10-8


「くっ! ……デモニカ! 一体なにが目的なの!」

「あなたたちには、関係のない話です」


 すでに作戦は開始されている。


 俺が現場近くに到着すると、空中に魔方陣を展開し、それを足場にして悠然と宙に浮いている契さん……、いや、悪魔あくま元帥げんすいデモニカの目的を、マジカルピンクが問いただしていた。


 ヴァイスインペリアルの戦闘員に囲まれるようにして、勢揃いしているマジカルセイヴァーが、石畳の道路の上から、上空のデモニカを睨んでいる。


 デモニカに指定したのは、俺が閉じ込められていたペンションからほど近い、観光客がよく利用する、飲食店や土産物屋が集まった山の観光地だ。


 俺の要望通り、すでに疑次元スペースと強制セーフテイスフィアは、両方共に使用されている。普段なら観光客が大勢いるこの場所も、今は正義の味方と、悪の組織の関係者しかいない。


 みんなの前に出る前に、俺は近くの山小屋の陰に隠れて、チラリと、正義の味方たちの、いや、マジカルグリーン……、樹里じゅり先輩の様子を探る。


 パッとみた様子では、まったくいつも通り、普段の冷静な先輩に見える。

 これなら、他のみんなには、まだ色々と気付かれては、いないだろう。


「……よし!」


 俺は小さく気合を入れて、思い切り跳躍し、できるだけ派手に登場をアピールしようと、魔術を使って派手な閃光と轟音を演出して、山小屋の屋根に飛び乗る。


「待たせたな……、デモニカ」

「そんな! シュバルカイザーまで来るなんて!」


 突如現れた悪の総統の姿に、正義の味方が騒めきだした。


「総統……、お待ちしておりました」


 その一瞬の隙をついて、俺とデモニカは素早くアイコンタクトを交わすと、事前の打ち合わせ通り、次の行動に移る。


「それでは、あなたたちと遊ぶのは、ここまでということで……」

「待ちなさい! 逃がさないわよ! マジカル! グリーンシールド!」


 グリーンがいち早くこちらの動きに反応し、バリアを張って、俺たちの動きを封じようとするが、これは想定内だ。俺たちはバリアが完全に展開する前に、素早くこの場から逃げ出すことに成功する。最初から逃走を想定していれば、それほど難しことではなかった。


「あっ、こら! 待てって言ってるだろ!」


 グリーンのバリアをすり抜けるように、山裾やますその森へと向かって逃げ出した俺とデモニカに、戦闘員たちを加えた悪の組織御一行様を、レッドが先頭に立って、慌てて追いかけるマジカルセイヴァー。


 俺たちは、そんな正義の味方を振り切りように、しかし、実際はわざと追いかけさせて、目的の場所まで誘導する。


 先程の観光地は、樹里先輩のペンションから見て、かなり近い場所ではあったのだが、ペンション自体が少し入り組んだ所にある関係上、あそこからでは、上手く狙えないので、俺たちは、場所を移す必要があった。


 この遁走とんそうに見せかけた追いかけっこは、しばらく続く。


「随分としつこいな……」


 俺は立ち止まり、後ろから追いかけてきたマジカルセイヴァーと対峙し、忌々いまいまに聞こえるように台詞を吐き捨ててみせる。目的地に、無事到着したのだ。


 俺たちは森を抜けるのではなく、山裾に沿って森の中を迂回し、再び山に戻って、少し上った場所……、草木も少ない山肌の一角に陣取った。


 ここからならば、少し遠くなるが、ペンションが上から見下ろせる。距離的な問題は、カイザースーツのサポートもあるし、まず問題ないだろう。


「仕方ない。……やれ! ヴァイスインペリアルの戦士たちよ!」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺の号令を受けて、デモニカと戦闘員たちが、マジカルセイヴァーに襲い掛かる。


 後は、俺がタイミングを計って、乱戦中の誤射を装い、ここからペンションを狙撃して、俺がいた部屋の周辺だけを、壁の近くが破壊される程度に攻撃すれば、この作戦は完了だ。



 そう、これぞ俺の考えた、部屋の中からの脱出は不可能だったけど、偶然外から壁が壊れたから、一般人の十文字じゅうもんじ統斗すみとでも出られたよ作戦! 



