10-10
「――おっとっとっ」
まるで空を飛ぶように、全力で駆けた反動で、地面につんのめるようにして着地した俺は、カイザースーツを解除しながら、素早く周囲の様子を伺う。
さっきまで、俺が閉じ込められていたペンションは、見事に丁度いい感じで、破壊されていた。
いや、丁度いい破壊とか、お前はなにを言ってるんだって感じだが、狙い通りの結果を得たという意味では、そう言って差し支えない。
ペンションの壁面や屋根が、所々壊れているが、致命的という程ではない。ピンポイントに目的の壁だけ破壊するのは、流石に不自然なので、このペンションの周辺にも多少被害は出てしまったが、大まかな破損は、
「よしよしっと……」
俺が椅子に縛りつけられていた、ペンション一階にある部屋の壁は、適度に壊されている。
外側からの衝撃を受けて、壁の破片は、その殆どが部屋の内側に散乱した。これならば、この部屋から脱出するため、事前に俺が破壊した窓や鉄格子の不自然さも、掻き消えることだろう。
俺は、ぽっかりと空いた壁の穴から、再び部屋の中へと、慎重に侵入する。
「椅子は……、流石に壊れてないか」
部屋の荒れ具合は、まぁ、そこそこと言ったところだろう。
衝撃と壁の残骸により、色々と壊れたりはしているが、そこまでではない。少なくとも、この程度の破壊では、部屋の中に誰かいても、死ぬようなことはないと、一目見ただけで、誰でも分かるくらいの荒れ具合だ。
俺が拘束されていた木製のチェアは、倒れてこそいるが、壊れてはいない。これは破壊しておいた方が、脱出できた理由づけになるだろうか? 椅子が倒れた拍子に、俺の手足を拘束してた布が緩んだという筋書きは、都合が良すぎるだろうか?
なんて、俺が少しだけ悩んでいた、その時だった。
「――っ!」
人の気配だ。
俺の超感覚が、こちらに物凄い勢いで近づいてくる人の気配を、感じ取っている。
そして、それはどう考えてもマジカルグリーン……、いや、
「まだ早いって!」
まずい。俺の予想よりも随分と早い。俺は慌ててしまい、思わず足元に転がっている椅子を破壊してしまった。
最初から、この場で先輩と話し合い、今回の問題を解決しようとは考えていたのだが、このまま先輩を出迎えるには、俺の格好は、綺麗すぎる。
カイザースーツのおかげで、あれだけの戦闘をした後でも、俺はまったく汚れていない。この、外からの衝撃で破壊された部屋の中に居たということにしたいのなら、俺は、もう少し汚れていないと、不自然だ。
俺は急いで床に倒れ込み、ゴロゴロと転がりまくる。
時間がない。方法を考えてる時間はない。本当に、もう、時間が無いんだってば!
「――
ほらあ! もう先輩来ちゃったじゃん!
「せ、先輩……」
なんとかギリギリ、本当にギリギリ、俺は先輩が到着する前に、床を転がるのを止めることに成功していた。そういう意味では、間に合ったと言えるだろう。
「あぁ、そんな! 統斗君! しっかりして! お願い、死なないで!」
「だ、大丈夫、大丈夫ですから。落ち着いてください、樹里先輩……」
結果的に、身体中を無駄に汚して、無残に床に転がっている探し人を発見することになってしまった先輩が、激しく取り乱しながら、俺を抱き起こす。
マジカルグリーンの姿から、元に戻ることすら忘れているようで、どうやら、かなり慌てているようだ。
本当なら、もう少し余裕をもって、最低でも起き上がった状態で、樹里先輩を出迎えたかったのだけど、こんな状態では、先輩が動揺してしまうのも当然だろう。
俺の予定では、もっと落ち着いた状態で話をしたかったのだけれど、残念ながら、いきなり失敗してしまったようだ……。
「本当に? 本当に大丈夫? 怪我してない? 本当に? 大丈夫?」
「……あ、あの、くすぐったいです、先輩」
大丈夫というか、本当に怪我すらしていない俺としては、さっさと立ち上がって、その健在ぶりをアピールしたいくらいだったのだが、樹里先輩が焦ったように、俺の身体中を触って、無事を確かめてくるので、起き上がることすらできない。
心配してくれるのは嬉しいのだけれど、なんだか困ってしまう……、というか、心苦しい。こうして俺が倒れているのは、先輩を騙すための、嘘なわけで……。
