、答えを聞くのも怖くなると思うぞ!」


 死ぬ。


 千尋さんからあっけらんと告げられた、その現実味のない言葉の意味を、俺は心の中で、何度も反芻はんすうする。


 死ぬ。

 桃花が、火凜が、葵が、樹里先輩が、そしてひかりが、死ぬ。

 

 無残に、悲惨に、凄惨に、惨たらしく死んでしまう。


 そんな光景が思い浮かび、俺の心の中に、モヤモヤとした重たいナニかが広がる。


 マジカルセイヴァーの死。


 その言葉に現実味は無い。


 いや、現実味なんて、有って堪るか。


「ヴァイスインペリアルとしては~、今は正義の味方に~、そこまでしようなんて考えてないんだけど~、向こうはこっちの思惑なんて~、知るよしもないからね~」


 確かに、マリーさんの言うように、今の俺たちに、マジカルセイヴァーの命まで奪おうとするようなプランはない。


 だが、あくまでそれは、こちらの事情であって、正義の味方からすれば、俺たちは命をして倒すべき、憎き悪の組織なのだ。 


 あの海での特訓を経て、マジカルセイヴァーは、俺が初めて見た時より、格段に力を付けてきているように見える。


 だがそれは、あくまで戦闘員や怪人を相手にした時の話であって、こうして俺の目の前で、呑気にお風呂を楽しんでいる、この悪の女幹部三人を相手にすれば、手も足も出ないというのが現状である。


 ……そうか、だからこの前も、正義の味方は特訓なんてしてたのか。


 正義の味方の特訓は、現状を打破し、死地へと挑むための特訓なのだ。


「それにさ! いくら正義の味方って言っても、あいつらだって、若い女の子なわけだしな! 好きな男にフラれたりしたら、テンションもガタ落ちしかねないぜ!」

「仲間同士で同じ男の子が好きってなると~、下手に答えが出ちゃうと不和に繋がりかねないし~。色々なハードルを乗り越えて~、円満に彼氏彼女になれても~、それはそれで~、なんだか死亡フラグっぽいしね~」

「あ、あぁ、なるほど……」


 千尋さんとマリーさんに生返事を返しながら、俺は内心、どぎまぎしていた。なんだか、自分の未熟さを見せつけられたようで、恥ずかしかったのかもしれない。


 自分たちのしていることは、決して遊びなんかじゃないということは、俺だって、とっくに覚悟したつもりだったのだが、どうやら、もう一度、ちゃんと気を引き締め直した方が、よさそうだ。


「安心してください、統斗様。組織の方針がどうあれ、あの小娘たちが、統斗様のお心を煩わせるのなら、私が全力で、排除してみせますので」

「えーっと、うん、はい、気をつけます、契さん……」


 本当に、気を引き締め直した方が、良さそうだった。


 契さん。俺を心配してくれるのは嬉しいのですが、目が本気すぎて恐いです。


「いやー! それにしても、懐かしいなあ、学生時代! オレたちにも、色々あったもんな!」

「そうね~、色恋沙汰は無かったけど~、その分、色々濃かった気がするわ~」

「学校を半壊させておいて、それを懐かしいだの、濃かった気がするだの言うのは、どうかと思いますよ、二人とも……」


 お風呂にゆったりと浸かりながら、のんびりと昔を懐かしむ千尋さんにマリーさんとは対照的に、契さんは、少し疲れた顔で額を抑えている。


 いやしかし、チラリと聞こえた単語の時点で、物騒すぎた。

 なんだ、学校半壊って。


「あれ? そんなことあったっけ?」

「千尋ちゃん覚えてないの~? ワタシも忘れちゃったけど~」

「まったく……。二人はあの頃から、全然成長してませんね」


 露ほども過去を反省していない風情の二人と、そんな過去に頭を痛めているように見える契さんが、じわじわと、俺との距離を詰めてきた。


 ……一応、この場から離れてみようとしてみたが、俺を後ろからがっちりと抱きしめている千尋さんには、敵わない。


 気付いた時には、もう遅い、というやつである。


「……あのー、みなさん?」

「んー? どうしたんだ統斗ー? 色々硬くなってるぞー?」


 にんまりとした笑顔が、容易に想像できるくらい上機嫌な声色で、千尋さんが俺の耳へと熱い吐息を送り込んでくる。しっかりとホールドしながらも、情熱的に俺の全身を撫で回すその器用さは、流石と言わざるをえない。


「統斗様……、実は私とマリーは、この後、しばらく遠方に出張することになっていまして……」

「出張、ですか?」


 俺に甘くしなだれかかりながら、契さんが、悲しそうに眉根を寄せていた。


 しかし、確かに契さんとマリーさんの二人は、こう見えて普段から、悪の組織の上層部として、大変忙しくしているのだが、この突然の出張話は、どうにも唐突すぎるような気がする。


「そうなの~! だから今のうちに~、たっぷりと~、統斗ちゃん分を補充しようと思って~」

「ちょっ! ちょっとマリーさん! そこは!」


 なんだか妖しい笑みを浮かべながら、俺のデリケートな部分に手を伸ばすマリーさんから逃れようと身をよじるが、すでに契さんと千尋さんの二人に抑えられている我が身は、当然のように、自由にならない。


 俺の完全敗北である。

 これではみんなに身を任せるしかない。自分が情けない。実に無念だ。


 いやー、本当に無念だなー。


「むふふ~! 統斗ちゃんも嬉しそうで~、なによりなにより~」

「はっはっはー! よいではないか、よいではないかー!」

「あっ、千尋ちゃん。千尋ちゃんは出張しないんだから~、今回は抑えてよね~」

「えー!」


 マリーさんと千尋さんの楽しそうな声が聴けるだけで、俺は満足です。


 仕方ない。こうなったら覚悟を決めよう。


 まぁ、一緒にお風呂の時点で、この展開は分かりきってはいたけれど。


 ……とりあえず、頑張ろう。うん。


「統斗様、それでは、お慈悲を……」

「……お手柔らかにお願いします」


 潤んだ瞳で俺を見る契さんと唇を重ね、心まで蕩けるようなキスに溺れる。

 広すぎるほどの浴場にしばし、異質な水音が響く。


 俺と、契さんと、千尋さんと、マリーさん。

 全員が湯船に溶けて混ざってしまうような、淫らな時間が流れ始める。



 俺は淫蕩に頭まで浸かりながら、束の間の安息に、身を委ねるのだった。


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