 もちろん、そんなピンポイントな偶然ありえない、なんて思われないために、ある程度ペンションの周辺も、同時に破壊する必要があるので、その辺りの加減は、十分に気を付けなくてはならない。


 ペンションの近くで戦闘を行ってしまうと、樹里先輩が取り乱してしまい、制御不能な行動に出る可能性もあるために、こうして、少し面倒な手段を考えてみた。


 マジカルセイヴァーの他のメンバーに、先輩のしたことを知られてしまうのは、流石にまずいという判断だ。


 もちろん、ペンションに直接被害が出た瞬間に、先輩が豹変してしまう可能性もあるが、これだけ距離が離れていれば、恐らく、まず最初に、破壊されたペンションにいることになっている、俺の無事を確認しようとするはずである。


 なので、この後の予定としては、実際にペンション付近を攻撃するのは、最後も最後……、乱戦の末に、適当な理由をつけて、俺たちヴァイスインペリアルが、この場から撤退する直前、ということになってる。


 その方が、この戦闘が終わった後に、素早く次の行動に移ることが可能だ。


 だから、それまでは、それなりに拮抗きっこうした戦闘を演出して、今回の件を、後から不自然に思われない程度の内容に仕立て上げる必要が……。


「きゃー!」


 必要が……。


「ピンク! くそ、よくも!」

「落ち着いてレッド! ――っ! きゃあ!」

「ブルー! うわぁ!」


 必要が……。


「イエロー! 私の後ろに下がって! ――あぁ!」

「グリーン! うえーん!」


 必要が……。


「どうしました? あなたたちの力は、その程度ですか?」


 ……必要があるのにデモニカさん。いきなり相手を、圧倒しないでください……。


「ちょっとデモニカ! デモニカってば!」

「なんでしょうか?」


 デモニカによって、突然全員ぶっ飛ばされてしまったマジカルセイヴァーに聞こえないように、俺はカイザースーツの通信機能を使って、事前に綿密な打ち合わせをしたはずの、悪魔元帥に詰問する。


「いや、いきなり全力で、正義の味方を倒しちゃってどうすんだよ! 今回の作戦、分かってるよね? ねぇ!」

「この程度で倒れるようなら 総統の寵愛を受ける資格は、ありません」

「なにその判断? ねぇ、なんですか、その自己判断?」


 まるで地獄の門番のような威圧感を放つデモニカが、本気だということだけは、イヤというほど分かった。


 分かったけど、俺はそんなこと望んでないというか、少なくともこの場では、勘弁して欲しいと思ってるんですが……。


「総統の信頼は裏切りませんって、さっき言ってたよね? 言ってましたよね!」

「無論です。私が総統の信頼を裏切ることなど、ありえません」


 そう言ったデモニカが、壮絶な笑顔を浮かべながら、断言する。


「これは全て、総統のためを思っての行動なのですから」


 あっ、ダメだこれ。デモニカ、超怒ってる。


 どうやら彼女は、俺が先輩に監禁されたことに、大層お怒りらしい。

 ……いや、まぁ、その気持ち自体は、嬉しいんだけども。


「い、今が好機! 行け! ヴァイスインペリアルの戦士たちよ!」

「ジ、ジーク・ヴァイス!」


 このままではまずいと判断した俺は、秘密の通信ではなく、ちゃんとこの場に響くように、命令を発する。


 それを受けた戦闘員の皆さんが、俺の意を汲んで、ちゃんとマジカルセイヴァーが体勢を立て直せるような隙を見せつつ、戦闘を再開してくれた。


 俺の立てた作戦を、ちゃんと理解してくれている戦闘員の皆さんには、感謝してもしきれない。祖父ロボに相談して、是非とも特別ボーナスを支給したい。


「くぅ! みんな、このままじゃ危ない! 一か所に集まって!」


 マジカルピンクの号令で、甚大なダメージを受けつつも、なんとか身体を起こした他のメンバーが集まり、自身の回復のためにも、防御に徹する。


 そんなマジカルセイヴァーに向かって、不自然になりすぎないように加減しつつ、戦闘員が襲いかかる。


 いやもう本当に、戦闘員の皆さんには、頭が上がらないです。


 とにかく、これで時間は稼げるだろう。俺は再び、デモニカへの通信を再開する。


「えーと、それでですね、デモニカさん」

「なんでしょうか、総統? 私、これからあの小娘たちを、分子レベルで分解しなければならないのですが」


 俺が目を離した一瞬の隙に、すでに致命的な魔方陣を展開し始めていたデモニカの笑顔を見ながら、俺は背筋が凍る。


 まずい、本気だ。


「いや、そういうことするなって話を、今からするんですよ?」

「そうですか。……もう五秒ほど後で、よろしいですか?」

「その五秒が致命的になりそうなんで、ダメです……」


 一応、俺が本気で嫌がっているのは伝わったのか、デモニカは、展開していた悪夢のような魔方陣を解除してくれた。


 ……解除してくれたのだが、まだチリチリと魔素がくすぶっている。


 これからの展開によっては、更に絶望的な事態も、覚悟しなくてはならないかもしれない。いや、そんな覚悟は、絶対に御免なんだけど。


「だからですね? これはマジカルセイヴァー籠絡ろうらく作戦でして……」

「大丈夫です。総統のご苦労は分かっていますから」


 そう言いながら、とんでもなく凶悪な魔方陣を、出したり引っ込めたりするのは、止めてください……。



 デモニカがその気になれば、マジカルセイヴァーを殲滅するのは、容易たやすい。


 これは別に、マジカルセイヴァーが弱いからではなく、単純に、デモニカが強すぎるために起こる、問答無用の帰結だ。


 正義の味方も、依然と比べれば、大分成長してるとは思うのだが、まだまだ、この残酷な現実をひっくり返すまでには、至っていない。


 味方としては頼もしいかぎりだが、正直この状況……、その凄まじい力が、制御不可能な状況では、非常に困ってしまう。なんとか穏便に、デモニカが納得してくれないと、状況は悪くなる一方だ。


 しかも、時間が無い。素早くデモニカを説得できなければ、状況の不自然さは、どんどんと膨れるばかりである。


 つまり、手段を選んでいる場合ではない、ということだ。


「デモニカ……、これが終わったら、二人きりで、たっぷり愛を確かめ合おう……。だから言うこと聞いてください。お願いします」

「お任せください! このデモニカ、総統の信頼に、全力で答えてみせます!」


 よし、取りあえずなんとかなったな。よかったよかった。


 ……いや、本当にこれでいいのか? 

 ……なんか身も蓋もないというか、ちょっと露骨すぎない?

 ……でも時間無いんだよなぁ。他に良い案も思い浮かばないし。

 ……いやむしろ最短で望んだ結果を得られたんだから、これこそ最良の策じゃね?

 ……うん、最良最良。むしろこれ以外の策なんて存在しないね。これでいいのだ。

 ……よーし! 後でマリーさんに、栄養ドリンクでも貰おう! 頑張るぞー!


 自己暗示終了。状況を再開しよう。


「それでは総統、これからどうしましょうか?」

「えーっと……」


 ……どうやって再開しよう?


 デモニカが言うこと聞いてくれるようになったと言っても、ここからどう挽回すればいいんだろうか、この状況?


「みんな、頑張って! マジカル! グリーンシールド!」


 戦闘員と戦闘を繰り広げていたマジカルセイヴァーが、グリーンが展開したバリアの中に集まり、体勢を立て直す。どうやら、先程デモニカによる攻撃で受けたダメージから、少しづつ回復してきたようだ。


 俺とデモニカの代わりに、戦闘員のみんなが頑張ってくれているおかげで、戦闘自体は継続中だし、ここから再び乱戦に持ち込むこと自体は、十分可能だろう。


 だが、このタイミングで俺とデモニカが参戦してしまったら、マジカルセイヴァーを倒せないと、不自然になってしまう。かといって、一度手を出してしまった以上、このまま俺たち二人が傍観してるだけというのも、同じくらい不自然だ。


 理想としては、俺とデモニカは最初から高みの見物、戦闘員とマジカルセイヴァーでそこそこ戦闘をしてもらい、頃合いを見計らって、俺が広範囲魔術でお茶を濁して撤退し、最後に本命の攻撃によりペンションを破壊……、という流れにしたかったのだが、もうそれは、難しいだろう。


 やっぱり、相手を倒しかねない攻撃を仕掛けるんだったら、自分たちが撤退する直前とかだよなぁ……。


 倒れ伏した相手に上から目線で、見逃してやるとか言っとけば、多少不自然でも、勢いで誤魔化せると思うのだが、一度手を出し、敗北寸前まで追い込んでおいて、その後は特に致命的な追い討ちはせず、ダラダラと戦闘を長引かせて、もう一度大規模攻撃してから、それでもトドメもささず逃亡となると、どう考えても、明らかに不自然だもんなぁ……。


 ただでさえデモニカに追撃させず、なぜか戦闘員をけしかけるという、冷静に考えたら意味の分からない行動をしてしまってるのだ。これ以上、不審な行動をとるのは避けたい。


 あれ? この悪の組織、本当は自分たちを倒す気がないんじゃないの? 


 なんてマジカルセイヴァーに思われてしまうのは……、というか、気付かれてしまうのは、色々とまずい。



 まずいんだけど……、じゃあ具体的にはどうするんだ?  

 どうすればいいんだ? 


 いや、マジでマジで! 

 どうすんだよ、俺! なにか思いつけよ、俺!


 脳内でぐるぐると、自分で自分を責め続けるが、答えが出ない。


 やばい。脳内がパニックで、大慌てだ。

 いかん、なにも思い浮かばないで、泣きそう……。


 こうなったら、もう、なんもかんも全部ぶん投げて、とりあえずペンションに攻撃しちゃって、後は勢いと運任せ、現実から目を背けて、全力で逃げ出しちゃう?


 なんて、俺の脳ミソが、結構ギリギリまで追い込まれてしまった、その時だった。



「ヌハ! ヌハハ! ヌハハハハ! 見つけたぞ、ヴァイスインペリアル! 吾輩の恨み、今ここで晴らしてやろう!」



 なんだか聞いたことのある、不愉快な哄笑が、突然、空から降ってきたのだった。


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