「――よかった! す、統斗君が無事で、本当によかった!」
「く、苦じい……、苦しいでず……、先輩……」
無事を確認して安心したのか、樹里先輩が、感極まった様子で、強く、強く、俺を抱きしめてきた。身体を締め付ける圧迫感と同時に、非常に女性らしい柔らかさを感じてしまい、色んな意味で、苦しくなってしまう。
「うっく……、よがった……、よがったよぉ……」
先輩は、俺を抱きしめたまま、俺の耳元で、まるで子供のように、泣きじゃくっている。
いつも大人っぽい先輩らしくない、その無防備な
「ご、ごめんね……、うっく、ごめん、ごめんなざい! ぐずっ……、私のせいで、私のせいで……」
「樹里先輩……」
「私が、私がこんなことしたから……、こんなことしたせいで……!」
先輩は俺を抱きしめながら、ただただ、謝り続けている。
まるで懺悔のような涙を全て絞り出すまでは、このままでいた方がいいだろう。
ぐずぐずと、鼻まですすっている先輩に身を任せながら、俺は優しく、彼女の頭を撫で続ける。
「大丈夫ですよ、先輩……。俺は、大丈夫ですから……」
「でも、でも! 私がこんなことしなければ! こんな、こんなこと……!」
どうやら先輩は、俺がこうして危険に巻き込まれたことで、自分のしたことを後悔し始めたようだ。まぁ、危険に巻き込まれたというか、結果的にそう見えるように、俺が演出したんだけども。
だがしかし、言い方は悪いが、これはチャンスかもしれない。今なら穏便に、そして安全に、かつ自然に、先輩を説得できるような気がする。
まるで自作自演というか、マッチポンプのようで気が引けてしまうが、だからといって、この機会を逃す理由は無いだろう。
「ごめんなさい……、許して……、全部私が悪いの……、私のせいなの……、ごめん……、ごめんね……」
例えば、例えばここで、そうだ! 全部先輩が悪いんだ! これに懲りたら二度とこんなことするな! なんて俺が言ったら、先輩はどうなるのだろうか?
俺に拒絶されるこで、俺に否定されることで、俺に罵倒されることで、先輩はどう思うのだろうか?
今回、俺を軟禁した件を、心から反省するかどうかは分からない。
しかし、樹里先輩の心が傷ついてしまうのは、確かだろう。
俺の言葉で、先輩が傷つく。
それはなんだか、とても嫌な気分だった。
「先輩は、先輩は、なにも悪くない……、悪くないですよ」
「統斗君……」
泣いている樹里先輩を慰めようと、俺は精一杯優しく、彼女を抱き返す。
それが、それだけが、今の俺ができる、俺がするべきだことだと、そう、思った。
「悪いというなら、むしろ俺です。先輩にこんなことさせた、俺が悪いんです」
これが、俺の本心だ。
先輩の気持ちに、気付けなかった。
いや、本当は、どこかで気付いていたはずなのに、ずっと気付かないフリをし続けたのかもしれない。
そのどちらなのかは、もう俺自身でも、よく分からない。
だが、そのどちらだとしても、先輩をここまで追い込んでしまったのは、間違いなく俺なのだ。
マジカルセイヴァー
俺はただの、情けない、卑怯者だ。
「違う……、違うの……、悪いのは私なの……」
先輩が、俺を抱きしめる手に力を込める。
まるで、その顔を俺から隠そうとするように、深く深く、彼女は俺を抱きしめる。
「ずっと、ずっと好きだったのに、なにも言えないで、遠くで見てるだけで満足、なんて、自分を誤魔化して、嘘吐いて、それでいいって思ってたのに……、統斗君が
それは告白。
胸を切り裂く、悲痛な告白だった。
「私はずるいの、私は見苦しいの、私は
自己批判、自己否定、自己嫌悪。
樹里先輩の心は今、自分でも制御できない、激しい嵐に襲われているのだろう。
心が言うことを聞かない。
心を抑えられない。
心に押し潰れされてしまう。
「だから私が、全部悪いの……!」
ぐちゃぐちゃに乱れてしまった心が、そのまま表に出たように、いつもは大人っぽい先輩が、まるで子供のように、泣きじゃくる。
自分でも、もうどうしていいのか、分からない。
そんな慟哭が、俺の耳を震わせていた。
先輩をここまで追いつめてしまったのは、やはり情けないことに、俺なのだ。
「それは違う、それは違うんです、先輩……」
「統斗君……?」
だから俺は、精一杯先輩を抱きしめる。もう二度と、彼女を傷つけないために。
「先輩が悪いなら、俺だって悪いんです。先輩が苦しいなら、俺も苦しい。先輩が悲しいなら、俺は悲しい。先輩が泣いているのなら、俺も一緒に、泣きたくなっちゃいます。だって……」
そう、そうなのだ。結局、俺の心は、そう言っている。そう、叫んでいる。
俺はただ、この人に、笑っていて欲しいだけなのだから。
「……先輩は、俺にとって、大切な人なんですから」
「――っ! 統斗、君……」
それが俺の、正直な気持ちだった。
「で、でも、こんなことしちゃった私なんて、統斗君は嫌いに……」
「なりませんよ」
ならない。なるわけがない。
先輩になにをされたとしても、その気持ちだけは、変わらない。
例え天地がひっくり返ったとしても、俺の想いは、変わらない。
それだけの覚悟を、俺は持つと、決めたのだから。
「俺が樹里先輩を嫌いになることなんて、絶対にありえませんから」
「す、統斗……、君」
俺は優しく、俺の心から自然と溢れ出た想いを乗せて、彼女を優しく、抱きしめ続ける。
樹里先輩の身体から、少しだけ力が抜けたのを、俺は感じた。
感じることが、できたのだ。
「好き……。私、統斗君が好き! 大好きよ!」
「先輩……、嬉しいです」
押し込めて、歪んでしまった想いを吐き出すように、先輩は俺を強く抱きしめながら、その思いの
俺は、その気持ちを受け止めながら。ただ優しく彼女の背中を撫でる。
もしも、愛というものが存在するのなら、まさにこの空間のことだと、胸を張って言える……。
そんな優し時間が、しばらく流れた。
「統斗君……」
「樹里先輩……」
随分と長い間、俺を抱きしめていた先輩が、ようやく顔を起こして、俺の顔を見つめる。こうして先輩とまともに向き合うのは、随分と久しぶり……、本当に久しぶりだった。
髪は乱れ、瞳は涙に濡れ、鼻は赤くなり、唇は震えている。
そんな無残にも見える樹里先輩の顔を、俺は、美しいと思った。
俺と先輩の顔が、自然と近づく。互いの唇を求め合い、互いの気持ちを求め合うように自然に、自然に……。
「グリーン! 突然一人で駆け出したと思ったら、どうしてこんな場所に……」
「大丈夫なのグリーン! ……って、なにしてんのよ!」
俺と樹里先輩のシルエットが、まさに重なるその瞬間、最初に外から、この部屋に空いている壁の穴から、こちらに飛び込んできたのは、マジカルピンクだった。
続いて走り込んできたマジカルレッドが、俺たちの姿を確認して、いきなり怒鳴り声を上げる。
俺と先輩は、突然の展開に、まるで石像のように固まってしまった。
「……なるほど。どうやらこれは、修羅場にならざるをえないようですね」
「このドスケベ! あんた、こんなところで先輩となにしてんのよ!」
続いて侵入してきたマジカルブルーが、こちらに向かって、冷たい目を向ける。
なにやらプリプリと怒っているマジカルイエローが、地団駄を踏んでいた。
仲間であるグリーンを心配して、急ぎやってきたマジカルセイヴァー……、いや、
俺の大切な女の子たちが、俺を取り囲む。
俺の不誠実が招いた、残念なくらいに自業自得の展開だったが、俺の心は、落ち着いている。
そう、決めた。
俺は、覚悟を決めたのだ。
どこまでも情けなく、どこまでも卑怯になる、覚悟を。
いつか必ず、全てを失う時が、来るのだとしても。
「統斗君! 大好きよ!」
俺のほっぺたに、自らの唇を押し付けた先輩の、その満面の笑顔を見れるなら、俺の胸の痛みなんて、本当に、安いものだ。
俺の心は、それだけで、強くなれる。
さぁ、それでは、この大騒ぎをなんとかしよう。
なんとかみんなを納得させて、なんとかみんなで、仲良くしよう。
「統斗くん!」
「統斗!」
「統斗さん……」
「バカ
俺の不誠実な愛の前途は、なかなか厳しいものになりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます